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コノハズク

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Mummy

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三浦を肩に担いだ戌狛は、犬のような化け物の繋がれていた部屋から脱出した。
急いでドアを閉め、三浦を地面に下ろして一息つく。
「ふう…。危なかったぜ、何だか分からんが。」
三浦は化け物から逃れたというのに、未だ身体の震えが止まらない様子であった。
「なっ、何なんですかあれは、私は悪夢でも見ているのでしょうか?」
「偶然だな。俺もさっき全く同じ事考えてた。」
戌狛は煙草を咥え、火をつけた。ライターを持つ手は心なしか震えているようだった。
「ところで、お前をあそこに入れたのは誰だ?お前を攫っていった男か?」
三浦は後頭部をさすった。
「分かりません…。強く殴られて気絶していました。」
「そうか…。そうだよな。」
戌狛はふっと息をついた。
「…そう言えば、奴を閉じ込めた部屋の扉に金属のプレートが掛かってたんだ。確か英語で『アヌビス』とか書いてあったような。」
三浦は幾らか落ち着いたらしく、興味深げに頷いていた。
「アヌビスですか。古代エジプトの神の一人ですね。山犬の頭に人間の体を持つ神です。」
「それくらい知ってらぁ。ただ、それがどうしてあんな所に書いてあったのか不思議でな。」
「仮説ですが」
三浦は上目遣いでちょっと戌狛の顔を見て、口を開いた。
「あれはあの生物につけられた名前ではないでしょうか…。ここは古代エジプトの神を信仰する施設であるという事でしたから、あの生物は何らかの方法で作られ、ここで飼われていたという事は考えられませんか?」
「もしそうだとしたら…。ここで崇められていたマイナーな神ってのはアヌビス神の事か?そして信仰対象はあの化けモン?」
戌狛はハンドアックスを片手で回しながら首を傾げた。
しかし、三浦は即座にその言葉を否定した。
「いえ、それはないでしょう。」
「どうして?」
三浦は戌狛にずいと詰め寄った。
「もし戌狛さんがあの生物を神と崇めていたら、あんな牢獄に閉じ込めて鉄鎖に繋いだりしますか?」
「ああ、そうか…。あれは確かに崇める態度じゃない。神サンを鎖で繋いだり、閉じ込めたりするなんて罰当たりだもんな。」
頷く戌狛を見て、三浦は口角を少し上げた。
「戌狛さん。あなた、いつから神なんて信じるようになったんです?」
皮肉を込めたような言い方に、戌狛は少しムッとしたらしく、ぷいとそっぽを向いた。
「そういうお前はどうなんだ?日本人なんてそんなもんだろ、都合のいい時には神頼みさ。」
「私は…。」
三浦は少し言葉に詰まった。
「…私は、無神論者ですよ。」
銀縁眼鏡の奥の憂いを含んだ目元が、微かに揺れた。
「神なんか信じたところで、何もいい事はありませんからね。」
いつもの無関心さの中に込められた頑なな態度に、戌狛は少々戸惑った。
「お前…。何かあるのか、トラウマでも。」
「別に。あったとしても、戌狛さんに話すような事ではありませんから。」
「…そうか。」
戌狛は短くなった煙草の吸い殻を床に落とし、革靴の踵で踏み躙った。
「とりあえず、この施設を探ってみるか。気になる事が増えてきた。」
「外に出る事は考えないんですか?あんな嘘みたいな生物がいるんですよ。危険です。」
「何言ってやがる!」
戌狛はハンドアックスを掲げた。
「鬼に金棒、俺に手斧!気になる事はとことん追求、これが俺の記者魂だっ!」
「分かりませんね、どうしてそこまで入れ込むのか。」
三浦は戌狛を一瞥すると、溜息をついた。
「記事も金も、命あっての物種です。私はまず自分の命を第一に考えますからね。戌狛さんが死のうと、私はここから出て給料を貰うんです。」
「お前…。本当に血の通った人間かよ。」
戌狛は半ば呆れながら、次の煙草に火をつけた。
「さ、行くぞ。」
「はい。」
二人は施設内を探索し始めた。
ペンライトの先に照らされる、開いた鉄格子や千切れた鎖はやはり不気味なものである。
「たくさんありますね、切れた鎖。」
三浦がそれらを見て呟く。
「そうだな。それがどうかしたか?」
「戌狛さん。過去、この切れた鎖一つ一つにそれぞれ先程のような生物が繋いであったとしたらどうですか?」
戌狛は三浦を睨んだ。
「…いちいち嫌な事言うな、お前って奴は。」
「感じた事を口にしているまでです」
戌狛は黙って長い廊下の奥を照らした。
「…お?」
ライトの光の中に、人影のようなものが映ったのはその時の事だった。
「三浦、あれ見ろ。」
「…人、ですか?」
戌狛は頷き、歩調を早めた。
「戌狛さん。何をする気です。」
三浦が慌てたように尋ねる。
「決まってんだろ、事情聞くんだよ。もしかしたら、俺達と同じようにここに迷い込んだ人間かもしれないだろ?」
「しかし、もしかしたら私を攫った男のような存在かもしれないんですよ?今度こそ何をされるか…。」
言いながら、三浦は首筋に手を当てた。
「どうした?」
「いえ…。少し痛むんです。恐らく殴られたのがまだ響いているんでしょう。」
「そうか…。」
そんな話をしながら、二人は人影に近づいていった。
「そこの人!大丈夫か?」
人影はゆらりと揺れて、戌狛を振り向いた。
「うっ!?」
その顔を見た戌狛は驚きを隠せなかった。
「どうしたんです戌狛さ…えっ!?」
続いて来た三浦も走る足を止めた。
その人影は、服からはみ出た部分に全て薄汚れたような包帯を巻いていた。
顔も例外でなく、目も髪も覆い隠されていた。
「う  う  う」
人のものとは思えないような声を上げ、ゾンビのような動きで近づいてくる。
「に、人間じゃない…。」
「逃げるぞ三浦!」
戌狛は包帯の人影を呆然と見つめる三浦の手を引っ掴み、引き摺るようにして走り出した。
幸い包帯の人影の足はそこまで早くなく、撒く事が出来たらしい。
比較的綺麗な部屋に逃げ込んで戸を閉めると、戌狛と三浦はその場にへたり込んだ。
「何だったんでしょう、あれは…。」
息を弾ませながら、三浦がぽつりと呟いた。
「さあな…。ただ、普通じゃない事は確かだ。」
写真を撮る暇もねぇ、と、戌狛は舌打ちをした。
「あんな物を撮影したところで、事情を知らない人間にはただの包帯を巻いた人間にしか見えません。作り物と思われるのがオチです。」
三浦は懐を探り、何か鈍く光る物を取り出した。
それは、大きめの十徳ナイフだった。
「おまっ、早まるなよ!?」
三浦は慌てる戌狛を呆れたように見上げ、言った。
「何言ってんですか。武器ですよ、護身用にいつも持ってるんです。」
戌狛は胸を撫で下ろした。
「何だ、びっくりさせんなよ…。」
「まさか戌狛さん、私が自害するとでも?」
ナイフを握り、三浦はニヤリと笑った。
「私が自害なんて馬鹿な事考えるとでも思ったんですか?」
「…そうだよな。お前が給料貰わずに死ぬなんてあり得ないよな。」
その場の張り詰めた空気が、ふっと緩んだ。
その時、部屋の金属の戸が何か強い力で叩かれた。
激しい音に、思わず身を固くする。
「…ちょっと見てくる」
戌狛は立ち上がり、金属の戸の僅かな隙間に目を当てた。
「!」
彼が目にしたのは、先程見たような包帯の人影の群れだった。
「三浦!やばい、閉じ込められた!」
「何だって…!」
戸は激しい音を立て、どんどん歪んでいく。
「…そうだ、ライトを消してください。」
三浦の突然の提案に、戌狛は戸惑った。
「え?」
「早く!」
言われた通りにライトの電源を切ると、扉の前のざわめきは治まって行った。
戌狛が再び扉の隙間に目を当てると、包帯の集団はもうどこかに消えていた。
「恐らく彼らは光に敏感なんです。包帯を通しても、明るさは何となく分かるのでしょう。私達が目を瞑っていても周囲の明るさが分かるのと同じで。」
「なるほど…。」
そう説明する間も、三浦はしきりに首筋をさすっていた。
それが気になり、戌狛は尋ねた。
「…まだ痛むのか?」
「ん…。ええ、まあ。」
彼は手を首から外した。
「…大丈夫ですよ。私の事なら心配しないでください。」
そう言って微笑した彼の目の下には、薄く隈ができていた。
「でも…、…そうか。」
戌狛は深く追求するのをやめた。
ふと部屋の隅に目をやると、ボウガンが立てかけられているのが見えた。傍には矢のストックが束ねられ、置かれていた。
そういえば、この部屋は他の部屋より少しは綺麗だし、生活感もある。
「ここで誰か生活していたのか…?」
戌狛は持っていたハンドアックスを背負い、ボウガンと矢を持った。
「勝手に持って行っていいんですか?」
「こんな状況だ。やむを得ないだろう。行くぞ。」
ライトをしまい、戌狛と三浦は部屋の扉を開いた。
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