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第3章:使命
第31話
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「おいユオダス。てめぇ...何だその食い方は。」
「何か問題か?」
ユオダスと食事をしている所へ、料理を作ってくれたグリがやって来た。彼は眉間に皺を寄せ、皿の上に乗ったパンを見下ろしている。
「生クリームたっぷりのフルーツサンドに、メープルシロップをかける奴が居るか!」
「別に、お前にこれを食べろと言ってる訳じゃない。どう食べようと俺の勝手だろう。」
「...知らない言葉、いっぱい。」
「お前が口の周りにベタベタくっつけてる、白いのが生クリームだ。」
グリは私の口元へ布を近づけ、顔に擦り付けた。
「...生クイーム、甘い。」
「フルーツサンドってのは、この料理の名前だ。食パンに生クリームを塗って、果物を挟んだら出来るサンドイッチの事だな。」
「...リンゴ?オレンジ?」
「俺のはバナナで、お前のはイチゴだ。」
どちらも名前の知らない食べ物で、私は更に困惑した。今食べている1口程の大きさの赤い物は、イチゴと言うらしい。リンゴより酸味があり、オレンジより甘味を感じる。
「...バナナ、甘い?」
「食べてみるか?」
私が首を縦に振ると、彼は白っぽい塊を私の皿の上に乗せた。私はそれをフォークで突き刺し、口へ運ぶ。
「...甘い。」
「それはもはやバナナの甘さじゃなくて、メープルシロップの方だろ...。」
「...はちいつ?」
「見た目は似てっけど...蜂蜜じゃねぇよ。」
「...何違う?」
「あー...。何だっけな...?」
「蜂蜜は花の蜜で、メープルシロップは木の蜜だ。ヴァハトゥン諸島連国の北の方で採れる。」
答えられなかったグリの代わりに、ユオダスが新たな知識を教えてくれた。ビオレータ程では無いが、彼もそれなりに博識なようだ。
「...物知りだな。」
「この位は常識の範囲内だ。」
「そうかぁ?メープルシロップが樹液だって常識、聞いた事もねぇけどな。」
「お前は今日休みだったな。手の込んだ料理を作るのも良いが、少しは勉強したらどうだ?」
「今更勉強した所で、何の為になんだよ。」
「幸い、書庫には沢山の教材がある。アスールと一緒に、本でも読んでみろ。騎士たるもの、知識を身につけておいて悪い事は一つも...」
「分かった分かった...!片付けが終わったらな!」
ユオダスの話を途中で遮り、彼は調理場へと去って行った。
「アスール。グリの片付けが終わったら一緒に書庫へ行って、本を読んでもらえ。」
「...分かった。」
私は彼の言いつけを守り、片付けを終えたグリと共に書庫へ向かった。
「珍しい組み合わせですね。と言うより...あなたがここへ来る事自体が珍しいのでしょうか?」
「てめぇは仕事に集中しとけ。邪魔はしねぇよ。」
ビオレータの机の前を通り過ぎ、奥へ歩き進める彼の後ろをついて行く。
「勉強つってもなぁ...何を勉強したらいいんだ?」
「...バハトン、どんな所?」
「もしかして、ヴァハトゥン諸島連国の事か?」
私が首を縦に振ると、彼は戸棚に並んだ本を指で謎り始めた。
「えー...っと、これか?」
「...ソファー、読んで。」
「分かった分かった。ちょっと待ってろ。」
ソファーへ歩み寄り、彼の隣に腰を下ろす。本を広げた彼は、ページを捲って文字を読み始めた。
「ヴァハトゥン諸島連国は、小さな島々が集まって出来た島国である。雨季があり、冬には雪が降る地域も存在する。」
「...雨季?雪?」
「雨季つーのは...雨が降り続ける時期だ。雪は、寒くなると空から降ってくるもんだな。」
「...雨降る、毎日?」
「極端に言うとそういう事だ。」
「...雪、何で寒いと降る?」
「あー...考えた事も無かったな...。」
「雲の中に存在する水分が、寒さの影響で小さな氷の粒になります。暖かいと氷の粒は溶けてしまい...雨として地上に降りますが、寒いと氷の粒同士がくっついて大きくなり...雪として地上に降りて来るんですよ。」
私達の背後から、こちらへ話しかけるビオレータの声が聞こえてくる。彼は手元の紙に何かを書きながら、雪について語った。
「おいビオレータ...てめぇが邪魔してどうすんだよ。」
「たまたま聞こえただけです。邪魔するつもりはありませんので、どうぞ続けて下さい。」
「...それぞれの島国で長を決め、話し合いで国事を成すのが大きな特徴である。」
「...長って何?」
「俺等の王様と、似た様なもんだろ。」
「王のように血筋ではなく、腕っ節の強さで島の代表を決めるそうですよ。強ければ、権力や地位など関係なく...誰でも長になれると聞いた事があります。」
再び口を挟んだビオレータに、彼はため息をついた。
「...てめぇは仕事する気があんのか?」
「手は止めていません。やる気があるかどうかは、あなたには関係無いでしょう。」
「なら、てめぇが読んでやれば良いだろ。」
「それでは仕事の手が止まってしまいます。」
「...グイ、本読むの嫌?」
「昔から、文字を読んでるとどうも眠くなっちまうんだよなぁ...。勉強すんのも、すげぇ面倒くせぇし。」
「よくそれで試験に合格出来ましたね。」
ビオレータの言葉の意味が気になり、後ろを振り返って問いかけた。
「...試験って何?」
「騎士になる為には剣の腕だけでなく、知識も必要なのです。まぁ...王の推薦があれば、勉強する必要はありませんがね。」
「...ビオレタ、べんきょーしてない?」
「していない訳ではありません。俺の場合は必要なかっただけです。」
「...ジガとロゼも?」
「まぁ...彼等も推薦組ですからね。ローゼさんは分かりませんが...ジンガさんは、勉強していないと思います。」
「...何で?」
「彼は孤児院出身ですからね。あそこは、国から支給された金や物資で生活しなければなりません。勉強出来るような本や、時間は無かったと思われます。」
「...グイ、べんきょーした?」
再び振り返ってグリに声をかけると、彼は机に突っ伏して寝息を立てていた。
「...グイ寝てる。」
「全く...。ここは彼の寝室では無いのですがね。」
「...散歩する。」
「分かりました。彼が起きたら伝えておきます。」
書庫を出て、行く宛てもなく廊下を歩き出した。
しばらく歩いた後、建物の裏から馬の鳴き声が聞こえ、私は馬小屋へ向かって駆け出した。
すると、馬の世話をするジンガの奥で、草原を駆け回る馬の姿を見つけた。馬の背にはユオダスが跨り、彼の髪が風を受けてヒラヒラとなびいている。
「...走ってる。」
「ん?あぁ...。治癒士か。」
「...馬走ってる、良いの?」
「あれは訓練だから良いんだ。」
「...馬もくんえん?」
「そうだ。必要な時に走れなかったら困るからな。」
遠くからでも分かるほど、馬に乗っているユオダスの表情は明るかった。それは、恐怖や嫌悪、困惑の感情とは違って見える。
しばらくその様子を見ていると、こちらに気が付いた彼が馬と共に駆け寄った。
ーヒヒーン!
馬は大きく鳴き、私の側に立ち止まる。いつもより高い位置から、彼は私を見下ろした。
「グリはどうした?」
「...寝てる。」
「何...?勉強したのではないのか?」
「...したけど寝た。」
「全く...。あいつにも俺の話をもっと聞かせる必要がありそうだな。」
彼は馬から飛び降りると、手網を引いてジンガの元へ歩み寄った。
「ジンガ。すまないが、こいつの世話も...」
私は馬の後に続き、ジンガの元へ駆け寄ろうとした時だった。
「待て!!!」
ユオダスは大きな声を上げ、私の腕を引っ張った。私は大きくバランスを崩し、彼の身体に倒れ込む。そのまま両腕で支えられ、何とか地面に倒れずに済んだ。
状況が飲み込めず当惑していると、彼は慌ててその手を離した。
「すまない...!咄嗟に掴んでしまった。」
「...ビックリ。」
「悪気は無かった。怪我をしたら困ると思って...つい。」
「...怪我?」
「馬の後ろに立つのは危険だ。馬の脚は、人間の何倍もの脚力がある。もし蹴られたら、大人ですら大怪我をする。」
「...馬、脚強い?」
「あぁ。だから、あんなに早く走る事が出来る。っと...つまりはそう言う事だ。今後は気をつけてくれ。」
「...分かった。」
彼はジンガに馬を預けると、建物の方へと去って行った。
しばらくジンガの仕事を手伝い、馬の世話を終えて書庫へ戻って来た。しかし、そこにビオレータの姿は無く、寝ていたグリも見当たらなかった。
「...だ!...っと...て!」
再び廊下を歩いていると、中庭の方から話し声が聞こえてきた。そこには姿が見当たらなかったビオレータと、ユオダスの姿がある。
「...44。...45。...46。」
草の上で寝転がるビオレータは、身体を起こしたり倒したりを繰り返していた。一方のユオダスは彼の足首を掴み、数字を数えている。
「...50!」
一通り数を数え終え、ビオレータは腕を大きく広げて地面に倒れ込んだ。
「おいビオレータ。まだ50回だぞ?せめて100回くらいは...」
「ふ、普段動いている...あなたと...俺を...一緒にしな...いで下さい...。」
「...何してる?」
彼等の元へ歩み寄り、声をかける。ユオダスは私の方を向き、名前を呼んだ。
「アスールか。俺達は今、トレーニングをしている。」
「...トレーイング?」
横になったままのビオレータに問いかけるが、彼は目を閉じ、口も固く閉ざしていた。
「訓練の1つだ。体力や筋力をつけるために行う運動だ。」
「...トレーイング、したい。」
「何?お前もしたいのか?」
「...ダメ?」
「ダメではないが...。いきなりは難しいだろう。まずはストレッチから教えてやろう。」
「...ストエチ?」
「身体を柔らかくしたり、ほぐしたりする運動だ。俺の真似をしてみろ。」
「...分かった。」
「ビオレータ。お前もだぞ。」
「...わ、分かりました。」
その後、3人でストレッチと呼ばれる運動を行った。脚を開いて身体を前に倒したり、身体を反らせたりして全身を伸ばし、程よく汗をかいた。
「そうか。ヴァハトゥン諸島連国について調べたのか。」
汗を流す為、私はユオダスとビオレータの2人に連れられ、風呂場へやって来た。
「...雨季あって、冬に雪降る。」
「水の精霊の影響だろうな。雨も多いが、あそこはとにかく海が多い。移動もほとんどが船だった。」
「...海、前見た。広くてデカくておっきかった。」
「なんだその変な表現は...。もしかして、アルトゥンか?」
私が首を縦に振ると、彼は深くため息をついた。
「あいつにも話が必要だな。」
「...海、波起きる。なんで?」
「それは、海面で起きた風が水面を揺らして、つ...」
「...月の引力?」
「えっ...。」
「どうしたビオレータ。」
「あ、あなたも...相手の心が読めるのですか?」
彼の言葉の意味が分からず、私は首を傾げた。
「俺が言おうとしていた言葉を言うので...驚きました。」
「言われてみると、波が起きる原理は知らないのに答えを知っているような口ぶりだったな。」
「...心?読めない。本も読めない。」
「そう...ですよね。ルスケアさんのような、特殊な力を持つ人が...沢山いる訳が無いですよね。」
「もしかすると、喪失している記憶の1部かもしれないな。」
「なるほど...それなら自然ですね。」
「...ビオレタ、トレーイング嫌い?」
「き、嫌いというか...苦手というか...。あまり身体を動かさないので、長続きしないんですよ。」
「だから常に運動しろと、あれ程...」
「身体を鍛えるのが好きな、あなたには分かりませんよ...!それに、俺の仕事は座り仕事が多いですから...こればっかりはどうしようもありません。」
「何も腹筋を1000回やれと言ってる訳じゃない。仕事が忙しいのはわかるが、その合間に身体を動かす事だっ...」
「残っていた仕事があるのを思い出しました!俺は先に失礼します。」
「...私も。」
心を読む事は出来ないが、話が長くなりそうだと思った私は、ビオレータの後に続いて風呂場を後にした。
「何か問題か?」
ユオダスと食事をしている所へ、料理を作ってくれたグリがやって来た。彼は眉間に皺を寄せ、皿の上に乗ったパンを見下ろしている。
「生クリームたっぷりのフルーツサンドに、メープルシロップをかける奴が居るか!」
「別に、お前にこれを食べろと言ってる訳じゃない。どう食べようと俺の勝手だろう。」
「...知らない言葉、いっぱい。」
「お前が口の周りにベタベタくっつけてる、白いのが生クリームだ。」
グリは私の口元へ布を近づけ、顔に擦り付けた。
「...生クイーム、甘い。」
「フルーツサンドってのは、この料理の名前だ。食パンに生クリームを塗って、果物を挟んだら出来るサンドイッチの事だな。」
「...リンゴ?オレンジ?」
「俺のはバナナで、お前のはイチゴだ。」
どちらも名前の知らない食べ物で、私は更に困惑した。今食べている1口程の大きさの赤い物は、イチゴと言うらしい。リンゴより酸味があり、オレンジより甘味を感じる。
「...バナナ、甘い?」
「食べてみるか?」
私が首を縦に振ると、彼は白っぽい塊を私の皿の上に乗せた。私はそれをフォークで突き刺し、口へ運ぶ。
「...甘い。」
「それはもはやバナナの甘さじゃなくて、メープルシロップの方だろ...。」
「...はちいつ?」
「見た目は似てっけど...蜂蜜じゃねぇよ。」
「...何違う?」
「あー...。何だっけな...?」
「蜂蜜は花の蜜で、メープルシロップは木の蜜だ。ヴァハトゥン諸島連国の北の方で採れる。」
答えられなかったグリの代わりに、ユオダスが新たな知識を教えてくれた。ビオレータ程では無いが、彼もそれなりに博識なようだ。
「...物知りだな。」
「この位は常識の範囲内だ。」
「そうかぁ?メープルシロップが樹液だって常識、聞いた事もねぇけどな。」
「お前は今日休みだったな。手の込んだ料理を作るのも良いが、少しは勉強したらどうだ?」
「今更勉強した所で、何の為になんだよ。」
「幸い、書庫には沢山の教材がある。アスールと一緒に、本でも読んでみろ。騎士たるもの、知識を身につけておいて悪い事は一つも...」
「分かった分かった...!片付けが終わったらな!」
ユオダスの話を途中で遮り、彼は調理場へと去って行った。
「アスール。グリの片付けが終わったら一緒に書庫へ行って、本を読んでもらえ。」
「...分かった。」
私は彼の言いつけを守り、片付けを終えたグリと共に書庫へ向かった。
「珍しい組み合わせですね。と言うより...あなたがここへ来る事自体が珍しいのでしょうか?」
「てめぇは仕事に集中しとけ。邪魔はしねぇよ。」
ビオレータの机の前を通り過ぎ、奥へ歩き進める彼の後ろをついて行く。
「勉強つってもなぁ...何を勉強したらいいんだ?」
「...バハトン、どんな所?」
「もしかして、ヴァハトゥン諸島連国の事か?」
私が首を縦に振ると、彼は戸棚に並んだ本を指で謎り始めた。
「えー...っと、これか?」
「...ソファー、読んで。」
「分かった分かった。ちょっと待ってろ。」
ソファーへ歩み寄り、彼の隣に腰を下ろす。本を広げた彼は、ページを捲って文字を読み始めた。
「ヴァハトゥン諸島連国は、小さな島々が集まって出来た島国である。雨季があり、冬には雪が降る地域も存在する。」
「...雨季?雪?」
「雨季つーのは...雨が降り続ける時期だ。雪は、寒くなると空から降ってくるもんだな。」
「...雨降る、毎日?」
「極端に言うとそういう事だ。」
「...雪、何で寒いと降る?」
「あー...考えた事も無かったな...。」
「雲の中に存在する水分が、寒さの影響で小さな氷の粒になります。暖かいと氷の粒は溶けてしまい...雨として地上に降りますが、寒いと氷の粒同士がくっついて大きくなり...雪として地上に降りて来るんですよ。」
私達の背後から、こちらへ話しかけるビオレータの声が聞こえてくる。彼は手元の紙に何かを書きながら、雪について語った。
「おいビオレータ...てめぇが邪魔してどうすんだよ。」
「たまたま聞こえただけです。邪魔するつもりはありませんので、どうぞ続けて下さい。」
「...それぞれの島国で長を決め、話し合いで国事を成すのが大きな特徴である。」
「...長って何?」
「俺等の王様と、似た様なもんだろ。」
「王のように血筋ではなく、腕っ節の強さで島の代表を決めるそうですよ。強ければ、権力や地位など関係なく...誰でも長になれると聞いた事があります。」
再び口を挟んだビオレータに、彼はため息をついた。
「...てめぇは仕事する気があんのか?」
「手は止めていません。やる気があるかどうかは、あなたには関係無いでしょう。」
「なら、てめぇが読んでやれば良いだろ。」
「それでは仕事の手が止まってしまいます。」
「...グイ、本読むの嫌?」
「昔から、文字を読んでるとどうも眠くなっちまうんだよなぁ...。勉強すんのも、すげぇ面倒くせぇし。」
「よくそれで試験に合格出来ましたね。」
ビオレータの言葉の意味が気になり、後ろを振り返って問いかけた。
「...試験って何?」
「騎士になる為には剣の腕だけでなく、知識も必要なのです。まぁ...王の推薦があれば、勉強する必要はありませんがね。」
「...ビオレタ、べんきょーしてない?」
「していない訳ではありません。俺の場合は必要なかっただけです。」
「...ジガとロゼも?」
「まぁ...彼等も推薦組ですからね。ローゼさんは分かりませんが...ジンガさんは、勉強していないと思います。」
「...何で?」
「彼は孤児院出身ですからね。あそこは、国から支給された金や物資で生活しなければなりません。勉強出来るような本や、時間は無かったと思われます。」
「...グイ、べんきょーした?」
再び振り返ってグリに声をかけると、彼は机に突っ伏して寝息を立てていた。
「...グイ寝てる。」
「全く...。ここは彼の寝室では無いのですがね。」
「...散歩する。」
「分かりました。彼が起きたら伝えておきます。」
書庫を出て、行く宛てもなく廊下を歩き出した。
しばらく歩いた後、建物の裏から馬の鳴き声が聞こえ、私は馬小屋へ向かって駆け出した。
すると、馬の世話をするジンガの奥で、草原を駆け回る馬の姿を見つけた。馬の背にはユオダスが跨り、彼の髪が風を受けてヒラヒラとなびいている。
「...走ってる。」
「ん?あぁ...。治癒士か。」
「...馬走ってる、良いの?」
「あれは訓練だから良いんだ。」
「...馬もくんえん?」
「そうだ。必要な時に走れなかったら困るからな。」
遠くからでも分かるほど、馬に乗っているユオダスの表情は明るかった。それは、恐怖や嫌悪、困惑の感情とは違って見える。
しばらくその様子を見ていると、こちらに気が付いた彼が馬と共に駆け寄った。
ーヒヒーン!
馬は大きく鳴き、私の側に立ち止まる。いつもより高い位置から、彼は私を見下ろした。
「グリはどうした?」
「...寝てる。」
「何...?勉強したのではないのか?」
「...したけど寝た。」
「全く...。あいつにも俺の話をもっと聞かせる必要がありそうだな。」
彼は馬から飛び降りると、手網を引いてジンガの元へ歩み寄った。
「ジンガ。すまないが、こいつの世話も...」
私は馬の後に続き、ジンガの元へ駆け寄ろうとした時だった。
「待て!!!」
ユオダスは大きな声を上げ、私の腕を引っ張った。私は大きくバランスを崩し、彼の身体に倒れ込む。そのまま両腕で支えられ、何とか地面に倒れずに済んだ。
状況が飲み込めず当惑していると、彼は慌ててその手を離した。
「すまない...!咄嗟に掴んでしまった。」
「...ビックリ。」
「悪気は無かった。怪我をしたら困ると思って...つい。」
「...怪我?」
「馬の後ろに立つのは危険だ。馬の脚は、人間の何倍もの脚力がある。もし蹴られたら、大人ですら大怪我をする。」
「...馬、脚強い?」
「あぁ。だから、あんなに早く走る事が出来る。っと...つまりはそう言う事だ。今後は気をつけてくれ。」
「...分かった。」
彼はジンガに馬を預けると、建物の方へと去って行った。
しばらくジンガの仕事を手伝い、馬の世話を終えて書庫へ戻って来た。しかし、そこにビオレータの姿は無く、寝ていたグリも見当たらなかった。
「...だ!...っと...て!」
再び廊下を歩いていると、中庭の方から話し声が聞こえてきた。そこには姿が見当たらなかったビオレータと、ユオダスの姿がある。
「...44。...45。...46。」
草の上で寝転がるビオレータは、身体を起こしたり倒したりを繰り返していた。一方のユオダスは彼の足首を掴み、数字を数えている。
「...50!」
一通り数を数え終え、ビオレータは腕を大きく広げて地面に倒れ込んだ。
「おいビオレータ。まだ50回だぞ?せめて100回くらいは...」
「ふ、普段動いている...あなたと...俺を...一緒にしな...いで下さい...。」
「...何してる?」
彼等の元へ歩み寄り、声をかける。ユオダスは私の方を向き、名前を呼んだ。
「アスールか。俺達は今、トレーニングをしている。」
「...トレーイング?」
横になったままのビオレータに問いかけるが、彼は目を閉じ、口も固く閉ざしていた。
「訓練の1つだ。体力や筋力をつけるために行う運動だ。」
「...トレーイング、したい。」
「何?お前もしたいのか?」
「...ダメ?」
「ダメではないが...。いきなりは難しいだろう。まずはストレッチから教えてやろう。」
「...ストエチ?」
「身体を柔らかくしたり、ほぐしたりする運動だ。俺の真似をしてみろ。」
「...分かった。」
「ビオレータ。お前もだぞ。」
「...わ、分かりました。」
その後、3人でストレッチと呼ばれる運動を行った。脚を開いて身体を前に倒したり、身体を反らせたりして全身を伸ばし、程よく汗をかいた。
「そうか。ヴァハトゥン諸島連国について調べたのか。」
汗を流す為、私はユオダスとビオレータの2人に連れられ、風呂場へやって来た。
「...雨季あって、冬に雪降る。」
「水の精霊の影響だろうな。雨も多いが、あそこはとにかく海が多い。移動もほとんどが船だった。」
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「なんだその変な表現は...。もしかして、アルトゥンか?」
私が首を縦に振ると、彼は深くため息をついた。
「あいつにも話が必要だな。」
「...海、波起きる。なんで?」
「それは、海面で起きた風が水面を揺らして、つ...」
「...月の引力?」
「えっ...。」
「どうしたビオレータ。」
「あ、あなたも...相手の心が読めるのですか?」
彼の言葉の意味が分からず、私は首を傾げた。
「俺が言おうとしていた言葉を言うので...驚きました。」
「言われてみると、波が起きる原理は知らないのに答えを知っているような口ぶりだったな。」
「...心?読めない。本も読めない。」
「そう...ですよね。ルスケアさんのような、特殊な力を持つ人が...沢山いる訳が無いですよね。」
「もしかすると、喪失している記憶の1部かもしれないな。」
「なるほど...それなら自然ですね。」
「...ビオレタ、トレーイング嫌い?」
「き、嫌いというか...苦手というか...。あまり身体を動かさないので、長続きしないんですよ。」
「だから常に運動しろと、あれ程...」
「身体を鍛えるのが好きな、あなたには分かりませんよ...!それに、俺の仕事は座り仕事が多いですから...こればっかりはどうしようもありません。」
「何も腹筋を1000回やれと言ってる訳じゃない。仕事が忙しいのはわかるが、その合間に身体を動かす事だっ...」
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