青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第6章︰家族

第56話

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シュヴァリエメゾンに帰ってきた私は、自室へ戻って着替えを済ませ、真っ先に書庫を目指した。

「アスールさん…!ここへ帰って来て、大丈夫なのですか?」

いつものようにペンを握りしめるビオレータは、机に向かって仕事をしていた。他の騎士の所在は分からないが、ここへ来れば彼に会えると思ったのだ。

「…おーじさまが帰れって言った。」
「そうですか。戻って来られて良かったですね。」
「…皆どこいる?」
「さぁ?俺は、全員の行動まで把握していないので分かりません。」
「…じゃあ、本読む。」
「ご自由にどうぞ。」

テーブルに本を広げて眺めていると、どこからともなく剣がぶつかり合うような音が聞こえてきた。ソファーから飛び降り、音がした方へ駆けて行く。

「…ロゼ?」

廊下の真ん中でしゃがみ込む、ローゼの姿を見つけた。彼は床に散らばった剣を、木箱の中にかき集めている様だ。

「え?アスール!?何でここに居るの!?」

私の存在に気が付いた彼は、驚きの声をあげた。その場に立ち上がり、私の元へ歩み寄る。

「勝手に帰って来たらダメだよ!ガルセク王子に見つかったら…」
「…おーじさまが帰れって言った。」
「え?それ…本当…?」
「どうやらそのようだ。先程、世話係様から伝令を預かって来た。」

どこからともなく現れたジンガが、私達の元へ歩み寄る。ローゼは、目の前で広げられた紙に目を凝らした。

「ほ、本当だ…。辞めさせた時もそうだけど、随分急に決めるなぁ…。」
「俺はこれを、書士の所へ持って行く。」
 
ジンガは紙を折り畳み、書庫の方へと去って行った。

「仕事中なのは分かるけど…もっと驚くとか喜ぶとか無いのかな…?」
「…ロゼ、嬉しい?」
「ぼ、僕が嬉しいとは言って無いでしょ!?」
「…何で怒る?」
「怒ってもいないよ…!って…こんな事してる場合じゃなかった…何とか今日中に形にしないと…。」

ローゼは置かれたままの箱に歩み寄り、再び剣を集め始める。よく見ると、剣では無い物や剣先だけになっている物も混ざっていた。

「…それ何使う?」
「悪いけど、説明してるような暇は…。…そうだ!アスール、暇ならちょっと手伝ってくれない?」
「…分かった。」

手伝いの内容を聞かずに返事を返すと、彼と共に鍛治小屋へ向かった。



「アスールには、これを全部溶かして欲しいんだ。」
「…溶かす?」
「やってみるから見てて。」

彼は両手に茶色の手袋をはめ、木箱の中から剣の破片を手に取った。近くに置かれた小さな鍋の中にそれを入れると、燃え盛る火の上で鍋底を熱し始める。すると、みるみるうちに中身が溶けていき、銀色の液体へと変わってしまった。

「溶けたなーって思ったら火から離して、また新しいのを入れて溶かす。これを繰り返すだけだから、そんなに難しくないでしょ?でも、怪我とか火傷しないように、ちゃんと手袋をつけてやってね?」
「…分かった。」
「鍋がいっぱいになりそうだったら、僕に教えて。新しい鍋を用意するから。」
 
彼の仕事を見た事はあったが、このように武器を溶かす作業は初めて見る。私は剣が溶けていくのを眺めながら、近くで別の作業をしている彼に気になっていた事を問いかけた。

「…溶かしてどうする?」
「型に流して別の物に作り替えるんだ。こんな風にね。」

彼の手に握られていたのは、小指程の大きさの細長い板だった。

「…何これ。」
「これがどうなるかは後で見せてあげるから、まずは作業!手を止めてたら間に合わないよ。」
「…分かった。」

何に使うかを知らされないまま、私はひたすら箱の中身を溶かし続けた。
出来上がった銀色の塊を木箱に詰め、ローゼの部屋へ移動する。彼の部屋はかなり片付いていたが、テーブルの上だけが別の部屋かと思う程に散らかっていた。

「あ…片付けるの忘れてた…。すぐ退かすからちょっと待ってて。」

持ち込んだ木箱を床に置き、彼はテーブルの上の長い棒を掴み取った。

「…それ何?」
「あのねぇ…聞いたら何でも答えてくれると思ったら、大間違いだからね?何でもかんでも聞かないでよ。」
「…ごめんなさい。」

私は素直に反省し、彼に謝罪の言葉を述べた。

「そんな風に落ち込まれたら、僕が悪いみたいじゃん…。」
「…誰にでも、隠したい秘密ある。」
「ちょっ…!誰が教えたの?そんな言葉!」
「…秘密。」
「なっ!?…わ、分かったよ!これについて話すから、誰から聞いたかアスールも教えてよね。」
「…分かった。」

私が気になった長い棒は、彼が自ら手作りした槍の持ち手部分らしい。細かい模様が入っていて、彼の器用さが見て取れる。
教えてもらった代わりに、先程の言葉は本を読んでいる時に覚えた事を彼に伝えた。

「なんだ…誰かに教えてもらったんじゃなくて、本に書いてあったのか。…あれ?いつの間に文字を読めるようになったの?」
「…モブに教えてもらった。」
「じゃあ、モーヴ様に教えてもらったようなものか…。それなら誰も責められないなぁ。」
「…何で残念そう?」
「アルの仕業だったら、問い詰めてやろうかと思って。城に行く前は、アルの家に居たんでしょ?その間に変な言葉教えてたら、ユオダスさんに報告しないとね。」

何故ユオダスに報告するのか首を傾げていると、彼はテーブルの側に置かれた椅子に腰を下ろした。

「アスールもそっち座って。」
「…今度何する?」
「部品を組みたてて、これをアクセサリーにするんだ。1つずつチェーンを通して、プレートを首から下げられるようにするの。」
「…よく分からない。」
「まぁ…知らない言葉が多くて当然だと思う。見たら分かると思うから、真似してみて。」

すると彼は両手にハサミのような道具を持ち、銀色の小さな輪っかを挟んだ。道具を器用に使いこなし、板の上に空いた穴に輪っかを通すと、紐に固定した。

「あとは僕が仕上げするから、アスールはここまでをお願いして良い?」
「…分かった。」

彼の真似をして道具を使ってみるが、上手く輪っかを通す事が出来ず、嫌悪感が強まっていく。
しばらく輪っかと格闘していると、向かい側で別の作業をしているローゼの視線を感じた。

「アスール…もしかしてイライラしてる?」
「…イライラ?」
「上手くいかない事があると、心がモヤモヤするって言うか…。もどかしい気持ちになるんだよね。そういう感情を焦慮って言うんだ。簡単に言うと、それがイライラするって事。」

私は、彼との作業を通して【焦慮】の感情を知った。

「難しいなら、無理にやらなくても良いよ?」
「…やる。」
「なら、深呼吸すると良いよ。多少はイライラもマシになるだろうから。」
「…分かった。」

深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。焦慮の感情を沈める為に、深呼吸すれば良い事も彼は教えてくれた。



「おいアスール。ゆっくり食べろつったろ。」

ローゼとの作業を終え、私は待ち望んでいたグリの食事を口にしていた。

「…グイのご飯美味しい。」
「お、おう…そうか。」
「…おかわり。」
「お前…少し見ないうちによく食べるようになったな…。」

食事と風呂を済ませて部屋へ戻ると、ベッドに座り込むクロマの姿を見つけた。

「あっ!アスール、おかえりー!」

彼は勢いよくベッドから飛び降りると、私に向かって両腕を広げた。モフモフとした毛並みが私の脚を包み込み、温かくなるのを感じる。

「…ただいま。」
「随分帰って来るのが遅かったネ!どこに行ってたノ?」
「…タナーとアルトの家とお城。」
「うーん…?とにかく色んな所に行ってたんだネ。ボク、待ちくたびれてカワカワになっちゃう所だったヨ。」
「…カワカワ?」
「ボクの話は良いから、アスールの話を聞かせてヨ。あ、まずはアロマを付けないとネ!」

いつの間にか用意されていた脚立によじ登り、棚に並んだアロマの1つに火を付けた。布団に入り、私は今までの出来事を思い返す。
タナー神国で、神官の代わりに舞を披露した事。アルトゥンの家で、バーベキューをした事。城に呼ばれ、流行病になってしまったガルセク王子の治療をした事。
徐々に身体が温まるのを感じながら、私は色々な話を彼に語った。

「ふーん…。キミが居ない間に、そんな事があったんだんダ…。ボクと会えなくて、寂しい思いをしてるかと思ったケド…ボクだけだったみたいだネ。」
「…クオマ、寂しい?」
「もう平気だヨ!キミが帰って来たからネ。」
「…家族は?」
「とーさんは死んじゃったし、かーさんには会った事もないんダ。兄弟も居ないから、ボクはひとりぼっち…。」
「…私が居る。」
「ボクの事、家族だと思ってくれるノ?」
「…友達、家族の次に身近。」
「なーんダ…。家族じゃなくて友達カ…。ちょっと期待し…」
「アスールー?もう寝てもうたかー?」

クロマと話をしていると、部屋の外からアルトゥンの声が聞こえてきた。身体を起こし、ゆっくりと扉を開く。

「あ、起きとったか!こっち帰って来たって聞いたから、俺ん家に置きっぱなしやった荷物を持って来たで。」
「…ありがとう。」
「テーブルの上に置いとっから、明日片付けたらええわ。」

テーブルへ向かって歩き出した彼は、アロマの存在に気づき、首を傾げた。

「あれ…?何でアロマが燃えとるんや?」
「…クオマが付けた。」
「誰やそれ…。」

ベッドに寝転がるクロマに向かって指をさすと、椅子の上に荷物を置き、彼の元へ歩み寄った。アルトゥンに腕を掴まれたクロマは、抵抗する素振りを見せず、黙り込んむ。

「こんなぬいぐるみ、いつの間に持っとったん?誰かに買ってもらったんか?」
「…ういぐるみ?」
「布と綿で出来た置物の事や。まさに、この熊みたいにモコモコしとるやつやな。」

彼はクロマの身体を両手で掴み、マッサージするかのように揉み始める。

「全身真っ黒で、ちょっと不気味やな…。俺やったら、もっと可愛ええぬいぐるみ買うてあげたんに…。」
「…返して。」
「悪い悪い。名前を付けるくらいやから、これが気に入ってるんやもんな。」

私の手元に返って来た彼は、死んでしまったのかと思う程、大人しくなっていた。部屋を出て行くアルトゥンを見送り、再びベッドに彼を連れ戻す。

「…クオマ、生きてる?」
「どうしてそんな事聞くノ?ボクは死んでなんかいないヨ!」

クロマは何事も無かったかのように喋りだし、布団を捲って中に身体を押し込んで行く。

「うぅ~寒い寒い。せっかく温まってきた所だったのニ…。」
「…何で動かなかった?」
「そ、それは…ボクが天族である事を隠す為だヨ!ボクの正体がバレると、ここには居られなくなっちゃうんダ。」
「…私は良いの?」
「アスールは、ボクの特別な友達だからいーノ!他の人に、ボクが動いたり喋ったりするって教えちゃダメだからネ?」
「…分かった。」
「そうと分かればそろそろ寝よウ!」

私は彼を再び抱きしめ、温もりに包まれながら眠りについた。
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