エテルノ・レガーメ

りくあ

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第11章︰上に立つ者

第101話

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「ただいま~ルカ。」

幹部になり、あっという間に月日が流れていった。起きている間はヴェラに頼まれた薬を作り、夢の中ではルカと共に薬を作り、寝ても覚めても薬を作る日々が続いていた。

「おかえり。…随分沢山取ってきたね。」
「あはは…つい夢中になって取りすぎちゃった。」

私は薬草でいっぱいになった籠をテーブルの上に置くと、彼の隣に腰を下ろした。

「薬ばっかり作ってて、疲れない?」
「それを言ったら、ルカだって薬ばっかり作ってるじゃん。」
「そ、そうだけど…。」
「ルカに追いつくのが目標だもん!頑張らないと!」

机に広げた薬草を手に取り、仕分けの作業を始めた。

「ルナって結構負けず嫌いだよね。そういう所は似てないよね~僕達。」
「ルカだって、私と張り合ってた時あったよ?私だけ悪いみたいに…」
「ごめんごめん。そういうつもりで言った訳じゃないよ。」
「本当に~?」
「ほんとほんと!あ、そうだ。紅茶入れるね。」
「ん!ありがとう~。」

奥の方へ歩いて行った彼と入れ替わるようにして、2階からミグが階段を駆け下りてきた。

「ちょっとミグ~。家の中を走らな…」
「大変なんだ!お前の部屋に何かが侵入した。」
「な、何かって!?」
「それが…。異変は感じたんだが、何故だか身体の外に出ていけなくて、確認のしようがないんだよ…。」
「わかった。私が起きて確認してみる。」
「気をつけろよ。何が襲ってくるかわからないからな。」
「うん…。」

私は階段を駆け上がると、自室のベッドに横たわった。



起きた事を気づかれないように、ほんの少しだけ目を開いて部屋の中を見回した。すると、暗い部屋の中で何やら動く物があることに気づいた。

『人みたいだけど…。やっぱりミグの言ってた通り、誰かが侵入したんだ…。』

謎の人物は何か物を盗む様子はなく、ただ部屋の中をウロウロと歩き回っているようだった。侵入者が背を向けている隙をついて、頭の下の枕を思い切り投げ飛ばした。すかさず魔法の詠唱を始めたが、侵入者の手によって口が塞がれてしまい、ベッドの上に押し倒された。

「…起きた?」

侵入者は、低い声でそう言った。上から下まで全身真っ白な装いで、目元は仮面で隠されている。どうやら彼は、以前出会った事のあるアサシンのようだった。

「んー…!」
「できれば騒がないでくれると嬉しいな。」

思っていた以上に優しい口調の彼に驚いていると、彼は押さえつけていた腕の力をほんの少しだけ弱めた。

「…大人しくしてくれる?」
「ん…。」

私は彼の言葉に素直に頷くと、口元から手が離れた瞬間に思い切り手を振り払った。私の手は彼の顔に当たり、身につけていた仮面が部屋の隅に飛んでいった。

「ぇ……フラン…?」

仮面が外れた彼の顔は、エーリ学院上級吸血鬼フランドルフルクだった。彼の右目が赤に染まっているのに気づき、私はさらに問いかけた。

「ルドルフ!?どうして…!」
「ルドルフじゃないよ。今の僕はフランだ。」
「そんな事聞きたいんじゃない!どうしてアサシンの姿で、レジデンスに忍び込む様な事をして…」
「あまり喋ってる暇はないんだけど。」
「質問に答えて…!」
「答えたら、協力してくれる?」
「協力…?何をするつもりなのか話してもらわないと、協力のしようがないよ。」
「それもそうだね…。なら手短に言うよ。僕の目的は、ラギト様の暗殺。」
「暗…殺…?」
「そう。」

彼は淡々とした口調で、短く言い放った。フランらしい喋り方はするものの彼の優しさはどこかに消え、言葉の1つ1つに冷たさを感じた。

「そんなの協力出来るわけない…!」
「質問に答えたら、協力してくれるんじゃないの?」
「何でも協力するとは言ってない!」
「なら…無理にでも協力してもらうしかないね。」

彼は私の上にのしかかり、腕を押さえつけた。

「やめて…!離して!」
「大人しく従えば危害は加えない。」
「ルドルフお願い!こんな事…フランにさせないで!」
「何を言っている?あいつも同意の上だ。」
「ぇ…?」
「“血の盟約は互いの友好の証。我が血を糧とし…」
「何をするの!?やめ…」
「…意思に従え。フェアヴィルング”」

彼の魔法が発動した瞬間、目の前が真っ暗になり、私は意識を失ってしまった。



「おはようルナちゃん。」

暗い部屋の中で目を覚ますと、ベッドの端にフランが座っていた。彼は手を差し出し、私はそれを握り返して身体を起こした。

『あれ…?身体が勝手に動いてる…?』

自分の身体のはずが、別の誰かに動かされているような感覚になり、自分の意思で身体を動かす事が出来なくなっていた。

「ねぇ、ルナちゃん。…僕の事好き?」
「うん。好き。」

『えー///!?何を言ってるの私///!』

動きだけでなく口までも言う事を聞かず、普段なら絶対に言わない台詞を口にしていた。

『そっか…!さっきルドルフが詠唱した魔法のせいで、身体が操られてるんだ…!』

私が気を失う前、ルドルフの力で魔法にかけられた事を思い出した。彼が唱えた“フェアヴィルング”は、生き物の意識を乗っ取り洗脳する、難度の高い念力属性の魔法だった。

「なら、僕のお願いも聞いてくれるよね?」
「もちろん!なんでも言って?」
「これを、ラギト様に飲ませてきて。ルナちゃんは飲んじゃ駄目だよ?」

彼は、ポケットから液体が入った小瓶を取り出すと、私の手に握らせた。

『まさかこれ…毒物じゃ…!』

心の中では拒んでいても、今の私は彼の言葉に従うしかなかった。

「うん。わかった。」
「よろしくね。ルナちゃん。」



レーガの部屋に向かう途中、私は食堂で2人分のミルクティーを作った。片方は普通のミルクティーだが、もう片方には先程フランから受け取った液体が入っている。

『このままじゃレーガが危ない…。けど…どうしたら…。』

私は以前、この魔法にかけられたララの事を思い出した。この魔法を解くには、術者であるフランが攻撃されるか、魔法にかけられた私自身が気絶するしか方法がない。
言う事を聞かない私の身体は、レーガの部屋の扉を叩いた。

「あれー?こんな時間にどうしたの?」
「なんだか眠れなくて…。レーガとお話したいなと思って!」
「そうなの?嬉しいな~。」

彼に招かれて部屋の中に入ると、ベッドの端に並んで腰を下ろした。テーブルの上にお盆を置き、毒を入れたミルクティーのカップを手に取った。

「ミルクティーを作って来たよ。はいこれ!レーガの分。」
「ん。ありがとうルナ。」

私が手渡したカップを受け取ると、彼は何の疑いもなくそれに口をつけた。

「っ…!?」

彼の手から滑り落ちたカップが地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。彼は床に手を付き、口に含んでいたミルクティーを吐き出した。

「げほっ…げほっ…!」
「大丈夫?レーガ。」

私は腰に忍ばせていたナイフを取り出すと、背後から彼に向かって腕を振り下ろした。ナイフは彼の肩に突き刺さり、服が赤く滲みだした。

「ぐっ…!」

抜き取ったナイフを再び振りかざすと、彼は横に身体を回転させて私の攻撃をかわした。背後の壁に背中をつけ、刺された肩を手で抑えながらその場にゆっくりと立ち上がった。

「一体誰なの…?こんな悪趣味な作戦考えたのは…。」
「ごめんねレーガ。それは言えないの。」
「そりゃそうだよね…。ちょっと飲んじゃったせいで身体も痺れてるし…どうしたもんかな…。」

口に含んだ毒が少量だった事で死には至らなかったが、身体が痺れて上手く動かせない様子だった。

「大丈夫だよレーガ。次はちゃんと、心臓を狙うから。」
「はは…。ほんと…タチ悪いなぁ…。」
「レーガ…!」

勢いよく開いた扉から、エレナが部屋の中に飛び込んで来た。

「エレナ…。」
「…情けないですわね。」
「えー…それはちょっと酷くない…?」
「あなたもですがルナもですわ。誰が操っているかわかりませんが、魔法に屈するなんて…幹部として情けない事です。」
「酷いよエレナ…。私だって…幹部になってから、一生懸命頑張ってるのに。」
「私はレーガと違って、手加減しませんわよ?」

彼女は手に持っていたムチを広げると、私の前に立った。

「エレナ…。出来る事なら、あんまり怪我させないでね…?」
「いいえ。骨折の1つや2つ、してもらわないと言う事を聞いてくれなさそうですわ。」
「えぇ!?」
「私…エレナの事、斬りたくないよ。」
「あら。それは嬉しいですわね。それならいい子は大人しく、ベッドに戻りましょうルナ!」

彼女は大きく腕を振り、私に向かってムチを振り下ろした。後ろに下がって攻撃をかわすと、間合いを詰めた彼女に腕を掴まれ、窓に向かって投げ飛ばされた。
思い切り身体を打ち付けた衝撃で窓が開き、外に投げ出されてしまった。建物の近くにあった木がクッションとなり、ほぼ無傷で地面に着地した。

『いてて…。思いっきり背中ぶつけたから、じんじんする…。動かせなくても痛みは感じるんだなぁ…。』

痛む背中をさすりたい所だが、今はそれすらも許してもらえない状況だった。

「素晴らしい受け身ですわね。」

エレナは窓から飛び降りると、私の方へゆっくりと歩み寄った。

「ねぇエレナ…。部屋に戻るなら窓じゃなくて、扉から追い出すべきじゃないの?」
「…言われてみるとそうですわね。」
「ちょっと…エレナー!乱暴な事しないでよー…!?」

部屋に1人残されたレーガは、窓から身体を乗り出してそう叫んだ。

「レーガ!あなたは自分の心配をしなさ…」
「“…レイル!”」

彼女が上を向いている隙に、唱えていた闇属性の魔法を発動した。私の手から黒い球体が飛んでいき、彼女はギリギリの所で反応してそれを回避した。

「“血の盟約は…”」
「そう何度も魔法は使わせませんわ!」

続けて魔法の詠唱を始めると、彼女は間合いを詰め始めた。彼女の腕から振り下ろされるムチをナイフで弾き、なんとか攻撃を防いでいる。

『なんて力…。弾いてるだけでも手がビリビリする…!』

彼女の攻撃力に少々押されつつ、私は魔法を発動した。

「“…レイ!”」

術者であるルドルフの影響を受け、普段扱えない光属性の魔法を左手から放った。近距離で放たれた光線が、彼女の腕をかすめていった。

「っ…!」

彼女は腕を抑えながら後ろによろけ、私はナイフを手に彼女に向かっていった。しばらく私と彼女の攻防は続き、ナイフで切られた彼女の身体はあちこち擦り切れ、ムチに打たれた私の身体はあちこちに痣が出来ていた。

「斬りたくないという割には…思い切りやりますのね…ルナ。」
「エレナこそ…。ほんとに容赦ないね…。」
「日が昇る前になんとかしなくては…。やむを得ないですわね…。ハンス!」

彼女は使い魔のハンスを呼び出すと、彼の身体にそっと手を触れた。

「私に力を貸してくださいね…ハンス。」
「…わかった。」
「“血の盟約は互いの友好の証。我が血を糧とし力に変え、我が意思に従え。アセプタール!”」

初めて耳にする魔法の詠唱に驚いていると、隣に立っていたハンスが黒い粒子に分解され、彼女の手に吸われるようにして消えていった。

『そうだ…本で読んだ事ある!使い魔と融合して、自身の能力を向上させる魔法だ…!』

「あなたを操っている方を侮っていました。本気を出させてもらいますわ。」
「…。」

私はナイフを手に身構えた。術者であるフランが気を張っている様子が、身体を通して伝わってくるような気がした。
彼女は高々と腕を振り上げると、地面にムチを叩きつけた。地面にヒビが入り、私はバランスを崩してその場に膝をついた。その間に間合いを詰めていた彼女に腕を攻撃され、持っていたナイフが弾き飛ばされて粉々に砕け散った。
再び腕を振り上げた彼女が、私に向かってムチを振り下ろした。

ーバシッ!

私の目の前で、ものすごい音を立てて彼女のムチが動きを止めた。私とエレナの間に割り込むように、白い仮面を付けたフランが現れた。

「下がって。」
「…うん。」

彼は剣を振り払うと、後ろに下がったエレナに斬りかかっていった。彼女はその攻撃を綺麗にかわすと、私達から距離をとった。

「あなたが術者ですわね?」
「…。」

彼女の問いに、彼が答える様子はなかった。

「…随分無愛想ですのね。」
「話をする必要はない。」
「まぁ冷たい。私の可愛い妹を弄んでおいて、なんて言い草ですの?」
「興味ない。」
「…この場に姿を現すなんて、余程の自信があるのね。私の攻撃を全て防げると思っているのかしら?」

術者が攻撃を受けてしまったら、魔法の効果はなくなってしまう。今の彼女を相手に無傷で倒すのは、いくらフランでも無謀な事だった。

「1人では勝てない。」
「そう…。なら今度は、2人がかりで私を倒そうと言う訳ですわね。」

彼は剣を構えると、彼女に向かって走っていった。振り払われるムチを器用に弾き飛ばし、私の近くに寄せ付けないように激しい攻防を繰り広げている。

「“…イブリース”」

私は操られるままに闇属性の魔法を発動した。人の姿をした黒い影が地面から湧き出し、2人を取り囲んだ。次々と現れた人影が、エレナに向かって襲いかかって行く。
入れ替わるようにフランが後ろに下がると、私の腕を掴んで建物の出入口に向かって走り出した。

『エレナをここで足止めして、レーガの所に行くつもりなの…!?』

「行かせませんわ…!」

それに気付いた彼女は、近くに倒れていた人影の足を掴んで豪快に投げ飛ばした。私目掛けて飛んできた人影が、前を走っていたフランにぶつかった。その瞬間、かけられていた魔法が解け、彼に突き飛ばされた私は正気を取り戻した。

「…フラン!」

人影との衝突により、彼の身体はレジデンスの周りを取り囲む谷に投げ出された。私は咄嗟に彼の元に飛び出し、腕を掴んだ。しかし、痣だらけになった身体では力が入らず、彼と共に谷底へ落ちて行ってしまった。
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