青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第8章︰成長

第84話

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「治癒士は居るか?」

朝食を食べている所へ、ジンガがやって来た。持っていたフォークとナイフを皿に置き、口に含んだパンを飲み込む。

「…何?」
「こいつを治療して欲しい。」
「…ちりょー?」

彼は私の側に歩み寄り、腕の中に抱えていた白い塊を机の上に置いた。
巻き付けられた白い布を解くと、赤く滲む傷があらわになる。

「脚を怪我している。俺では止血しか出来ない。」
「…分かった。」

目を閉じ、傷口に手をかざす。すると、調理場の方から扉が開く音が聞こえてきた。

「おい…!食事の場にそんなもん持って…」
「…そんなものだと?調理師なのに、命の重みが分からないのか?」
「軽視してるつもりはねぇよ。場所を考えろって言ってんだ。」
「場所なんて関係ない!傷は小さくても、こいつにとっては命に関わる!」

珍しく声を荒らげるジンガに、驚きの感情を抱く。2人の間に沈黙が流れ、周辺の空気が凍りつくような感覚がした。

「…ちりょーした。」
「…感謝する。」

治療を終えた白い塊を再び抱き抱え、彼は足早に食堂を出て行った。

「布巾を持ってくっから、座って待ってろ。机は触るなよ?」
「…分かった。」

続け様に、グリも食堂を立ち去った。普段から感情を表に出さないジンガが、声を荒らげた理由が気になった私は、食事を終えた後に馬小屋へと向かった。



小屋の中を歩き回るが、彼の姿は見当たらない。次は部屋に行こうと考え、小屋を離れて廊下を歩き出す。

「…ジガ。」

前方から歩いて来る彼の手には、先程まで無かった木のかごが握られていた。

「治癒士か。どうした?」
「…さっきのは?」
「さっきの…と言うと、怪我した兎の事か?」
「…兎?」

すると彼は持っていたかごを床に置き、中の布をそっと持ち上げる。先程の白い塊が顔を覗かせ、長い耳と赤い目が私の方を向いた。

「治療のおかげで、すっかり元気になった。これから裏山へはなしに行く所だ。」
「…一緒行く。」
「置いてくるだけだ。1人で良い。」
「…ダメ?」
「いや…治癒士が良ければ、俺は構わない。」

再び布を掛け、かごを持ち上げる彼の隣に並んで歩き出す。

「…どうしてかご入れる?」
「負担を少なくする為だ。俺が持ったままだと、こいつが安心出来ない。」
「…何で怪我した?」
「理由は分からないが、馬小屋の前で倒れているのを見つけた。」
「…生き物、顔分かる?」
「人間と違って、動物は顔の違いがハッキリしているからな。大きさも匂いも違うから、見分けられる。」

矢継ぎ早に質問を投げ掛けても、彼は全く表情を変えなかった。私は、食堂で声を荒らげた理由について彼に問いかける。

「あれは…。こいつの命を軽く見たからだ。」
「…命、軽い?」
「全ての生き物の、命の重さは平等だ。弱き者の命が、軽く見られた事が許せない。」

彼の表情は、いつになく真剣だった。対して変わらない様な気もするが、怒りの感情が見て取れる。

「…それで怒った?」
「…そうだな。怒った…んだと思う。」
「…分からない?」
「あぁ。自分の顔は見られないからな。」

話をしているうちに、目的の裏山へ辿り着く。彼は近くの茂みにしゃがみ込み、地面にかごを置いて布に手をかける。

「もう怪我するなよ。」

彼の言葉が通じたのか、兎はかごを飛び出して茂みの中へ姿を消した。それを見つめる彼の表情は、どこか嬉しそうだった。

「…嬉しい?」
「そう見えるか?」
「…見える。」
「治癒士は、相手の事をよく見えているな。…俺には出来ない事だ。」
「…ちりょーする。」
「治療?何のだ?」
「…ジガの目、治す。」
「それは無理だ。王国一の腕を持つ、ガルセク王子の専門医でも治せない病気だからな。」
「…やってみない、分からない。」
「…言われてみればそうだな。それなら、お願い出来るか?」
「…やってみる。」

腕を伸ばし、彼の目を覆い隠すように手を添える。しばらく治療を試みるが、手の温かさは一向に無くなる様子がない。

「治癒士。もういい。」

彼に腕を捕まれ、驚いて目を開く。私が腕を引っ張ると、彼はすんなり手を離した。

「気持ちだけで十分だ。魔法の使いすぎで、お前が倒れたら意味が無い。」
「…分かった。」



シュゾンへ帰ってきた私達は、廊下を走り回るヴィーズの姿を目撃した。

「あっ!ジンくん!それにアーちゃんも!丁度良かった…2人を探してたんだ。」
「俺達を?何か問題が起きたのか?」
「詳しい話は書庫でしよう。先に向かうから、2人は制服に着替えて来てくれる?」
「…分かった。」

書庫に集められた私とジンガは、仕事中のビオレータと共にヴィーズの話に耳を傾ける。

「なるほど…タナー神国で石化事件ですか…。」

どうやらタナー神国で、人間が石化するという奇妙な事件が起こったらしい。騎士数名で現地へ向かい、事件の調査をするようにとガルセク王子から命令されたのだと言う。

「…石化って何?」
「魔法や呪いの力で、石に姿を変えられてしまう現象です。そうなれば、自発的に動く事が出来なくなるでしょう。」
「…まほーと呪いは違う?」
「呪いは、闇の精霊に力を借りる必要があります。呪いが原因の場合は、魔族の仕業だということになりますね。」
「副団長。この不可解な事件、魔法に詳しい2人が行くのは分かるが、何故俺なんだ?」
「実は…石化しているのは人間だけじゃなくて、動物もらしいんだ。直接動物達から聞いたわけじゃないから、不確かではあるんだけどね。」
「…ジガ、動物詳しい。」
「うん。だから、僕がお願いしたんだ。彼も連れて行きたいってね。」
「…私は?」
「アーちゃんは、僕達の治療係。誰の仕業か分からないから、荒事になるかもしれないしね。」
「直ぐに出発するんですか?」
「一刻を争う状況だから、早めに出るように言われたよ。馬車の手配をグリくんにお願いしたから、準備が出来次第、出発しよう。」
「なら、馬小屋の様子を見て来ても良いか?」
「うん。玄関で待ってるから、早めに済ませてね?」
「分かった。」

部屋を出て行くジンガの背中を見送り、私は残った2人と共に玄関へ向かった。

「ビオくんは、仕事の引き継ぎをしなくて大丈夫?」
「俺の仕事を引き継げる人は居ませんからね。帰って来てから、まとめて片付けるので問題ありません。」
「あれ?前に、ユーくんが引き継いだ事なかったっけ?」
「彼は仕事を抱えすぎなんですよ。普段の仕事に加えて、俺の仕事までこなすのは不可能です。」
「それもそうだね。僕ももう少し手伝えたらいいんだけど…こっちも手一杯だからなぁ。」
「…仕事、欲しい。」

私も彼等のように、自分の役割というものが欲しくなった。その事を口にすると、彼等は揃って驚きの表情を浮かべる。

「仕事が欲しいだなんて…変わった事を言いますね。」
「アーちゃんの出来そうな仕事かぁ…。ルーくんの仕事なら、数は多いけど覚えやすいかもね。」
「アルトゥンさんのように、皆の手伝いをするのが良いのでは?」
「あー確かに。それも良いね。」
「…アルトの仕事は?」
「ユーくんのサポート…とか?」
「それはあなたの仕事でしょう?彼に押し付けてどうするんですか。」
「押し付けてる訳じゃないよ~。僕だけじゃ足りないから、3人で力を合わせたら良いかなー?って思っただけだよ。」
「3人?4人で行くんじゃ無かったのか?」

アルトゥンの仕事について話をしていると、馬車を手配していたグリが玄関先に馬を停めた。軽い身のこなしで馬を降り、首を傾げながらこちらへ歩み寄る。

「ジンくんも、もうすぐ来るよ。馬車の手配ありがとうグリくん。」
「別に構わねぇよ。じゃ、俺は戻る。」

彼は多くを語る事なく、足早に玄関の扉へ向かう。その背中は、この場から早く逃げ出したいとでも語っているかのようだった。
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