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雨の日の思い出
十八話
しおりを挟む扉を開けば、ベルが二度鳴る。空は、今にも雨が降りてきそうだった。鈍色の空が近づく。私は、急かされるように走り出した。雨が、思い出も溢れ出さしてしまう。古い記憶が、蘇ってしまう。雨が降ってくる前に、帰らねば。また決意が揺らいでしまう。幸せが、揺らいでしまう。
学生の時以来に、全力で走るものだから、息が苦しくなる。氷のように冷たい風を吸い込み、荒々しく息を吐く。幼児を抱く母親や、犬の散歩をしている老夫婦が怪訝そうに視線を送っている。もう、どうだって良い。旦那と、一緒にいられれば。
ブーツの底と、アスファルトが擦れる音と共に、何かが壊れる嫌な音がした。これ、高いのになぁ、と苦笑しながらも、今すぐに帰らなければ私という存在が堕落してしまう気がした。
…だから、早く、早く。
「きゃっ」
小さな石ごろにつまずきそうになり、ブーツの底をすり減らしてなんとか持ち堪える。しかし、何度足を前に出そうとしても、動いてくれない。一度止まった足は、自分の意思に反して震えるばかりであった。
「大丈夫かよ、足」
後ろから嘲笑うような声が聞こえる。ぞくり、と背中が冷たくなるような感覚がした。ずっと待ってたはずなのに、旦那が現れた私は手のひらを返すようにひっそりと過去を拒絶した。だって二人もいらないから。だけどあの埃っぽい、質素な部屋でしたことを、私はまた思い出にしてしまうだろう。閑却な思い出にして、過去を美化しまうのだろう。
泣きそうになりながらも、声の主の方にゆっくりと顔を向ける。
「よっ、ようちゃん…」
彼は一ヶ月前よりも、だらしなく着崩したスーツを寒そうに羽織っている。なのに彼は傘以外持っていなくて、無防備だった。寒くないの、と怯えながら聞くと、そりゃ寒いさ、と思った通りの答えが帰ってきた。一ヶ月前と同じだ。
「お前、傘忘れてたからさ。俺ん家に。一ヶ月たっても取りに来ないから、持ってきた」
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