30 / 43
第二節 落日は海鳴りに燃ゆる10
しおりを挟む
*
それは、突然の出来事だった。
穏やかな波の音だけが響き渡るサーディナの上空に、不意に、波紋のような薄闇が広がった。
サーディナ提督府の城壁にいた二人の魔法剣士が、にわかに、その眼光を鋭利に閃かせて頭上を仰ぐ。
その視界の中に、急速に現れてくる、無数の紅い炎。
「何だ・・・・!?」
純白のマントを翻し、素早く腰の剣に手をかけたシルバが、鋭く低めた声でそう呟いた。
「ジェスター様!シルバ様!!」
彼らの眼前にいたウィルタールが、驚愕と戸惑いにその身を震わせると、どこか不安気な響きを持つ声で、思わず強者達の名を呼んだのである。
ジェスターの鮮やかな両眼が、天空を仰いだまま、何かを察知しかのように、今、鋭く大きく見開かれた。
まだ、失われているはずの記憶の奥底に、ざわざわとさざめくように沸き立ってくる、よく知っているだろう懐かしいその気配。
天空に広がる薄闇が、脈打つ波紋を描く度、眠っていた何かが呼び覚まされるような、実に不可解で鋭利な感覚が、その身の内を駆けていく。
それは、迸る火炎の如く一瞬にして体中を突き抜けると、急速に、彼の五体と五感を刃の鋭さで研ぎ澄ませていった。
ふわりとふわりと、その肢体から立ち昇り始める深紅の焔。
すらりとした長身が纏う、鮮やかな朱の衣の長い裾が流れるように翻った。
間違いない・・・・
すぐ近くに、あの青年がいる・・・・
暮れかけたタールファの街で出会った、あの・・・・・
「イングレー・・・・おまえか・・・・っ!」
無意識のうちに、ジェスターの口から出た低く鋭いその声が、傍らで剣を抜いたシルバの耳に届いた。
一瞬、驚愕したような顔つきになって、彼は、漆黒の黒髪を揺らしながら、機敏な仕草でジェスターを振り返る。
「ジェ・・・・・・・っ!?」
その名を呼びかけて、シルバは、思わず言葉を止めた。
紫水晶の如く澄んだ右目が見る先に、ゆらゆらと揺らめきながら伸び上がっていく紅蓮の炎。
旧知の友の肢体を包み込む深紅の火炎が、金と朱の焔を散らしながら、虚空に大きく燃え上がる。
ジェスターのその端正で凛々しい顔が、にわかに、鬼気迫る鋭い表情へと変貌していく。
天空を仰いだまま身動ぎもしない彼を中心にして、さざめくように周囲に広がっていくその異様な気配・・・・
ウィルタールが、緊張したように全身を強張らせた。
まだ未熟な彼にさえ感じることが出来る、全身の毛が逆立つような、この異様なまでに熱く鋭く、そして恐ろしい、言いようのないその気配・・・
「・・・・い、一体・・・な、なにが・・・・っ」
小刻みに華奢な体を震わせるウィルタールの眼前に、シルバの持つ漆黒の長い髪と純白のマントが揺らめいた。
「シルバ様・・・・!」
「黙って見ていろ・・・・ウィルタール・・・・・」
鋭く厳しい顔つきをしながら、聖剣『ジェン・ドラグナ(銀竜の角)』を構え直し、シルバは、実直で揺るぎない紫色の眼差しで、旧知の友の鬼気迫る姿を凝視したのだった。
立ち昇る爆炎の色を映し、鮮やかな朱に染められた若獅子の鬣の如き見事な栗毛。
その髪が、紅蓮の炎の中でゆらゆらと揺れている。
長身に纏われた朱の衣の長い裾が、流れるようにたゆたった。
天空の薄闇を仰ぎ見たまま爛々と輝く、背筋が寒くなるほど冷酷で、恐ろしい程に美しい、異形と呼ばれる鮮やかな緑玉の瞳。
息を呑むウィルタールの背後で、不意に、蒼き疾風が甲高い音を上げた。
咄嗟に振り返った青い瞳の先に、ゆるやかにその姿を現してくる、一人の雅な青年があった・・・・
「スターレット様・・・・・っ」
いつもは穏やかなその表情を、いつになく鋭く歪めた雅で秀麗なその青年。
異国のマントを揺らしながら、ゆっくりとウィルタールの傍らに立ったのは、他でもない、彼が敬愛して止まぬロータスの大魔法使いスターレットであったのだ。
輝くような蒼銀の髪を、吹き付ける海風に泳がせながら、美しい深紅の瞳を細めたスターレットに、シルバが、ちらりとその鋭い視線を向ける。
「・・・・・今のあいつの眼は・・・・・あの時と同じだ・・・・・」
「・・・・・・【炎神】と呼ばれた者の・・・・眼・・・・」
スターレットは、綺麗な眉を眉間に寄せて、ただ真っ直ぐに、爆炎を纏う旧知の友を見つめて、そう小さく呟いた。
シルバと、そしてスターレットの脳裏を過ぎっていく、まだ少年であった頃に見た、あの地獄のような炎の記憶。
ランダムルの地にあったアーシェ一族の集落を、一瞬にして焼き尽くした、灼熱の爆炎と深紅に燃える炎の海。
同じ記憶を持つ二人の視界の中で、今、ゆっくりと、真実の闇を身の内に抱えた友が振り返る。
揺れる前髪の下で爛々と輝く、恐ろしいほど冷酷で、禍々しいほど美しい、その鮮やかな緑玉の眼差し・・・・
鋭い沈黙の中でその姿を見つめているシルバと、そしてスターレットに向かって、彼は、意図して低めた威厳ある声で、静かに言うのだった。
「気を付けろ・・・死人が来る・・・・・」
「!?」
その時、幾つもの重い足音が、ゆっくりと、海鳴りと波音だけが響き渡る提督府へ近づきつつあった。
シルバの隻眼が紫炎の刃の如く閃き、咄嗟に辺りを見回すと・・・・
そこには・・・・
サングダ―ルの兵士と思しき無数の人影が、薄く紅い炎を纏った姿で、うごめくように集結していたのである。
「ううわぁぁぁぁ――――――っ!!」
その余りにも不気味な兵士たちを目の当たりにして、ウィルタールが、驚愕と恐怖の悲鳴を上げた。
まだ、日暮れ前だと言うのに、辺りはみるみる暗く淀み、天空に波紋を描く薄い闇が、サーディナの町全体を支配していった。
朽ち果てた体と甲冑を引きずり、武器すらもたぬまま、だだ、黙々歩き続ける死者の隊列。
その重い足音が瓦礫の合間に響き渡る。
隊列を組む死人に絡み付く紅の炎。
提督府を中心に、東西南北に走るサーディナの大通りは、正に、死人の群れに覆い尽くされていた。
それは、突然の出来事だった。
穏やかな波の音だけが響き渡るサーディナの上空に、不意に、波紋のような薄闇が広がった。
サーディナ提督府の城壁にいた二人の魔法剣士が、にわかに、その眼光を鋭利に閃かせて頭上を仰ぐ。
その視界の中に、急速に現れてくる、無数の紅い炎。
「何だ・・・・!?」
純白のマントを翻し、素早く腰の剣に手をかけたシルバが、鋭く低めた声でそう呟いた。
「ジェスター様!シルバ様!!」
彼らの眼前にいたウィルタールが、驚愕と戸惑いにその身を震わせると、どこか不安気な響きを持つ声で、思わず強者達の名を呼んだのである。
ジェスターの鮮やかな両眼が、天空を仰いだまま、何かを察知しかのように、今、鋭く大きく見開かれた。
まだ、失われているはずの記憶の奥底に、ざわざわとさざめくように沸き立ってくる、よく知っているだろう懐かしいその気配。
天空に広がる薄闇が、脈打つ波紋を描く度、眠っていた何かが呼び覚まされるような、実に不可解で鋭利な感覚が、その身の内を駆けていく。
それは、迸る火炎の如く一瞬にして体中を突き抜けると、急速に、彼の五体と五感を刃の鋭さで研ぎ澄ませていった。
ふわりとふわりと、その肢体から立ち昇り始める深紅の焔。
すらりとした長身が纏う、鮮やかな朱の衣の長い裾が流れるように翻った。
間違いない・・・・
すぐ近くに、あの青年がいる・・・・
暮れかけたタールファの街で出会った、あの・・・・・
「イングレー・・・・おまえか・・・・っ!」
無意識のうちに、ジェスターの口から出た低く鋭いその声が、傍らで剣を抜いたシルバの耳に届いた。
一瞬、驚愕したような顔つきになって、彼は、漆黒の黒髪を揺らしながら、機敏な仕草でジェスターを振り返る。
「ジェ・・・・・・・っ!?」
その名を呼びかけて、シルバは、思わず言葉を止めた。
紫水晶の如く澄んだ右目が見る先に、ゆらゆらと揺らめきながら伸び上がっていく紅蓮の炎。
旧知の友の肢体を包み込む深紅の火炎が、金と朱の焔を散らしながら、虚空に大きく燃え上がる。
ジェスターのその端正で凛々しい顔が、にわかに、鬼気迫る鋭い表情へと変貌していく。
天空を仰いだまま身動ぎもしない彼を中心にして、さざめくように周囲に広がっていくその異様な気配・・・・
ウィルタールが、緊張したように全身を強張らせた。
まだ未熟な彼にさえ感じることが出来る、全身の毛が逆立つような、この異様なまでに熱く鋭く、そして恐ろしい、言いようのないその気配・・・
「・・・・い、一体・・・な、なにが・・・・っ」
小刻みに華奢な体を震わせるウィルタールの眼前に、シルバの持つ漆黒の長い髪と純白のマントが揺らめいた。
「シルバ様・・・・!」
「黙って見ていろ・・・・ウィルタール・・・・・」
鋭く厳しい顔つきをしながら、聖剣『ジェン・ドラグナ(銀竜の角)』を構え直し、シルバは、実直で揺るぎない紫色の眼差しで、旧知の友の鬼気迫る姿を凝視したのだった。
立ち昇る爆炎の色を映し、鮮やかな朱に染められた若獅子の鬣の如き見事な栗毛。
その髪が、紅蓮の炎の中でゆらゆらと揺れている。
長身に纏われた朱の衣の長い裾が、流れるようにたゆたった。
天空の薄闇を仰ぎ見たまま爛々と輝く、背筋が寒くなるほど冷酷で、恐ろしい程に美しい、異形と呼ばれる鮮やかな緑玉の瞳。
息を呑むウィルタールの背後で、不意に、蒼き疾風が甲高い音を上げた。
咄嗟に振り返った青い瞳の先に、ゆるやかにその姿を現してくる、一人の雅な青年があった・・・・
「スターレット様・・・・・っ」
いつもは穏やかなその表情を、いつになく鋭く歪めた雅で秀麗なその青年。
異国のマントを揺らしながら、ゆっくりとウィルタールの傍らに立ったのは、他でもない、彼が敬愛して止まぬロータスの大魔法使いスターレットであったのだ。
輝くような蒼銀の髪を、吹き付ける海風に泳がせながら、美しい深紅の瞳を細めたスターレットに、シルバが、ちらりとその鋭い視線を向ける。
「・・・・・今のあいつの眼は・・・・・あの時と同じだ・・・・・」
「・・・・・・【炎神】と呼ばれた者の・・・・眼・・・・」
スターレットは、綺麗な眉を眉間に寄せて、ただ真っ直ぐに、爆炎を纏う旧知の友を見つめて、そう小さく呟いた。
シルバと、そしてスターレットの脳裏を過ぎっていく、まだ少年であった頃に見た、あの地獄のような炎の記憶。
ランダムルの地にあったアーシェ一族の集落を、一瞬にして焼き尽くした、灼熱の爆炎と深紅に燃える炎の海。
同じ記憶を持つ二人の視界の中で、今、ゆっくりと、真実の闇を身の内に抱えた友が振り返る。
揺れる前髪の下で爛々と輝く、恐ろしいほど冷酷で、禍々しいほど美しい、その鮮やかな緑玉の眼差し・・・・
鋭い沈黙の中でその姿を見つめているシルバと、そしてスターレットに向かって、彼は、意図して低めた威厳ある声で、静かに言うのだった。
「気を付けろ・・・死人が来る・・・・・」
「!?」
その時、幾つもの重い足音が、ゆっくりと、海鳴りと波音だけが響き渡る提督府へ近づきつつあった。
シルバの隻眼が紫炎の刃の如く閃き、咄嗟に辺りを見回すと・・・・
そこには・・・・
サングダ―ルの兵士と思しき無数の人影が、薄く紅い炎を纏った姿で、うごめくように集結していたのである。
「ううわぁぁぁぁ――――――っ!!」
その余りにも不気味な兵士たちを目の当たりにして、ウィルタールが、驚愕と恐怖の悲鳴を上げた。
まだ、日暮れ前だと言うのに、辺りはみるみる暗く淀み、天空に波紋を描く薄い闇が、サーディナの町全体を支配していった。
朽ち果てた体と甲冑を引きずり、武器すらもたぬまま、だだ、黙々歩き続ける死者の隊列。
その重い足音が瓦礫の合間に響き渡る。
隊列を組む死人に絡み付く紅の炎。
提督府を中心に、東西南北に走るサーディナの大通りは、正に、死人の群れに覆い尽くされていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる