青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第5章︰帰る場所

第54話

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「……ようございますアスールさん。朝ですよ。」

外から微かに聞こえてくる鳥のさえずりと共に、モーヴの声が耳に届いた。瞼を開き、ベッドの上でゆっくりと身体を起こす。

「…おはよう。」
「おや…あまり眠れなかったようですね。」
「…へーき。」

慣れない環境で眠れない事は、今までに何度かあった。部屋自体になんら不自由は無いが、城特有の静寂と冷えきった空気感が私の眠りを邪魔したのだ。
ベッドから立ち上がり、食事が用意されたテーブルに向かって歩み寄った。数歩歩いたところで視界が揺れ、身体が斜めに傾く。

「おっと…!」

近くに立っていたモーヴの腕に受け止められ、地面に倒れる事は免れた。慌てて両手を伸ばして彼を押し退け、再び歩みを進める。

「大丈夫ですか?体調がお悪いようですが…。」
「…へーき。」

彼の側を離れ、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。鮮やかな料理がテーブルを彩り、一見すると豪華に見える食事だが…私の腹はいくら食べても満たされ無かった。
食べ終えた食器を持って部屋を出ていく彼を見送り、騎士の制服に身を包む。着替えを済ませて窓の外を眺めていると、王子の世話を終えたパニが部屋へやって来た。
彼と共に隣の部屋へ向かうと、王子はベッドに横たわり、寝息を立てて眠っていた。パニに見守られながら、治癒魔法で彼の治療を試みる。
昨日同様、治療の手応えはあまり感じられず…魔力の消耗を程良く抑えて、部屋へ戻る事にした。

「…それ何?」

姿を消していたモーヴが、再び部屋を訪れていた。彼の手元には、顔程の大きさの丸い形状道具が置かれている。

「あぁ…おかえりなさい。これは、加湿器と呼ばれるものです。部屋の乾燥を防ぐと共に、少しは寝付きも良くなるかと思って持って来ました。」
「…寝付き良くなる?」
「夜の治療まで時間がありますし、もう少し寝た方が良いかと思いまして。準備しますから、ベッドへどうぞ。横になって下さい。」

彼に促され、上着を脱いでベッドに横たわる。モーヴは身につけていた手袋を外し、手の平を向けた加湿器に水を注ぎ始めた。どうやら彼もルスケアと同じように、手から水を出す事が出来るらしい。
上着のポケットからハンカチを取りだし、濡れた手を拭きながら彼は口を開いた。

「あなたに倒れられてしまっては、ガルセク様だけでなく私も困ってしまいますからね。」

今度は反対側のポケットから、ほんのり色付いた液体が入った小瓶取り出すと、水の入った加湿器へ数滴垂らしていく。

「…何でモブ困る?」
「ガルセク様の側に居たいからですよ。」
「…側いる?」

彼に言葉の意味を問いかけると、外した手袋を身につけながら自身の身の上話を語り出した。

「私は、そこそこ名のある貴族の家に産まれました。ですが…ある事件をきっかけに、貴族の名を失いかけたのです。その時、私は初めてガルセク様にお会いしました。ガルセク様は私の能力を評価して下さり、教育係として側に置いて下さったのです。」

彼の話を聞いているうちに、部屋の中に花の香りが漂い、意識が遠退いていくのを感じる。

「あの方が居なかったら、今の私は居ません。それだけ私にとって大きな存…」

彼の話は止まることなく続けられたが、最後の言葉を聞く事無く、私は眠りについた。



窓の外から降り注ぐ陽の光が目元を照らし、眩しさを感じて目を覚ました。枕元に置かれた時計の針は、既に12時を過ぎている。
モーヴから時計の見方を教えてもらい、短い針が7の所へ辿り着いた時が食事の時間だと知った。
まだ数時間の猶予があると分かり、私は再び上着を羽織って部屋の外へ足を踏み出す。
静まり返った廊下を進んで行くと、どこからともなく人の声が聞こえて来た。声が聞こえた方へ向かうと、広々とした室内で武器を振り回す兵士の姿が目に入る。

「アスールじゃないッスか…!こんな所で何やってるんッスか?」

声の主は、親衛隊の制服を身にまとったアウルムだった。モーヴとパニが居るのだから、彼もここに居て当然なのだが…黒い服を着ている彼を見るのは久しぶりだった。

「…散歩。アウムは?」
「俺は見ての通り!兵士達の訓練を指導してるッスよ。」
「…くんえんをしどー?」
「説明するより、実際に見せた方が早いッスね。危ないから、アスールは壁際で座って見てて欲しいッス。」
「…分かった。」

彼は私の側を離れ、兵士達の元へ駆け寄って行く。言われた通りに壁際で腰を下ろすと、兵士の1人が彼に向かって剣を振り上げた。
アウルムは振り下ろされる剣を避け、兵士に向かって拳を振りかざす。彼の拳は兵士の身体に触れる事なく、寸前でピタリと止まった。
さらに彼等は互いに歩み寄り、何らや話をし始める。しばらくして2人は話を終え、アウルムがこちらへ歩み寄って来た。

「どうだったッスか?」
「…どう?」
「あれ…?そこで見てたんじゃ無いんッスか…?」

変わった動きをしていた事は確かだが、私はそもそも訓練を見学する機会があまり無かった。騎士達が訓練している様子も時々しか見かけないので、訓練自体に馴染みが無いのだ。

「…いつものくんえんと何違う?」
「訓練してるのは兵士で、俺は彼等に戦い方を教えてるんッスよ。」
「…今のが、しどー?」
「そうッス。まぁ…俺の場合、武器は使わないんで、武器の扱いは教えられないんッスけど…。相手との距離感とか、攻撃された時の対処法とか…」

彼は饒舌な口ぶりで話を始めるが、私は話についていけず首を傾げた。

「っと…つい熱く語っちゃったッスね。」
「…おーじさまを守る以外の仕事?」
「いやいや。これも、ガルセク様を守る仕事の1つッスよ。兵士が強くなれば、その分ガルセク様を守れる人が増えるって事ッスからね。」
「…アウムは、何でおーじさまの側いるの?」
「そうッスねー…。ガルセク様が、俺を必要としてくれるからッスかね?」

彼はにこやかな表情を浮かべながら、私の側へ歩み寄り、隣に並んで腰を下ろした。

「俺、昔から腕っ節だけは強かったんッスけど…。アルトゥンみたいに斧を使いこなしたり、アレリヴェみたいに料理が上手い訳でもなくて…家に居場所が無かったんッスよ。」

私が数週間暮らしていた彼の家は、笑顔の絶えない温かな場所だった。聞き間違いではないかと思える程、彼の言葉は疑い深い発言だ。
彼の表情から笑顔は消え、遠くの兵士達を眺めながら、言葉を呟いていく。

「それで、家に帰らずに街をほっつき歩いてた時期があって…その時に、ガルセク様に声をかけられたッス。護衛係にならないかって誘われた時、初めて自分が必要とされてるって思えて、嬉しかったんッスよ。」
「…嬉しいから側いる?」
「それもあるッスけど…恩返しもしたいと思ってるッス。だから側に居たいんッスよね。」
「…モブも言ってた。側居たいって。」
「モーヴだけじゃなく、パニも同じだと思うッスよ。何でパニを世話係に選んだのかまでは、知らないッスけどね。」

話をしている私達の元に、1人の兵士が歩み寄って来た。彼は背筋を伸ばして胸元に手を当て、アウルムに向かって頭を下げる。

「お話中、申し訳ありません!あのー…アウルム様、そろそろ時間の方が…。」
「もうそんな時間ッスか?あー…そしたらアスール。後で部屋に行くんで、一緒に食事しないッスか?先に部屋へ戻って、待ってて欲しいッス。」

壁に掛けられた時計が、もうすぐ7時を指そうとしていた。日も暮れ始め、食事の時間が刻一刻と近付いている。

「…分かった。」



部屋に戻る途中、中庭を歩く複数の人影を見かけた。それは以前城へ来た時に出くわした、王様の姿だった。彼は地面に咲く花を眺めながら、ゆっくりとした足取りで道を歩いて行く。
その様子を窓越しに眺めていると、彼は壁際に置かれた大きな石の前で立ち止まった。周りにいた人達は、その場に座り込む彼の側を離れていく。何度も石に触れるその姿は、まるで石と会話しているかのように見えた。

「あっ…アスール様…!お食事をお持ちしました。すぐに準備致しますので、中へお入り下さい。」

見知らぬ女性が私に向かって声をかけ、部屋へ入るよう促した。彼女の指示に従って部屋の中へ入ると、テーブルの上に2人分の食事が用意されていく。

「…何で2つ?」
「アウルム様から、こちらのお部屋で食事をなさるとお聞きしたので、お持ちしました。準備が済みましたので、私はこれで失礼させて頂きます。ごゆっくりお召し上がり下さい。」

彼女が頭を下げて部屋を出ていくと、しばらくしてアウルムが部屋へやって来た。

「お待たせッス。料理が冷める前には間に合ったみたいにッスね。」

それから彼とテーブルを囲み、私達は揃って食事を始めた。服のせいだろうか?彼の家でバーベキューをした時とは、違う感覚がした。

「アスール…あんまり箸が進んでないッスね。食欲無いんッスか?」
「…ご飯、美味しくない。」
「えー?そうッスかねー?あんまり感じた事ないッスけど…。」
「…アイルのご飯、美味しかった。」
「あー…なるほど。確かに母ちゃんの料理は格別美味いッスからね。気持ちは分からないでもないッス。」
「…アウムは美味しい?」
「そりゃあ母ちゃんの料理の方が美味いッスけど、俺は常にこいつを持ち歩いてるッス!」

彼は上着のポケットに手を入れ、小さな瓶を取り出した。透明な瓶の中に、赤い粉が入ってるのが見える。

「…何の粉?」
「何でも美味しくなる魔法の粉ッスよ?アスールにもかけてあげるッス。」

すると彼は、瓶の蓋を開けて手を伸ばし、私が食べかけていたサラダに赤い粉を振りかけた。
本当に何でも美味しくなるのかと疑いながら、赤い粉がかかった野菜を口に含む。その瞬間、口の中全体に激痛が走り抜けた。

「ゲホ…ゲホッ…!」
「わ!?大丈夫ッスか!?」

むせ返る私を見て、彼は慌てて水の入ったコップを差し出す。水を口に含んで何とか野菜を飲み込んだが、口の中の至る所で焼けるような熱さと痛みを感じる。

「…熱い。…痛い。」
「あはは…調子に乗って、ちょっとかけすぎちゃったッスね。俺、辛い料理が好きだから、ついついかけすぎちゃうんッスよ。」
「…これが、辛味?」
「あれ?辛いものは今のが初めてッスか?そりゃあ…むせても仕方ないッスね。この赤い粉は七味って言って、7つの辛い食材を粉にした調味料なんッスよ。」 
「…辛味、痛い…。」
「良かれと思ったんだけど、失敗だったッスね…!お詫びに、俺のデザートあげるッスよ。これは甘くて美味しいと思うッス。」
「…良いの?」
「俺、甘いのは苦手なんッスよね…。むしろ食べてくれた方が助かるッス。」
「…ありがとう。」

昨日食べた食事と、味は大差無かったが…彼が居ると言うだけで部屋の中に会話が生まれ、不思議と満たされるような感覚がした。
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