青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第1章:黒髪の少女

第9話

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「ここの生活、大分慣れてきたみてぇだな。」

温まった身体で、グリと共に廊下を歩く。風呂上りだからなのか、いつも上にかきあげている前髪は垂れ下がり、彼の目元は隠れていた。

「手を繋いでたら歩き辛ぇからな。こっちの方が楽で助かるぜ。」 
「...助かる?」
「ガキの世話なんて慣れてねぇんだよ...。妹どころか、兄弟は1人もいねぇからな。」
「...他の家族は?」
「...俺に家族は居ねぇ。」
「...居ない?」 
「あぁそうだ。どっちも死んだよ。」
「...死んだ?」
「生きてねぇって事だ。お前と違って、この世界のどこを探しても、俺の家族は見つからねぇ。」

彼は、黒くなった窓の外をぼんやりと眺める。その表情は長い前髪で隠れていて、よく見えなかった。
私は目線の先にある、彼の手を握りしめる。

「...グイ、家族。」
「慰めのつもりか?」
「...慰め?」
「...んな訳ねぇか。お前の部屋はそこだったな。見送るくらいはしてやるから、さっさと部屋に戻れ。」
「...分かった。」

彼の手を離し、廊下を歩き進める。後ろを振り返ると、扉の前に立つ彼の姿があった。

「振り返ってねぇで、さっさと行け。」

彼に急かされ、小走りで廊下を駆ける。自室のドアノブに手を触れると、離れた所で扉が開く音が聞こえた。音のした方を振り向くと、彼の姿は既に見えなくなっていた。



ベッドに横たわり、布団に包まる。部屋の中はすっかり暗くなり、窓から差し込む月明かりだけが私の足元を照らしていた。
ヴィーズの声も、ルスケアの歌も聞こえない静寂の中で、目を閉じる。この数日間、私が1人になるのはこれが初めてだった。
私は、騎士達から聞いた家族の話を思い返す。ユオダスが、家族には様々な形があると言っていた。ジンガのように沢山の兄弟が居たり、グリのように1人も居なかったりする。
そこでふと、ビオレータに家族の話を聞いていなかった事に気が付いた。彼女には兄弟が居るのだろうか?親は本当の家族なのだろうか?そんな事を考えていると、どんどん頭が冴えていき、眠気が遠くへ行ってしまった。
身体を起こし、ベッドから飛び降りる。扉を開いて部屋を抜け出し、1人で廊下を歩き始めた。

「アスール。そんな所で何をしている?」

階段を降りている所で声をかけられ、後ろを振り返る。すると、階段の最上段に立つ、ユオダスの姿があった。

「トイレか?」

彼の問いに、私は首を横に振った。

「...ビオレタに聞きたい。」
「なぜ今なんだ?」
「...気になって寝れない。」
「今の時間は、流石のビオレータでも寝ているだろう。話を聞くなら明日にしろ。」
「...分かった。」

階段を登りきり、彼の横を通り過ぎる。そのまま来た道を引き返し、部屋の扉を開いた。
すると、私の後ろからユオダスが部屋の中へ入ってくる。

「俺でよければ話し相手になってやろう。」
「...何のお話?」
「まずは横になってからだ。」

ベッドに横たわり、再び布団に包まる。先程とは違い、月明かりに照らされるユオダスの姿が見えた。

「ん?丁度良い所にアロマがあるな。」
「...ルスキャがくれた。指さしても燃えない。」

彼の真似をしてアロマを燃やそうと試みたが、彼のように指をさしても火が灯る事は無かった。

「あぁ...。それはルスケアの魔法の力だ。あいつは火の属性を宿しているから、指をさしただけでも火をつける事が出来る。」
「...よく分からない。」
「詳しい話は、明日以降ビオレータが教えてくれるだろうから、その時に聞くと良い。」

彼はアロマに向かって手の平をかざし、手の方をじっと見つめる。しばらくして紐が燃えだし、甘い香りが漂い始めた。

「...ユオアスも火、つけられる?」
「あぁ。俺も火の属性を宿しているから、多少はな。魔法については詳しくないから話せないが...他に何か聞きたい事はあるか?」
「...ユーちゃん、なんで意地悪する?」
「...何故それを?誰から聞いた。」
「...ロゼ。」
「あいつか...。」

彼は深くため息をつき、近くの椅子に腰を下ろした。

「今からする話は、誰にも言わないと約束出来るか?」
「...する。約束。」
「...俺の父は、俺が小さい頃に家を出て行った。」

机の上に置かれたアロマの火を眺めながら、彼は言葉を呟いた。

「愛想をつかされた母は、毎日のように知らない男を家に連れて来るようになった。姉は男に可愛がって貰えたが、俺は邪魔者扱いされた。殴られたり...蹴られたりした事もあった。」

言葉を発するにつれ、彼の表情は強ばっていく。

「そんな俺を見ても、母は助けてくれなかった。姉もまた、助けるどころか面白がって見ていた。...俺は、女という生き物が心底嫌いだ。」

彼の顔は、街で女性に触れられた時と同じ表情をしていた。

「...アスール。おそらくお前も、俺と同じだ。」
「...同じ?」
「俺の場合は女だが、お前は男に触れられるのが怖いのだろう。恐怖というのは...例え感情が無くても、本能的に避けたくなるものだ。」
「...きょーふ?」

椅子から立ち上がり、彼はゆっくりと私の元へ歩み寄る。彼の伸ばした手が、私の頭に触れようとした瞬間...咄嗟に身体を縮めて、布団の中に身を隠した。

「これが、恐怖という感情だ。」

彼の手によって、私は【恐怖】という感情を知った。
遠ざかっていく足音が聞こえ、布団の中からそっと顔を覗かせる。すると、扉の前に立つ彼の大きな背中が見えた。

「…怖がらせてすまなかった。俺がお前に触れる事は、無い。安心して寝てくれ。」

彼はそう言い残し、部屋を出ていった。
再び訪れた静寂の中に彼の姿は無く、アロマの甘い香りだけが残されていた。



「ビオくんおはよう。よく眠れた?」

翌日。私はヴィーズと共に、書庫を訪れた。以前訪れた時と全く同じ場所にビオレータが座っている。

「おはようございます。…それなりに眠ったのではないでしょうか。」
「何だか他人事みたいだね?」
「前置きはこれくらいにして、早く本題に入りましょう。今日はあなたに、色んな話をしなければいけませんからね。」
「僕はここに居たら邪魔しちゃいそうだから、自分の部屋に戻ってるよ。じゃあ、お勉強頑張ってねアーちゃん。」

彼は足元の本を避けながら、軽やかな足取りで部屋を出て行った。

「では始めます。そこに座って下さい。」

言われた場所に腰を下ろすと、彼女は私に1冊の本を差し出した。

「あなたがどこまで覚えているのか分からないので、まずは国の話からしましょう。」

この世界は、6つの国に分類されている。地水火風光闇の6精霊が存在し、それぞれの国を作り上げたと言う。

「俺達が今いるこの国は、ビエント王国です。先祖代々、風の精霊の加護を受けた王家が国を統治しています。」

ビエント王国の他に、地の精霊を祀っているタナー神国。小さな島々が集まって、水の精霊を守り継ぐヴァハトゥン諸島連国。火の精霊の恩恵を受け、権力を持つ貴族が国を治めるアリファーン帝国。
主にこの4つの精霊が、大きな大陸を分けている。

「光と闇の2つは少々特殊で…。この2つの国には、我々人間とは違う種族が暮らしています。光の精霊の生まれ変わりと言われている、天族が住む国ルーチェ。そして、我々人間の脅威となる存在…闇の精霊の生まれ変わりである、魔族が住んでいる国ザラーム。」
「…天族?魔族?」
「まずは天族ですが、彼等の国は雲の上にあると言われています。しかし、我々人間は空を飛ぶ事が出来ないので、誰も見た事はありません。存在を証明するものは本しか無いので、興味があれば本を読んで下さい。」
「…分かった。」
「次に魔族についてですが…彼等の国はこの大陸から離れた場所にある島で、魔獣島と呼ばれています。魔族は我々人間を敵とみなし、大陸のあちこちで悪さをしています。」
「…悪さ?」
「意味もなく動物や人間を殺したり、建物や自然を破壊したりするんです。そんな彼等から人々を守る為に、我々騎士団がいます。人間には人間の、魔族には魔族の、動物には動物の生活がありますからね。それを守るのが、我々の仕事な訳です。」
「…よく分からない。」
「まぁ…今日は初日ですから、このくらいにしておきましょう。ここまでの話で、他に聞きたい事はありますか?」

聞きたい事は無いかと問われ、私は昨晩の疑問を彼女に投げかけた。

「…ビオレタの家族は?」
「俺の…家族ですか?」
「…皆に聞いた。でも、ビオレタには聞いて無い。」
「あなたの勉強に関係ない話は、答える必要がありません。聞くなら他の…」

彼女の言葉を遮るタイミングで扉が開き、ヴィーズが再び部屋へやって来た。

「…何の用ですか?」
「勉強、終わったんでしょ?だから、アーちゃんを迎えに来たよ。」
「あなたの耳は、相変わらずの地獄耳ですね…。」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ。」

彼は目を細めながら、こちらへ歩み寄る。

「…地獄耳?」
「僕は皆より遠くの音が聞こえるんだ。小さい音も大きく聞こえるし、多分耳が良いんだね。」

髪の毛をかきわけ、彼は耳を出して見せた。耳の下の方に何かがくっついているが、薄暗い部屋の中ではそれがなんなのかよくわからなかった。

「お迎えが来たのであれば、こちらとしても助かります。俺はこれから仕事をするので、彼女をよろしくお願いします。」
「うん。座ってばかりだと身体が固まっちゃうだろうなら、少し建物の中を散歩しよう。」

彼の手を握り、部屋を出た。薄暗い所に居たせいか、窓から差し込む光が余計に眩しく感じられる。

「手、冷たくない?」
「…無い。」
「なら良かった。僕、冷え性だから…常に手が冷たいんだ。アーちゃんもあんまり温かくないね。」
「…ひえしょー?」
「手足の先がすぐ冷たくなっちゃう人の事。まだ肌寒い時期だから…夏場はそれほど気にならないんだけどね。」
「…夏場?」
「ビエント王国には、4つの季節が存在するんだ。3ヶ月ごとに春、夏、秋、冬っていう…気候や気温が異なる季節が巡って、1年が過ぎていく。」
「…季節?」
「単純に覚えていないだけなのか…。それとも四季が存在しない国の出身なのか…。どっちだろうね?」

私は彼の問いの意味がわからず、首を傾げる。すると、彼の耳にぶら下がる何かが陽の光を反射して、きらりと輝くのが見えた。

「…耳、光ってる。」
「ん?あぁ…ピアスの事か。これは、友達に貰ったんだ。」
「…友達?」
「うーん。家族の次に親しい…仲のいい人、付き合いの多い人かな。」
「…よく分からない。」
「あはは。アーちゃんにもそのうち出来るよ。」

彼と廊下を歩いていると、外の方から水の流れる音が聞こえて来た。

「…水の音。」
「アーちゃんも聞こえた?これは…ルーくんがお花に水をあげてる音だね。」
「…お花に水?」
「植物に関しては、僕よりルーくんの方が詳しいから…見に行ってみよっか。」

彼に手を引かれ、私は建物の外へ出た。
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