青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第1章:黒髪の少女

第10話

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「ルーくん。お仕事お疲れ様。」
「あっ…ヴィーズ様…!」

ルスケアは私達に気が付き、こちらへ駆け寄った。彼の手は濡れていて、指先から水が滴り落ちている。

「…手、濡れてる。」
「あぁこれ?さっきまで、花に水をあげてたからね。」
「…何で濡れる?」
「見せた方が早いんじゃない?」
「わかりました。」

そう言うと、彼は近くの低木に歩み寄った。すると、彼が伸ばした手の平からシャワーのような水が吹き出した。

「…シャワーみたい。」
「あはは。僕達にとってはシャワーみたいかもしれないけど、花にとっては食事みたいなものだよ。」
「…水、ご飯?」
「そうだよ。私は魔法の力で、水やりをするのが仕事なんだ。他にも色々仕事はあるけど…庭の手入れは率先してやってるよ。」
「…率先?」
「ルーくんは、植物が好きなんだよ。だから、優先して植物の管理をしてくれてるんだ。」
「…好き?」
「花って、すごく良い匂いがするでしょ?匂いで気持ちが安らぐし、見ていて癒されるんだ。」
「…よく分からない。」

好きという感情も、安らぎという感情も、癒しという感情も…今の私には分からない。

「アーちゃんも一緒にお世話してみたら?そしたら花の事、好きになれるかも。」
「…お世話?」
「私が教えてあげるよ。確か…倉庫にジョウロがあったはずだから、持ってくるね。」

しばらくして、彼は緑色のジョウロを持って戻って来た。

「…これがジョウロ?」
「ちょっと待ってね。今、水を溜めるから。」

上に開いた大きな穴に手を突っ込み、彼の魔法の力によってジョウロの中は水で一杯になった。すると、ヴィーズがジョウロを手に取り、植木に向かって先端を傾ける。

「こうやって、水をかけてあげると植物が成長して、やがて花が咲くんだ。」
「…花咲く、見てみたい。」
「花が咲くまでは時間がかかるから…毎日少しずつ水をかけてあげるといいよ。分からないことがあったら私に聞いてね。」
「…分かった。」
「はい。アーちゃんも水やりやってみて。」

彼からジョウロを受け取り、植木に水をかける。青々とした葉っぱに水がかかり、キラキラと光を反射している。

「そうそう上手い上手い。」
「…水、もっと。」
「はいはい。ちょっと待ってね。」

何度もルスケアから水を貰い、周りの植物に次から次へと水をかけて回った。

「何だか楽しそうだね。」
「嫌がっては居ませんから…どちらかと言えば好きなんでしょうね。」
「…ビズ、これ何?」
「何か見つけた?」

私は拳を突き出し、手を開いて捕まえた緑色の生き物を彼に見せた。

「うわぁぁぁ!カエルー!!!」

彼は悲鳴をあげ、ルスケアの後ろに身を隠す。

「…カエル?」
「川や池なんかの、水辺に住んでいる生き物だよ。近くの川から遊びに来たのかもしれないね。」
「…ビズ、何で隠れる?」
「そ、それは…その…。」
「ヴィーズ様は、虫が嫌いなんだ。ですが…カエルは虫ではなく、両生…」
「虫じゃなくても、嫌いなものは嫌いなのー!お願いだからどっかやって!!!」

彼は大声で叫びながら、膝を抱えてしゃがみ込んだ。手を差し出すルスケアにカエルを渡すと、彼は遠くの方へ姿を消してしまった。

「…カエル居ない。」
「…ほんと?」

しゃがんだまま、彼は私を見上げた。いつも見上げている私が彼を見下ろしているのは、なんだか不思議な気分になった。

「…ぁぁぁー!…ー!」

建物の反対側から、聞き覚えのある青年の叫び声が聞こえてきた。

「この声は…アルくん?」
「…見に行こ。」
「あ、うん…行ってみようか。」

再び彼と手を繋ぎ、建物の裏側へ向かった。すると、動物の匂いがする小屋の前に2人の人影が見える。

「あ、ヴィーズ~!助けてぇなぁ~!」
「何何?どうしたの?」
「やっぱり…俺には無理やったんやぁ~!うわぁぁぁ~!」

彼はヴィーズに走り寄り、勢いよく抱きついた。少し離れた場所に立っていたジンガが、1頭の馬を連れてこちらへ歩み寄る。

「ジンくん…一体何があったの?」
「動物を克服したいと言うから、手伝っていた。」
「…克服?」
「嫌いな物を、好きになろうと頑張る事だよ。でも…どうして急に?」

アルトゥンの頭を撫でながら、ヴィーズは彼に問いかけた。

「あんなぁ…?俺、騎士やのに馬に乗れへんやろ?それが、とーちゃんにバレてしもうて…めちゃくちゃ怒られたんよ…。騎士ともあろう者が、馬に乗れなくてどないすんねーん!って…。」
「なるほど…それでか。」
「ジンくんも、よく知らずに教えようとしてたんだね…。」
「…馬、乗れる?」
「アーちゃんにはまだ早いよ。大人になったら、僕が教えてあげる。」
「…分かった。」
「アルくんは、馬を触るのも苦手なんでしょ?いきなり乗ろうとするのは、さすがに無理があるよ。まずは少しずつ、慣れていったらどうかな?」
「慣れるっちゅうても…どないすればええの?」
「そうだなぁ…。まずは、餌をあげてみるとか。慣れてきたら撫でてみたり、手網を引いてみたり、少しずつ馬との距離を縮めるのが良いと思うよ。」
「分かった。まずは餌を持ってくる。」

馬を連れ、ジンガは小屋の方へ去って行った。

「餌やりだったら、アーちゃんでも出来そうだね。」
「…餌やりする。」
「ア、アスールは、怖いもん無しなんか…?」
「僕等より騎士に向いてるかもしれないね。」
「俺も負けてられへん…!まずは餌やりからやってみるでぇ!」

しばらくして、木桶を持ったジンガが私達の元へ戻って来た。その中を覗くと、橙色の棒が沢山入っている。

「…馬の餌?」
「この間食べたシチューに入ってたやろ?人参って言うんや。」
「…じんじん。」
「人参ね?」
「これを持って、馬の口元に近付ければいい。」

ジンガは人参を掴み取り、馬の口元へ差し出す。すると、馬は口を開けてボリボリと音を立てながら人参を食べ始めた。

「…じんじん欲しい。」
「届くか?」
「ダメそうなら僕が抱えるよ。」

彼から人参を受け取り、馬に向かって腕を伸ばす。すると、馬は首を下ろし、私の手から人参を食べた。

「大丈夫そうだやな。もっとあげてみるか?」
「…みる。」
「ほらアルくん。君もやってみないと。」
「お、おう!アスールにも出来たんや…。俺にも出来るはずや…!」

彼は人参を手に取り、馬の前に立つ。じっと馬を見つめ、ゆっくりと人参を近付けていく。すると、待ちきれなくなった様子の馬が、彼の手から人参を奪い取った。

「うわぁぁぁー!!!」

彼は瞬時に後退り、バランスを崩して草の上に尻もちを着いた。

「だ、大丈夫?アルくん…」
「なんやもぉ~!ビックリさすなよぉ~!」
「馬に乗るのは、まだまだ先になりそうだな。」
「この感じだと、アーちゃんの方が先に乗っちゃいそうだね。」

馬の餌やりを終え、草まみれになったアルトゥンと共に、私は風呂場へ向かうのだった。



「アスールの事、今日から師匠って呼ばせてもらうわ。」
「…ししょー?」
「尊敬する人の事をそう呼ぶんや。」
「…そんけー?」
「憧れ…つったらわかるか?」
「…よく分からない。」
「そうか~。そうやなぁ…。あ!俺にとっての団長みたいなもんや。」
「…ユオアス?」

それから彼は、ユオダスと初めて出会った時の事を話し始めた。

「でな?俺がアスールと同じくらいの頃、団長に助けてもらった事があるんよ。それ以来、団長みたいな騎士になりたい思って、沢山剣の訓練をしたんや。」
「…ユオアスがししょー?」
「団長は師匠と言うより…目標やな!団長から剣を教わったわけちゃうし。」
「…よく分からない。」
「ははは!今は、よー分からんでもええ!俺が色んな事教えたるから、アスールは俺と色んな動物に触れ合ってくれればええんよ。」
「…触れ合う?」
「今日みたいに、一緒に餌やりしてくれたらええって事や。」
「…分かった。」
「約束やで?」

彼は拳を握りしめ、小指を立てた。それを私の前に差し出すが、どうすればいいか分からず首を傾げる。

「あー…そっか。触れるのは嫌やってん…指切りも出来へんか。」
「…ゆびきい?」
「約束する時、こーやって小指を絡めるんや。」

両手の握り拳を向かい合わせ、伸ばした小指を絡めてみせる。

「…約束、する。」

彼の真似をして、小指を立てた拳を差し出す。

「触ってもええの?嫌だと思う事は、無理にする必要ないんやで?」
「…へーき。」
「じゃあ…アスールも少しずつ、克服していこうな?約束やで。」

彼の大きな指が、私の指に絡みつく。絡み合った小指が、私達の距離をほんの少し縮めてくれたような気がした。
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