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ACT4 けじめけじめと言うけれどけじめを付けてどうすれば??9

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「褒めてるんだけどなぁ?」

 きなこは、きょとんして、オウムみたいに首を傾げてる。
 だいたい、こいつの言うことはいつだって素っ頓狂で、それは今に始まったことでもなく、こいつの奇妙な言動には慣れてはいるんだけどさ。
 くりっとした大きな目だけ見てると、何気に結構可愛いんで、しゃべらせなければ意外とイケるやつじゃないかと、俺個人は思ってる。

 俺はもう一度ため息をついた。

「ま・・・きなこだからいいけどさ」
 
「てっちゃん?」

「なんだよ?」

「どう?本気で人生、生きれそう?」

 これまた唐突にそんなこと聞いてきたから、俺はますます呆れた顔して答えた。

「そうそう簡単に本気が出せたら、もっとまともに生きてたわ!」

「・・・・そか」

「そうだよ!」

「ざーんねん」

 きなこは本気で残念そうに唇を尖らせた。

「なんだよその反応??」

「なんでもない・・・
どうせてっちゃんに言っても、てっちゃんぶぁかだからわかってくれないもん!」

「はぁ???」

「あたしは、人生を本気で生きてる人がいいのに・・・・なんでてっちゃんなんだろぉ?」

「なんだそれ???」

「むぅ・・・!
てっちゃんのばーか、あーほ、インポ!」

「だからインポじゃねぇぇええぇぇ!」

「だけど・・・やっぱり、そんなてっちゃんが・・・」

 そこまで言ってきなこは、やけに大人びて微笑(わら)う。
 そして、もたれかかるようにぎゅうっと俺に抱き付いてきて、何故か左胸に自分の耳を押し付けてきた。

「っ?!おまえ、なにやってんの???」

「てっちゃんなんかただのクズなのに・・・
なんでかなぁ?と思って、心臓の音きけばわかるかなぁって
聴診器もってくるんだったぁ」

「専門器具使ってどうすんだよww俺は健康だよwww」

「バカみたいに健康なのはわかってるの!でも、知りたいのはそんなことじゃないのぉぉぉ!
もぉぉぉ!てっちゃんのばーか、ばーか、ばーか!」

「だからバカ連呼すんなよ!ほんとにバカになった気分だろww」

「ばかじゃんどうせ!
でも・・・でもね・・・でも・・・んっ」

 左胸からふと耳を離して、きなこは上目使いに俺の顔を見る。
 なんだかその視線が、妙に色っぽく感じて、うかつに俺はどきっとしてしまう。
 大きな瞳。
 長い睫毛。
 こいつ、黙ってればぜってーイケる女なのに・・・

「な、なんだよ・・・そんな目で見て?」

「彼女さんと別れたばっかなのに、ちょっと不謹慎・・・」

「何が?」

「んーっ?」

「何が不謹慎なんだよ?」

「うー・・・・んーっ?」

「なんだよ?」

「てっちゃん?」

「だからなんだよ」

 真っすぐに、俺ときなこの目があった。
 特急の窓の向こうには夜の闇がひろがっている。
 レールの上を走る特急の音が、何故かシーンとしている車内に響いていた。
 きなこは、少しだけ首を傾げると、また、妙に大人びて微笑う。
 こいつにも、こんな表情ができるんだなと・・・なんか関心する。
 
 真っすぐに見つめる瞳には、俺の顔しか映ってない。
 なんか、妙に可愛いぞ・・・
 あれ?これ?なんか雰囲気おかしくないか???

「てっちゃん・・・・」

「な、なに・・・・?」

 きなこがほんの少し顔を近づけてきた。
 
 ああ・・・・
 これはぁ~・・・
 いや、待て・・・・
 俺は昨夜、元カノと別れたばっかだ・・・
 昨日の今日でこれはいいのか???
 でもまぁ・・・
 どうせ別れたんだし、いいか・・・

 と、一瞬で考えを巡らせる。

 黙ってると可愛いきなこ。
 ピンクのリップが引いてある唇。
 ふっくら柔らかそうなその唇の形に、何気にドキドキしてしまう。

 こいつはきなこだろ?
 いいのか?
 いいのか、いって?
 いいのか??

 そんなことを思いつつ、男の本能とか、いたって安易なもんで・・・
 俺は、引き寄せられるようにきなこの唇にキスをしようと、体を倒しかけた時、きなこの両手が、またしても俺のほっぺたを包みこんだ。

「インポと包茎は、ちゃんと治さなと!ほんと彼女できないからね!!」

「っ!!!?」

 きなこは、俺のほっぺたを包んだまま、小悪魔のようにニヤッと笑った。

 こ、こいつwwwww
 ふ、ふざけやがってwwwww

「おまえな!俺はインポでも包茎でもねーわwww人聞き悪いこというなwww」
 
「てっちゃん・・・」

「なんだよ!!」

「あたし・・・」

「なんだよだからwww」

「てっちゃんが大好き!!!!!」

「・・・・・はっ???」

 きなこはぎゅうっと俺の首に抱き着いて、何故かうふふと笑ってた。
 
 ダメだ・・・
 訳わかんねー
 なんだこれは
 今度はどんな罠なんだ・・・

 俺が茫然としていると、まもなく降りる駅に着くというアナウンスが流れてくる。
 きなこは、そのアナウンスが終わるの待つようにして、また、じーっと俺の顔を見るとこう言った。

「大好きだけどやっぱクズは嫌なんだよね!!」

「はぁ????」

「うふふ・・・よし、おやつもって帰ろう、わー!おうちにかえろう!!」

「・・・・・」

 まぁ・・・
 いいや・・・
 どうせきなこだし・・・
 一瞬その気になった自分が恥ずかしいわwwww

 
 この先、人生を本気で生きていけるか、そんなの全然謎だけど、まぁ、少しぐらい本気出せるようになれるかもな・・・
 ほんの少しだけだけど・・・
 
 昨日よりも、そんな気がする夜。
 俺はきなこの背中を追って、人もまばらな地元の駅のホームに降りた。

 荷物も置いて、きなこがにっこり笑って振り返る。
 たたたっと駆け出してくるきなこ。

 「?」

 俺がきょとんとした瞬間、軽く跳ねるようにしてきなこが抱き着いてくる。
 思わず、その体を抱きとめる。
 きなこは俺の唇に、やわらかな唇を重ねてキスをした。

「・・・・っ!?」

 そんな俺らの脇を、ゆっくりと走り出した特急列車が、緩やかな風を巻き起こして通りすぎていった・・・



                                    
    

   
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