青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第6章︰家族

第60話

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「これで十分だろう!?もう帰ってくれ!」

部屋の外で、男性の怒鳴り声が聞こえて来た。扉を開いて声が聞こえた方へ向かうと、玄関の前で言い争うユオダスと女性の姿が見える。

「何よ~…。少しくらい世間話しても良いじゃない!せっかく会いに来たんだし、あたしはあなたの姉…」
「俺は姉どころか、家族だとも思っていない。これ以上留まる気なら、不法侵入で役所に突き出すぞ?」
「わ、分かったわよ!帰れば良いんでしょ帰れば!」

彼女は手に持っていた布袋を両腕で抱きかかえ、建物の外へ出て行った。ゆっくり階段を降りて行くと、深くため息をついたユオダスが私の存在に気が付く。

「…見ていたのか?」
「…声が聞こえた。」
「騒がしくしてすまなかったな。…いつもの事だ。気にしなくて良い。」

彼は表情を曇らせたまま、再び大きなため息をつく。すると今度は、廊下の向こうからジンガが私達の元へ歩み寄って来た。

「団長。ちょっと良いか?」
「あ、あぁ…ジンガか。どうした?」
「訓練に付き合ってもらいたいのだが、構わないだろうか?」
「もちろんだ。すぐに準備するから、中庭で待っていてくれ。」
「分かった。」
「…私も見て良い?」
「別に構わないが、危なくないよう離れて見ていろ。」
「…分かった。」



「はぁ…っ!」
「ふっ…!」

騎士達の訓練を見るのは数回目だが、彼等は武器も戦い方も大きく異なっていた。大きな剣で大振りのユオダスと、小さな剣で細かく素早い攻撃を仕掛けるジンガ。
対局とも言える両者の争いは、しばらくの間激しい攻防を繰り広げている。

ーキィン!

ユオダスの力強い一撃を防ぎきれず、ジンガの剣が宙を舞った。しばらく無言の間が流れ、彼等は鞘に剣を収め始める。

「…やはり、団長には敵わないな。」
「強くなったのは、俺だけじゃない。お前もここへ来たばかりの頃に比べたら、見違える程強くなった。」
「そうか?そうだと良いが…。」
「それより、約束は覚えているだろうな?」
「…約束?」
「あぁ。この勝負で負けた方が、買い出しに行くと言う約束だ。」
「…ジガと買い出し、私も行く。」
「俺は構わないが…。」

ユオダスの方を見るジンガの視線は、彼の返答を待っている様に見えた。

「ジンガから離れるんじゃないぞ?」
「…分かった。」



複数人で街へ来る事は何度かあったが、ジンガと2人きりで通りを歩くのは初めてだった。口数の少ない彼と言葉を交わす事無く、目的の店へ辿り着く。

「ジンガくんじゃないかぁ。久しぶりだねぇ。」

店の奥から、年配の女性がゆっくりと姿を現した。名前を呼ばれた彼は姿勢を正し、胸元に手を当てて頭を下げる。

「お元気そうで安心しました。」
「おやまぁ…今は騎士様なんだったねぇ。ついつい昔の事を思い出して、懐かしくなっちまったよぉ。」
「構いません。騎士になっても、俺は俺ですから。」
「そっちの子は、孤児院の子かい?」
「彼女は、同じ騎士団の仲間です。名前は…」

彼の視線を感じ、私は自ら名前を名乗った。

「そうかいそうかい。アスールちゃんと言うんだねぇ。こんなに小さいのに、騎士団だなんて凄いじゃないかぁ。」
「…ありがとう。」
「ジンガくんも、アスールちゃんくらい小さかった頃は…」
「あの、すみません。パスタはまだ残っていますか?」
「おやおや…また喋りすぎちゃう所だったねぇ。まだ沢山残っとるよぉ。どのくらい必要なんだい?」

必要な物を購入し、彼女の話を早めに切り上げて再び通りを歩き始める。

「…あの人、知ってた?」
「あぁ。孤児院にいた頃からの知り合いだと思う。相変わらず、彼女の名前は覚えていないが…。」
「…分からないけど話した?」
「失顔症は生まれつきだ。何となくで話を合わせられる。」

ジンガの病気は、彼にとって大した事では無いらしい。私の心配を他所に、彼は足早に次の目的地へ歩みを進めて行く。

「…次、どこ?」
「あの店で、調味料を買う。」
「…ちょーみりょー?」
「料理を味付けする時に使う物だ。調理師から聞いた事ないか?」
「…無い。」
「なら、この機会に新たな知識を覚えられるな。」

彼の案内で訪れた店は、様々な色や大きさの粉が売られている店だった。私はグリが調理場で手にしていた、白い粉の入ったガラス瓶を見つけた。

「…甘い粉。」
「これは塩だ。砂糖じゃない。」
「…これが調味料?」
「塩も砂糖も調味料の一種だ。酢やマヨネーズなんかも調味料に含まれる。」

彼の言葉で店の中に置かれているのは、粉だけでは無い事に気が付いた。液体もあれば大きな塊もあり、調味料は味がする粉と言う認識が一瞬のうちに砕け散る。

「…調味料いっぱい。覚えられない…。」
「無理に覚えなくて良い。覚えなくても生きていく上では困らない事もある。」
「…分かった。」



「おーい…!ジンガさーん…!」

買い物を済ませて店を出ると、遠くの方から走り寄る騎士の姿が見えた。髪の長さと声の高さから、遠くからでもローゼだということが分かる。

「…ロゼ?」
「あ、アスールも居たんだね。」
「俺に用か?」
「あーうん!実は、さっき万引き犯を捕まえたんだけど、ちょっと目を離した隙に逃げられちゃって…。もし見かけたら、役所まで連行してくれないかな?」
「それは構わないが…俺に犯人が分かるだろうか?」

顔を覚えられない彼にとって、人探しは苦手分野だ。犯人が武器を持っていれば話は別だが…犯人が自らを犯人と言わない限り、彼には犯人の見分けがつかないのだろう。

「それなら大丈夫!アスール。逃げた不審者の特徴を教えるから、それっぽい人が居たらジンガさんに伝えて。」
「…分かった。」
「そうか…治癒士も居れば、探せそうだな。」

お互いの欠点を補い合い、私達は逃げた不審者を探し出す事になった。



「…あの人。」

私は視線の先に立つ、買い物客の女性を指さした。ローゼが言うには、犯人は黒い長髪の女性らしい。

「すみません。少しお尋ねしたいのですが。」
「はい…?何でしょうか?」

ジンガが声をかけ、こちらを振り向く女性の顔を確認する。しかし、犯人の特徴である口元のホクロと瞳の色が違う事に気付き、私は彼の服の裾を引っ張って首を横に振った。

「申し訳ありません…人違いだったようです。大変失礼致しました。」
「は、はぁ…。」

女性の元を離れ、再び通りを歩き出す。
何度か同じような黒髪の女性に声をかけるが、犯人の特徴と一致する人物は見つからなかった。

「流石に、こんな人目に付きやすい道を歩いては居ないか…。」
「…人目無い道行く?」
「そうしよう。俺の後ろを着いて来てくれ。」
「…分かった。」

薄暗い路地へ入っていくジンガを追いかけ、細い道を進んで行く。足元から甲高い音が聞こえて視線を落すと、小さな影が足の隙間を縫う様に走り去って行った。

「ん?どうした?」

恐怖の感情が込み上げ、前を歩く彼の服を無意識に掴んでいた。手を離し、掴んだ訳を口にする。

「…足元、何か居た。」
「この辺に居そうなのは、鼠くらいだろうな。」
「…鼠?」
「臆病な生き物だから、すぐにどこかへ行くだろう。気にする事は無い。」

足を踏み出す事が怖くなり、再び歩き出す彼の背中をしばらく眺めていた。すると、私が後ろを着いて来ない事に気が付いたジンガは、来た道を戻って私の前にしゃがみ込む。

「お前さえ良ければ、背中に乗っても良いぞ?」
「…良いの?」
「あぁ。歩き疲れた兄弟を、マザーがよくおぶっていた。」

私の場合は疲れたのではなく、怖くて歩けなくなったのだが…せっかくなので、彼の申し出を受け入れる事にした。
彼の背中は暖かく、歩く度に身体が揺られ、まだ明るい時間だというのに瞼が重たくなっていくのを感じる。

「ん…?あの人は女性か?」

私達の目線の先に、長い髪の人影が立っていた。路地の薄暗さで髪色の判別は難しいが、服装からして女性である事が分かる。

「…多分。」
「なら、声をかけてみるか。」

彼は私を背負ったまま、彼女の元へ歩み寄って行く。

「あの…すみませ…」

彼が声を発した直後、女性は私達の方を向いて驚いた表情を浮かべた。口元に目立つホクロがあり、犯人の特徴と一致している。
そして彼女は、私達から逃げるようにその場から走り出した。

「犯人の特徴は?」
「…ホクロあった。多分あの人。」
「全速力で追いかける。しっかり掴まっててくれ。」

彼の首元にしがみつくと、その場から勢いよく走り出した。魔法の力を使わずとも、彼の走りは馬のように軽やかだった。
細い路地は薄暗いうえに、様々な物で溢れている。駆け出した女性は、道を阻む袋の山で先に進めず立ち往生していた。

「ふぅ…何とか追いつけたか。」
「ひっ…!」

彼女は犯人の特徴である赤い瞳でこちらを見つめ、怯えたような表情を浮かべた。

「驚かせてすみません。危害を加えるつもりは無いので、ご安心下さい。」
「あなた方は…騎士団の方ですよね…?私を…捕まえに来たのでしょう…?」
「これ以上走り回るのは危険です。役所まで、ご同行願います。」

彼の言葉に大人しく従う女性と共に役所へ向かうと、しばらくしてローゼがやって来た。

「ありがとうジンガさん!助かったよー。」
「俺だけでは無理だった。治癒士のお陰だ。」
「そーだね。アスールもありがとう。」
「あ、あの…!どうか…ユオダスには知らせないで下さい…!」

女性は、ローゼの腕を掴みながら、ユオダスの名前を口にした。

「…何でユオアス知ってる?」
「この方は、ユオダスさんのお母様なんだ…。」
「そうか…。だから、俺達が騎士団の人間である事に気付いたんだな。」
「息子に迷惑をかけたく無いんです…どうか…お願いします…。」
「分かりました。ですが、万引きは立派な犯罪です。しばらく役所に留まって頂きます。」
「…はい。分かりました…。」

奥の部屋へ連れていかれるユオダスの母とローゼの背中を見送り、私達はシュヴァリエメゾンに帰る事にした。
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