青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

文字の大きさ
81 / 84
第7章:移りゆく季節

第80話

しおりを挟む
「おらへんなぁ…不審者。」

街中を歩く私達の視線は、まだ見ぬ不審者に向けられていた。

「…不審者、何で探す?」 
「魔族かもしれんから…やない?こんな人混みで暴れられたら、危ないやろうしなぁ。」
「…魔族みんな暴れる?」
「そうならんように、俺等が見つけるんや。話の分かる奴なら、大人しく言う事を聞いてくれるかもしれんしな。」
「…アルトは魔族、好き?嫌い?」
「なんや唐突やな…。んー…どちらとも言えんけど…。あえてどっちか選ぶなら、好きな方やな。」

彼の以外な答えに驚きつつ、私は首を傾げた。

「…何で?」
「こんな風に思っとってええか分からんけど…魔族がおるからこそ、俺等の仕事がある訳やろ?とーちゃんの後を継いで木こりの仕事をするより、騎士の仕事しとる方が俺は好きやからな。」
「…どこ好き?」
「そら、なんと言っても団長と一緒に居られることやな!」

彼にとってユオダスは憧れの存在だ。騎士の仕事には、様々な喜びとやり甲斐があるとルスケアは言っていたが、人によって感じ方はそれぞれのようだ。

「…魔族、居なくなったらどーする?」
「んぁ?あー…そうやなぁ…。その先の事までは考えとらんかったなぁ。ま、そん時になったら考…」
「…アルト!空…」

空から何か落ちてくる。そう言いかけた瞬間、近くの建物で大きな物音が聞こえた。

「な、なんやなんや!何の音や!」
「…空に丸いの降った。」
「はぇ?丸いの?降ったって…どこにや?」
「…あっち。」
「あ!ちょい待ちアスール!走ったら危ないで!」

屋根と外壁の一部が崩れてしまった場所にやって来ると、人混みをかき分けて建物の中に足を踏み入れた。

「屋根にあんなデカい穴が空くなんて…一体何が落ちて来たんや?」
「…向こう誰か居る。」
「怪我人かもしれん!早く助けへんと…!」

隣の部屋に感じた人の気配を伝えると、彼は真っ先にその場から駆け出した。瓦礫を避けながら慎重に後を追いかけると、開いたままの扉の前で立ち尽くす彼の背中が見えた。

「ぁ…。」

彼の視線は、部屋の一点に集中していた。
視線の先に立って居たのは、身体の大きな短髪男性だった。大きいと言っても、背丈はアルトゥンよりも低いように見える。
何より特徴的なのは、瞳の色が黒である事だ。これは…彼が魔族だという事を意味し、先程ヴィーズが話していた不審者の特徴と一致している。

「…不審者居た。」
「な…にし…て…。」
「……アルト?」

男性を見つめるアルトゥンの表情は、恐怖の色に染っていた。彼がこんな顔をする所は、今まで見た事が無い。
そんな彼には目もくれず、口の周りを真っ赤に染めながら、赤い塊にかぶりつく男性。赤い液体が腕を伝い、彼の足元に水溜まりが広がっていく。

「…アルト。アルト!」

彼の名前を何度も呼びかけるが、呆然と前を見つめたまま微動だにしない。私の声は、彼の耳に届いていないようだ。
彼の興味を引く為、服の裾を引っ張ったり、身体を揺らしたりしてみるが…私一人の力では、彼を突き動かす事は出来なかった。
手に掴んでいた塊を食べ終えた男は、満足そうにその場に座り込む。すると、足元に溜まった赤い水溜まりが彼の身体を包み始めた。

「…居た!アルくん!アーちゃん!すごい音がしたけど、一体な…」

ヴィーズの声が聞こえるのと同時に、男性の身体は床の下へと沈んでいく。この場から逃げたかと思われた次の瞬間、彼は人間とは思えない形状になって再び姿を現した。

「あれは…オウム?」
「…オーム?」
「ハトやカラスと同じ鳥類で、ペットとして飼う人も多いけど…。でも、何であんな…。」
「…捕まる。」
「え?ま、待ってアーちゃん!いくら鳥でも危な…」
「ピーチャン!カワイイ!ピーチャン!ステキ!」

オウムに姿を変えた男性は、大きな羽を羽ばたかせて宙へ舞い上がる。私の手の届かない高さまで上昇し、穴の空いた屋根から外へ飛び去ってしまった。

「…逃げた。」
「オウムはやっぱり賢いなぁ。自分の名前をちゃんと分かってるんだ…。そういえば、結局あの騒音は何だったの?」

アルトゥンの方に身体を向け、ヴィーズが問いを投げかける。しかし、彼は口を閉ざしたまま、その場に立ち尽くしていた。

「あれ?アルくん?」
「…アルト、聞こえない。」
「どこも怪我をしてるようには見えないけど…。おーいアルくん!おーいってば…!」

アルトゥンの両肩を掴み、前後に大きく身体を揺らす。何度呼びかけても応えなかったが…まるで眠りから覚めるように、彼は意識を取り戻した。

「んぇ?あれ…?何でヴィーズがここにおるん?」
「大きな音が聞こえたから、駆け付けたんだ。一体何があったの?」
「せや!ここにおった怪我人は!?あの人は大丈夫やったんか!?」
「怪我人…?ここには僕達しか居なかったよ?」
「そんなはずないやん!あそこに男が立っとったやろ!?」

彼が指をさした先には、男性の姿もオウムの姿も既に無くなった後だった。



「おかえりなさい。思ったより早かったですね。」
「ほんとは、もっと色々食べたかったんやけどなぁ~。」
「その口ぶりだと…あまり食べられなかったようですね。」
「…不審者見た。」
「え?不審者ですか?」
「そうらしいんよー。俺も見たんやけど、よく覚えとらんのよね。」
「それはまた…詳しい説明を聞かないと分からそうですね。良かったら、話を聞かせてもらえませんか?」
「…分かった。」

私達はヴィーズに不審者を探すよう言われ、空から降ってきた謎の物体について彼に話した。

「空から降ってくるとしたら、鳥くらいではないですか?」
「けど…屋根に空いとった穴が、鳥とは思えへん大きさなんよ。それに…俺が建物ん中に入った時、人が立ってるのを見たんよね。」
「…不審者居た。」
「そうそう。アスールが言うには、そいつが不審者の特徴と一致してたんやて。ほんでもって…魔族だったんよな?」
「…黒だった。」
「今回の不審者は、観光地に紛れ込む魔族…ですか。結局、その不審者はどうなったんです?」
「それがなぁ…。」

アルトゥンは、男性がとった行動に衝撃を受け、立ったまま気絶していたのだと言う。その行動については、私の口から説明した。
その後ヴィーズが駆け付けるのと同時に、男はオウムに姿を変えて飛び去ってしまったのだ。

「姿を変えて…ですか…。」
「信じられへんような話やけど…部屋に人が立ってたのは俺が見たし、オウムが飛んでくとこはヴィーズが見とるから、話の辻褄が合うんよ。相手は魔族みたいやしな。」
「なるほど…。」
「…なんや、あんま驚かんのやな。」
「まぁ…魔族はまだまだ未知数ですから。そういった魔族が居ても、おかしくないと思っただけですよ。」
「そういや…!なぁ、アスール。前に、シュゾンに猫が迷い込んで来た事あったの覚えとる?」

アルトゥンの問いかけに、その日の出来事を思い返す。彼にまとわりつく猫がどこからともなく現れ、お腹が空いているようなので茹でた鶏肉を与えたのだった。すると猫は鶏に変化し、中庭から飛び去ったのだ。

「…あの時同じ。」
「せやなぁ!?あん時は、疲れてたから幻覚を見たのかと思っとったけど…もしかしたら、同じ奴かもしれんなぁ。」
「断定は出来ないでしょうが、可能性は高いかもしれませんね。」
「はぁー…。それにしても、せっかくの休暇やのに魔族のせいで台無しや。」
「ちょっとアル…!ため息つかないでよ。こっちまで気が滅入るじゃん。」

ローゼが玄関の扉を開き、外から帰って来た。彼の手には、槍のような形状の長い棒が握られている。

「なんよ。別に減るもんやないしええやん。」
「減るよ!僕の幸せが!」
「…幸せ減る?」
「ため息をつくと、幸せが逃げると言われているんですよ。まぁ…俺は信じていませんが。」
「それはそうと、食事は外で食べるらしいよ。グリさんとジンガさんが準備してるから、アルも手伝ってよ。」
「ほんなら、アスールとビオレータも手伝いせんとなぁ?」
「仕方ないですね…。本ばかり読んでいる訳にもいきませんか。」
「…何する?」
「行ってみれば分かるやろ。ローゼも手伝ってくれるやろうし...な?」
「はぁー...。ご飯は食べないとだし、しょうがないかぁー...。」
「おいおい...お前がため息ついてどうすんねん...!」

騎士達と共にグリが待つ浜辺へ向かい、食事の準備を済ませた。
こうして外の空気を吸いながら食事するのは、随分久しぶりだ。海の香りと肉が焼ける匂いが合わさって、アルトゥン家族と食べたBBQとは、ひと味もふた味も違うような気がした。



太陽が沈み、輝きを失った海が暗闇に包まれる。

「ねぇアーちゃん。ルーくんと何だか気まずそうだったけど...何かあったの?」
「...気まずそ?」

食後、ヴィーズから浜辺の散歩に誘われた。彼の口からルスケアの名前が聞こえ、問われている意味が分からず首を傾げる。

「えーっと...ルーくんがアーちゃんと話す時、ぎこちない...と言うか、様子が変だなーって思ってね。」
「...様子変?...よく分からない。」
「そっか。じゃあ、後でルーくんに聞いてみるよ。」

ランタンの明かりに照らされ、彼はいつも通りの笑顔を浮かべていた。

「...何で夜に散歩?」
「それはね?アーちゃんと思い出を作りたいなと思って。」
「...思い出?」
「ほら見て。ここの砂浜、すごく綺麗でしょ?」

彼は足元にランタンを置き、その場にしゃがみ込んだ。両手で砂をすくい取り、私の前に腕を伸ばす。

「これ、星の砂って言うんだ。どういう原理かは知らないけど...綺麗な砂浜の砂は、こんな風に星みたいな形になるんだって。」
「...これが綺麗?」
「色んな綺麗な物を見たり、色んな場所を見て回ったり...そうやって、アーちゃんとの思い出を作りたいんだ。」
「...思い出、何で作る?」
「...時々思うんだ。いつか、アーちゃんと別れる日が来るんじゃないかって。」

彼の顔から、笑顔が消える。
彼の声が、いつもより低く聞こえる。

「...別れる日?」
「うん...。アーちゃんの家族が見つかったら、家に帰るでしょ?その日が、僕達の別れの日。」
「...帰ったら会えない?」
「今みたいに、気軽には会えないだろうね。僕達は仕事で忙しいだろうし...アーちゃんの家が、ビエントにあるとも限らないし。...でも、アーちゃんとの思い出があれば、今日の事を思い出せる。そしたら、会えなくても寂しくないと思うんだ。」

寂しいとはどんな気持ちなのか、私にはよく分からない。しかし、彼の表情から察するに、あまり良い感情だとは思えなかった。
いつも優しい笑顔を浮かべる彼から、笑みを奪ってしまう寂しいという感情。そんな負の感情を、彼の心から奪ってしまいたい...そんな気持ちに駆られる。

「...思い出作るしたい。」
「じゃあ、この瓶に砂を詰めよう。これ、覚えてる?アーちゃんが僕に作ってくれた香水の空き瓶なんだ。これに思い出を閉じ込めたら、僕の顔が思い出せそうでしょ?」

一度は記憶を無くしてしまったが、この瓶があれば安心だ。私はこの先、彼の顔も彼の声も...今日のこの瞬間を、忘れる事は無いだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...