青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第6章︰家族

第68話

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「…ール!…て……ヨ!」

どこからともなく、声が聞こえてくる。私に呼びかけているのか、身体に伝わる柔らかい感触がどこか心地良い。

「もー…!いい…ん起……ヨ!」
「…ん。」

瞼を開くと、私の両腕にクロマがすっぽりと収まっていた。彼は懸命に手足を動かし、腕から抜け出そうとしている。
窓から陽の光が降り注ぐ時間帯に、彼が動いているのは初めて目にした。

「あー!やっと起きタ!」
「…おはよう。」
「呑気に挨拶してる場合じゃないヨ!早く着替えて食堂に行っテ!」
「…どうして?」
「どうしてモ!ほら早ク!」

彼に急かされるがまま、着替えを済ませて部屋を出た。

「っと…!」

扉の外で何かにぶつかり、身体が後ろに倒れかかる。前方に伸ばした腕を掴んだのは、騎士の制服を着ているジンガだった。
私は慌てて彼の腕を振り払い、自室の扉を閉める。

「すまない。驚かせるつもりは無かった。」
「…へーき。」
「声が聞こえたから、入るタイミングを見計らっていた。誰か居るのか?」
「…誰も居ない。」
「そう…なのか?」
「…ジガは何でここ居る?」
「治癒士を呼びに来た。食堂に、教育係様を待たせている。」
「…モブが私に用?」
「どうやらそうらしい。俺は仕事に戻るから、食堂へ向かってくれ。」
「…分かった。」

彼の言葉を予言するかのような、クロマの発言にどこか違和感を感じつつ…私は食堂へ向かった。



「おはようございますアスールさん。」
「…おはよう。」
「少々お待ち下さい。すぐに用意して来ます。」

モーヴと共に椅子へ座っていたグリが、その場に立ち上がって調理場の方へと歩き出す。私は近くの椅子を引き、彼の向かい側に腰を下ろした。

「お休みの所、押しかけてしまい申し訳ありません。」
「…よーじ?」
「簡潔に申しますと、アスールさんに勉強を教えに参りました。」
「…べんきょー?」
「私が、ガルセク様の教育係である事はご存知ですよね?」
「…知ってる。」
「現在、ガルセク様は公務に追われ、教育を受ける時間が確保できない状態なのです。そこで、暇を持て余した私めに、アスールさんの教育をと命じられました。」
「…教育って何する?」
「そうですね…。以前、文字の読み方をお教えしましたよね?今回も、文字に関する勉強をするのはいかがでしょう?」
「…分かった。」
「では、食事を終えたら、書庫へお越し下さい。先に行って、お待ちしております。」

こうしてモーヴに文字を教わる事になった私は、食事を終えて、彼が待っている書庫へ向かうのだった。



「ご心配ありがとうございます。そのお気持ちだけで、十分です。」

書庫へ立ち入ると、真っ先にビオレータの声が聞こえて来た。どうやら彼は、モーヴと話をしているらしい。

「あ…アスールさん。おはようございます。」
「…おはよう。」
「お待ちしておりました。ここでは彼の仕事を邪魔してしまいそうなので、アスールさんのお部屋へ向かいましょう。こちらの本を、何冊かお借りしますね。」
「はい。構いません。」

数冊の本を抱えたモーヴを連れ歩き、階段を登って自室へ向かう。

「机では少々手狭ですね…。こちらのテーブルで勉強致しましょう。」

そう言うと彼は、抱えていた本をテーブルに積み上げ、棚側の椅子に腰を下ろした。
以前、彼が部屋を訪れた事はあったが、普段居ない人物が目の前に居ると言うのは、何とも不思議な感覚だ。

「まずはペンの持ち方を覚えましょう。」
「…こう?」

私は、目の前に置かれたペンを持って見せる。実際に持つ機会は今まで無かったが、ペンを握るビオレータの姿を何度か見ていたので、それを真似してみた。

「間違ってはいませんが、正しい持ち方は…こうです。」

彼の手をじっと見つめ、ペンを持ち直す。

「そうではなく、こちらの指を…」
「っ…!」

こちらへ向かって来る彼の手に驚き、私は咄嗟に払い除けた。彼はその場にしゃがみ込み、床に転がり落ちたペンを拾い上げる。

「おや…すみません。驚かせてしまいましたね。」
「…ごめんなさい。」
「以前から思っていたのですが、アスールさんは…何故、男性に触れられる事を嫌がるのですか?」
「…怖いから。」
「何故怖いと思うのです?」
「…よく分からない。」
「よく分からない事が怖いのでしょうか?それとも、何に対して怖いのかよく分からないと言う事なのでしょうか?」

彼の問いに私は頭が真っ白になり、首を傾げた。
教育係をしている彼は、様々な言葉と知識を持ち合わせているのだろう。同じ様に博識なビオレータと話し方は似ているが、モーヴの場合は理解するまでに時間がかかってしまう。

「…何で気になる?」
「ガルセク様が、それとなく気にしておられるからです。」
「…それとなく?」
「実際に口にした訳ではありませんが、雰囲気で分かるのですよ。アスールさんの事を、必要以上に気にかけている…と。」

以前、パニに同じ様な事を言われたのを思い出し、彼の疑問に納得した。

「…おーじさまが気にしてるから、モブも気になる?」
「そうなりますね。」
「…触られるの怖い。でも、何でか分からない。」
「なるほど。それであれば、後者ですね。」
「…こーしゃ?」
「おっと…話が脱線してしまいました。せっかくここまで参ったのですから、もっと身入りのある話を致しましょう。」

テーブルに置かれた白い紙にペンを擦り付け、彼は複数の文字を書いて見せた。国の名前、自分の名前、部屋に置かれた身近な物の名前など、今後書く機会がありそうなものを書けるようになるのが良いと彼は言う。

「…どれが私の名前?」
「これです。書きやすく覚えやすい字なので、すぐにかける様になると思いますよ。」
「…皆の名前も教えて。」
「皆と言うと…騎士の皆さんですか?」
「…モブも。」
「私もですか?」
「…おーじさまも知りたい。アニと、アウムも。」
「かしこまりました。では…騎士の皆さんに加え、ガルセク様と親衛隊の皆さんの名前も一緒に覚えましょう。」
「…ありがとう。」

モーヴが書いた文字を見ながら、白い紙にペンを擦り付ける。その時、ふとした疑問が頭に浮かんだ。

「…皆、何で名前2つある?」
「それは、名前ではなく苗字です。ビエント王国では名前の後ろに、苗字と呼ばれる家柄を示す名称が付きます。その多くは、花の名前が由来しているのです。」
「…何で花?」
「花には花言葉と呼ばれるものが存在します。それにあやかって、苗字を名乗った…という説が有力ですね。」
「…花、喋る?」
「花は言葉を話したりしませんよ。花言葉については、ルスケアさんの方が詳しいでしょう。気になるなら、彼に聞いてみてはどうですか?」
「…分かった。」

それからしばらく書き続け、白い紙が文字でどんどん埋め尽くされていった。

「おっと…もうこんな時間ですか。私はそろそろ城へ戻りますね。」

彼は持っていたペンを置き、席を立った。壁に掛けられた時計の針が、もうすぐ11時を示しそうとしている。

「…べんきょー終わり?」
「長い時間やれば良いと言うものでもありませんからね。毎日とは言いませんが…ゆっくりと時間をかけて、繰り返し何度も練習するのが上達の秘訣です。」
「…分かった。」
「後の片付けは、アスールさんにお任せしますね。それでは、失礼致します。」

彼は私に向かって頭を下げ、部屋を出て行った。

「はぁ~…。息が詰まるかと思ったヨ…。」

ベッドの上で横になっていたクロマが、深く息を吐きながらゆっくりと身体を起こす。

「…息、無かった?」
「違う違う!そう言う意味じゃないヨ。モーヴは勘が鋭いから、油断出来ないんダ。」
「…鋭い?」
「彼は博識な上に、考えが読みづらいからネー。ボクの事がバレたら、厄介な事になるのは目に見えてるヨ…。」
「…よく分からない。」
「ま、とにかく何事もなくて良かっタ!これで心置き無く昼寝が出来るヨー。」

再びベッドに横たわる彼の姿を横目に、窓の側へ歩み寄る。すると、建物の外を歩くモーヴの姿が見えた。
私と目が合い、彼は表情を和らげる。その顔は、私の心の内を見透かそうとしているかのようだった。



「モーヴ様は、もう帰られたのですか?」

借りた本を返しに書庫へやって来ると、仕事中のビオレータが私に声をかけた。

「…さっき。」
「文字は書けるようになりましたか?」
「…少し。」
「どんな文字を書けるように?」
「…何で?」
「えっ?」

質問に質問を返すと、彼は目を丸くして驚いた表情を浮かべた。

「…何で質問沢山する?」
「深い意味はありませんよ。…何となく気になっただけです。」
「…自分のと、皆の名前書いた。」
「なるほど、名前ですか…。ガルセク王子の名前は難しいですから、覚えるまでに時間もかかるでしょうね。」
「…何でおーじさまの名前も書いたの知ってる?」

ペンを握る彼の手が、ほんの一瞬だけその動きを止めた。空いた手で本をめくりながら、何事も無かった様に再びペンを走らせる。

「皆と言うので、彼もそうかと思っただけです。」

言葉を喋り終えるのと同時に、彼はその場に立ち上がった。

「…どこ行く?」
「トイレです。わざわざ告げる程の用事ではありませんよ。」

部屋を出て行く彼の背中を見送り、私は首を傾げた。
モーヴの不思議な表情も、ビオレータの不思議な言動も…私が理解出来るようになるのは、まだまだ先になりそうだ。
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