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コノハズク

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戌狛 祀の転落

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「どうせ話題作りのハッタリですよ」
軽トラの助手席で頭を抱え、気怠そうに呟いたのは、三浦陸郎みうらろくろう
黒髪をオールバックにした、銀縁眼鏡の男である。
「いくら情報が入ったって言ったって、都市伝説的な噂じゃないですか。…全く、人がいいにも程がありますよ、あなたという人は。」
三浦はそう言って溜息をつき、運転席を見上げた。
「馬鹿野郎、都市伝説的な噂を検証しに行くのが俺達の仕事だろうが!ガセ本当マジも関係ねぇのさ、こういう仕事にゃあな。」
吼えるように言ったのは、B級オカルト雑誌の記者を生業とする、戌狛祀いこままつり
ガタイも良く、強面の男だが人柄は悪くない。
彼は胸ポケットから煙草を1本抜き出し、口に咥えた。
「三浦。火、点けてくれ。」
三浦は黙ってマッチを擦り、煙草に近づけた。
「…肺癌になっても知りませんからね」
戌狛は豪快に笑った。
「知ってるか?煙草ってのはな、本人が吸い込む主流煙よりも外側に漏れる副流煙の方が発癌性物質入ってんだぜ。」
それを聞き、三浦は車の窓を全開にした。
「とばっちりはごめんですよ。」
「…嫌な奴。」
戌狛はハンドルを握る手に力を込めた。

「お、見えてきたぞ。」
暫く車を走らせると、くすんだ白の寂れたような建物が山間から顔を覗かせているのが見えるようになってきた。
「こうして見ると中々気味が悪いものですね。」
三浦は建物の写真を撮りながら呟いた。
「何だよ、怖気付いたか?」
「そういう訳ではないのですが…。話で聞くのと実際に見てみるのとでは大分印象が違うという事です。」
戌狛は鼻から煙草の煙を吐き出し、頷いた。
「百聞は一見に如かず、か?」
「そんなところです。どちらにせよ、見ていてあまり気持ちのいいものではありません。」
「嫌だったらやめればいいだろ。」
「サラリーが貰えないのは困ります。」
ドライな三浦の言葉に、戌狛は苦笑した。
「おいおい、雑誌記者ってのはやる気と好奇心がないと出来ない仕事だぜ?それなのに、お前はこの仕事を金の為だけにやってるってのか?」
それじゃあ長くは続かないぞ、という言葉を煩そうに聞き流して、三浦はカメラのチェックをしている。
そんな彼の様子を見ながら、戌狛は頭を掻いた。
「お前な。少しは記者魂ってもんがないのか?」
「別に。就きたくて就いた仕事じゃありませんし。」
戌狛は無言で拳を振り上げた。
それを横目で見て、三浦は広げた手をすっと上げた。
「…負けたよ、お前の無気力さには。」
「勝つつもりもありませんがね。」
戌狛は舌打ちをした。
「そろそろ降りるぞ、支度しておけよ。」
「はい。」
崩れかけた壁の傍に車をつけ、戌狛は三浦に車を降りるよう目配せした。
「ひどい臭いですね…。」
荒れ果てた地を踏み締め、三浦は顔を顰めた。
「全くだ。もしかするとマジモンかもしれないな、今回のネタは。」
「まさか。」
興奮した様子の戌狛に、三浦は冷めた調子で言い放った。
「本当であってたまるものですか、あんな噂が…。」
ー噂。
それは、あるカルト宗教団体の集団自決事件である。
何でも古代エジプトの神を崇拝するものであったそうだが、一般に崇められるものではなくマイナーな神を祀っていたらしい。
戌狛と三浦の2人は今回、その宗教の真相を探りにやってきたのだ。
「とりあえず中に入らない事にはどうしようもないな。」
戌狛は有刺鉄線の取り付けられた金網を見上げ、言った。
「どこか破れてないかな…。」
辺りを見回すと、手頃なサイズの穴があった。
「お!ラッキー、行くぞ三浦!」
「はい。」
しかし、穴へ向かう途中の事であった。
「…うっ」
戌狛の背後で小さな呻き声が上がった。
「三浦?」
振り向こうとした戌狛の横で、凄まじい爆発音が響いた。
「うおっ!」
熱い風に必死で耐えながら、戌狛は三浦の姿を探した。
「三浦ぁー!どこ行った、大丈夫かー!」
すると、どこからともなく人の声がした。
「い、戌狛さん…!」
「三浦かっ!?」
見ると、グレーのコートに身を包んだ男が、小柄な三浦を肩に担いで立っている。
男は四角を図案化したような金のピアスを揺らし、微かに笑った。
「貴様っ、そいつに何かしたのか!?」
男に向かって足を踏み出すと、突如地面が大きく揺れた。
「!?」
地面はそのまま大きく裂け、建物もろとも戌狛を呑み込んだ。
悲鳴を上げる間も無く、戌狛は暗い地の底へと姿を消した。

戌狛が目を覚ますと、そこは全くの暗闇だった。
強く頭を打ったらしい。上体を起こすと、痺れるような痛みが身体中に走った。
すぐ側でいきなり爆発が起きた事は何となく理解できたが、彼には自分の置かれた状況はまるで分からなかった。
彼はポケットからペンライトを取り出し、辺りを照らした。
「…建物の中なのか?」
丸い光の中には、無造作に置かれたパイプ椅子や簡素なベッドが照らし出されており、ライトを動かす度にそれらの影がゆらゆらと踊った。
戌狛は天井にライトを向けた。
確かに上から落ちてきたはずなのに穴は開いておらず、代わりに古びた蛍光灯が取り付けられていた。
「どうなってやがる…。」
彼は苛立ったように舌打ちをし、煙草を咥えて火をつけた。
ふうっ、と吐き出した煙と空気中を舞う埃に、ライトの光が反射して煌めいた。
ふと、無愛想な友人の顔が脳裏をよぎる。
「三浦の奴、今頃何を…。」
怪しげな男に攫われたようだった。急に不安になる。
辺りにはパイプ椅子や簡素なベッド、鉄格子のついた扉があった。それがまた、精神病院のような印象を与えて不気味だ。
戌狛はライトを構えたまま、タイル張りの廊下を進んだ。
「…痛てっ」
何かが歩みを進める彼の足にぶつかり、重い金属音を立てた。見ると、それは大きなハンドアックスだった。
嫌なものを見た、と、戌狛は思った。
まるで、何か危険なモノ・・がいるみたいじゃないか、とも。
「一応、持って行くか…。手頃な武器にもなるし。」
戌狛はハンドアックスとライトを手に、施設の更に奥へと歩いていく。
ーふと、何か物音がしたような気がした。
息を潜め、音源を探す。
「…あそこか」
どうやら、物音は壁についた鉄格子の奥から響いているようだった。
重い金属を引き摺るような、嫌な音。
戌狛は息を呑んだ。
そっとハンドアックスを構え、ライトを消して扉に近づくと、金属プレートが掛かっているのが見えた。
「Anubis…?」
金属プレートには、アルファベットでそう綴られていた。
鉄格子の隙間を覗くと、手足を縛られた三浦が転がっているのが見えた。
思わず声が出そうになったのを堪えたのは、先程からの金属音の主を目にしたからである。
「…!」
大きな鎖の先で、西瓜ほどもある大きな目玉が、忙しく動いていた。
そこからは赤黒い液体が滴り落ち、床に落ちる度に煙を上げていた。
奇妙な唸り声を上げるそれ・・は、パーツが所々腐り落ちたような、犬のような生き物の頭だった。
「何だこれは…。」
戌狛はそれに続いて出てきた身体を見て、更に驚愕した。
頭から下の組織は千切られたように無く、胴体とは長い頚椎で繋がっている。
特筆すべきはその胴体だ。
長い毛に覆われた胴から突き出す右前足は、まさしく人間の腕であった。
「俺は悪い夢でも見てるのか…?」
その犬のような生物は、地面に転がされた三浦を鼻先で弄んでいる。
その感触に気付いたらしい三浦が、目を開けた。
「う…ん。」
巨大な目玉が不意に動きを止め、三浦を見据えた。
視線がぶつかり、三浦の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「三浦ぁっ!」
戌狛は手にしたハンドアックスで、鉄格子にかけられた南京錠を思い切り壊した。
扉を開け、完全に凍ってしまっている三浦に駆け寄り、ひょいと肩に担いだ。
「三浦っ!チビるんじゃねぇぞぉっ!」
そして、迫る殺意の牙から逃れるべく猛然と駆け出した。
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