青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第7章:移りゆく季節

第80話

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「おらへんなぁ…不審者。」

街中を歩く私達の視線は、まだ見ぬ不審者に向けられていた。

「…不審者、何で探す?」 
「魔族かもしれんから…やない?こんな人混みで暴れられたら、危ないやろうしなぁ。」
「…魔族みんな暴れる?」
「そうならんように、俺等が見つけるんや。話の分かる奴なら、大人しく言う事を聞いてくれるかもしれんしな。」
「…アルトは魔族、好き?嫌い?」
「なんや唐突やな…。んー…どちらとも言えんけど…。あえてどっちか選ぶなら、好きな方やな。」

彼の以外な答えに驚きつつ、私は首を傾げた。

「…何で?」
「こんな風に思っとってええか分からんけど…魔族がおるからこそ、俺等の仕事がある訳やろ?とーちゃんの後を継いで木こりの仕事をするより、騎士の仕事しとる方が俺は好きやからな。」
「…どこ好き?」
「そら、なんと言っても団長と一緒に居られることやな!」

彼にとってユオダスは憧れの存在だ。騎士の仕事には、様々な喜びとやり甲斐があるとルスケアは言っていたが、人によって感じ方はそれぞれのようだ。

「…魔族、居なくなったらどーする?」
「んぁ?あー…そうやなぁ…。その先の事までは考えとらんかったなぁ。ま、そん時になったら考…」
「…アルト!空…」

空から何か落ちてくる。そう言いかけた瞬間、近くの建物で大きな物音が聞こえた。

「な、なんやなんや!何の音や!」
「…空に丸いの降った。」
「はぇ?丸いの?降ったって…どこにや?」
「…あっち。」
「あ!ちょい待ちアスール!走ったら危ないで!」

屋根と外壁の一部が崩れてしまった場所にやって来ると、人混みをかき分けて建物の中に足を踏み入れた。

「屋根にあんなデカい穴が空くなんて…一体何が落ちて来たんや?」
「…向こう誰か居る。」
「怪我人かもしれん!早く助けへんと…!」

隣の部屋に感じた人の気配を伝えると、彼は真っ先にその場から駆け出した。瓦礫を避けながら慎重に後を追いかけると、開いたままの扉の前で立ち尽くす彼の背中が見えた。

「ぁ…。」

彼の視線は、部屋の一点に集中していた。
視線の先に立って居たのは、身体の大きな短髪男性だった。大きいと言っても、背丈はアルトゥンよりも低いように見える。
何より特徴的なのは、瞳の色が黒である事だ。これは…彼が魔族だという事を意味し、先程ヴィーズが話していた不審者の特徴と一致している。

「…不審者居た。」
「な…にし…て…。」
「……アルト?」

男性を見つめるアルトゥンの表情は、恐怖の色に染っていた。彼がこんな顔をする所は、今まで見た事が無い。
そんな彼には目もくれず、口の周りを真っ赤に染めながら、赤い塊にかぶりつく男性。赤い液体が腕を伝い、彼の足元に水溜まりが広がっていく。

「…アルト。アルト!」

彼の名前を何度も呼びかけるが、呆然と前を見つめたまま微動だにしない。私の声は、彼の耳に届いていないようだ。
彼の興味を引く為、服の裾を引っ張ったり、身体を揺らしたりしてみるが…私一人の力では、彼を突き動かす事は出来なかった。
手に掴んでいた塊を食べ終えた男は、満足そうにその場に座り込む。すると、足元に溜まった赤い水溜まりが彼の身体を包み始めた。

「…居た!アルくん!アーちゃん!すごい音がしたけど、一体な…」

ヴィーズの声が聞こえるのと同時に、男性の身体は床の下へと沈んでいく。この場から逃げたかと思われた次の瞬間、彼は人間とは思えない形状になって再び姿を現した。

「あれは…オウム?」
「…オーム?」
「ハトやカラスと同じ鳥類で、ペットとして飼う人も多いけど…。でも、何であんな…。」
「…捕まる。」
「え?ま、待ってアーちゃん!いくら鳥でも危な…」
「ピーチャン!カワイイ!ピーチャン!ステキ!」

オウムに姿を変えた男性は、大きな羽を羽ばたかせて宙へ舞い上がる。私の手の届かない高さまで上昇し、穴の空いた屋根から外へ飛び去ってしまった。

「…逃げた。」
「オウムはやっぱり賢いなぁ。自分の名前をちゃんと分かってるんだ…。そういえば、結局あの騒音は何だったの?」

アルトゥンの方に身体を向け、ヴィーズが問いを投げかける。しかし、彼は口を閉ざしたまま、その場に立ち尽くしていた。

「あれ?アルくん?」
「…アルト、聞こえない。」
「どこも怪我をしてるようには見えないけど…。おーいアルくん!おーいってば…!」

アルトゥンの両肩を掴み、前後に大きく身体を揺らす。何度呼びかけても応えなかったが…まるで眠りから覚めるように、彼は意識を取り戻した。

「んぇ?あれ…?何でヴィーズがここにおるん?」
「大きな音が聞こえたから、駆け付けたんだ。一体何があったの?」
「せや!ここにおった怪我人は!?あの人は大丈夫やったんか!?」
「怪我人…?ここには僕達しか居なかったよ?」
「そんなはずないやん!あそこに男が立っとったやろ!?」

彼が指をさした先には、男性の姿もオウムの姿も既に無くなった後だった。



「おかえりなさい。思ったより早かったですね。」
「ほんとは、もっと色々食べたかったんやけどなぁ~。」
「その口ぶりだと…あまり食べられなかったようですね。」
「…不審者見た。」
「え?不審者ですか?」
「そうらしいんよー。俺も見たんやけど、よく覚えとらんのよね。」
「それはまた…詳しい説明を聞かないと分からそうですね。良かったら、話を聞かせてもらえませんか?」
「…分かった。」

私達はヴィーズに不審者を探すよう言われ、空から降ってきた謎の物体について彼に話した。

「空から降ってくるとしたら、鳥くらいではないですか?」
「けど…屋根に空いとった穴が、鳥とは思えへん大きさなんよ。それに…俺が建物ん中に入った時、人が立ってるのを見たんよね。」
「…不審者居た。」
「そうそう。アスールが言うには、そいつが不審者の特徴と一致してたんやて。ほんでもって…魔族だったんよな?」
「…黒だった。」
「今回の不審者は、観光地に紛れ込む魔族…ですか。結局、その不審者はどうなったんです?」
「それがなぁ…。」

アルトゥンは、男性がとった行動に衝撃を受け、立ったまま気絶していたのだと言う。その行動については、私の口から説明した。
その後ヴィーズが駆け付けるのと同時に、男はオウムに姿を変えて飛び去ってしまったのだ。

「姿を変えて…ですか…。」
「信じられへんような話やけど…部屋に人が立ってたのは俺が見たし、オウムが飛んでくとこはヴィーズが見とるから、話の辻褄が合うんよ。相手は魔族みたいやしな。」
「なるほど…。」
「…なんや、あんま驚かんのやな。」
「まぁ…魔族はまだまだ未知数ですから。そういった魔族が居ても、おかしくないと思っただけですよ。」
「そういや…!なぁ、アスール。前に、シュゾンに猫が迷い込んで来た事あったの覚えとる?」

アルトゥンの問いかけに、その日の出来事を思い返す。彼にまとわりつく猫がどこからともなく現れ、お腹が空いているようなので茹でた鶏肉を与えたのだった。すると猫は鶏に変化し、中庭から飛び去ったのだ。

「…あの時同じ。」
「せやなぁ!?あん時は、疲れてたから幻覚を見たのかと思っとったけど…もしかしたら、同じ奴かもしれんなぁ。」
「断定は出来ないでしょうが、可能性は高いかもしれませんね。」
「はぁー…。それにしても、せっかくの休暇やのに魔族のせいで台無しや。」
「ちょっとアル…!ため息つかないでよ。こっちまで気が滅入るじゃん。」

ローゼが玄関の扉を開き、外から帰って来た。彼の手には、槍のような形状の長い棒が握られている。

「なんよ。別に減るもんやないしええやん。」
「減るよ!僕の幸せが!」
「…幸せ減る?」
「ため息をつくと、幸せが逃げると言われているんですよ。まぁ…俺は信じていませんが。」
「それはそうと、食事は外で食べるらしいよ。グリさんとジンガさんが準備してるから、アルも手伝ってよ。」
「ほんなら、アスールとビオレータも手伝いせんとなぁ?」
「仕方ないですね…。本ばかり読んでいる訳にもいきませんか。」
「…何する?」
「行ってみれば分かるやろ。ローゼも手伝ってくれるやろうし...な?」
「はぁー...。ご飯は食べないとだし、しょうがないかぁー...。」
「おいおい...お前がため息ついてどうすんねん...!」

騎士達と共にグリが待つ浜辺へ向かい、食事の準備を済ませた。
こうして外の空気を吸いながら食事するのは、随分久しぶりだ。海の香りと肉が焼ける匂いが合わさって、アルトゥン家族と食べたBBQとは、ひと味もふた味も違うような気がした。



太陽が沈み、輝きを失った海が暗闇に包まれる。

「ねぇアーちゃん。ルーくんと何だか気まずそうだったけど...何かあったの?」
「...気まずそ?」

食後、ヴィーズから浜辺の散歩に誘われた。彼の口からルスケアの名前が聞こえ、問われている意味が分からず首を傾げる。

「えーっと...ルーくんがアーちゃんと話す時、ぎこちない...と言うか、様子が変だなーって思ってね。」
「...様子変?...よく分からない。」
「そっか。じゃあ、後でルーくんに聞いてみるよ。」

ランタンの明かりに照らされ、彼はいつも通りの笑顔を浮かべていた。

「...何で夜に散歩?」
「それはね?アーちゃんと思い出を作りたいなと思って。」
「...思い出?」
「ほら見て。ここの砂浜、すごく綺麗でしょ?」

彼は足元にランタンを置き、その場にしゃがみ込んだ。両手で砂をすくい取り、私の前に腕を伸ばす。

「これ、星の砂って言うんだ。どういう原理かは知らないけど...綺麗な砂浜の砂は、こんな風に星みたいな形になるんだって。」
「...これが綺麗?」
「色んな綺麗な物を見たり、色んな場所を見て回ったり...そうやって、アーちゃんとの思い出を作りたいんだ。」
「...思い出、何で作る?」
「...時々思うんだ。いつか、アーちゃんと別れる日が来るんじゃないかって。」

彼の顔から、笑顔が消える。
彼の声が、いつもより低く聞こえる。

「...別れる日?」
「うん...。アーちゃんの家族が見つかったら、家に帰るでしょ?その日が、僕達の別れの日。」
「...帰ったら会えない?」
「今みたいに、気軽には会えないだろうね。僕達は仕事で忙しいだろうし...アーちゃんの家が、ビエントにあるとも限らないし。...でも、アーちゃんとの思い出があれば、今日の事を思い出せる。そしたら、会えなくても寂しくないと思うんだ。」

寂しいとはどんな気持ちなのか、私にはよく分からない。しかし、彼の表情から察するに、あまり良い感情だとは思えなかった。
いつも優しい笑顔を浮かべる彼から、笑みを奪ってしまう寂しいという感情。そんな負の感情を、彼の心から奪ってしまいたい...そんな気持ちに駆られる。

「...思い出作るしたい。」
「じゃあ、この瓶に砂を詰めよう。これ、覚えてる?アーちゃんが僕に作ってくれた香水の空き瓶なんだ。これに思い出を閉じ込めたら、僕の顔が思い出せそうでしょ?」

一度は記憶を無くしてしまったが、この瓶があれば安心だ。私はこの先、彼の顔も彼の声も...今日のこの瞬間を、忘れる事は無いだろう。
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