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第10章︰エーリ学院〜上級クラス〜
第93話
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フルリオに来てから3日が過ぎ、私達は街の南にある森へとやって来ていた。
「やっぱり、森の空気は美味しいわね~。」
「そんな呑気な事を言っている場合ですか?僕達は薬草を取りに来たんですよ?」
「もちろんそれはわかっているわよ~?けど、被害にあった街の中ばかり見ていると、息が詰まりそうになるのよね~。」
「その気持ちはわかりますが…。被害にあった人達の為に、僕達の出来る事を精一杯やるべきです。」
「たまには息抜きが必要よ~。ルナもそう思うでしょ?」
「…。」
「ルナさん?」
「え?あ、うん。私もそう思うよ。」
「…ちゃんと話を聞いていたんですか?」
「森の空気が美味しいって話でしょ?私もそう思…」
「その話はもう終わりましたよ!全く…集中するか息抜きするか、どっちかにしてください。」
「ご、ごめん…。」
「ちょっと休憩しましょう?何をするにしても、無理は禁物だもの~。」
「…そうですね。少し休みましょう。」
しばらく休憩を挟み、再び薬草集めを再開した。
「私、向こうの方見てくるね。」
「いってらっしゃ~い。」
「迷子にならないようにしてくださいよ?」
「ミグがいるから大丈夫だよ~。行ってくるね。」
私は2人と離れ、薬草を集めるフリをして近くの茂みに身を潜めた。
「…ミグ。」
「昨日…ヴェラが言ってた事、やるんだな?」
「うん。」
その内容は、この森に潜んでいるという人間を見つけ出し、吸血鬼の領土から立ち去るように説得をして欲しいというものだった。
彼女の頼みは、人間に対して恨みがなく、他の吸血鬼に気付かれる事なく隠密に事を成せる人物でなければいけなかった。そういった理由から、彼女はフランが適任だと考えていたらしい。
「この洞窟が怪しいな…。」
ミグの案内で森の中を進み、人間が潜んでいそうな洞窟の前にやって来た。
「大丈夫か?ルナ。」
「だ、大丈夫…。怖いなんて言ってられない…行かなきゃ…。」
「俺が先に入る。お前は後ろをついてこい。」
「わかった…。」
いざと言う時の為に銃を装備すると、ランタンを持った彼の後ろをついて行った。洞窟内は思っていたよりも広く、通路を進んだ先に開けた場所が現れた。
「どちら様ですかな?このような場所にやって来るとは。」
「…だ、誰!?」
その中央で焚き火にあたる人物が、私達に気付いて声をかけてきた。その声は低く、顔は仮面で覆い隠されている。
「お前が人間か?ここは吸血鬼の領土だ。お前の方こそこんな場所で何をしている。」
「吸血鬼の領土など、誰が決めたのですか?見た所…あなたも人間のようだが、何故吸血鬼に従っているのです。」
「そんな話をしに来た訳じゃない。今すぐここから立ち去ってくれないか?」
「わ、私達、あなたに危害を加えるつもりはありません。元いた場所に帰ってくれればそれで…」
「それで誰が得をするのですか?私達は命をかけてここまで来ました。立ち去れと言われても、従うつもりはありません。」
「そんな…。」
「なら、交渉は決裂だ。あんたを拘束して依頼主に突き出す。」
「では抵抗させてもらいますよ。大人しく拘束されるつもりはありませんからね。」
ミグはすぐさま懐から針を取り出すと、仮面の男に向かって投げ飛ばした。彼は腰に付けていた短剣を引き抜いて、針を弾き飛ばした。
「こんな針如きで私を倒せるとでも?」
「言っただろ?俺達はお前を殺しに来たんじゃない。あくまで捕まえる為だ。」
「そんな甘い考えだから、お前はいつまで経っても成長しない。」
「知ったような口を聞くな!」
再びミグは男に向かって針を投げると、私はそれに合わせて魔法を発動した。
「“…ヴァン!”」
風属性の魔法でミグの針を吹き飛ばすと、勢いを増した針が男の脚に突き刺さった。
「…っ!」
「“血の盟約は…”」
私が再び魔法の詠唱を始めると、それに気付いた彼が間合いを詰め始めた。ミグは少しでも詠唱の時間を稼ぐ為、男の脚を狙って針を投げ、彼の進路を妨害した。
「“…デシエルト!”」
地属性の魔法を唱えると、地面の砂に手を触れ、前方に尖った岩を次々と突出させた。すぐ側まで迫っていた男は、地面を思い切り蹴って後方に跳躍した。
「お嬢さんの力を侮っていました。中々戦いに慣れていらっしゃる。」
「大人しく立ち去る気になったのか?」
「まさか。私も、甘い考えではいけないと思い直しただけです。」
彼は羽織っていたローブを脱ぎ捨てると、脚に刺さった針を引き抜いて地面に叩きつけた。
「私達はあなたを傷つけたくないんです!お願いですから…手を引いてください…。」
「口ではいくらでも言う事が出来ますよ。ところで…あなた達には、私を拘束する為の術がないように見受けられますが?」
「…そうですね。気絶してもらうか、身体を動かせない程度に負傷してもらうしかないです。」
「それでは矛盾していますよ。傷つけたくないのに、目的の為には傷つけるしか方法はない…それをどう信用しろと言うのですかな?」
「必要なら…武器を捨てます。」
「…彼もそれに従いますか?」
「ミグ。その人から離れて、持ってる針を全部捨てて。」
「………出来ない。」
「なんで…」
「俺は命にかえてでも、お前を守る為にここに居るんだ!お前以外に優先するものは何も無い!」
「そんな事言ってる場合じゃ…!」
「…わかりました。立ち去りましょう。」
「え!?な、なんで急に…」
「騎士長様!」
洞窟の入口に通じる通路から、黒い髪の少女が姿を現した。彼女は、私達の姿を見るなり剣を抜いて身構えた。
「な、何者だ!」
「待ちなさい。…彼等に敵意はない。剣を下ろしなさい。」
「何を言っているのですか!?こいつらは吸血鬼です!外にも複数の吸血鬼がいる事を確認して…あ…あなたは…。」
彼女は私の顔を見て、愕然とした表情を浮かべた。私達の元にやって来た彼女は、ギルド“エテルノ・レガーメ”に所属している国家騎士、アリサ・クラーレだった。
「ア、アリサさん…。」
「まさか…あなたが吸血鬼だったなんて…!よくもテト様を騙しましたね!?」
「待てアリサ!テトは騙されてなんかいない!ルナが吸血鬼だって事は知って…」
「ミグさん…!?死んだはずではなかったのですか!?」
「それは…その…」
「あなたが…彼をこんな風にしたんですね…。ミグさんが居なくなって…テト様はあんなにも苦しまれていたのに…。」
アリサは鋭い目つきで私を睨みつけ、溢れ出た涙が彼女の頬を伝って流れ落ちた。
「アリサ。撤退の準備を始めなさい。」
「何故ですか!私は退けません!」
「ここは、大人しく要件を飲むのが最善だ。」
「なら、刺し違えてでも彼女を殺します!」
「動くな!」
ミグは大きな声をあげると、仮面の男の背後に回り込んで首元にナイフを当てた。すると彼は持っていた短剣を捨て、顔の脇に両手をあげた。
「ミグ…!」
「こいつの指示に従ってくれ。そうすればこいつも解放する。」
「っ…!卑怯な真似を…。」
「アリサ。先に港へ向かい、兵士達に撤退の旨を伝えなさい。」
「…わかり…ました。」
彼女は渋々剣を収めると、来た道を引き返して行った。
「私の部下がすまなかったね。」
「い、いえ…。ミグ、もう離してあげて。」
ミグは彼から手を離すと、後ろに下がって持っていたナイフを鞘に収めた。
「青年。お前には命にかえてでも、彼女を守る為にここに居る…そう言っていたな。」
「あ、あぁ…。」
「私にも、命に変えてでも守るべき者がいる。悪く思わないでくれ。」
「え…?」
彼は素早くミグの手からナイフを奪い取ると、それを投げ飛ばした。ナイフは私の腹部に突き刺さり、服が赤く染まり始めた。
「…っ…あ…。」
「ルナ!」
全身の力が抜け、私はその場に倒れ込んだ。駆け寄ってきたミグが、私を抱きかかえて何度も名前を呼んでいる。ハッキリ聞こえていた彼の声は次第に聞こえずらくなり、視界に映っていた彼の顔もぼやけて見えなくなっていった。
目を開くと、白い布が張られた天井が視界に映り、身体に布団がかけられていた。
「…ルナさん!目が覚めましたか!?」
「ツヴェル…?ここは…」
「ここは救護テントです。ちょっと待っていて下さい。ルシュ様を呼んで来ますから。」
状況が飲み込めずにいると、彼がヴェラを連れてこちらに戻って来た。
「やっと目が覚めたか。」
「ヴェラ…。私、何でここにいるの…?」
「後でミグに聞けばいい。ひとまず今は休みなさい。」
「もう大丈夫そうですね。僕は作業に戻ります。」
「あ、ありがとうツヴェル…。」
彼がテントの外に姿を消すと、ヴェラが椅子を寄せてベッドの側に座った。
「お前はどこまで覚えている?答えられる範囲で教えてやろう。」
「え?さっき、ミグに聞けって言わなかった?」
「お前と2人だけで話をする為のただの口実だ。既にミグから経緯は聞いている。」
「えっと…2人と薬草を取りに行って…。ミグと洞窟の中に入って…。ヴェラに言われた通り、そこにいた人に説得を…。そうだ…!私、ナイフで刺されて…。」
「倒れる所までは思い出せたようだな。その後は倒れたお前を、ミグがここまで連れて来た。運良く身体の器官を傷つけていなかったおかげで、大事には至らなかったようだ。」
「そっか…。あの人は…どうなったんだろう…。」
「ルナ。」
私達の元に、黒いローブに身を包んだライガがやって来た。
「あ、ライガ!ライガもここに来てたんだね。」
「あぁ。仕事だからな。体調はどうだ?」
「大したことないみたい。もう動けると思うよ。」
「そうか。ならよかった。」
彼は懐から1枚の封筒を取り出し、中の紙を広げて私の前に突き出した。
「ルナソワレーヴェ。お前を殺人罪で拘束する。」
「えっ……?」
「待てライガ。動けるとは言ったがまだ安定した訳じゃ…。」
「抵抗しなければ、手荒な真似はしない。」
「殺人って…私、誰かを殺してなんか…!」
「言い訳なら後で聞く。立て。」
「っ…。」
言われた通りにベッドから下りて彼の前に立つと、腕を後ろに回され、両手首に拘束具が取り付けられた。さらに、彼は着ていたローブを脱ぐと、私の肩に羽織らせた。首の前で紐を結び、頭にフードを被せて顔を覆い隠した。
テントの外に出ると、周りから複数の話し声が聞こえてきた。フードで視界の3分の2が隠れ、周りにいる人達の足元だけが視界に映っている。
彼に軽く背中を押され、前方に歩みを進めると馬の脚と車輪が視界に入った。そしてそのまま、段差をのぼって馬車と思われる乗り物に足を踏み入れた。窓から差し込む光はなく、弱々しいオレンジの光が頭上で揺れている。
「そこに座って大人しくしていろ。」
ライガは冷たい一言を言い放つと、扉を閉めてどこかへ行ってしまった。
これからどうなってしまうのかという不安と、どこへ連れていかれるのかという恐怖が込み上げ、腰を下ろしたソファーの上で膝を立てて身体を丸めた。
「やっぱり、森の空気は美味しいわね~。」
「そんな呑気な事を言っている場合ですか?僕達は薬草を取りに来たんですよ?」
「もちろんそれはわかっているわよ~?けど、被害にあった街の中ばかり見ていると、息が詰まりそうになるのよね~。」
「その気持ちはわかりますが…。被害にあった人達の為に、僕達の出来る事を精一杯やるべきです。」
「たまには息抜きが必要よ~。ルナもそう思うでしょ?」
「…。」
「ルナさん?」
「え?あ、うん。私もそう思うよ。」
「…ちゃんと話を聞いていたんですか?」
「森の空気が美味しいって話でしょ?私もそう思…」
「その話はもう終わりましたよ!全く…集中するか息抜きするか、どっちかにしてください。」
「ご、ごめん…。」
「ちょっと休憩しましょう?何をするにしても、無理は禁物だもの~。」
「…そうですね。少し休みましょう。」
しばらく休憩を挟み、再び薬草集めを再開した。
「私、向こうの方見てくるね。」
「いってらっしゃ~い。」
「迷子にならないようにしてくださいよ?」
「ミグがいるから大丈夫だよ~。行ってくるね。」
私は2人と離れ、薬草を集めるフリをして近くの茂みに身を潜めた。
「…ミグ。」
「昨日…ヴェラが言ってた事、やるんだな?」
「うん。」
その内容は、この森に潜んでいるという人間を見つけ出し、吸血鬼の領土から立ち去るように説得をして欲しいというものだった。
彼女の頼みは、人間に対して恨みがなく、他の吸血鬼に気付かれる事なく隠密に事を成せる人物でなければいけなかった。そういった理由から、彼女はフランが適任だと考えていたらしい。
「この洞窟が怪しいな…。」
ミグの案内で森の中を進み、人間が潜んでいそうな洞窟の前にやって来た。
「大丈夫か?ルナ。」
「だ、大丈夫…。怖いなんて言ってられない…行かなきゃ…。」
「俺が先に入る。お前は後ろをついてこい。」
「わかった…。」
いざと言う時の為に銃を装備すると、ランタンを持った彼の後ろをついて行った。洞窟内は思っていたよりも広く、通路を進んだ先に開けた場所が現れた。
「どちら様ですかな?このような場所にやって来るとは。」
「…だ、誰!?」
その中央で焚き火にあたる人物が、私達に気付いて声をかけてきた。その声は低く、顔は仮面で覆い隠されている。
「お前が人間か?ここは吸血鬼の領土だ。お前の方こそこんな場所で何をしている。」
「吸血鬼の領土など、誰が決めたのですか?見た所…あなたも人間のようだが、何故吸血鬼に従っているのです。」
「そんな話をしに来た訳じゃない。今すぐここから立ち去ってくれないか?」
「わ、私達、あなたに危害を加えるつもりはありません。元いた場所に帰ってくれればそれで…」
「それで誰が得をするのですか?私達は命をかけてここまで来ました。立ち去れと言われても、従うつもりはありません。」
「そんな…。」
「なら、交渉は決裂だ。あんたを拘束して依頼主に突き出す。」
「では抵抗させてもらいますよ。大人しく拘束されるつもりはありませんからね。」
ミグはすぐさま懐から針を取り出すと、仮面の男に向かって投げ飛ばした。彼は腰に付けていた短剣を引き抜いて、針を弾き飛ばした。
「こんな針如きで私を倒せるとでも?」
「言っただろ?俺達はお前を殺しに来たんじゃない。あくまで捕まえる為だ。」
「そんな甘い考えだから、お前はいつまで経っても成長しない。」
「知ったような口を聞くな!」
再びミグは男に向かって針を投げると、私はそれに合わせて魔法を発動した。
「“…ヴァン!”」
風属性の魔法でミグの針を吹き飛ばすと、勢いを増した針が男の脚に突き刺さった。
「…っ!」
「“血の盟約は…”」
私が再び魔法の詠唱を始めると、それに気付いた彼が間合いを詰め始めた。ミグは少しでも詠唱の時間を稼ぐ為、男の脚を狙って針を投げ、彼の進路を妨害した。
「“…デシエルト!”」
地属性の魔法を唱えると、地面の砂に手を触れ、前方に尖った岩を次々と突出させた。すぐ側まで迫っていた男は、地面を思い切り蹴って後方に跳躍した。
「お嬢さんの力を侮っていました。中々戦いに慣れていらっしゃる。」
「大人しく立ち去る気になったのか?」
「まさか。私も、甘い考えではいけないと思い直しただけです。」
彼は羽織っていたローブを脱ぎ捨てると、脚に刺さった針を引き抜いて地面に叩きつけた。
「私達はあなたを傷つけたくないんです!お願いですから…手を引いてください…。」
「口ではいくらでも言う事が出来ますよ。ところで…あなた達には、私を拘束する為の術がないように見受けられますが?」
「…そうですね。気絶してもらうか、身体を動かせない程度に負傷してもらうしかないです。」
「それでは矛盾していますよ。傷つけたくないのに、目的の為には傷つけるしか方法はない…それをどう信用しろと言うのですかな?」
「必要なら…武器を捨てます。」
「…彼もそれに従いますか?」
「ミグ。その人から離れて、持ってる針を全部捨てて。」
「………出来ない。」
「なんで…」
「俺は命にかえてでも、お前を守る為にここに居るんだ!お前以外に優先するものは何も無い!」
「そんな事言ってる場合じゃ…!」
「…わかりました。立ち去りましょう。」
「え!?な、なんで急に…」
「騎士長様!」
洞窟の入口に通じる通路から、黒い髪の少女が姿を現した。彼女は、私達の姿を見るなり剣を抜いて身構えた。
「な、何者だ!」
「待ちなさい。…彼等に敵意はない。剣を下ろしなさい。」
「何を言っているのですか!?こいつらは吸血鬼です!外にも複数の吸血鬼がいる事を確認して…あ…あなたは…。」
彼女は私の顔を見て、愕然とした表情を浮かべた。私達の元にやって来た彼女は、ギルド“エテルノ・レガーメ”に所属している国家騎士、アリサ・クラーレだった。
「ア、アリサさん…。」
「まさか…あなたが吸血鬼だったなんて…!よくもテト様を騙しましたね!?」
「待てアリサ!テトは騙されてなんかいない!ルナが吸血鬼だって事は知って…」
「ミグさん…!?死んだはずではなかったのですか!?」
「それは…その…」
「あなたが…彼をこんな風にしたんですね…。ミグさんが居なくなって…テト様はあんなにも苦しまれていたのに…。」
アリサは鋭い目つきで私を睨みつけ、溢れ出た涙が彼女の頬を伝って流れ落ちた。
「アリサ。撤退の準備を始めなさい。」
「何故ですか!私は退けません!」
「ここは、大人しく要件を飲むのが最善だ。」
「なら、刺し違えてでも彼女を殺します!」
「動くな!」
ミグは大きな声をあげると、仮面の男の背後に回り込んで首元にナイフを当てた。すると彼は持っていた短剣を捨て、顔の脇に両手をあげた。
「ミグ…!」
「こいつの指示に従ってくれ。そうすればこいつも解放する。」
「っ…!卑怯な真似を…。」
「アリサ。先に港へ向かい、兵士達に撤退の旨を伝えなさい。」
「…わかり…ました。」
彼女は渋々剣を収めると、来た道を引き返して行った。
「私の部下がすまなかったね。」
「い、いえ…。ミグ、もう離してあげて。」
ミグは彼から手を離すと、後ろに下がって持っていたナイフを鞘に収めた。
「青年。お前には命にかえてでも、彼女を守る為にここに居る…そう言っていたな。」
「あ、あぁ…。」
「私にも、命に変えてでも守るべき者がいる。悪く思わないでくれ。」
「え…?」
彼は素早くミグの手からナイフを奪い取ると、それを投げ飛ばした。ナイフは私の腹部に突き刺さり、服が赤く染まり始めた。
「…っ…あ…。」
「ルナ!」
全身の力が抜け、私はその場に倒れ込んだ。駆け寄ってきたミグが、私を抱きかかえて何度も名前を呼んでいる。ハッキリ聞こえていた彼の声は次第に聞こえずらくなり、視界に映っていた彼の顔もぼやけて見えなくなっていった。
目を開くと、白い布が張られた天井が視界に映り、身体に布団がかけられていた。
「…ルナさん!目が覚めましたか!?」
「ツヴェル…?ここは…」
「ここは救護テントです。ちょっと待っていて下さい。ルシュ様を呼んで来ますから。」
状況が飲み込めずにいると、彼がヴェラを連れてこちらに戻って来た。
「やっと目が覚めたか。」
「ヴェラ…。私、何でここにいるの…?」
「後でミグに聞けばいい。ひとまず今は休みなさい。」
「もう大丈夫そうですね。僕は作業に戻ります。」
「あ、ありがとうツヴェル…。」
彼がテントの外に姿を消すと、ヴェラが椅子を寄せてベッドの側に座った。
「お前はどこまで覚えている?答えられる範囲で教えてやろう。」
「え?さっき、ミグに聞けって言わなかった?」
「お前と2人だけで話をする為のただの口実だ。既にミグから経緯は聞いている。」
「えっと…2人と薬草を取りに行って…。ミグと洞窟の中に入って…。ヴェラに言われた通り、そこにいた人に説得を…。そうだ…!私、ナイフで刺されて…。」
「倒れる所までは思い出せたようだな。その後は倒れたお前を、ミグがここまで連れて来た。運良く身体の器官を傷つけていなかったおかげで、大事には至らなかったようだ。」
「そっか…。あの人は…どうなったんだろう…。」
「ルナ。」
私達の元に、黒いローブに身を包んだライガがやって来た。
「あ、ライガ!ライガもここに来てたんだね。」
「あぁ。仕事だからな。体調はどうだ?」
「大したことないみたい。もう動けると思うよ。」
「そうか。ならよかった。」
彼は懐から1枚の封筒を取り出し、中の紙を広げて私の前に突き出した。
「ルナソワレーヴェ。お前を殺人罪で拘束する。」
「えっ……?」
「待てライガ。動けるとは言ったがまだ安定した訳じゃ…。」
「抵抗しなければ、手荒な真似はしない。」
「殺人って…私、誰かを殺してなんか…!」
「言い訳なら後で聞く。立て。」
「っ…。」
言われた通りにベッドから下りて彼の前に立つと、腕を後ろに回され、両手首に拘束具が取り付けられた。さらに、彼は着ていたローブを脱ぐと、私の肩に羽織らせた。首の前で紐を結び、頭にフードを被せて顔を覆い隠した。
テントの外に出ると、周りから複数の話し声が聞こえてきた。フードで視界の3分の2が隠れ、周りにいる人達の足元だけが視界に映っている。
彼に軽く背中を押され、前方に歩みを進めると馬の脚と車輪が視界に入った。そしてそのまま、段差をのぼって馬車と思われる乗り物に足を踏み入れた。窓から差し込む光はなく、弱々しいオレンジの光が頭上で揺れている。
「そこに座って大人しくしていろ。」
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