青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第8章︰成長

第82話

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「邪魔するぞ。」

食堂の扉が開き、男性の声が聞こえてきた。食事の手を止め、ゆっくりと後ろを振り返る。

「ガルセク王子...!1人ですか?」

テーブルの向かいで食器磨きをしていたグリがその場に立ち上がり、彼の元へ歩み寄る。

「1人で来たら悪いか?」
「いえ。珍しいなと思っ...いまして。」
「わざわざ、あいつ等を連れてくるような用事でもない。青女に渡す物があって来た。」
「...私?」

すると彼は上着のポケットに手を入れ、取り出した小さな箱を私に差し出した。

「先に言っておくが、たまたまだ。貴様の為に買ってきた訳じゃない。」
「...開けて良い?」
「それはもう貴様の物だ。好きにすれば良い。」

箱の包みを剥がすと、中には茶色の玉が並べられていた。

「...何?」
「これは...チョコレートですか。」
「そうだ。前に、美味いのを食わせてやると言ったからな。たまたま時間が出来て、ついでに寄っただけだ。」
「...ありがとう。」
「こいつが1人で食べるには、多くありませんか?今から茶を入れるので、ガルセク王子も一緒に召し上がってはどうです?」
「いや、俺は...」

グリの提案に、私は賛同の言葉を口にする。

「貴様に決定権は無い...!俺は忙し...」
「急いで準備します。座ってお待ちを。」
「...し、仕方ないな。そこまで言うなら少しだけだぞ。」

嫌悪そうな口振りの彼だが、その表情はどこか嬉しそうにも見えた。
食事を終え、グリが用意した紅茶と共にチョコレートを頂く。口いっぱいに広がった甘みと苦味が、鼻を抜ける。自然と頬が緩むような感覚がした。

「随分美味そうに食べるな。貴様の好物か?」
「...こーぶつ?」
「好きな食べ物って事だ。」
「...おーじ様、何で知ってる?」
「見れば分かる。感情が少ない貴様は特にな。」

口にするだけで頬が緩むこの感覚が、好感という感情である事を知った。

「...おーじ様のこーぶつは?」
「俺様か?そうだな...トリュフやフォアグラだな。」
「...トリフ?フオグラ?」
「三大高級食材だな。トリュフはキノコの仲間で、フォアグラは鳥の肝臓だ。」
「...他は?」
「3つ目のキャビアは、サメの卵だ。これはほとんどがヴァハトゥンで流通されるもんで、ビエントじゃほとんど扱わねぇ。」
「キャビアも嫌いでは無いが、あまり食べる機会が無くてな。」

食べ物の話をしていると、先程食事をしたばかりだと言うのに、お腹が空いてくる様な気がした。

「...食べたい。」
「王族や貴族の食べもんだと思った方が良い。俺等が食べれるとしたら、舞踏会やら晩餐会やら...そんなとこだな。」
「...残念。」
「そもそも、お前みたいなガキの口には合わねぇだろ。ピーマンも食べれないようじゃ、早ぇんだよ。」
「...グイのこーぶつは?」
「俺?俺は、お前が嫌いなピーマンが好きだぞ。」
「ほう...貴様は苦味が好きなのか。変わっているな。」
「そうでしょうか?甘い物を好んで食べる奴の方が、俺からしたら理解出来ません。」
「...甘い、嫌い?」
「食えねぇ事もねぇけど、好き好んで食うもんじゃねぇな。」
「パニの奴は、ほぼ毎日甘い物を食べているぞ。このチョコレートも、奴から勧めら...」
「あーっ!こんな所にいたー!」

扉が開き、パニが食堂へやって来た。髪と呼吸が乱れていて、必死に王子を探していた事が分かる。

「思ったより早かったな。」
「早かったな...じゃないよー!何も言わずに外出しないでってあれ程言っ...」
「邪魔したな。」

彼の言葉を遮り、王子は席を立った。そのままパニの横を通り過ぎて、食堂から出て行く背中を見送る。
すると、彼等と入れ替わるようにして、今度はアルトゥンが姿を現した。

「てめぇも来たのか。何の用だ?」
「それはこっちが聞きたいんやけど?パニ様がガルセク王子を探して、俺の部屋まで押し掛けてきたんよ。一体何しに来たんや?」
「アスールに、これを渡しに来た。」
「…チョコエート。」

目の前の箱を両手で包み込み、彼に見えるよう持ち上げる。

「チョコレート?王子自ら渡しに来たん?」
「そうらしいな。本人曰く、たまたまらしいが。」
「ふーん。たまたまねぇ…。」
「アスール。好きなのは分かるが、食べ過ぎは良くねぇ。残りは冷蔵庫にしまって明日食え。」
「…アルト食べる?」
「え!ええの!?じゃあ…遠慮なく!」
「てめぇは本当に何しに来たんだよ…。」

しばらく彼等とお茶を楽しみ、箱の中身はあっという間に空っぽになってしまった。満足感と喪失感が一度に襲いかかる、不思議な感覚だ。

「ほんま、今日はええ天気やなー。」
「今まで寝てた奴の台詞とは思えねぇな。」
「や、休みをどう過ごそうと勝手やろ!?」
「どこか出かけようとか思わねぇのか?」
「せやなぁ…。せっかくやし、アスールと出かけよかな?」
「…私?」
「散々チョコレート食ったくせに、まだ食う気か?」
「食べ歩きとは言ってへんやろ!?俺やって、運動する時は運動するんや!」
「言ったな?それじゃ、裏山にでも登って来るのはどうだ?」
「お!それええなぁ。裏山登ってピクニック!」
「誰もピクニックとは言ってねぇぞ?」
「…それ何?」
「飯とかおやつとかを持って山に登ったり、景色のええ場所を歩いたりするんよ。美味いもん食えて、運動も出来て一石二鳥や!」
「言っとくが、俺は手伝わねぇからな?」
「えー。グリも一緒でええかなーと思ったのにー。」
「休みの日くらい自由にさせろ。」
「う…。そう言われたら言い返せんわ…。」
「…手伝う。」
「よっしゃ!ほんなら、サンドイッチでも作ろか!」

アルトゥンと2人で調理場に立ち、渡されたエプロンを身につける。

「じゃあまずは俺がパンを切るから、アスールはそれにマーガリンを塗ってくれるか?」
「…これ?」

白い四角の容器を手に取ると、彼は首を縦に振った。

「こうやってナイフですくい取って、満遍なく広げるんや。」
「…分かった。」

彼がパンと向き合う間、私は黙々と作業を進める。

「なぁアスール。聞いてもええか?」
「…何?」
「アスールは、家族のとこに帰りたいって思った事あるか?」
「…何で?」
「いやぁ…ここに来て結構経つやん?もう俺等、家族みたいなもんやなーと思って。」
「…一緒に居たら家族?」
「せや!そんな感じや!」
「…アリル家族なのに、一緒居ない。」
「あー…一緒に住んでへんけど、かーちゃんは家族や!別に家族が1つやなきゃダメって事は無いやろ?」
「…そうなの?」
「そうなんよ!かーちゃんも家族やし、アスールも家族や。」
「…家族、難しい…。」
「んー…。帰る場所にいる存在…って感じかなぁ?」
「…帰る場所?」
「せや。このシュゾンがアスールの家で、アスールの帰りを待っとる俺等が家族って事やな。こんだけ人数居ったら、寂しくもあらへんやろ!」
「…寂しい無い。」
「へへっ!」

彼は私に向かって、満面の笑みを浮かべる。正直、寂しいと悲しいの違いがよく分かってはいないが…この言葉を口にする事で、彼が喜ぶだろうと思ったのだ。

「…次何する?」
「おー…そうやった!まだ途中やったの忘れとったわ。ほんなら次はやな…」

それからしばらく、彼の指示に従って大量のサンドイッチを作った。木のツルで編まれた鞄に荷物を詰め込み、私とアルトゥンは裏山の頂上を目指して歩き出す。

「裏山には何回くらい来た事あるんや?」
「…2回?」
「ローゼと一緒に競走した時以外に、来た事あるんやね。何しに来たん?」
「…ビズ呼びに。」
「ヴィーズがここにおったんか?…何しに来たんやろうなぁ。」

私は彼が隠れて訓練をしていた事を知っているが、アルトゥンには分からないフリをした。

「そいや、ここ走っとった時にええもん見つけたんよ!確かこの辺に…。」

彼は草花の生えた地面に座り込み、何かを探し始めた。

「あったあった!これやこれ!」

彼の手に握られていたのは、ボコボコとした形状の赤い実だった。色合いは果物のイチゴによく似ている。

「…イチゴ?」
「イチゴはイチゴでも、ヘビイチゴや!」
「…ヘビ?」
「蛇ちゅうのは、身体が細長い紐みたいな生き物や。何で蛇のイチゴなのは知らへんけど、昔かーちゃんに教えてもらったんよ。」
「…食べる?」
「ちゃんと食べられるで。ほれ!」

差し出された赤い実を受け取り、口に放り込む。潰れたヘビイチゴの汁が口の中に広がるが、その味はほとんど感じられなかった。

「…味しない。」
「え?甘くないんか?どれどれ…」

彼も同じように口へ放り込み、嫌悪の表情を浮かべた。

「なんや…草の味しかせーへんな…。」
「…草食べた?」
「昔の話やで?とーちゃんと一緒によく森に行くから、色んなもんを食べたことあるんや。…あ!アスールは真似したらあかんで?」
「…何で?」
「中には、毒を持った危ない草もあるんや。草だけやなくて、キノコとか木の実とか…とにかく、よく分からんものを食べるのは危ないからやめた方がええ。」

ビオレータのように物知りでは無い彼が、植物について詳しい事が少々意外だった。子供の頃の彼は、身をもって色々な事を知り、学んだのだろう。

「お!頂上が見えてきたで!」

彼の目線の先に、開けた広場が見え始める。見晴らしがよく、シュゾンを見下ろすのが新鮮に思えた。

「ええ眺めやね~。ここは、いつ来ても気分がええわ~。」
「…いつも来る?」
「そんな頻繁には、こーへんけど…。たまーに独りになりたい時に来るんよ。」
「…独りなりたい?」
「シュゾンとか俺ん家とか、普段は賑やかな場所に居る事が多いやろ?そうすると、独りの時間っちゅーのが欲しくなるんよ。誰とも話さへん時間がな。」
「…独りで何する?」
「まぁー…将来の事を考えたりやな。」
「…しょーらい?」
「憧れの騎士になるのが、子供の頃の夢やったけど…もう叶えてしもうたからな。これから先の事を考える必要があるんよ。」

普段の彼はいつも笑顔で、感情によって表情が変わりやすい。しかし、目の前に映る彼の表情は何の感情も読み取れない顔をしていた。

「なんや、しんみりしてしもーたな!作ってきたサンドイッチ食べようや。」


彼は表情を変え、いつもの笑顔を浮かべる。鞄から畳まれた布を取り出し、草の上に大きく広げた。
パンの甘みと、間に挟まれた野菜の酸味が混ざり合い、口の中に旨みが広がる。景色のいい場所で自分達が作った料理を食べる…特別美味しいご飯の食べ方をアルトゥンから教えてもらった。

気が付くと、自室のベッドで朝を迎えていた。中庭で水やりをしていたルスケアの話によると、裏山でサンドイッチを食べた後、眠ってしまった私をアルトゥンが連れ帰ったのだと言う。
あの時のサンドイッチの味と共に、忘れられない良い思い出になった。
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