青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第1章:黒髪の少女

第5話

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「お母様!」

黒いドレス姿の女性を見つけ、一目散に走り出す。その場にしゃがみ込んだ彼女の首に腕を伸ばし、力一杯抱きしめた。彼女の黒く美しい髪から、甘く優しい匂いがする。

「今日はもう、お仕事終わったの?」
「えぇ、そうよ。」
「じゃあ、一緒にお庭を散歩しましょ!」
「もちろんいいわよ。今日はどこへ行こうかしら?」

手を繋ぎ、彼女と並んで歩き出す。冷えきった私の手が、彼女の体温でじんわりと温かくなっていく。

「えっとねー...。海!私、海が見たい!」
「海?この辺りなら、どこからでも見え...」
「遠くから見たんじゃ意味ないの!ねぇ、お母様は知ってる?海はどうして波が発生するのか。」
「さぁ...何故かしら?考えた事も無かったわ。」
「月の引力が水面を揺らして、風が吹くから波が出来るのよ。」
「それは知らなかったわ。あなたは賢い子ね。」

彼女の手が、私の頭を優しく撫でる。その心地良さに、私は思わず目を閉じた。



「...ん。」

瞼を開くと、甘く優しい匂いがした。身体全体が何かで包まれ、熱を帯びている。視界の端に白髪が映り込み、彼の名前を呟いた。

「...ビズ?」
「ん?あ、起きた?」

彼は私の身体を離し、顔を覗き込んだ。

「もう大丈夫そうだね。良かった。」
「...ここどこ?」
「昨日、アスールちゃんが寝た部屋だよ。」
「...グイどこ?」
「あぁ...グリくんは別の場所に行ってるよ。今ここには居ないけど、彼がアスールちゃんをここまで連れてきたんだ。」

首を傾げると、彼はここに至るまでの経緯を話し始めた。
海に浮かんでいた男性を助けようと手を添えた私は、魔法という力を使った事により気を失ってしまったらしい。

「アスールちゃんが、治癒魔法を扱えるとは思わなかったよ。...正直、想定外だった。」
「...ちゅまほ?」
「怪我を治す事が出来る魔法だよ。光の属性を宿した女性が...って、この話は今しなくてもいっか...。アスールちゃんが倒れたって聞いて、急いでこっちに戻ってきたんだ。」

彼は布団の上から降りると、机の上に置かれた白い上着を手に取り、袖を通した。肩から垂れる青い布が、目線の先でヒラヒラとなびく。

「アルくんの所に行こう。すごく心配してたから、起きた事を知らせないとね。」

差し出された彼の手を握り、部屋を後にした。
階段を降りていると、外へ出る扉の方から女性の話し声が聞こえてきた。

「だーかーらー!弟に会いに来たって言ってるでしょー?」
「団長は今ここにはおらへんって!用があるなら別の日に...」
「せっかくここまで来たのに、追い返すって言うの!?あたしは騎士団長、ユオダスの姉なのよ?そんなあたしを追い返…」

どうやら、黒髪の女性とアルトゥンが口論をしているようだ。ヴィーズは階段の途中で立ち止まり、私の手を離してその場にしゃがみ込んだ。

「アスールちゃん。ちょっとここで待っててね。」

彼は階段を素早く駆け下り、2人の元へ歩み寄った。

「ユーちゃん久しぶりだね。今日は何の用事かな?」
「あ、ヴィーズくん!弟に会いに来たんだけど、この人が中に入れてくれなくて困ってたのよー!」
「勝手に入られても困るんよ!団長はここに居らへんって、さっきから何度も言って...」
「アルくん。僕が彼女を連れて行くから、アスールちゃんをお願い。」
「わ、分かった。ほんなら頼むわ...。」
「ユーくんはここに居ないから、僕が城まで案内するよ。」
「ほんと?助かるわ~!ありがとうヴィーズくんっ。」

ヴィーズは肘を曲げ、彼女に向かって腕を差し出した。女性は彼の腕を掴み、2人で揃って外へと出て行く。
階段の途中で取り残された私の元へ、アルトゥンが駆け寄った。

「アスール!身体はもう大丈夫なんか?」

私に向かって腕を伸ばす彼の身体を避け、階段を駆け下りた。

「そんなに動けるんやったら大丈夫そうやね。倒れた時はどうしたんかと思ったわ~...。」
「...誰?」
「あー。さっきおった女の人?あの人は、団長の姉ちゃんや。」
「...ねーちゃん?ユーちゃん?」
「姉ちゃんは名前や無くて...団長の家族や!」
「...家族。」
「アスールの家族はどこにいるんやろうね...。」

先程まで賑やかだった廊下が、一気に静まり返る。常に喋り続けているアルトゥンが、口を閉じたまま窓の外を眺めていた。

「もう...俺等の家族になればええんちゃう?そしたら毎日美味しい飯は食べられるし、常に人がおるから賑やかで寂しな…」
「何寝ぼけた事言ってんの?」

廊下の先に、白い服を着たローゼの姿が見えた。彼女の肩に青い布は付いていなかったが、先程ヴィーズが着ていた服にとても似ている。

「なんやローゼ。おったん?」
「居て悪い?ここが僕の仕事場なの。」
「...光る棒。」

私は、彼女の腕に抱えられた光る棒を指さした。昨日、彼等が振り回している所を見た覚えがある。

「光る棒じゃなくて、これは剣!危ないから、絶対触らないでよね。」
「...危ない?」
「触ったら怪我するから、近寄ったらダメやで?」
「...分かった。」
「で、ローゼ?寝ぼけとるとか何とか言っとったなぁ。どういう事か、説明してもらおか?」
「あれ?聞こえてた?頭は悪いみたいだけど、耳は良いんだね。」

2人は互いに見つめ合いながら、黙り込んだ。しばらく沈黙が続き、喋る様子の無い彼等の代わりに口を開く。

「...仕事、見たい。」
「え?」
「やめときやめとき。こんなん見たって、なーんも面白くないで?」
「...いいよ。見せてあげる。着いて来て。」

歩き出した彼の後を追いかけ、扉を開けて建物の外に出る。建物沿いに道を進み、近くに建っている小さな小屋に辿り着いた。

「何でアルまで来たわけ?」
「お前はこれから仕事なんやろ?仕事があるから、アスールの面倒は見られへんって今朝言っとったやん。」
「アルって変な所ばっかり覚えてるよね。...ほんとムカつく。」
「どんな事するんか楽しみやね~アスール。」
「...楽しみ?」
「見るなら黙って見ててよ!気が散るなぁ!」
「はいはい…分かった分かった~。」

彼女は腕に抱えた剣を机の上に置き、そのうちの1本を手に取った。
近くに置かれた背の低い椅子に座り、濡れた石の上に剣を寝かせる。指で抑えながら剣を滑らせ、何度も石に擦り付けていく。同じ動きをしばらく繰り返し、先程まで白くくすんでいた剣が光を反射し輝き始めた。

「こうやって、刃こぼれした剣を修理するのが僕の仕事。」
「...刃こぼれ?...しゅーり?」
「アル。通訳。」
「要するに...壊れた剣を元に戻して、また使えるようにするっちゅうことやな!」

磨き終えた剣を机に置き、ローゼは再びくすんだ剣を手に取った。

「ところで、何で見たいって言い出したの?昨日はそれ程、僕達に興味を持ってなかったのに。」
「...見たいから。」
「それ、理由になって無くない...?」

話をしつつも作業の手を止めることなく、彼は剣を磨き進める。

「ヴィーズから聞いた話やと...ビオレータと話した時から、色んな事に興味を示し出したらしいで?」
「ふーん。ビオレータさんねぇ...。あの人、どうやって騎士団に入ったのか本当に謎だよね。」
「せやな…それは俺も知らんなぁ。ローゼと同じ推薦組やったよね?」
「うん。僕が騎士団に入った頃には、もう既に居たしなぁ...。」
「ローゼが鍛治の腕を見込まれて、推薦されたんはわかるけど...。ビオレータは何の腕を見込まれたんやろね?」
「...ロゼ、腕いい?」

首を傾げながら問いかけると、険しい表情で剣を見つめていた彼女の顔が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。

「ちゃんと理解してるのか分かんないけど、褒め言葉として受け取っておこうかな?」
「なんよー。素直に喜んだらええのに。」
「うるさい。」

緩んだ顔が一瞬のうちで、険しい表情に戻った。

「なぁ。それ、全部今日中に終わさなあかんの?」
「別にそうじゃないけど...なんで?」
「ほんなら、アスールと一緒に風呂に入って来てもらえん?」
「はぁ!?なんで一緒に入らなきゃいけないの!?」
「せやかて...今日はグリが居らへんから、俺が食事当番になっとるんよ。でも、アスールが1人で風呂に入るんは、誰かが見とらんと危ないかもしれんからー...ってルスケアが言っとったで。」
「ヴィーズさんの次はルスケアさん!?もー!なんなのあの2人は!」

彼女は手に持った剣を振り回し、目の前の空を切った。

「ちょいちょいちょい!武器に当たらへんでよ!危ないやろ!?」
「うるさいうるさい!」
「子供みたいに駄々をこねる奴には...こうやで!」

彼は指を擦り付け、彼女の頬を黒く染めた。

「なっ!?何するんだよー!」
「あーあ。顔が汚れてしもうたなぁー。これじゃ、アスールと一緒に風呂に入るしかあらへんなー。」

そう言い残し、彼は建物の方へと立ち去って行った。

「あーいーつー!次、会ったら許さん...!」
「...お風呂。」
「あーもー...わかったわかった。片付けるから、ちょっと待ってて。」

ため息をつきつつ剣を片付け、彼女と手を繋いで風呂場へと向かうのだった。
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