160 / 165
第16章︰2人で
第153話
しおりを挟む
翌朝、全員に別れの挨拶を済ませると、島から船に乗ってノースガルム港へ出発した。
「どのくらい島から離れたらルナとミグに会えるかなぁ~。あれから結構日が経ったから、ヴェラの事も気になるし…。」
船に揺られながらぼんやり海を眺めていると、前方から白い物が飛んでくるのが見えた。
「ん?あれは何………っぷ!?」
白い物が猛スピードで僕の顔に張り付き、慌ててそれを引き剥がした。手に握られていたのは1枚の封筒で、どうやら僕に宛てられた手紙のようだった。裏には、ヴェラの名前と共に昨日の日付が記されている。
「ヴェラからの手紙?なんだろう…。」
封を切ると、手書きの文字で書かれた文章がズラリと並んでいた。そこには、フルリオから派遣された兵士達が、人間の領土に攻め入った事が書かれていた。
「人間の領土に吸血鬼が!?まさかこれって…戦争ってやつなんじゃ…!い、急いで戻らなきゃ!」
港に着くのを待っていられず、転移魔法を唱えてすぐさまレジデンスへ戻って行った。
「ヴェラ!」
「やっと来たか。随分時間がかかったな。」
「船で移動してたら時間がかかっちゃって…。そ、それより!戦争が起きたって本当なの!?」
「まだ本格的に始まった訳じゃない。それぞれの領土の境にある砦で、小競り合いが起きている程度だ。」
「それでも十分危険だよ!なんとか止める方法はないの?」
「この計画は、総務の連中が企てた事だ。奴らと接触して、話が出来ればいいが…総務の本部は、雲の上にあると言われている。私も行った事はない。」
「く、雲の上…!?どうしよう…そんな所にどうやって行ったら…。」
「ルカ!ようやく戻って来たのか!」
話をしている所に、ローブを羽織ったライガが小走りで駆け寄って来た。
「ご、ごめんライガ…!今戻って来た所だよ。」
「身体はもう平気か?ラーズニェへ療養しに行ったと聞いていたが。」
「あ、うん!ゆっくり休めたから、もう大丈夫だよ。」
「それならよかった。今すぐ俺と来てくれ。ヴェラ、お前もだ。」
ライガに連れられ、小競り合いが起きていると言う町外れの砦へやって来た。砦の中に入って行くと、傷を負った人達が床に座り込み、大量の人で溢れかえっていた。
「な、何これ…。」
「お前達には、怪我人の手当をして欲しい。ここは頼んだぞ。」
「あぁ。わかった。」
彼はそう言い残すと、砦の向こう側へと去って行った。
「お前は私に着いて来なさい。出来そうな事だけ指示するわ。」
「うん…わかった。」
患者の元へ駆け寄る彼女に付いて回り、砦の中を歩き回った。あまりの人の多さに日暮れまで作業を続け、その日は砦の屋上にテントを張って寝る事になった。
「みてみてルカ 。星が綺麗だよ!」
「あ、本当だ!」
ルナが指をさした先に、満点の星空が広がっていた。それを眺める彼女の瞳も、月の明かりでキラキラと輝いているように見える。
「ん?どうかした?」
「あー…ううん!ルナは星が好きなのかなー?って思って。」
「んー。好きと言えば好きだけど…逆に、星が嫌いな人っているのかな?」
「そういわれると確かに…聞いた事ないかも。」
「ルカは星好き?」
「普通…かな。嫌いじゃないよ。」
「私達ってさ、お互いの事意外と知らないよね?元々同じ身体だったはずなのに、色んな所が少しづつ違うみたいだし。」
「そうだね。味覚と思考は似てるみたいだけど、得意な事とか苦手な事とかは全然違うよね。」
「うん…そうだね。」
楽しそうに話をする彼女が、唐突に表情を曇らせてその場で俯いた。
「ご、ごめん…。何か余計な事言った?」
「ううん…そうじゃないの。なんか急に、どうして戦争みたいな事が始まっちゃったんだろうって思って…。」
「僕も…争うのは好きじゃないなぁ…。誰かを傷つけるような事は、出来る事ならしたくないし…。」
「何とか止める方法を探さないとね。」
「うん。せっかく人間と争わない為に薬を作ったんだから、絶対に止めなきゃ…。」
星空の元で、僕達は戦争を止める為に動き出す決意を固めた。
次の日の昼。患者の診察がようやく落ち着いた所で、ヴェラの元を離れて近くの森へ薬草を摘みに出かけた。怪我の治療や回復の為に大量の薬が消費され、保管されていた薬草が不足する事態になったからだった。
「これは十分集まったかな…。ミグ。そっちはどう?」
「俺の方はもう少しかな。ルナもまだ足りてないみたいだし。」
「じゃあ、もうちょっと奥に行こう。」
茂みを掻き分けて奥へ進んで行くと、道端で倒れている人の姿を見つけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて側に駆け寄ると、うつ伏せで倒れていた女性をゆっくりと抱き起こした。
「息はある…けど出血が酷い…。ミグ!近くに川があったよね?水をくんできてくれる!?」
「わかった…!」
「ルナ。ちょっとこの人を支えてて!魔法で止血するよ。」
「う、うん!」
彼女に女性を引き渡すと、魔法を唱えて傷の回復を試みた。なんとか止血に成功し、女性は意識を取り戻した。
「…あ、あなたがたは…?」
「あ、気が付いた?僕はルカ。彼女はルナだよ。たまたまここを通りかかって、倒れている所を見つけたんだ。気分はどう?」
「大丈夫…だと思います…。」
女性はか細い声で返事を返すと、そっとお腹に手を当てる仕草を見せた。
「お腹が痛い?」
「いえ…昨日から何も食べていなくて、お腹が空いたなと思って…。」
「確か向こうの方に木の実があったかも…。ちょっと待っててね。僕が取ってくるよ。ルナはここで、彼女の事を見てて。」
「わかった!気をつけてね。」
2人をその場に残し、来た道を引き返して食べられそうな木の実を探し回った。
「あれ?ルカ。そんな所で何してるんだ?」
「あ、ミグ。木の実を探してたんだ。少しは集まったから、これから戻る所だよ。」
「なら一緒に戻っ…」
「…ー!……けてー…!」
「ルナの声だ!何かあったのかな!?」
「早く戻るぞ!」
再び女性を見つけた場所へ戻ると、ルナの背後に立って首元にナイフを突き立てている女性の姿を見つけた。
「ルナ!」
「ルカ…!」
「お前…なんのつもりだ!」
「あなた達…吸血鬼だったのね。私を助けてどうするつもり!?吸血鬼の領土に連れ帰って、売りさばくつもりなのね!?」
「そんな事するつもりはないよ!倒れている人が居たから助けただけで…!」
「そうやって甘い言葉で、誤魔化そうとしたってそうは行かないわよ!?ここで死ぬなら…こいつも道連れに…」
彼女がナイフを振り上げた瞬間、後ろから現れた別の人物がそのナイフを弾き飛ばした。その隙にルナは女性を突き飛ばし、僕達の元へ駆け寄った。
「人間風情が…吸血鬼を相手に出来るとでも?」
彼女の後ろから現れた人物は、幹部吸血鬼のフランだった。彼は手を振り下ろし、地面に倒れ込んだ女性に向かって剣先を向けた。
「待ってフラン!お願いだから殺さないで!」
「すぐそこで争いが起きてるのに、そんな悠長な事を言ってる場合?」
「彼女はもう武器を持ってないよ!無抵抗の人に剣を振るような事はしないで!」
「…どこまでもお人好しだね。」
彼は剣を鞘に納め、女性の側を離れた。
「さっさと立ち去れ。2度と顔を見せるな。」
「…はい。」
女性はその場から立ち上がり、僕達に背を向けた。
「ところでフラン。どうしてこんな所にいるの?」
「それはこっちが聞きたいよ。君に人を殺せるとは思えないし。」
「じゃあフランは…戦争の為にここに…」
「そう。人間を殺す為に来たよ。」
「…本当に…吸血鬼は……クズしか居ないわね!!!」
「…っ!ルナ!」
その場を去ったかの様に見えた女性が、再び刃物を握りしめて襲いかかってきた。僕が走り出すよりも先に、フランがルナの元へ飛び出し、女性が手にした小刀が彼の肩に突き刺さった。
「っ!?……はあっ!!」
刺された箇所を軸に身体を捻ると、女性に向かって剣を振った。切られた彼女は後ろに倒れ、フランもその場に崩れるようにして膝をついた。
「フラン…!」
「おいフラン!平気か!?」
「うるさいな…。ちょっと刺さったくらいで大袈裟だ…。………っ!」
彼は刺さった刃物を抜き取ると、茂みの中にそれを投げ捨てた。刺された所を手で抑い、苦しそうな表情を浮かべている。
「大した事無くても止血だけはしなきゃ…!ちょっと待ってね。今魔法を…」
「…っ…げほっ!」
彼は口元を手で抑え、口から血を吐き出した。地面に倒れた彼をルナが抱き起こすと、彼の顔は白さを増し顔面蒼白になっている。
「フラン!しっかりして!」
「まさか…毒か?さっきの小刀に仕込まれてたとしたら、それが身体の中に入って…。」
「毒!?えっと…それなら…!“ミラの加護を受けし者。光の精霊と契を交わし、我に力を与え…”」
詠唱の途中で、彼は僕の腕を掴んだ。
「ル…カ……。お前に…頼みが……ある…。」
「フラン!今はとにかく喋らないで!」
「もう…いいんだ…。魔法は…必要…ない。」
「何言ってるの!?良いわけないよ!ちょっと黙っ」
「俺様が…死ぬ前に……フラン…あいつを……人間に…戻してくれ…ないか…?」
彼の口から、予想もしなかった言葉が発せられた。一体どこで聞いたのか、僕が人間に戻る方法を見つけた事を知っているような口ぶりだった。
「なんでそんな…嫌だよ!僕は、どっちのフランも死なせたくない!2人が一緒じゃなきゃ、意味が無いよ!」
「あいつは…俺様のせいで……吸血鬼に…させられた……。あんな…風に…剣を振る奴じゃ…なかったのに……。俺が……あいつを…変えてしまった…。」
涙を流しながら、彼は訴えかけるようにそう口にした。いつも強気で、誰に対しても見下すような話し方をする彼の面影が、少しづつ消えかかっているような気がした。
「お願いだからルドルフ!もう…喋らないでよ…!」
「ルカ…お前にしか…頼めない……。俺の…最後の頼み…一生の……頼みを…叶…え…」
彼女の腕の中で、フランは意識を失ってしまった。魔法をかけてみたが、良くなる傾向は見られず、すぐさま彼を背負ってプラニナタへ転移した。
「オズモールさん!居ますか!?」
研究所にある彼女の部屋に駆け込むと、机に座る彼女の後ろ姿が目に入った。
「ルカくん!?どうしたの急に…。それより、なんでここに?」
「フランを…!か、彼を診てもらえませんか!?お願いします!」
「なんだかわからないけど…とにかく診てみるよ!そこに寝かせてくれる?」
彼をベッドに寝かせると、オズモールさんが彼の様態を確認し始めた。
「辛うじて息はしてるけど、かなり呼吸が弱くなってるね。脈も安定してないから、状態はかなり悪いよ…。」
「彼は助かりますか!?」
「…酷な事を言うようだけど、もう手遅れだね。後は、静かに看取ってあげる事しか出来ないと思う。」
「そんな…。………それなら!彼を人間に戻す事は出来ませんか!?彼も僕と同じ、吸血鬼もどきなんです!」
「彼も吸血鬼だったんだね!確かにそれなら…出来ないこともないけど…。前言った通り、記憶は残らないと思ってくれていい。…それでもやるの?」
「人間に戻して欲しいって…彼が言ってました。最後の頼みを…聞いてあげたいんです。」
「わかった。なら、マコちゃんを呼んできてくれる?部屋にいると思うから…あ、あとゼノくんも!それまで彼を見ておくから、出来るだけ急いで。」
「わ、わかりました!」
2人を連れてオズモールさんの部屋に戻ると、大きな機械が置かれた部屋にフランを運び込んだ。
「彼はそこに寝かせて。ゼノくんは機械のセットをお願い。」
「はいッス!」
「僕も何か手伝えませんか?」
「じゃあルカくんとマコちゃんは、彼の上着と靴を脱がせてくれる?出来るだけ楽な格好にしてあげて。」
「わかりました!」
ローブと上着、靴を脱がせて再び彼を寝かせると、彼女と共に機械の側を離れた。
別室に移動して椅子に腰を下ろすと、その隣に座った彼女が僕の背中に優しく手を触れた。
「ルカくん…大丈夫だよ。きっと先生が何とかしてくれるからねぇ?」
「ありがとうマコ…。」
「あの人は、ルカくんにとって大切な人なのぉ?」
「…うん。僕が初めて吸血鬼になっちゃった時、彼が助けてくれたんだ。隣に立って優しく魔法を教えてくれたり、困った事があった時はすぐに駆けつけて助けてくれた。…本当なら、吸血鬼のフランも……助けたかったのに…。」
言葉の途中で、自然と涙が溢れ出してきた。
吸血鬼のフランであるルドルフは、最後の最後まで僕に心を開いてくれなかったが、自分の死に際になって初めて僕を頼ってくれた。流れる涙を拭いながら、彼に託された人間のフランを、彼の代わりに僕が支えて行こうと強く決意した。
「お待たせ。無事に終わったよ。しばらくしたら、目を覚ますと思う。解毒の処置をして脈も安定したから、身体の方はもう大丈夫だよ。」
「ありがとうございます…!…なんてお礼を言ったらいいか…。」
「お礼なんて要らないよ。ただ…人間に戻す処置を行ったのは彼が初めてなんだ。今の所、異常は見られないけど…上手くいってる事を願うしかないね。」
「そうですか…わかりました。あの…しばらく彼を見ていてもらえませんか?途中で抜け出して来たので、向こうがどうなってるか様子を見に行きたいんです。明日またここに来て、彼を連れて帰ります。」
「うん。わかった。彼の事は私達に任せて、行ってきなよ。」
「ありがとうございますオズモールさん。…お願いします!」
一度プラニナタを離れると、砦に残ったヴェラの元へ向かった。フランが倒れた経緯を説明し、その足でプラニナタへ行った事を話すと、フランをギルドで預かってもらう案を提案された。
すぐさまギルドへ向かって、今度はクラーレさんに経緯を説明すると、彼は快くその案を承諾してくれた。
翌日、プラニナタへフランを迎えに行くと、再びクラーレさんの元を訪ねた。
「いらっしゃいフラン。待ってたよ。」
「フラン~。おかえりなさ~い。」
ギルドの受付で、クラーレさんとシェリアさんが僕達を暖かく迎えてくれた。
オズモールさんの話によると、彼は無事に人間として戻る事が出来たらしい。しかし、想定通り記憶は無くなってしまい、感情の表現は多少あるものの、話をする事は出来なかった。
「フラン。また時間が出来たら、会いに来るからね?」
僕は彼に別れを告げると、彼は何の反応も見せなかった。せっかく仲良くなったと思ったら、また振り出しに戻ってしまったと悲しむべきなのか、彼が死なずに済んだ事を喜ぶべきなのか、僕はまだ心の整理が出来ていなかった。
「どのくらい島から離れたらルナとミグに会えるかなぁ~。あれから結構日が経ったから、ヴェラの事も気になるし…。」
船に揺られながらぼんやり海を眺めていると、前方から白い物が飛んでくるのが見えた。
「ん?あれは何………っぷ!?」
白い物が猛スピードで僕の顔に張り付き、慌ててそれを引き剥がした。手に握られていたのは1枚の封筒で、どうやら僕に宛てられた手紙のようだった。裏には、ヴェラの名前と共に昨日の日付が記されている。
「ヴェラからの手紙?なんだろう…。」
封を切ると、手書きの文字で書かれた文章がズラリと並んでいた。そこには、フルリオから派遣された兵士達が、人間の領土に攻め入った事が書かれていた。
「人間の領土に吸血鬼が!?まさかこれって…戦争ってやつなんじゃ…!い、急いで戻らなきゃ!」
港に着くのを待っていられず、転移魔法を唱えてすぐさまレジデンスへ戻って行った。
「ヴェラ!」
「やっと来たか。随分時間がかかったな。」
「船で移動してたら時間がかかっちゃって…。そ、それより!戦争が起きたって本当なの!?」
「まだ本格的に始まった訳じゃない。それぞれの領土の境にある砦で、小競り合いが起きている程度だ。」
「それでも十分危険だよ!なんとか止める方法はないの?」
「この計画は、総務の連中が企てた事だ。奴らと接触して、話が出来ればいいが…総務の本部は、雲の上にあると言われている。私も行った事はない。」
「く、雲の上…!?どうしよう…そんな所にどうやって行ったら…。」
「ルカ!ようやく戻って来たのか!」
話をしている所に、ローブを羽織ったライガが小走りで駆け寄って来た。
「ご、ごめんライガ…!今戻って来た所だよ。」
「身体はもう平気か?ラーズニェへ療養しに行ったと聞いていたが。」
「あ、うん!ゆっくり休めたから、もう大丈夫だよ。」
「それならよかった。今すぐ俺と来てくれ。ヴェラ、お前もだ。」
ライガに連れられ、小競り合いが起きていると言う町外れの砦へやって来た。砦の中に入って行くと、傷を負った人達が床に座り込み、大量の人で溢れかえっていた。
「な、何これ…。」
「お前達には、怪我人の手当をして欲しい。ここは頼んだぞ。」
「あぁ。わかった。」
彼はそう言い残すと、砦の向こう側へと去って行った。
「お前は私に着いて来なさい。出来そうな事だけ指示するわ。」
「うん…わかった。」
患者の元へ駆け寄る彼女に付いて回り、砦の中を歩き回った。あまりの人の多さに日暮れまで作業を続け、その日は砦の屋上にテントを張って寝る事になった。
「みてみてルカ 。星が綺麗だよ!」
「あ、本当だ!」
ルナが指をさした先に、満点の星空が広がっていた。それを眺める彼女の瞳も、月の明かりでキラキラと輝いているように見える。
「ん?どうかした?」
「あー…ううん!ルナは星が好きなのかなー?って思って。」
「んー。好きと言えば好きだけど…逆に、星が嫌いな人っているのかな?」
「そういわれると確かに…聞いた事ないかも。」
「ルカは星好き?」
「普通…かな。嫌いじゃないよ。」
「私達ってさ、お互いの事意外と知らないよね?元々同じ身体だったはずなのに、色んな所が少しづつ違うみたいだし。」
「そうだね。味覚と思考は似てるみたいだけど、得意な事とか苦手な事とかは全然違うよね。」
「うん…そうだね。」
楽しそうに話をする彼女が、唐突に表情を曇らせてその場で俯いた。
「ご、ごめん…。何か余計な事言った?」
「ううん…そうじゃないの。なんか急に、どうして戦争みたいな事が始まっちゃったんだろうって思って…。」
「僕も…争うのは好きじゃないなぁ…。誰かを傷つけるような事は、出来る事ならしたくないし…。」
「何とか止める方法を探さないとね。」
「うん。せっかく人間と争わない為に薬を作ったんだから、絶対に止めなきゃ…。」
星空の元で、僕達は戦争を止める為に動き出す決意を固めた。
次の日の昼。患者の診察がようやく落ち着いた所で、ヴェラの元を離れて近くの森へ薬草を摘みに出かけた。怪我の治療や回復の為に大量の薬が消費され、保管されていた薬草が不足する事態になったからだった。
「これは十分集まったかな…。ミグ。そっちはどう?」
「俺の方はもう少しかな。ルナもまだ足りてないみたいだし。」
「じゃあ、もうちょっと奥に行こう。」
茂みを掻き分けて奥へ進んで行くと、道端で倒れている人の姿を見つけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて側に駆け寄ると、うつ伏せで倒れていた女性をゆっくりと抱き起こした。
「息はある…けど出血が酷い…。ミグ!近くに川があったよね?水をくんできてくれる!?」
「わかった…!」
「ルナ。ちょっとこの人を支えてて!魔法で止血するよ。」
「う、うん!」
彼女に女性を引き渡すと、魔法を唱えて傷の回復を試みた。なんとか止血に成功し、女性は意識を取り戻した。
「…あ、あなたがたは…?」
「あ、気が付いた?僕はルカ。彼女はルナだよ。たまたまここを通りかかって、倒れている所を見つけたんだ。気分はどう?」
「大丈夫…だと思います…。」
女性はか細い声で返事を返すと、そっとお腹に手を当てる仕草を見せた。
「お腹が痛い?」
「いえ…昨日から何も食べていなくて、お腹が空いたなと思って…。」
「確か向こうの方に木の実があったかも…。ちょっと待っててね。僕が取ってくるよ。ルナはここで、彼女の事を見てて。」
「わかった!気をつけてね。」
2人をその場に残し、来た道を引き返して食べられそうな木の実を探し回った。
「あれ?ルカ。そんな所で何してるんだ?」
「あ、ミグ。木の実を探してたんだ。少しは集まったから、これから戻る所だよ。」
「なら一緒に戻っ…」
「…ー!……けてー…!」
「ルナの声だ!何かあったのかな!?」
「早く戻るぞ!」
再び女性を見つけた場所へ戻ると、ルナの背後に立って首元にナイフを突き立てている女性の姿を見つけた。
「ルナ!」
「ルカ…!」
「お前…なんのつもりだ!」
「あなた達…吸血鬼だったのね。私を助けてどうするつもり!?吸血鬼の領土に連れ帰って、売りさばくつもりなのね!?」
「そんな事するつもりはないよ!倒れている人が居たから助けただけで…!」
「そうやって甘い言葉で、誤魔化そうとしたってそうは行かないわよ!?ここで死ぬなら…こいつも道連れに…」
彼女がナイフを振り上げた瞬間、後ろから現れた別の人物がそのナイフを弾き飛ばした。その隙にルナは女性を突き飛ばし、僕達の元へ駆け寄った。
「人間風情が…吸血鬼を相手に出来るとでも?」
彼女の後ろから現れた人物は、幹部吸血鬼のフランだった。彼は手を振り下ろし、地面に倒れ込んだ女性に向かって剣先を向けた。
「待ってフラン!お願いだから殺さないで!」
「すぐそこで争いが起きてるのに、そんな悠長な事を言ってる場合?」
「彼女はもう武器を持ってないよ!無抵抗の人に剣を振るような事はしないで!」
「…どこまでもお人好しだね。」
彼は剣を鞘に納め、女性の側を離れた。
「さっさと立ち去れ。2度と顔を見せるな。」
「…はい。」
女性はその場から立ち上がり、僕達に背を向けた。
「ところでフラン。どうしてこんな所にいるの?」
「それはこっちが聞きたいよ。君に人を殺せるとは思えないし。」
「じゃあフランは…戦争の為にここに…」
「そう。人間を殺す為に来たよ。」
「…本当に…吸血鬼は……クズしか居ないわね!!!」
「…っ!ルナ!」
その場を去ったかの様に見えた女性が、再び刃物を握りしめて襲いかかってきた。僕が走り出すよりも先に、フランがルナの元へ飛び出し、女性が手にした小刀が彼の肩に突き刺さった。
「っ!?……はあっ!!」
刺された箇所を軸に身体を捻ると、女性に向かって剣を振った。切られた彼女は後ろに倒れ、フランもその場に崩れるようにして膝をついた。
「フラン…!」
「おいフラン!平気か!?」
「うるさいな…。ちょっと刺さったくらいで大袈裟だ…。………っ!」
彼は刺さった刃物を抜き取ると、茂みの中にそれを投げ捨てた。刺された所を手で抑い、苦しそうな表情を浮かべている。
「大した事無くても止血だけはしなきゃ…!ちょっと待ってね。今魔法を…」
「…っ…げほっ!」
彼は口元を手で抑え、口から血を吐き出した。地面に倒れた彼をルナが抱き起こすと、彼の顔は白さを増し顔面蒼白になっている。
「フラン!しっかりして!」
「まさか…毒か?さっきの小刀に仕込まれてたとしたら、それが身体の中に入って…。」
「毒!?えっと…それなら…!“ミラの加護を受けし者。光の精霊と契を交わし、我に力を与え…”」
詠唱の途中で、彼は僕の腕を掴んだ。
「ル…カ……。お前に…頼みが……ある…。」
「フラン!今はとにかく喋らないで!」
「もう…いいんだ…。魔法は…必要…ない。」
「何言ってるの!?良いわけないよ!ちょっと黙っ」
「俺様が…死ぬ前に……フラン…あいつを……人間に…戻してくれ…ないか…?」
彼の口から、予想もしなかった言葉が発せられた。一体どこで聞いたのか、僕が人間に戻る方法を見つけた事を知っているような口ぶりだった。
「なんでそんな…嫌だよ!僕は、どっちのフランも死なせたくない!2人が一緒じゃなきゃ、意味が無いよ!」
「あいつは…俺様のせいで……吸血鬼に…させられた……。あんな…風に…剣を振る奴じゃ…なかったのに……。俺が……あいつを…変えてしまった…。」
涙を流しながら、彼は訴えかけるようにそう口にした。いつも強気で、誰に対しても見下すような話し方をする彼の面影が、少しづつ消えかかっているような気がした。
「お願いだからルドルフ!もう…喋らないでよ…!」
「ルカ…お前にしか…頼めない……。俺の…最後の頼み…一生の……頼みを…叶…え…」
彼女の腕の中で、フランは意識を失ってしまった。魔法をかけてみたが、良くなる傾向は見られず、すぐさま彼を背負ってプラニナタへ転移した。
「オズモールさん!居ますか!?」
研究所にある彼女の部屋に駆け込むと、机に座る彼女の後ろ姿が目に入った。
「ルカくん!?どうしたの急に…。それより、なんでここに?」
「フランを…!か、彼を診てもらえませんか!?お願いします!」
「なんだかわからないけど…とにかく診てみるよ!そこに寝かせてくれる?」
彼をベッドに寝かせると、オズモールさんが彼の様態を確認し始めた。
「辛うじて息はしてるけど、かなり呼吸が弱くなってるね。脈も安定してないから、状態はかなり悪いよ…。」
「彼は助かりますか!?」
「…酷な事を言うようだけど、もう手遅れだね。後は、静かに看取ってあげる事しか出来ないと思う。」
「そんな…。………それなら!彼を人間に戻す事は出来ませんか!?彼も僕と同じ、吸血鬼もどきなんです!」
「彼も吸血鬼だったんだね!確かにそれなら…出来ないこともないけど…。前言った通り、記憶は残らないと思ってくれていい。…それでもやるの?」
「人間に戻して欲しいって…彼が言ってました。最後の頼みを…聞いてあげたいんです。」
「わかった。なら、マコちゃんを呼んできてくれる?部屋にいると思うから…あ、あとゼノくんも!それまで彼を見ておくから、出来るだけ急いで。」
「わ、わかりました!」
2人を連れてオズモールさんの部屋に戻ると、大きな機械が置かれた部屋にフランを運び込んだ。
「彼はそこに寝かせて。ゼノくんは機械のセットをお願い。」
「はいッス!」
「僕も何か手伝えませんか?」
「じゃあルカくんとマコちゃんは、彼の上着と靴を脱がせてくれる?出来るだけ楽な格好にしてあげて。」
「わかりました!」
ローブと上着、靴を脱がせて再び彼を寝かせると、彼女と共に機械の側を離れた。
別室に移動して椅子に腰を下ろすと、その隣に座った彼女が僕の背中に優しく手を触れた。
「ルカくん…大丈夫だよ。きっと先生が何とかしてくれるからねぇ?」
「ありがとうマコ…。」
「あの人は、ルカくんにとって大切な人なのぉ?」
「…うん。僕が初めて吸血鬼になっちゃった時、彼が助けてくれたんだ。隣に立って優しく魔法を教えてくれたり、困った事があった時はすぐに駆けつけて助けてくれた。…本当なら、吸血鬼のフランも……助けたかったのに…。」
言葉の途中で、自然と涙が溢れ出してきた。
吸血鬼のフランであるルドルフは、最後の最後まで僕に心を開いてくれなかったが、自分の死に際になって初めて僕を頼ってくれた。流れる涙を拭いながら、彼に託された人間のフランを、彼の代わりに僕が支えて行こうと強く決意した。
「お待たせ。無事に終わったよ。しばらくしたら、目を覚ますと思う。解毒の処置をして脈も安定したから、身体の方はもう大丈夫だよ。」
「ありがとうございます…!…なんてお礼を言ったらいいか…。」
「お礼なんて要らないよ。ただ…人間に戻す処置を行ったのは彼が初めてなんだ。今の所、異常は見られないけど…上手くいってる事を願うしかないね。」
「そうですか…わかりました。あの…しばらく彼を見ていてもらえませんか?途中で抜け出して来たので、向こうがどうなってるか様子を見に行きたいんです。明日またここに来て、彼を連れて帰ります。」
「うん。わかった。彼の事は私達に任せて、行ってきなよ。」
「ありがとうございますオズモールさん。…お願いします!」
一度プラニナタを離れると、砦に残ったヴェラの元へ向かった。フランが倒れた経緯を説明し、その足でプラニナタへ行った事を話すと、フランをギルドで預かってもらう案を提案された。
すぐさまギルドへ向かって、今度はクラーレさんに経緯を説明すると、彼は快くその案を承諾してくれた。
翌日、プラニナタへフランを迎えに行くと、再びクラーレさんの元を訪ねた。
「いらっしゃいフラン。待ってたよ。」
「フラン~。おかえりなさ~い。」
ギルドの受付で、クラーレさんとシェリアさんが僕達を暖かく迎えてくれた。
オズモールさんの話によると、彼は無事に人間として戻る事が出来たらしい。しかし、想定通り記憶は無くなってしまい、感情の表現は多少あるものの、話をする事は出来なかった。
「フラン。また時間が出来たら、会いに来るからね?」
僕は彼に別れを告げると、彼は何の反応も見せなかった。せっかく仲良くなったと思ったら、また振り出しに戻ってしまったと悲しむべきなのか、彼が死なずに済んだ事を喜ぶべきなのか、僕はまだ心の整理が出来ていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる