君は私の心を揺らす〜SilkBlue〜【L】

坂田 零

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【24、離別】

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12月も半ばを過ぎ、クリスマスが目前に迫った夜。

 私は、彼に別れを言いにきた。
 彼にとっては、突然の宣告になるかもしれない。
 でも、私は、彼に嫌われたかった。
 ずるい女って罵って欲しかった…
 そう思ってくれないと、私が…
 私がきっと諦められないから…

 失恋した女が髪を切るって、随分昔のベタな真似を、私は、今日、実行してきた…
自分から、失恋するために…

21時を回った時、マンションの駐車場に彼の車が停まった。

 「お帰り、ライブお疲れさま!」

 私は、彼の車の窓越しに、普通を装ってそう声をかけた。
 何も知らない彼は、いつも通り無邪気に言う。

「里佳子さん、髪切った?」

「うん、似合う?」

「ははは、似合う似合う!」

「なにそれ、全然心こもってない!」

 「こもってるよ!」

   その答えの後、私は真剣に彼に言った。

 「樹くん…部屋、行こう」

「え?あぁ…うん」

 少し戸惑う彼を、私は、いつもみたいに部屋に案内する。
 家具をすべて運びだした部屋を見て、彼の困惑はますます大きくなったみたいだった。

 カーテンのない窓。
 ベランダから差し込む薄い月明かりだけが、綺麗に磨かれた床を照らしている。

 私は、驚いて言葉を失う彼に振り返り、なんとなく笑ってみせてから、パンプスを脱いで部部屋に上がった。
 
「…引っ越すの?」

 まるで事態が飲み込めない彼が、私にそう聞いたから、私は、黙って頷いててみせる。

 泣いたらダメだよ…
 彼に嫌われるために、今夜はここにいるの…
 未練を見せたはダメだよ…
 もう、彼とは別れるの…
 これ以上、彼といたら…
 私は…

 意を決して、私は言った。

 「あたし…
ずっと、暖かい家庭に憧れてたんだ…
 両親は仲が悪くて、家に居場所なんかなかったんだけど、母が厳しかったから、家にいるしかなくて…
 だからあたしは、結婚したら、そんな家庭にはしないって、そう思ってたんだ…」

「……里佳子さん……?」

 困惑して、戸惑う彼の顔を見つめたまま、震える指先を隠して、私は、言葉を続けた。

「あたし……
信ちゃんにプロポーズされたんだ…
10月のあの時に……」

「え………っ!?」

 「プロポーズされた時、あたし……
 ほんとに嬉しくて……
 いつもモンハンばっかで、あたしになんか関心がないと思ってたのに、ちゃんと将来のこと考えてくれてた事が、嬉しくて…
 でも、それ以上に……っ」

 そこまで言って、私は堪えきれなくなって、思わず床に座り込んだ。

「悲しかった……っ」

 あたしに、触れて…
 ほんとは、まだ好きっ

 優しい彼は、座りこんだ私をぎゅっと抱き締めて黙り込む。

「………」

 ダメ…っ
 触らないでっ 
 触って欲しいっ
 でも、触らないでっ

「なんで悲しいのって…あたし思った…
 悲しいのは……っ
 このプロポーズを受けてしまったら、もう、樹くんには会えないと思ったから…っ」

「なんでっ?また会えばいいじゃん…
 今まで通り、時間作って、また会えばいいじゃん…っ」

 そう言った彼の腕を、せめぎ会う心を押し返すみたいに、私は思い切り押し返した。

 「会えないよっ!
今だって、十分苦しいのに…っ!
信ちゃんのことは好きだよ、でも、樹くんに対する好きとは違うの!
 樹くんのことは…もっと好き…っ
だけど、そんな自分があたしはずるすぎて嫌だった!」

「里佳子さん……」   

 「樹くんがミキちゃんを部屋に泊めたって聞い た時…
 あたし、ほんとは…
 もう終わりにしようと思ったの…
 これで楽になれるって…
 苦しくなくなるって…
 でも、樹くんを失うと思ったら、もっともっと、苦しくなって…っ」  

 「………」

 心が痛いよっ
抱き締めたりしないでっ
苦しくなるからっ
抱き締めたりしないでっ

私は抵抗を試みたけど、彼の腕に強引に引き寄せられてしまう。
 弱くてばかな私は、余りにも彼のぬくもりが恋しくなって、つい、そんな彼の背中を抱き締め返してしまった。

 「あたし、信ちゃんのプロポーズ受けた…
 でも、樹くんの顔を見ちゃうと、言い出せなくて…
 樹くんに触られると、ますます、言えなくなって…
 あたしの、心、もう、限界…」

 「里佳子さん……
 ごめん…
 俺、なんにも気づいてなかった…
 ごめん…」

好きよ!
ほんとは、好きなの!
だけど…
だけど私は言わないといけないの!

「樹くん……あたし…
 あたし、もう……
 二度と樹くんとは会わない……」

「………っ?!」

「この部屋は明日で引き払うんだ…
もう、信ちゃんと暮らすことになってる…
会社も、今日、辞めてきた…
あたし、信ちゃんの所に……戻るね」

「…………」

 彼は、驚いたように言葉を失って、ただ私を見つめ返している。
 そんな彼の腕をすり抜けて、私は涙を堪えながら唇を噛み締めた。

 別れないといけない
 未練なんか残さないまま
 あたしを嫌いになって
 お願い…
 じゃないとあたし…

   
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