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第4章︰迷い
第42話
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「た、大変だー!火事だー!」
遠くの方から、ルスケアの叫び声が聞こえて来た。辺りはすっかり暗くなり、カカオの栽培場がある山が赤く輝いて見える。
「皆さん急いで避難して下さい!村全体に燃え広がる前に、早く村の外へ!」
ビオレータが家を飛び出し、周囲の家に避難を呼びかける。彼の後に続き、私も家を飛び出した。
「アスール!僕達も急いで避難しよう!」
私はローゼと共に、山の反対側へと駆け出す。村の門をくぐると、避難してきた村人達の視線は燃え盛る山に集まっていた。
「あぁ…村特産のカカオ豆が…。」
「何言ってんだ!命があるだけましだと思わなかったらダメだろ!」
「どうしよう!僕の宝物、家に置いてきちゃった…!」
「これからどうやって暮らしていけば…。」
ため息混じりの言葉が次々と飛び交い、村人達は様々な表情を浮かべている。
「見て!火が小さくなっていくよ!」
「良かった!家は無事だ!」
「畑は大丈夫かしら…。」
燃え盛る炎はみるみるうちに見えなくなり、ほんの数分で山火事は収束したのだった。
「ルスケアさん。お疲れ様。」
「ありがとうローゼくん。村人達は大丈夫だった?」
「ビオレータさんも呼び掛けてくれたから、みんなちゃんと避難したと思うよ。」
私達は家…ではなく、火事の現場近くのソコラート川へ集まっていた。ここで、後からやって来る予定のビオレータと落ち合う約束をしている。
そう…これらの火事は、全て彼の計画通りなのだ。
ルスケアが魔法でカカオの木を燃やして火事を起こし、ローゼが村人達の避難を見守り、ビオレータがソメイユの家に侵入して横笛をすり替える。これが彼の考えた、計画の全貌だ。
「後は、ビオレータさんが上手くやってると良いけど…。」
「お待たせしました。こちらも無事終わりましたよ。」
彼の手には、ソメイユの横笛が握られていた。もちろんこれはローゼが作った偽物ではなく、ソメイユの家で見せてもらった本物だ。
「これをアスールが演奏すれば、夢から覚める…んだよね?」
「その予定ですが、そうならない場合は…また明日、別の策を考えるしかありませんね。」
「えー…!もう1回やり直すなんてもうしたくないよー…。」
「ここで何日過ごしたか分からないけど、夢から覚めて数年経ってたらどうしよう…。」
「さ、さらっと怖い事言わないでよ…!」
「どうなっているかは、目覚めてから考えましょう。アスールさん、お願いします。」
「…分かった。」
息を吸い込み、大きな穴に向かって息を吹き込む。
ーピロロロ~!
甲高い笛の音が、静まり返った村の中に響き渡った。
「アスール!いい加減起きなよ!」
身体が大きく揺れ、私は目を覚ました。緑が生い茂る地面の上で身体を起こすと、騎士の制服を着たローゼがこちらを見ている。
どうやら、ここは夢の世界では無いらしい。
「…おはよう。」
「おはようじゃないよ!何回も声掛けたのに、全然起きないんだもん…心配したよ…。」
「…怒ってる?」
「べ、別に怒ってないよ…!」
「…ルスキャとビオレタは?」
「2人は…その…。」
ローゼは言葉を詰まらせながら、近くを流れる川の方に視線を向けた。彼の視線の先に2人の姿があり、その側に1人の少女が倒れている。
私はその場から立ち上がり、彼等の元へ駆け寄った。
「あ…アスールくん…。」
「…怪我、治す。」
彼女の口から赤い液体が流れた跡があり、私は口元に手をかざして目を閉じた。しかし、横から伸びた手が私の腕を掴み、彼女から引き剥がされてしまう。
「…これじゃ治せない!離して!」
「いくら魔法の力でも、彼女は治せません。」
「…何で?」
「…彼女はもう息をしていません。死んでいます。」
「…生きて…ない?」
「そうです。もう助かりません。」
私は、そっと彼女の頬に手を触れた。柔らかく白い肌は、人の肌とは思えない程冷たくなっている。
「我々には、まだ仕事が残っています。行きましょう。」
「…分かった。」
彼女をその場に残し、立ち去る彼等と共に村の中へ向かった。
眠りについていた村人達は、何事も無かったかのように普段通りの生活を取り戻した。行方不明になっていた兵士達も、夢の世界から解放され…元いた場所へと帰って行く。
帰りの馬車に揺られながら、私はソメイユの事を考えていた。ビオレータの話では、どうやら彼女は横笛に魔力を込め…その音色で村人達を眠らせていたらしい。
彼女が何故そのような事をしたのか…それは、彼女が魔族だったからだと彼は言った。人間達を困らせたかったのか、自分も人間のような生活をしたかったのか…その理由は、彼女に直接聞く事が出来ない。どんな理由があったとしても、沢山の村人を巻き込む事は悪い事だ。…しかし、どうしても私はそう思えなかった。
「…ールさん。」
窓の外を眺めながら考え事をしている私に、ビオレータが声をかける。
「…何?」
「大丈夫ですか?疲れているなら、少し寝た方が良いですよ。」
「…へーき。」
「…ソメイユくんの事、考えてたんだね。」
「…分かるの?」
「うん。目を見ると、その人の考えてる事が分かるんだ。」
「…ルスキャなら、私の気持ち…分かる?」
彼の紫色の瞳が、私の目を真っ直ぐ見つめた。
「迷ってるんだね…。魔族は本当に、悪い種族なのかって。」
「…魔族も、怪我したら痛い。人間も魔族も同じ…はずなのに。」
「理由がどうあれ…人に迷惑をかけたら、謝ったり償ったりするものだと思いますが?」
「魔族だけじゃなく、人間だって悪い事をする人はいる。でも、魔族全員が悪い事をするばっかりじゃないと思うよ。ソメイユくんの行動は、許しちゃいけない悪い行為だけど…私は彼女の事、少し可哀想だと思った。」
「…可哀想…?」
「きっと、ソメイユくんは家族が欲しかったんだと思う。でも彼女は魔族だったから…村人達に受け入れてもらえなかったんじゃないかな?だから眠らせて夢の中に閉じ込めて、自分の家族を作ろうとしたんだ。」
「…家族を作る…。」
「ですが…いくら家族を作った所で、本当の家族にはなれません。彼女の行為は、自業自得です。」
「…じごー自得?」
「自分で自分を可哀想な魔族にしてしまったんです。もっと違う生き方を選んでいれば、あんな死に方をしなくて済んだと思います。」
「…ビオレタも、可哀想だと思う?」
「可哀想などと、同情はしません。彼女は悪い事をした、その罰を身をもって償った…俺はそう思います。」
「人によっても、魔族によっても考え方は違うんだ。それが生きてるって事だよ。」
「…分からない。」
「これから見つけていけば良いんですよ。まだまだ先は長いでしょうから。」
ビオレータは窓の外に視線を移し、遠くの方を見つめた。彼の目には、何が写っているのだろう。
「そういえば…忘れる所でした。これをどうぞ。」
彼は腰に下げた荷物の中から、小さな箱を私に向かって差し出した。
「…これ何?」
「チョコレートです。」
紐を解いて箱を開けると、中には茶色の丸い粒が並んでいた。
「…これがチョコエート?」
「いつの間に買ってたんですか?私はすっかり忘れてました…。」
「村人から貰ったんですよ。礼は受け取れないと言ったんですが…あなたにどうしてもと言うので仕方なく。」
「…いただきます。」
私は粒を摘んで口の中へ放り投げると、次第に粒が溶けだし、カカオの香りが広がった。
「…甘い。」
「気に入ったみたいだね。」
「そうなのですか?…反応が薄いので、あまり分かりませんね。」
「…もっと食べたい。」
「えっ!もう食べちゃったの!?」
「流石にもうありませんよ。」
「…また買いに行こ。」
「そんな時間があれば良いですけどね。」
初めて口にしたチョコレートは、甘味の中にほんの少しの苦味があり、私の舌を虜にしたのだった。
「じゃあアスールくん。おやすみ。」
数日ぶりにシュヴァリエメゾンへ帰って来た私は、寝る支度を済ませてベッドへ横になった。アロマに火をつけたルスケアは、足早に私の部屋を去って行く。
調査は無事に終わったが…起こった出来事を、王様に報告するまでが彼等の仕事だ。アロマの香りが部屋全体を包み込み、私を眠りの世界へ誘い始める…そんな時だった。
「邪魔するゾー!」
部屋の扉が突然開き、聞き慣れない声が聞こえてきた。しかしそこに、騎士の姿は見当たらない。
姿が見えない事を不思議に思いつつ身体を起こすと、椅子の近くに黒い毛の塊が立っていた。
「ン?もしかして…寝る所だっタ?」
「…誰?」
「ボ、ボク?ボクはー…えーっとー…。」
彼の身体は全体が黒い毛で覆われていて、口元と腹部の1部だけ白くなっていた。目は真ん丸で黒々としていて、頭の上に丸い耳が生えている。
「…魔族?」
「あんな奴らと一緒にしないでヨ!僕は魔族じゃなくて…そう!天族なんダ!」
「…空から来たの?」
「そ、そーだゾ!わざわざ来てあげたんだから、有難く思ってよネ!」
「…ありがとう?」
「って言うか…この部屋臭いヨ。何の匂イ?」
「…あれ。」
私は机の上に置かれたアロマを指さすと、彼はテーブルに椅子を寄せてその上によじ登った。
すると、アロマに向かって腕を振りかざし、燃えていた火を消してしまった。
「…せっかくルスキャ、付けてくれたのに…。」
「こんなのボクが、いくらでも付けてあげるヨ!それより…もっとマシな匂いは無いノ?」
「…棚にいっぱい。」
次はアロマが並んだ棚を指さすと、彼は床に飛び降りて、両腕を使って器用に椅子を動かし始めた。
再び椅子によじ登り、並んだアロマに鼻を近づけて匂いを嗅いでいく。その内の1つを両手で掴み取ると、椅子から飛び降りた。
「ねぇアスール。ちょっと椅子を運ぶの手伝ってくれなイ?」
「…どうして名前知ってる?」
「まさか…ボクの事忘れちゃったノ!?キミの友達なの二!」
「…友達?」
「そーだヨ!ボクの名前…は…。…そう!黒い熊のクロマ!」
「…クオマ?」
「やだナー。本当に忘れちゃったノ?あんなに沢山遊んだの二。」
「…思い出せない。」
「仕方ないナー。ボクは心が広いから、許してあげてもいーヨ!」
再びテーブルに寄せた椅子によじ登ると、クロマは手に持ったアロマに火をつけた。ルスケアと同じように、紐に指をさして火を灯してみせたのだ。
「…クオマ凄い。魔法使えるの?」
「このくらい、お茶の子さいさいだヨ!」
「…おちゃのこさい?」
「簡単って事!」
「…朝飯前?」
「まー…そうとも言うネ!」
彼は椅子からゆっくり降りると、今度は私のベッドをよじ登り始めた。
「うーん…!いい匂イ!これならぐっすり眠れそうダ。」
彼は両腕を大きく広げ、ベッドに横たわる。私はその様子をぼんやりと眺めていた。
「何ぼーっとしてるノ?早く寝ようヨ。」
「…一緒に寝るの?」
「当たり前でショー?その為にボクが来たんだかラ!」
「…分かった。」
クロマの隣に横たわると、彼は小さな腕を大きく広げて私に抱きついた。フワフワの感触が身体に触れ、体温でじんわりと温まっていくのを感じる。
「…温かい。」
「ボクの身体は、フワッフワのモッコモコだからネ!」
「…でもちょっと埃っぽい?」
「エ!?…そっか。ずっと物置にいたせいデ…。」
「…物置?」
「な、なんでもなイ!明日、お風呂でしっかり身体を洗わないとー…って思っただけだヨ!」
「…お風呂…明日…しっか…り…」
彼の温かさが、私を眠りの世界へ連れていく。明日は一体、どんな1日になるのだろうか…。そんな事を考えながら、私はゆっくり瞼を閉じた。
遠くの方から、ルスケアの叫び声が聞こえて来た。辺りはすっかり暗くなり、カカオの栽培場がある山が赤く輝いて見える。
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「アスール!僕達も急いで避難しよう!」
私はローゼと共に、山の反対側へと駆け出す。村の門をくぐると、避難してきた村人達の視線は燃え盛る山に集まっていた。
「あぁ…村特産のカカオ豆が…。」
「何言ってんだ!命があるだけましだと思わなかったらダメだろ!」
「どうしよう!僕の宝物、家に置いてきちゃった…!」
「これからどうやって暮らしていけば…。」
ため息混じりの言葉が次々と飛び交い、村人達は様々な表情を浮かべている。
「見て!火が小さくなっていくよ!」
「良かった!家は無事だ!」
「畑は大丈夫かしら…。」
燃え盛る炎はみるみるうちに見えなくなり、ほんの数分で山火事は収束したのだった。
「ルスケアさん。お疲れ様。」
「ありがとうローゼくん。村人達は大丈夫だった?」
「ビオレータさんも呼び掛けてくれたから、みんなちゃんと避難したと思うよ。」
私達は家…ではなく、火事の現場近くのソコラート川へ集まっていた。ここで、後からやって来る予定のビオレータと落ち合う約束をしている。
そう…これらの火事は、全て彼の計画通りなのだ。
ルスケアが魔法でカカオの木を燃やして火事を起こし、ローゼが村人達の避難を見守り、ビオレータがソメイユの家に侵入して横笛をすり替える。これが彼の考えた、計画の全貌だ。
「後は、ビオレータさんが上手くやってると良いけど…。」
「お待たせしました。こちらも無事終わりましたよ。」
彼の手には、ソメイユの横笛が握られていた。もちろんこれはローゼが作った偽物ではなく、ソメイユの家で見せてもらった本物だ。
「これをアスールが演奏すれば、夢から覚める…んだよね?」
「その予定ですが、そうならない場合は…また明日、別の策を考えるしかありませんね。」
「えー…!もう1回やり直すなんてもうしたくないよー…。」
「ここで何日過ごしたか分からないけど、夢から覚めて数年経ってたらどうしよう…。」
「さ、さらっと怖い事言わないでよ…!」
「どうなっているかは、目覚めてから考えましょう。アスールさん、お願いします。」
「…分かった。」
息を吸い込み、大きな穴に向かって息を吹き込む。
ーピロロロ~!
甲高い笛の音が、静まり返った村の中に響き渡った。
「アスール!いい加減起きなよ!」
身体が大きく揺れ、私は目を覚ました。緑が生い茂る地面の上で身体を起こすと、騎士の制服を着たローゼがこちらを見ている。
どうやら、ここは夢の世界では無いらしい。
「…おはよう。」
「おはようじゃないよ!何回も声掛けたのに、全然起きないんだもん…心配したよ…。」
「…怒ってる?」
「べ、別に怒ってないよ…!」
「…ルスキャとビオレタは?」
「2人は…その…。」
ローゼは言葉を詰まらせながら、近くを流れる川の方に視線を向けた。彼の視線の先に2人の姿があり、その側に1人の少女が倒れている。
私はその場から立ち上がり、彼等の元へ駆け寄った。
「あ…アスールくん…。」
「…怪我、治す。」
彼女の口から赤い液体が流れた跡があり、私は口元に手をかざして目を閉じた。しかし、横から伸びた手が私の腕を掴み、彼女から引き剥がされてしまう。
「…これじゃ治せない!離して!」
「いくら魔法の力でも、彼女は治せません。」
「…何で?」
「…彼女はもう息をしていません。死んでいます。」
「…生きて…ない?」
「そうです。もう助かりません。」
私は、そっと彼女の頬に手を触れた。柔らかく白い肌は、人の肌とは思えない程冷たくなっている。
「我々には、まだ仕事が残っています。行きましょう。」
「…分かった。」
彼女をその場に残し、立ち去る彼等と共に村の中へ向かった。
眠りについていた村人達は、何事も無かったかのように普段通りの生活を取り戻した。行方不明になっていた兵士達も、夢の世界から解放され…元いた場所へと帰って行く。
帰りの馬車に揺られながら、私はソメイユの事を考えていた。ビオレータの話では、どうやら彼女は横笛に魔力を込め…その音色で村人達を眠らせていたらしい。
彼女が何故そのような事をしたのか…それは、彼女が魔族だったからだと彼は言った。人間達を困らせたかったのか、自分も人間のような生活をしたかったのか…その理由は、彼女に直接聞く事が出来ない。どんな理由があったとしても、沢山の村人を巻き込む事は悪い事だ。…しかし、どうしても私はそう思えなかった。
「…ールさん。」
窓の外を眺めながら考え事をしている私に、ビオレータが声をかける。
「…何?」
「大丈夫ですか?疲れているなら、少し寝た方が良いですよ。」
「…へーき。」
「…ソメイユくんの事、考えてたんだね。」
「…分かるの?」
「うん。目を見ると、その人の考えてる事が分かるんだ。」
「…ルスキャなら、私の気持ち…分かる?」
彼の紫色の瞳が、私の目を真っ直ぐ見つめた。
「迷ってるんだね…。魔族は本当に、悪い種族なのかって。」
「…魔族も、怪我したら痛い。人間も魔族も同じ…はずなのに。」
「理由がどうあれ…人に迷惑をかけたら、謝ったり償ったりするものだと思いますが?」
「魔族だけじゃなく、人間だって悪い事をする人はいる。でも、魔族全員が悪い事をするばっかりじゃないと思うよ。ソメイユくんの行動は、許しちゃいけない悪い行為だけど…私は彼女の事、少し可哀想だと思った。」
「…可哀想…?」
「きっと、ソメイユくんは家族が欲しかったんだと思う。でも彼女は魔族だったから…村人達に受け入れてもらえなかったんじゃないかな?だから眠らせて夢の中に閉じ込めて、自分の家族を作ろうとしたんだ。」
「…家族を作る…。」
「ですが…いくら家族を作った所で、本当の家族にはなれません。彼女の行為は、自業自得です。」
「…じごー自得?」
「自分で自分を可哀想な魔族にしてしまったんです。もっと違う生き方を選んでいれば、あんな死に方をしなくて済んだと思います。」
「…ビオレタも、可哀想だと思う?」
「可哀想などと、同情はしません。彼女は悪い事をした、その罰を身をもって償った…俺はそう思います。」
「人によっても、魔族によっても考え方は違うんだ。それが生きてるって事だよ。」
「…分からない。」
「これから見つけていけば良いんですよ。まだまだ先は長いでしょうから。」
ビオレータは窓の外に視線を移し、遠くの方を見つめた。彼の目には、何が写っているのだろう。
「そういえば…忘れる所でした。これをどうぞ。」
彼は腰に下げた荷物の中から、小さな箱を私に向かって差し出した。
「…これ何?」
「チョコレートです。」
紐を解いて箱を開けると、中には茶色の丸い粒が並んでいた。
「…これがチョコエート?」
「いつの間に買ってたんですか?私はすっかり忘れてました…。」
「村人から貰ったんですよ。礼は受け取れないと言ったんですが…あなたにどうしてもと言うので仕方なく。」
「…いただきます。」
私は粒を摘んで口の中へ放り投げると、次第に粒が溶けだし、カカオの香りが広がった。
「…甘い。」
「気に入ったみたいだね。」
「そうなのですか?…反応が薄いので、あまり分かりませんね。」
「…もっと食べたい。」
「えっ!もう食べちゃったの!?」
「流石にもうありませんよ。」
「…また買いに行こ。」
「そんな時間があれば良いですけどね。」
初めて口にしたチョコレートは、甘味の中にほんの少しの苦味があり、私の舌を虜にしたのだった。
「じゃあアスールくん。おやすみ。」
数日ぶりにシュヴァリエメゾンへ帰って来た私は、寝る支度を済ませてベッドへ横になった。アロマに火をつけたルスケアは、足早に私の部屋を去って行く。
調査は無事に終わったが…起こった出来事を、王様に報告するまでが彼等の仕事だ。アロマの香りが部屋全体を包み込み、私を眠りの世界へ誘い始める…そんな時だった。
「邪魔するゾー!」
部屋の扉が突然開き、聞き慣れない声が聞こえてきた。しかしそこに、騎士の姿は見当たらない。
姿が見えない事を不思議に思いつつ身体を起こすと、椅子の近くに黒い毛の塊が立っていた。
「ン?もしかして…寝る所だっタ?」
「…誰?」
「ボ、ボク?ボクはー…えーっとー…。」
彼の身体は全体が黒い毛で覆われていて、口元と腹部の1部だけ白くなっていた。目は真ん丸で黒々としていて、頭の上に丸い耳が生えている。
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「…あれ。」
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「…棚にいっぱい。」
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再び椅子によじ登り、並んだアロマに鼻を近づけて匂いを嗅いでいく。その内の1つを両手で掴み取ると、椅子から飛び降りた。
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「…友達?」
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「…クオマ?」
「やだナー。本当に忘れちゃったノ?あんなに沢山遊んだの二。」
「…思い出せない。」
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再びテーブルに寄せた椅子によじ登ると、クロマは手に持ったアロマに火をつけた。ルスケアと同じように、紐に指をさして火を灯してみせたのだ。
「…クオマ凄い。魔法使えるの?」
「このくらい、お茶の子さいさいだヨ!」
「…おちゃのこさい?」
「簡単って事!」
「…朝飯前?」
「まー…そうとも言うネ!」
彼は椅子からゆっくり降りると、今度は私のベッドをよじ登り始めた。
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彼は両腕を大きく広げ、ベッドに横たわる。私はその様子をぼんやりと眺めていた。
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「…分かった。」
クロマの隣に横たわると、彼は小さな腕を大きく広げて私に抱きついた。フワフワの感触が身体に触れ、体温でじんわりと温まっていくのを感じる。
「…温かい。」
「ボクの身体は、フワッフワのモッコモコだからネ!」
「…でもちょっと埃っぽい?」
「エ!?…そっか。ずっと物置にいたせいデ…。」
「…物置?」
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