青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第6章︰家族

第57話

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並んだ文字を視線で追いながら、目に止まった本を掴み取る。ビオレータの机の前を通り過ぎ、ソファーに座って本を開いた。
しばらくゆっくり過ごす時間が無かったが、ようやくいつもの日常を取り戻した…そんな気持ちになる。

「おわー!」 

窓の外からアルトゥンの叫び声が聞こえ、読みかけの本をテーブルに置いたまま席を立つ。
しばらく廊下を歩いて行くと、上の階から階段を駆け下りる彼の姿を見つけた。彼の後を追いかけ、扉を開いて建物の外へ向かう。

「あ、アスール!ええ所に来てくれたわ!洗濯物を拾うん手伝ってくれへん?」

彼の周りには、騎士達の物と思われる洗濯物があちこちに散らばっていた。植木に引っかかった物や、地面に植えられた花に覆い被さる物もあり、何故そこに落ちているのか想像もつかないような不思議な光景が広がっている。

「…アルトが洗濯した?」
「せやでー。ルスケアが忙しい時は、俺が洗濯したり掃除したりもするんや。これも隊長の仕事の1つやで。」
「…汚れてる。」
「げ…。ヴィーズの服が、運悪く土の上に落ちてしもたんやな…。これはもう1回洗わなあかんから、こっちの綺麗な方を屋上に持ってってくれへんか?」
「…分かった。」

彼から受け取ったカゴを持って屋上へ向かうと、物干し竿に服を干している途中の様だった。彼が戻って来るまでの間だけでも手伝おうと、近くに置かれたハンガーに洗濯物の袖を通していく。
以前にルスケアの洗濯を手伝った時は、私では届かないからと竿に下げる所は彼がしてくれた。今は1人なので、干せるかどうかを試みる。
つま先立ちになって懸命に腕を伸ばすと、ハンガーの丸まった部分がギリギリ竿に届いた。次々と服を干していき、ずらりと並んだ洗濯物にどこか達成感を感じる。

「あ、先に干しててくれたん?おおきに!」
「…おおきに?」
「ありがとうって事や。アイリスも言っとったやろ?」
「…違う言葉で同じ意味?…難しい。」
「俺は子供の頃から聞いとったから、違和感もあらへんかったけど…。父ちゃんはヴァハトゥン出身なんよ。ヴァハトゥン島みたいにデカなくて、ちっちゃい島らしいけどなぁ。」
「…遠い?」
「行った事無いから分からへんけど、少なくともここからは見えへんやろな!」

海の方向を見つめる彼の視線は、遥か彼方に広がるまだ見ぬ世界を捉えていた。そんな私達の側を通り抜ける風が、何やら香ばしい匂いを運んでくる。

「…匂う。」
「ん?洗濯物の匂いか?」
「…違う。焦げた匂い。」
「あー…これは、肉を焼く匂いやな。確か、グリがビーフシチューを作る言っとったわ。」
「…シチュ?」
「多分、アスールが思ってるのと違うシチューや。気になるんやったら、見に行ってみ?」

彼に言われた言葉の意味を確かめる為、私は調理場へ向かった。



「どうした?腹でも減ったか?」

グリはいつものように調理台へ向かい、包丁を握りしめていた。隣には、焼いたばかりの香ばしい肉の塊が置かれている。

「おい。黙ってねぇで何とか言え。」
「…シチュ、いつもと違う?」
「よく分かったな。シチューはシチューでも、牛の肉を煮込んだシチューだ。」
「…焼くと煮込む同じ?」
「違ぇよ。煮込むのはこれからだ。」
「…手伝う。」
「別に構わねぇけど…そんなに面白いもんじゃねぇぞ?」

手渡されたエプロンを身につけ、木ヘラを持って大きな鍋の前に立つ。彼の手から次々と投入される食材で鍋は満たされていき、私はひたすら鍋をかき混ぜ続けた。

「…煮込む、どのくらい?」
「2、3時間くらいだな。」
「...時計の針何個分?」
「まさか、もう飽きたんじゃねぇだろうな?」
「...飽きた?」
「同じ事をずーっとやってっと、めんどくせぇって思ったり、後はそうだな…やる気を失ったりする感じつったら良いのか?...ま、そんな感情だ。」

彼の曖昧な表現で【飽きる】という感情を何となく知った。

「...ずっと混ぜる?」
「ずっとはしなくて良い。たまに混ぜて、焦げない様に見とく必要はあるけどな。」
「...飽きた。」
「やっぱ飽きてんじゃねぇかよ...。ま、後は俺がやっとくから、お前は散歩でもしてこい。」
「...分かった。」



廊下を歩きながら、次の目的地を思い浮かべる。
書庫へ戻って、途中になってしまった読書を再開するか...中庭の草木に水やりをするか...他の騎士達の手伝いをするか...。

「おわー!」

様々な考えを巡らせていると、再びアルトゥンの叫び声が聞こえてきた。声のした方へ向かうと、馬小屋の前に2人の人影を見つけて歩み寄る。

「...何してる?」
「アスール~!俺はもうダメや~!」

地面に座り込む彼と、それを見守るジンガの姿があり、彼等の手にはそれぞれ大きめのブラシが握られていた。

「馬の世話をしていた。」
「...ブラシで?」
「あぁ。馬にとって、ブラッシングは大事だからな。」
「...アルト、何でダメ?」
「せっかくブラシで綺麗にしたろーと思ったら、急に暴れ出したんよ!ビックリして、腰抜かしてしもうたわ...。」
「おかしいな...。いつもは嫌がらないんだが...。」

ジンガの近くに立っている馬は、首を上下に振りながら、その場で足踏みをしていた。すると、馬の身体のほんの一部が赤くなっている事に気が付く。

「...怪我してる。」
「どこだ?」
「...そこ。」

私が馬の首元を指さすと、彼は傷口の近くに手を添えた。

「本当だな...。小さいから気が付かなかった。どうして分かったんだ?」
「...何となく。」
「アスールも、ジンガみたいに動物の考えが分かるのかもしれへんよ?前も、猫の気持ちが分かるみたいやったし。」
「...ジガ。抱っこして。」
「え!?こ、怖くないんか...?」
「...怪我治したい。」
「分かった。治療を頼む。」

彼に身体を抱えられ、傷口に腕を伸ばして目を閉じる。治療を終えて、馬は満足そうに口を鳴らした。

ーブルルル!

「感謝している様だな。」
「せやな。言葉が分からへん俺でも、今のは何となく分かったわ。」
「ありがとう治癒士。おかげで助かった。」
「...私もブラシしたい。」
「でも...アスールの身長やったら、抱えんと届かんやろ?他にも仕事はあるやろうから、ずっとジンガが抱えとく訳にもいかへんし...。」
「隊長が抱えれば良いんじゃないか?」
「アスールが...それでもええなら...。」
「...する。」
「あ、相変わらず、恐怖より興味が勝つんやな...。」

それからしばらくアルトゥンに抱えられながら、馬にブラシを擦り付ける作業を続けた。



「あ、いたいた。おーい!みんなーご飯だよー!」

声が聞こえた方を振り返ると、2階の窓からこちらへ手を振るヴィーズの姿が見えた。

「この声は副団長か?」
「もうそんな時間かー。ほんならちゃちゃっと片付けて、飯にしよや!」

後片付けを終えて食堂へ向かうと、先に来ていたヴィーズが椅子に座って待っていた。

「みんなで馬の世話をしてたんだね。お疲れ様。」
「アスールが居って助かったわ~。俺だけじゃ、ジンガの邪魔にしかならへんかったわ。」
「隊長も頑張っていた。掃除も手伝ってもらったしな。」
「克服に向けて、頑張ってるんだね。」
「俺に出来るんは、それくらいやからな。ところでヴィーズは、どこかでかけとったんか?姿が見えへんかったけど...。」
「ちょっと野暮用でね。街に出かけてたんだ。」
「...やぼよー?」
「詳しくは話せない用事の事だ。あまり深く聞かない方が良い。」
「ジンくん...その言い方だと、僕がいけないことをしてるみたいに聞こえない?」
「...違うのか?」
「そこまで言うんやったら、言える用事なんやほね?」
「そ、それは...。」
「やっぱり言えへん用事やん。」
「ぼ、僕にもプライバシーってものがあるでしょ!?」
「うるせぇなぁ。もっと静かに喋れねぇのかてめぇ等は。」

奥の調理場からやって来たグリの手には、先程煮込んでいたビーフシチューが握られていた。

「ってか...よくもまあこんなに集まったもんだな...。」
「そう言われると...5人も揃うのは珍しいよね。」
「俺の場合は、2人が手伝ってくれたおかげだ。」
「俺の洗濯もアスールに手伝ってもらったから、ジンガの手伝いが出来たんや。グリのビーフシチューも、アスールが手伝ったんやろ?」
「手伝うつっても、数分混ぜただけで飽きてたけどな。」
「ははは!そら、混ぜるだけやったら俺でも飽きてまうわ!」
「...運ぶ手伝う。」
「さっき手伝えなかった分、汚名返上ってか?」
「いやいや。栄誉挽回かもしれないよ?」
「...おめー?めーよ?」 
「どちらも同じ意味だな。」
「要するに、頑張れって事やアスール。」
「...分かった。」

騎士達と食事を共にしていると、アルトゥンの家での食事を思い出した。しばらく離れていたせいか、彼等との仲がより一層深まるのを感じる。
さらにアルトゥンは、食事をしながらユオダスの武勇伝とやらを語り始めた。

「ほんでな?団長は、素手で魔族を撃退したんや!」
「本当か?確かに団長ならやりかねないが...。」
「んな訳ねぇだろ。どうせトドメが素手だったってだけで、全く剣を使わなかった訳じゃないんだろ?」
「それが、ほんまに素手やったんやって!」 
「あれ?それってもしかして、前にフォンミィへ行った時の話?」
「そうそう!前にアスール達と、蜜蝋を買いに行った時は思い出せへんかったけど...最近になってようやく思い出したんよ。あの時、ヴィーズも一緒に見とったやろ?」
「確かに見てたけど...。あの人は、魔族じゃなくて村人だったはずだよ。」
「へ?村人?」
「ユーくんの話では、寝癖が角っぽく見えただけで瞳は黒くなかったらしいよ?」
「なんだ...魔族じゃないのか。」

ユオダスが魔族を倒したという話は、どうやら彼の勘違いだったらしい。

「ほ、ほんなら、少し前に城で見かけた話をするわ!俺が廊下を歩いとったら、外で荷物運びをする団長を見かけたんよ。そしたら団長、大砲の弾が入った木箱を3つも一度に運んどったんや!これは流石に凄いやろ!」
「...力持ち。」
「それは確かに凄いな。流石団長だ。」
「せやろせやろー?」
「ん?待てよ...?それって、本当に中身は大砲の弾だったのか?」
「どっからどう見ても、あの木箱は大砲の弾やったって!」
「あ!思い出した!あれ、中身はリンゴだよ確か。」
「...リンゴ?」
「な、何でヴィーズが箱の中身を知っとるんよ!」
「だって...あれを用意したのは僕なんだ。ガルセク王子に、ヴァハトゥンからリンゴを仕入れて来いって言われて、箱が無かったもんだから大砲の弾が入ってた木箱を使ったんだ。ユーくんは、それを調理場に運んでたんじゃないかな?」
「大砲の弾なら凄いが...リンゴなら普通か。」
「つ、次や次!団長の武勇伝はまだまだあるで!」

その後アルトゥンは、ユオダスが怪我人を背負ったまま、何百メートルも川を泳いだ話を聞かせてくれたが...又してもヴィーズの指摘が入り、足がつく深さの川だったという真実を知るのだった。
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