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第4章 富国弱兵
第4章 富国弱兵~7 男爵様のお見合い大作戦!(お粗末編)
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7 男爵様のお見合い大作戦!(お粗末編)
アレキサンダー邸の浴室は特徴的だった。
元来からあったものの他に、新しく増設されたものが今では主に使われている。
何より、以前は男爵家一族だけが使えたものが、今では邸内の全員に開放されているところだ。
使用人たちも使うことができるのだ。
それは単にお湯を沸かす必要がなく、領内のあちこちに向けて泉の妖精がお湯をかけ流しで供給しているからである。
常にお湯は新しいものが足されていくので汚れも少なく、手間があまりかからないようになっていた。
メイドや使用人たちからすれば仕事がかなり楽になる。
そして、最大のウリは露天風呂だった。
沙那の強い要望で室外に自然石を使った石造りの浴槽が設けられていたのである。
当初はこの日本式温泉のようなスタイルは多くの人に抵抗があったようだが、今では解放感が高評価を受けていた。
沙那にとってはよくある温泉地……健康ランドに近いのかもしれない。
汚れを流し終えた沙那はお湯に肩まで浸かって、溜息を吐いた。
少しドタバタしてしまったが入浴中はやはり落ち着く。
イズミが作り出すお湯は日本人の沙那には少し温い。
それでも自由に入れるお風呂はとても嬉しかった。
「きゅー」
「きゅきゅっ」
「きゅう」
親衛ぺんぎん隊の面々も次々に浴槽に飛び込む。
泥人形ベースだが程よく水に浮く。
どういう構造なのか全くわからないが魔法の産物だからだろうか。
それとも沙那の話から水中を泳ぐ動物を模したものだから、そのように作られたのか。
鰭を開いて、ついーっと滑るように泳いでいく。
良くできている。
沙那の落ち込んでいた気分も少し晴れてくる。
彼女はキスしてしまったことにはそれほどショックは受けていなかった。
自分が欲求不満気味で夢の中でいたしてしまった気がすることには困惑していた。
それより自分が面白半分にやったことで場が滅茶苦茶になった事の方が大きかった。
小学生が悪戯をしようとして失敗したのにも似ていた。
申し訳ない気持ち半分。
やらかしたのが自分自身であったことへの反省が半分。
クローリーのことだから怒りはしないだろうが、呆れられただろうなと思うと気が重い。
湯面に鼻の下まで沈めて、ぶくぶくぶくと息を吐いて泡を立ててみたりもする。
自分の子供っぽさに腹が立つ。
沙那は本来、子供と大人の狭間の年頃だ。
むしろ精神的にはやや子供寄りだ。
しかし、それだからこそ背伸びして大人に見せたがるものなのだ。
結果、子供の悪戯が失敗した感じになってしまった事が腹立たしいのだ。
それこそ彼女がまだ子供の殻をくっつけたようなものである証左だったのだが。
「失敗した失敗した失敗したー……」
実は沙那にとって初めてのキスでもあったのだが、そちらの方には感情が行かなかった。
「恥ずかしいー……」
浴槽の中には小さな噴水もある。
ただしこちらは他のお湯や上水道とは別系統で、邸内で分岐してお湯が供給される。
大きなお皿のような器に注がれ、位置エネルギーによって噴水になり、皿の中が空っぽになるといったん止まる。
間欠泉のように吹いて、止まるような構造だった。
元々飾りとして設置されたものだが、ぺんぎんたちには格好の遊び場になる。
噴水で体ごと持ち上げられ、噴水が止まると落下する。
遊園地のアトラクションに乗る子供の様でもあった。
沙那はその様子を見て、ほっこりしていた。
自宅で飼っていた猫とかを思い出したのかもしれない。
彼女にとっては小さなペットみたいなものなのだ。
ぺんぎんたちを眺めていると段々楽しい気分になってくる。
水族館のペンギンショーを思い出したりもした。
子供のころに何度も連れて行ってもらったものだった。
そのうち、自分が飼育員にでもなったように、ぺんぎんたちと遊び始める。
噴水のタイミングに合わせて、ぺんぎんを乗せてみたり。
「きゅーきゅーきゅー」
遊んでもらえてる仲間に嫉妬した他のぺんぎんたちがわらわらと集まってくる。
自分たちも沙那様に遊んでもらいたいのだ。
ぺんぎんたちは5才くらいの子供程度の知能というか、思考能力が与えられている。
行動が基本的に子供っぽいのはそのせいだ。
沙那がクローリーから貰ったものの中で、最も嬉しかったのものはぺんぎんたちだったかもしれない。。
* * *
「やっちまったっスなー」
クローリーも頭を振りつつ浴室に来た。
場をまとめることもできずにリシャルに追い払われてきてしまったのである。
正確にはリシャルが取り成しているうちに姿を晦ませていただけだ。
社交の場には不慣れだったからだ。
余計なネタを提供しないように、リシャルに追い払われていたのだ。
「兄上、身形を整えてきてください」
と、慇懃無礼にクローリーを避難させたリシャルは今頃は大忙しだろう。
頼りになる優秀な弟、というだけでなく、後事を全て託して仕舞おうかと思うこともある。
陰キャとまではいわないが社交性のあまりないクローリーにはああいう場は不向きなのは確かだった。
それは向き不向きというよりも経験の差でしかなかったのだが、やらかした感を感じた彼には少々辛いところである。
検証と実証を繰り返す作業の魔術師が本業だったために言い逃れが上手くない。
言葉の使い方がイマイチともいえる。
効果的なセリフをぽんぽん言葉にするのが苦手だった。
というより今一つ空気が読めないのかもしれない。
クローリーは手短かに汚れたタキシードを脱ぎ捨てるように放り投げた。
シャツを脱いで開けると、その下からは細めだが筋肉質の体が姿を現す。
研究室に篭るよりもフィールドワーク派なせいもある。
なにより冒険者という荒事のせいかもしれない。
相棒が脳筋なシュラハトだったからかもしれない。
クローリーは早く気分を切り変えるためにも、湯気の中に足を踏み入れた。
* * *
残されたリシャルは天手古舞……などということはなかった。
何事もなかったように事務的に処理していっていただけだった。
こういう時に平静さを失うと状況は悪化しやすい。
トラブルシューティングのコツは『それが何か?』というスタイルを貫くことだ。
それとおそらくショックを受けていそうなアリシアの御機嫌を取ることも忘れない。
つもりだった。
すぐに不思議なことに気が付いた。
アリシアは全く動揺していなかったのだ。
さすがは貴族令嬢、というだけではない。
間違いなくこちらを冷静に観察している目だった。
情報にあるような世間知らずの姫という様子ではない。
深窓の令嬢を演じつつも、一挙一動を値踏みしている感じがした。
それは同じ種類の人間同士が相通じる感覚なのかもしれない。
「これは意外と……厄介だね」
リシャルははっきりとした音にさせないうちに言葉を噛み殺した。
アリシアは間違いなく何かの目的をもって、ここに来ている。
そう勘が告げていた。
警戒信号に近い。
姫の皮を被った何者かのようだった。
面白いとは思う。
しかし、兄に近づけるのは危険極まりない雰囲気を感じる。
片付けが済み、場が落ち着い気を取り戻すまでにもリシャルの脳細胞はフル回転していた。
事前の情報とは違う印象の姫。
ありがちな縁談で纏めることは難しそうだ。
リシャルはプランBの、さらにプランBを必要としていた。
もしかしたら、もっと抜本的な計画変更が必要かも知れなかった。
しかしそれを不快に思うようなリシャルではなかった。
予想外のことにも柔軟に対応する思考を持つ。
彼は間違いなく『自称軍師』とは違う、一流の謀士としての素養があった。
『自称軍師』は想定外のことが起きるとキレたり、言い訳探しを始めるものだ。
リシャルは確かにそんな低レベルの人間ではなかった。
「これは思ったよりも面白くなりそうですね」
アリシアは冷静に人物観察を続けていた。
なるほど。リシャルは噂に違わない少年だった。
あの若さで老獪なほどの手練手管を見せている。
自分の伴侶として狙っても良い。
でもそれよりも幕僚として自分の陣営に欲しいと思わせた。
もう少し説明すると、暗躍するイストのようにリシャルを手駒として使おうとは考えていなかった。
重要な局面で自分の名代として任せられる片腕としてだ。
あれほどなら噂通り、兄であるクローリーから地位を奪うこともそう難しくはないはずだ。
否。
ただ、今の状況で下剋上を狙う程度の小さい人物ではない。
何としても手元に欲しい。
クローリーと結婚して義姉として接するか、直接リシャルと結ばれて共同経営者となってもらうか、それともほかの方法が?
いろいろ考える度に笑いが止まらない。
どれを選んでも面白そうだ。
アリシアは軍師気取りの三流謀略家とは違う。
困ったことにリシャルとは波長が合いそうだった。
どこに人材が埋もれているかはわからない。
その原石を見つけたときの喜びがアリシアにはあった。
「この周辺地域から興せるかも」
心底楽しかった。
ただ、彼女は見落としているモノがたくさんあった。
変わった野心を持つクローリーと、その仲間たち……特に異世界召喚者であるエルフたちだ。
それはこの時代、この世界の住人である彼女の限界でもあった。
クローリーはそれらを飛び越えた先に立っていた。
余りにも風変りであったためかもしれない。
* * *
「彫像とか置いたっスかね」
湯煙の向こう側に人間大の影を見止めたからだ。
そういえば新しい浴室を作るときに人間大になったイズミに常駐してもらえないかと尋ねて拒否された。
温泉の妖精であるイズミは一糸まとわぬナイスバディな美少女の姿なのだ。
次にイズミを模した彫像を作成して設置することを指示した。
まだ時間が掛かるはずだったが、もう完成していたのだろうか。
それならば出来を確認せねばなるまい。
クローリーはざくざくと脚を進めた。
「……クロ……ちゃん!?」
「お?お。おー?」
湯気の先にいたのは沙那だった。
ヒンカが札を掛け替えたために同じ浴室に入ってしまったのだった。
相変わらず年に似合わないほどのスタイル……ここ半年ほどでさらに魅力的な成長をした沙那はが気が抜けた顔をしていた。
エルフ特有の金属光沢の長いピンクブロンドが濡れて体に巻き付いていた。
華奢な骨格のわりにこの世界の人間ではありえない大きな胸。
ロリ巨乳といえば良いのだが、クローリーの語彙にそんな言葉はなかった。
賢者ならば、
「萌え~。萌え萌えでござる」
くらいは言ったかもしれない。
クローリーは思わず沙那の身体をまじまじと眺めてしまった。
いつもならば、
「このすけべーっ!」
と叫びながら手近なものを投げつけていたことだろう。
違ったのは、いつもは沙那だけが裸だったのだが、今回はクローリーも素っ裸だったことだ。
しかも漢らしく、隠すこともな堂々としたものだった。
仁王立ちであった。
「あ……うっ……あ……」
沙那の顔が目まぐるしく変わる。
写真や絵でなら見たこともないではないが、男の裸を生で、しかも無修正で目の前にしたことは生まれて今まで一度もなかった。
ものすごく小さいころに父親と一緒にお風呂に入ったことがあったかもしれないが、もちろん記憶にない。
このような時、よほど神経の図太い娘でもなければ……女の方が耐性が無い。
「あー……悪かったっスな。まー、今回はお互い見せあったということで……ノーカンっス」
「ふざけんなーっ」
沙那が慌てて胸を隠す。
「大丈夫っス。上はまあまあ見ちゃったっスが、下はあんまり……少ししか見てないっスから」
「見るなーっ!」
沙那はやっと動くようになった右手で、木製の湯桶を投げつけた。
「気になるんだったら、オレのをガン見しても良いっスから」
「こっちくんなーっ!」
「きゅ?」
「ぺんぎん隊ー!成敗っ!」
「きゅきゅきゅー!」
親衛ぺんぎん隊は一斉突撃をした。
手には思い思いの自分用の武器を掲げている。
クローリーは全身を滅多打ちにされた。
せめてもの救いはぺんぎん隊の武器は玩具に毛が生えた程度のものでしかなかったことだろう。
ガチの武器だったらば……クローリーは子孫さえ残せない体になっていたかも知れない。
股間を抑えて蹲るクローリーを踏みつけるように沙那は足早に逃げて行った。
「きゅーきゅー」
ぺんぎんたちの勝利の勝鬨の声を聞きながら。
アレキサンダー邸の浴室は特徴的だった。
元来からあったものの他に、新しく増設されたものが今では主に使われている。
何より、以前は男爵家一族だけが使えたものが、今では邸内の全員に開放されているところだ。
使用人たちも使うことができるのだ。
それは単にお湯を沸かす必要がなく、領内のあちこちに向けて泉の妖精がお湯をかけ流しで供給しているからである。
常にお湯は新しいものが足されていくので汚れも少なく、手間があまりかからないようになっていた。
メイドや使用人たちからすれば仕事がかなり楽になる。
そして、最大のウリは露天風呂だった。
沙那の強い要望で室外に自然石を使った石造りの浴槽が設けられていたのである。
当初はこの日本式温泉のようなスタイルは多くの人に抵抗があったようだが、今では解放感が高評価を受けていた。
沙那にとってはよくある温泉地……健康ランドに近いのかもしれない。
汚れを流し終えた沙那はお湯に肩まで浸かって、溜息を吐いた。
少しドタバタしてしまったが入浴中はやはり落ち着く。
イズミが作り出すお湯は日本人の沙那には少し温い。
それでも自由に入れるお風呂はとても嬉しかった。
「きゅー」
「きゅきゅっ」
「きゅう」
親衛ぺんぎん隊の面々も次々に浴槽に飛び込む。
泥人形ベースだが程よく水に浮く。
どういう構造なのか全くわからないが魔法の産物だからだろうか。
それとも沙那の話から水中を泳ぐ動物を模したものだから、そのように作られたのか。
鰭を開いて、ついーっと滑るように泳いでいく。
良くできている。
沙那の落ち込んでいた気分も少し晴れてくる。
彼女はキスしてしまったことにはそれほどショックは受けていなかった。
自分が欲求不満気味で夢の中でいたしてしまった気がすることには困惑していた。
それより自分が面白半分にやったことで場が滅茶苦茶になった事の方が大きかった。
小学生が悪戯をしようとして失敗したのにも似ていた。
申し訳ない気持ち半分。
やらかしたのが自分自身であったことへの反省が半分。
クローリーのことだから怒りはしないだろうが、呆れられただろうなと思うと気が重い。
湯面に鼻の下まで沈めて、ぶくぶくぶくと息を吐いて泡を立ててみたりもする。
自分の子供っぽさに腹が立つ。
沙那は本来、子供と大人の狭間の年頃だ。
むしろ精神的にはやや子供寄りだ。
しかし、それだからこそ背伸びして大人に見せたがるものなのだ。
結果、子供の悪戯が失敗した感じになってしまった事が腹立たしいのだ。
それこそ彼女がまだ子供の殻をくっつけたようなものである証左だったのだが。
「失敗した失敗した失敗したー……」
実は沙那にとって初めてのキスでもあったのだが、そちらの方には感情が行かなかった。
「恥ずかしいー……」
浴槽の中には小さな噴水もある。
ただしこちらは他のお湯や上水道とは別系統で、邸内で分岐してお湯が供給される。
大きなお皿のような器に注がれ、位置エネルギーによって噴水になり、皿の中が空っぽになるといったん止まる。
間欠泉のように吹いて、止まるような構造だった。
元々飾りとして設置されたものだが、ぺんぎんたちには格好の遊び場になる。
噴水で体ごと持ち上げられ、噴水が止まると落下する。
遊園地のアトラクションに乗る子供の様でもあった。
沙那はその様子を見て、ほっこりしていた。
自宅で飼っていた猫とかを思い出したのかもしれない。
彼女にとっては小さなペットみたいなものなのだ。
ぺんぎんたちを眺めていると段々楽しい気分になってくる。
水族館のペンギンショーを思い出したりもした。
子供のころに何度も連れて行ってもらったものだった。
そのうち、自分が飼育員にでもなったように、ぺんぎんたちと遊び始める。
噴水のタイミングに合わせて、ぺんぎんを乗せてみたり。
「きゅーきゅーきゅー」
遊んでもらえてる仲間に嫉妬した他のぺんぎんたちがわらわらと集まってくる。
自分たちも沙那様に遊んでもらいたいのだ。
ぺんぎんたちは5才くらいの子供程度の知能というか、思考能力が与えられている。
行動が基本的に子供っぽいのはそのせいだ。
沙那がクローリーから貰ったものの中で、最も嬉しかったのものはぺんぎんたちだったかもしれない。。
* * *
「やっちまったっスなー」
クローリーも頭を振りつつ浴室に来た。
場をまとめることもできずにリシャルに追い払われてきてしまったのである。
正確にはリシャルが取り成しているうちに姿を晦ませていただけだ。
社交の場には不慣れだったからだ。
余計なネタを提供しないように、リシャルに追い払われていたのだ。
「兄上、身形を整えてきてください」
と、慇懃無礼にクローリーを避難させたリシャルは今頃は大忙しだろう。
頼りになる優秀な弟、というだけでなく、後事を全て託して仕舞おうかと思うこともある。
陰キャとまではいわないが社交性のあまりないクローリーにはああいう場は不向きなのは確かだった。
それは向き不向きというよりも経験の差でしかなかったのだが、やらかした感を感じた彼には少々辛いところである。
検証と実証を繰り返す作業の魔術師が本業だったために言い逃れが上手くない。
言葉の使い方がイマイチともいえる。
効果的なセリフをぽんぽん言葉にするのが苦手だった。
というより今一つ空気が読めないのかもしれない。
クローリーは手短かに汚れたタキシードを脱ぎ捨てるように放り投げた。
シャツを脱いで開けると、その下からは細めだが筋肉質の体が姿を現す。
研究室に篭るよりもフィールドワーク派なせいもある。
なにより冒険者という荒事のせいかもしれない。
相棒が脳筋なシュラハトだったからかもしれない。
クローリーは早く気分を切り変えるためにも、湯気の中に足を踏み入れた。
* * *
残されたリシャルは天手古舞……などということはなかった。
何事もなかったように事務的に処理していっていただけだった。
こういう時に平静さを失うと状況は悪化しやすい。
トラブルシューティングのコツは『それが何か?』というスタイルを貫くことだ。
それとおそらくショックを受けていそうなアリシアの御機嫌を取ることも忘れない。
つもりだった。
すぐに不思議なことに気が付いた。
アリシアは全く動揺していなかったのだ。
さすがは貴族令嬢、というだけではない。
間違いなくこちらを冷静に観察している目だった。
情報にあるような世間知らずの姫という様子ではない。
深窓の令嬢を演じつつも、一挙一動を値踏みしている感じがした。
それは同じ種類の人間同士が相通じる感覚なのかもしれない。
「これは意外と……厄介だね」
リシャルははっきりとした音にさせないうちに言葉を噛み殺した。
アリシアは間違いなく何かの目的をもって、ここに来ている。
そう勘が告げていた。
警戒信号に近い。
姫の皮を被った何者かのようだった。
面白いとは思う。
しかし、兄に近づけるのは危険極まりない雰囲気を感じる。
片付けが済み、場が落ち着い気を取り戻すまでにもリシャルの脳細胞はフル回転していた。
事前の情報とは違う印象の姫。
ありがちな縁談で纏めることは難しそうだ。
リシャルはプランBの、さらにプランBを必要としていた。
もしかしたら、もっと抜本的な計画変更が必要かも知れなかった。
しかしそれを不快に思うようなリシャルではなかった。
予想外のことにも柔軟に対応する思考を持つ。
彼は間違いなく『自称軍師』とは違う、一流の謀士としての素養があった。
『自称軍師』は想定外のことが起きるとキレたり、言い訳探しを始めるものだ。
リシャルは確かにそんな低レベルの人間ではなかった。
「これは思ったよりも面白くなりそうですね」
アリシアは冷静に人物観察を続けていた。
なるほど。リシャルは噂に違わない少年だった。
あの若さで老獪なほどの手練手管を見せている。
自分の伴侶として狙っても良い。
でもそれよりも幕僚として自分の陣営に欲しいと思わせた。
もう少し説明すると、暗躍するイストのようにリシャルを手駒として使おうとは考えていなかった。
重要な局面で自分の名代として任せられる片腕としてだ。
あれほどなら噂通り、兄であるクローリーから地位を奪うこともそう難しくはないはずだ。
否。
ただ、今の状況で下剋上を狙う程度の小さい人物ではない。
何としても手元に欲しい。
クローリーと結婚して義姉として接するか、直接リシャルと結ばれて共同経営者となってもらうか、それともほかの方法が?
いろいろ考える度に笑いが止まらない。
どれを選んでも面白そうだ。
アリシアは軍師気取りの三流謀略家とは違う。
困ったことにリシャルとは波長が合いそうだった。
どこに人材が埋もれているかはわからない。
その原石を見つけたときの喜びがアリシアにはあった。
「この周辺地域から興せるかも」
心底楽しかった。
ただ、彼女は見落としているモノがたくさんあった。
変わった野心を持つクローリーと、その仲間たち……特に異世界召喚者であるエルフたちだ。
それはこの時代、この世界の住人である彼女の限界でもあった。
クローリーはそれらを飛び越えた先に立っていた。
余りにも風変りであったためかもしれない。
* * *
「彫像とか置いたっスかね」
湯煙の向こう側に人間大の影を見止めたからだ。
そういえば新しい浴室を作るときに人間大になったイズミに常駐してもらえないかと尋ねて拒否された。
温泉の妖精であるイズミは一糸まとわぬナイスバディな美少女の姿なのだ。
次にイズミを模した彫像を作成して設置することを指示した。
まだ時間が掛かるはずだったが、もう完成していたのだろうか。
それならば出来を確認せねばなるまい。
クローリーはざくざくと脚を進めた。
「……クロ……ちゃん!?」
「お?お。おー?」
湯気の先にいたのは沙那だった。
ヒンカが札を掛け替えたために同じ浴室に入ってしまったのだった。
相変わらず年に似合わないほどのスタイル……ここ半年ほどでさらに魅力的な成長をした沙那はが気が抜けた顔をしていた。
エルフ特有の金属光沢の長いピンクブロンドが濡れて体に巻き付いていた。
華奢な骨格のわりにこの世界の人間ではありえない大きな胸。
ロリ巨乳といえば良いのだが、クローリーの語彙にそんな言葉はなかった。
賢者ならば、
「萌え~。萌え萌えでござる」
くらいは言ったかもしれない。
クローリーは思わず沙那の身体をまじまじと眺めてしまった。
いつもならば、
「このすけべーっ!」
と叫びながら手近なものを投げつけていたことだろう。
違ったのは、いつもは沙那だけが裸だったのだが、今回はクローリーも素っ裸だったことだ。
しかも漢らしく、隠すこともな堂々としたものだった。
仁王立ちであった。
「あ……うっ……あ……」
沙那の顔が目まぐるしく変わる。
写真や絵でなら見たこともないではないが、男の裸を生で、しかも無修正で目の前にしたことは生まれて今まで一度もなかった。
ものすごく小さいころに父親と一緒にお風呂に入ったことがあったかもしれないが、もちろん記憶にない。
このような時、よほど神経の図太い娘でもなければ……女の方が耐性が無い。
「あー……悪かったっスな。まー、今回はお互い見せあったということで……ノーカンっス」
「ふざけんなーっ」
沙那が慌てて胸を隠す。
「大丈夫っス。上はまあまあ見ちゃったっスが、下はあんまり……少ししか見てないっスから」
「見るなーっ!」
沙那はやっと動くようになった右手で、木製の湯桶を投げつけた。
「気になるんだったら、オレのをガン見しても良いっスから」
「こっちくんなーっ!」
「きゅ?」
「ぺんぎん隊ー!成敗っ!」
「きゅきゅきゅー!」
親衛ぺんぎん隊は一斉突撃をした。
手には思い思いの自分用の武器を掲げている。
クローリーは全身を滅多打ちにされた。
せめてもの救いはぺんぎん隊の武器は玩具に毛が生えた程度のものでしかなかったことだろう。
ガチの武器だったらば……クローリーは子孫さえ残せない体になっていたかも知れない。
股間を抑えて蹲るクローリーを踏みつけるように沙那は足早に逃げて行った。
「きゅーきゅー」
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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