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第4章︰迷い
第43話
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「…て下さい。」
「…ん。」
ビオレータの声が聞こえ、私は目を覚ました。
「おはようございます。」
「…おはよう。」
身体を起こすと、隣に寝ていたはずのクロマの姿が無くなっていた。
「…クオマは?」
「何ですかそれは?」
「…黒い熊。」
「熊は森や山に住んでいる動物です。こんな所に居るはずが無いでしょう?」
「…フワッフワのモッコモコ…。」
「寝ぼけた事を言ってないで、まずは食事をして来て下さい。それから、着替えは制服でお願いします。今日はあなたに、手伝ってもらいたい事があるので。」
「…手伝い?」
食事と身支度を済ませ、私はビオレータが待っている書庫へ向かった。
「まずはこれを、玄関へ持って行って下さい。」
彼に手渡されたのは、数冊の本だった。紐で結ばれた本の束を両腕で抱え、玄関まで運んで行く。
廊下を数回往復し、外に停められていた荷車に大量の本を積み込んだ。
荷車を引く彼の後ろをついて行き、私達は城の門をくぐって中へ足を踏み入れた。
「お預かり致します。御足労頂き、ありがとうございました。」
「後はよろしくお願いします。」
書庫のような部屋を出て、長い廊下を歩き始める。
「…あの本、置いてくの?」
「あれらは全て、元々城にあった物です。時間と共に風化した本を、俺が修復したんですよ。」
「…しゅーふく?」
「壊れた物を直す事です。ボロボロになった表紙を変えたり、破れたページを元に戻したりするんですよ。」
「…ちゅまほと同じ。」
「まぁ…そんな所ですね。」
「あー!アスールちゃーん!」
遠くの方から、明るく元気な声が響き渡った。後ろを振り返ると、ガルセク王子と世話係のパニがこちらへ歩み寄って来るのが見える。
ビオレータは彼の前に膝をつき、頭を下げた。
「ガルセク王子。ご無沙汰しております。」
「そう言われると久しいか…。これだけ近くに居ても、中々会わないものだな。」
「…おーじさま、こんにちは。」
「貴様も久しぶりに見た気がするな。」
「ボク達は、ついこの間会ったよねー?」
私達には、まるで昨日の事のように感じるが…ソコラタ村へ調査へ行ったあの日から、既に3日が過ぎていた。
「何?いつの間に会ったんだ?」
「パニ様がわざわざこちらへ来て下さり、行方不明の兵士を捜索して欲しいとの依頼を受けました。」
「あぁ。あれか。」
「皆にお願いして良かったよー。じゃなきゃ、ずーっとあのままだったもんね?」
「お役に立てて何よりです。」
「あ!そーだガルセク様!これから2人と一緒に、お茶会しませんか?」
「…おつかい?」
「使いではない。茶を飲んで、休息を摂る行為だ。」
「少し前に、モーヴくんが珍しい茶葉を買って来てくれたの。あ…ガルセク様が、私用で頼んだ奴でしたっけー?」
「よ、余計な事は言わなくて良い!茶会をするなら、さっさと準備して来い…!」
「はーい!そしたら、皆は先に中庭へ行っててくれる?今日は天気が良いから、きっと気持ち良いと思うよー。」
廊下を駆け出すパニを見送り、ビオレータの案内で中庭へとやって来た。シュヴァリエメゾンの数倍の広さと植物の多さに、ついつい目移りしてしまう。
「どうした青女。なんだかソワソワしているな。」
「…ソアソア?」
「これだけ広い庭は、ここでしか見られないでしょうから…彼女が色んな所を気になる気持ちは分かります。」
「何がそんなに気になると言うんだ?」
「…変な小屋立ってる。」
私は庭の中央に立つ、石造りの建物が気になって仕方なかった。鍛治小屋と大きさは似ているが壁が一切無く、数本の柱と屋根があるだけの不思議な形状をしている。
「あれはガゼボだ。庭に2つくらいあって当然だろう?」
「庭の広さにもよりますが…普通は1つあるか無いかではないかと…。」
「…何する所?」
「これから茶会をする所だ。俺は先に座って待つから、他に気になる場所があるなら好きに見て来ると良い。」
「中庭からは出ないで下さいね。」
「…分かった。」
私は彼等の側を離れ、近くに咲いている花へ駆け寄った。ルスケアが育てている花と形は似ているが、色が違っている。道の反対側に咲いている花は、フォンミィの花畑でも見た事が無い不思議な形をしていた。植木だけでなく、道の側に作られた小さな畑にも花が植えられていて、足元を鮮やかに彩っている。
次に私の視線を奪ったのは、突然現れた珍しい色の蝶々だった。ジンガの髪のような鮮やかな橙色をしていて、羽根に顔のような模様が描かれている。この世のものとは思えない、本の中から飛び出てきた幻のような気さえしてしまう。
「アスールちゃん?こんな所で何してるのー?」
私の姿を見つけて声をかけてきたのは、先程廊下を駆けて行ったパニだった。彼女は手に白いトレーを持っていて、様々な道具が乗せられている。
「…それ、おつかいで使う?」
「お茶会ね?ガルセク様が待ってるだろうから、一緒に行こう。」
彼女と共にガゼボへ戻ると、置かれた椅子に座る王子とビオレータの姿があった。彼等は何やら話し込んでいるようだが、その内容は難しくてよく分からなかった。
「お待たせー。」
「随分待たせたな。」
「ちょっとー。そこは「全然待ってないよ。」って言う所でしょー?」
「言って欲しかったのか?貴様の前で猫を被る必要はなかろう。」
「…猫、被れる?」
「例えの話です。細かい事は気にしなくて良いんですよアスールさん。」
「…分かった。」
「じゃあガルセク様、後はお願いねー?」
「パニ様は、ご一緒しないのですか?」
「さっき、大臣に捕まっちゃってさー。追加の仕事を頼まれちゃったから、すぐにやらなきゃいけないんだよね…。もう…やんなっちゃうよー。」
「俺に手伝える事があれば、何でも手伝います。」
「ありがとー。でも、気持ちだけでいーよ。これはボクに任された仕事だからね!」
「行くならさっさと行って来い。徹夜になっても知らんぞ?」
「はいはい行きますよー…。2人共、ゆっくりお茶していってね!」
「…さようなら。」
立ち去るパニに別れの挨拶をすると、彼女は手を振りながら姿を消した。
「以前と比べると、ずいぶんと喋るようになったな。」
王子は手元に置かれた筒を掴み取り、スプーンですくいとった粉を丸い容器に入れ始めた。
「そうですね。感情も少しずつ戻り始めていますし、色々な言葉も覚えています。」
今度は丸い容器に、お湯を注ぎ始めた。無色透明だったお湯は赤茶色に変色していき、上に溜まった粉が少しずつ下へ落ちていく。
「最近覚えた言葉は何だ?」
「…チョコエート。」
「カカオの菓子の事か?」
「…甘くてトロトロ。」
「チョコレートは、全てが甘いとは限らない。カカオの量が多ければ多い程、苦味が増すぞ?」
「…甘いのに苦い?」
「そのうち食べさせてやろう。」
「…苦いの嫌。」
「ふっ…子供だな。」
彼は鼻で笑いながら、皿の上にカップを並べ始める。
「…子供、悪い?」
「悪いとは言ってない。まだまだ大人になるには、早いなと思っただけだ。」
「…ロゼもよく言う。」
「俺からしたら、奴も子供だと思うがな。」
粉が沈みきった容器を持ち上げ、彼はカップに赤茶色の液体を注ぎ始めた。
「ローゼさんは20歳になったばかりですからね。お酒もあまり飲まれなかったと思います。」
「…お酒?」
「大人しか飲む事を許されていない、アルコールが含まれた飲み物の事です。」
「…アウコール、ルスキャ言ってた。」
「お酒には様々な種類がありますが、チョコレートの中にお酒が入っている物もありますよ。」
「…チョコエート、大人しかダメ?」
「多少なら問題ない。貴様の口には合わないと思うがな。」
彼は私の前に、カップを置いた。透き通った液体から、白い湯気が立っている。
「熱いから火傷するなよ?」
「…分かった。」
「ありがとうございますガルセク王子。いただきます。」
カップを手に取り、息を吹きかけて熱をさまし、口の中へ液体を流し込んだ。
「…苦い。」
「紅茶とはそういう物だ。」
「…こーちゃ?」
「砂糖を入れて、苦味を和らげた方が飲みやすいですよ。」
ビオレータは、透明な瓶に入った白い塊を数粒カップの中に落とし入れ、スプーンでかき混ぜた。
「…この四角いの砂糖?」
「角砂糖と呼ばれる物です。四角い形に固めただけで、料理に使う砂糖と変わりません。」
「…分かった。」
私は彼の真似をして角砂糖を1つつまみ入れると、皿の上に添えてあるスプーンを使ってかき混ぜた。
「ビオレータ。貴様も結構、甘党なのだな。」
「に、苦い物はあまり得意ではなく…。」
「…ビオレタも子供?」
「あなたと一緒にしな…」
「…っ!父上!」
席を立つ王子の目線の先に、立派な髭を蓄えた男性が立っていた。慌ててその場にしゃがみ込むビオレータに続き、私も席を立って頭を下げる。王子の父という事は、彼はこの国で1番偉い王様という事だ。
「茶を飲んで居たのか?」
「はい。この者達に、僕の入れた茶を飲んでもらおうと思いまして…。」
「…そうか。」
親であるはずの王様に対して、彼は丁寧な言葉遣いをしていた。まるで他国の王と国事をしているかのような光景に、どこか違和感を感じる。
「そなたは…確か、ビオレータだったな。いつも世話をかけてすまない。」
「いえ、とんでもありません。王様の元で働ける事に、感謝しております。」
「時にビオレータよ。体調は問題ないか?」
「は、はい…。特に問題はありません。」
「ならば良い。…邪魔して悪かったな。ワシはもう行くから、ゆっくり茶を楽しんで行くと良い。」
王様は後ろで待っていた沢山の人達を引連れ、建物の中へと去って行った。
「…今のが、おーさま?」
「そうです。今まで会った事はありませんでしたか?」
「…はじめまして。」
席を立った王子は、再び席に座る事無くガゼボの外へと足を踏み出した。
「ガルセク王子?部屋にお戻りになりますか?」
「…俺にゆっくり茶を飲む時間は無い。片付けはパニにさせておくから、貴様等は注いだ茶を飲み干してから帰れ。」
彼は私達と目を合わせる事無く、その場から立ち去って行った。
「…おーじさま、怒ってた?」
「怒るというよりは、機嫌が悪くなったと言うべきでしょうね。」
「…何で?」
「当然でしょう。王様は、ガルセク王子本人ではなく騎士団長でもない…ただの騎士である俺の体調を、わざわざ気にかけて下さったのですから。」
「…ビオレタ気にかける、嫌?」
「子供である彼の事は気にも止めず、他人である俺の事を気にかける…本人にとって気分のいいものでは無いでしょう。」
「…よく分からない。」
「分からなくて良いんですよ。余計な同情は、ただの自己満足なのですから。」
茶を飲み終えて席を立つ彼を追いかけ、私達は城を後にした。
「…ん。」
ビオレータの声が聞こえ、私は目を覚ました。
「おはようございます。」
「…おはよう。」
身体を起こすと、隣に寝ていたはずのクロマの姿が無くなっていた。
「…クオマは?」
「何ですかそれは?」
「…黒い熊。」
「熊は森や山に住んでいる動物です。こんな所に居るはずが無いでしょう?」
「…フワッフワのモッコモコ…。」
「寝ぼけた事を言ってないで、まずは食事をして来て下さい。それから、着替えは制服でお願いします。今日はあなたに、手伝ってもらいたい事があるので。」
「…手伝い?」
食事と身支度を済ませ、私はビオレータが待っている書庫へ向かった。
「まずはこれを、玄関へ持って行って下さい。」
彼に手渡されたのは、数冊の本だった。紐で結ばれた本の束を両腕で抱え、玄関まで運んで行く。
廊下を数回往復し、外に停められていた荷車に大量の本を積み込んだ。
荷車を引く彼の後ろをついて行き、私達は城の門をくぐって中へ足を踏み入れた。
「お預かり致します。御足労頂き、ありがとうございました。」
「後はよろしくお願いします。」
書庫のような部屋を出て、長い廊下を歩き始める。
「…あの本、置いてくの?」
「あれらは全て、元々城にあった物です。時間と共に風化した本を、俺が修復したんですよ。」
「…しゅーふく?」
「壊れた物を直す事です。ボロボロになった表紙を変えたり、破れたページを元に戻したりするんですよ。」
「…ちゅまほと同じ。」
「まぁ…そんな所ですね。」
「あー!アスールちゃーん!」
遠くの方から、明るく元気な声が響き渡った。後ろを振り返ると、ガルセク王子と世話係のパニがこちらへ歩み寄って来るのが見える。
ビオレータは彼の前に膝をつき、頭を下げた。
「ガルセク王子。ご無沙汰しております。」
「そう言われると久しいか…。これだけ近くに居ても、中々会わないものだな。」
「…おーじさま、こんにちは。」
「貴様も久しぶりに見た気がするな。」
「ボク達は、ついこの間会ったよねー?」
私達には、まるで昨日の事のように感じるが…ソコラタ村へ調査へ行ったあの日から、既に3日が過ぎていた。
「何?いつの間に会ったんだ?」
「パニ様がわざわざこちらへ来て下さり、行方不明の兵士を捜索して欲しいとの依頼を受けました。」
「あぁ。あれか。」
「皆にお願いして良かったよー。じゃなきゃ、ずーっとあのままだったもんね?」
「お役に立てて何よりです。」
「あ!そーだガルセク様!これから2人と一緒に、お茶会しませんか?」
「…おつかい?」
「使いではない。茶を飲んで、休息を摂る行為だ。」
「少し前に、モーヴくんが珍しい茶葉を買って来てくれたの。あ…ガルセク様が、私用で頼んだ奴でしたっけー?」
「よ、余計な事は言わなくて良い!茶会をするなら、さっさと準備して来い…!」
「はーい!そしたら、皆は先に中庭へ行っててくれる?今日は天気が良いから、きっと気持ち良いと思うよー。」
廊下を駆け出すパニを見送り、ビオレータの案内で中庭へとやって来た。シュヴァリエメゾンの数倍の広さと植物の多さに、ついつい目移りしてしまう。
「どうした青女。なんだかソワソワしているな。」
「…ソアソア?」
「これだけ広い庭は、ここでしか見られないでしょうから…彼女が色んな所を気になる気持ちは分かります。」
「何がそんなに気になると言うんだ?」
「…変な小屋立ってる。」
私は庭の中央に立つ、石造りの建物が気になって仕方なかった。鍛治小屋と大きさは似ているが壁が一切無く、数本の柱と屋根があるだけの不思議な形状をしている。
「あれはガゼボだ。庭に2つくらいあって当然だろう?」
「庭の広さにもよりますが…普通は1つあるか無いかではないかと…。」
「…何する所?」
「これから茶会をする所だ。俺は先に座って待つから、他に気になる場所があるなら好きに見て来ると良い。」
「中庭からは出ないで下さいね。」
「…分かった。」
私は彼等の側を離れ、近くに咲いている花へ駆け寄った。ルスケアが育てている花と形は似ているが、色が違っている。道の反対側に咲いている花は、フォンミィの花畑でも見た事が無い不思議な形をしていた。植木だけでなく、道の側に作られた小さな畑にも花が植えられていて、足元を鮮やかに彩っている。
次に私の視線を奪ったのは、突然現れた珍しい色の蝶々だった。ジンガの髪のような鮮やかな橙色をしていて、羽根に顔のような模様が描かれている。この世のものとは思えない、本の中から飛び出てきた幻のような気さえしてしまう。
「アスールちゃん?こんな所で何してるのー?」
私の姿を見つけて声をかけてきたのは、先程廊下を駆けて行ったパニだった。彼女は手に白いトレーを持っていて、様々な道具が乗せられている。
「…それ、おつかいで使う?」
「お茶会ね?ガルセク様が待ってるだろうから、一緒に行こう。」
彼女と共にガゼボへ戻ると、置かれた椅子に座る王子とビオレータの姿があった。彼等は何やら話し込んでいるようだが、その内容は難しくてよく分からなかった。
「お待たせー。」
「随分待たせたな。」
「ちょっとー。そこは「全然待ってないよ。」って言う所でしょー?」
「言って欲しかったのか?貴様の前で猫を被る必要はなかろう。」
「…猫、被れる?」
「例えの話です。細かい事は気にしなくて良いんですよアスールさん。」
「…分かった。」
「じゃあガルセク様、後はお願いねー?」
「パニ様は、ご一緒しないのですか?」
「さっき、大臣に捕まっちゃってさー。追加の仕事を頼まれちゃったから、すぐにやらなきゃいけないんだよね…。もう…やんなっちゃうよー。」
「俺に手伝える事があれば、何でも手伝います。」
「ありがとー。でも、気持ちだけでいーよ。これはボクに任された仕事だからね!」
「行くならさっさと行って来い。徹夜になっても知らんぞ?」
「はいはい行きますよー…。2人共、ゆっくりお茶していってね!」
「…さようなら。」
立ち去るパニに別れの挨拶をすると、彼女は手を振りながら姿を消した。
「以前と比べると、ずいぶんと喋るようになったな。」
王子は手元に置かれた筒を掴み取り、スプーンですくいとった粉を丸い容器に入れ始めた。
「そうですね。感情も少しずつ戻り始めていますし、色々な言葉も覚えています。」
今度は丸い容器に、お湯を注ぎ始めた。無色透明だったお湯は赤茶色に変色していき、上に溜まった粉が少しずつ下へ落ちていく。
「最近覚えた言葉は何だ?」
「…チョコエート。」
「カカオの菓子の事か?」
「…甘くてトロトロ。」
「チョコレートは、全てが甘いとは限らない。カカオの量が多ければ多い程、苦味が増すぞ?」
「…甘いのに苦い?」
「そのうち食べさせてやろう。」
「…苦いの嫌。」
「ふっ…子供だな。」
彼は鼻で笑いながら、皿の上にカップを並べ始める。
「…子供、悪い?」
「悪いとは言ってない。まだまだ大人になるには、早いなと思っただけだ。」
「…ロゼもよく言う。」
「俺からしたら、奴も子供だと思うがな。」
粉が沈みきった容器を持ち上げ、彼はカップに赤茶色の液体を注ぎ始めた。
「ローゼさんは20歳になったばかりですからね。お酒もあまり飲まれなかったと思います。」
「…お酒?」
「大人しか飲む事を許されていない、アルコールが含まれた飲み物の事です。」
「…アウコール、ルスキャ言ってた。」
「お酒には様々な種類がありますが、チョコレートの中にお酒が入っている物もありますよ。」
「…チョコエート、大人しかダメ?」
「多少なら問題ない。貴様の口には合わないと思うがな。」
彼は私の前に、カップを置いた。透き通った液体から、白い湯気が立っている。
「熱いから火傷するなよ?」
「…分かった。」
「ありがとうございますガルセク王子。いただきます。」
カップを手に取り、息を吹きかけて熱をさまし、口の中へ液体を流し込んだ。
「…苦い。」
「紅茶とはそういう物だ。」
「…こーちゃ?」
「砂糖を入れて、苦味を和らげた方が飲みやすいですよ。」
ビオレータは、透明な瓶に入った白い塊を数粒カップの中に落とし入れ、スプーンでかき混ぜた。
「…この四角いの砂糖?」
「角砂糖と呼ばれる物です。四角い形に固めただけで、料理に使う砂糖と変わりません。」
「…分かった。」
私は彼の真似をして角砂糖を1つつまみ入れると、皿の上に添えてあるスプーンを使ってかき混ぜた。
「ビオレータ。貴様も結構、甘党なのだな。」
「に、苦い物はあまり得意ではなく…。」
「…ビオレタも子供?」
「あなたと一緒にしな…」
「…っ!父上!」
席を立つ王子の目線の先に、立派な髭を蓄えた男性が立っていた。慌ててその場にしゃがみ込むビオレータに続き、私も席を立って頭を下げる。王子の父という事は、彼はこの国で1番偉い王様という事だ。
「茶を飲んで居たのか?」
「はい。この者達に、僕の入れた茶を飲んでもらおうと思いまして…。」
「…そうか。」
親であるはずの王様に対して、彼は丁寧な言葉遣いをしていた。まるで他国の王と国事をしているかのような光景に、どこか違和感を感じる。
「そなたは…確か、ビオレータだったな。いつも世話をかけてすまない。」
「いえ、とんでもありません。王様の元で働ける事に、感謝しております。」
「時にビオレータよ。体調は問題ないか?」
「は、はい…。特に問題はありません。」
「ならば良い。…邪魔して悪かったな。ワシはもう行くから、ゆっくり茶を楽しんで行くと良い。」
王様は後ろで待っていた沢山の人達を引連れ、建物の中へと去って行った。
「…今のが、おーさま?」
「そうです。今まで会った事はありませんでしたか?」
「…はじめまして。」
席を立った王子は、再び席に座る事無くガゼボの外へと足を踏み出した。
「ガルセク王子?部屋にお戻りになりますか?」
「…俺にゆっくり茶を飲む時間は無い。片付けはパニにさせておくから、貴様等は注いだ茶を飲み干してから帰れ。」
彼は私達と目を合わせる事無く、その場から立ち去って行った。
「…おーじさま、怒ってた?」
「怒るというよりは、機嫌が悪くなったと言うべきでしょうね。」
「…何で?」
「当然でしょう。王様は、ガルセク王子本人ではなく騎士団長でもない…ただの騎士である俺の体調を、わざわざ気にかけて下さったのですから。」
「…ビオレタ気にかける、嫌?」
「子供である彼の事は気にも止めず、他人である俺の事を気にかける…本人にとって気分のいいものでは無いでしょう。」
「…よく分からない。」
「分からなくて良いんですよ。余計な同情は、ただの自己満足なのですから。」
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