42 / 72
黒羽織其の六 妖刀さがし
08
しおりを挟む
八月も十七日を迎えた。
「・・・・・・・・」
その日は朝から騒がしかった。桜祢が消えていったあの日から数日が経過している。
畳屋のおかげで篤之進の部屋も一掃され、井草の匂いが広がっている中で、彼らは何も話すことなく周囲を騒がしている事件に頭を悩ませていた。
めずらしくその席に、お涼と由利乃も座っている。
「人の魂を喰らう妖刀?」
折れていたはずの肩をぐるぐると回しながら才蔵が言う。未だ本調子ではないはずなのに、犬飼の忠告を無視して、彼はがっちりと肩を押さえていた木枠を外してしまった。
それに対して篤之進は渋い顔をしていたが、もう何を言っても聞かぬのだろうと言うのを諦め、せめて無理はしないでおくれよと、彼に再三言い聞かせていたのだった。
「妖刀が人の魂を喰らうなんて初めて聞いたよ。出所は何処なんだい?」
才蔵達の目の前には、篤之進が正座の姿勢で腰を下ろしている。
その時、障子戸が引かれ「失礼します」と、雫が盆に乗せた湯飲みを持って室内に入って来る。彼は皆の前に湯飲みを置くと、一礼して退室してしまった。
その様子を横目で見ながら源太はうーんと首をひねっていたが、やがて街で耳にした噂をポツリポツリと話し始めたのである。
「あれはいつだったか・・深夜に辻斬り騒ぎがありました。あれは三条の池田屋のすぐ近くだったと思います。斬られたのは浪士が三名。いずれも刀を手にしていたのですが・・その惨状は酷いものでした」
「斬りあいなんだろうが・・当たり前なんじゃねえのか?」
才蔵が源太を見る。だが、彼は才蔵のその言葉に黙って首を横に振った。
「ただの斬りあいならば、うちに依頼なんてこねえさ。普通の斬りあいとは違うから、うちに話がきちまったのさ。ねえ。先生」
そう言って源太は篤之進に視線を向けた。彼の表情は沈んだままだ。
それは篤之進も同じだった。
「・・・・刀はどれも、鉄錆びが酷く、刃こぼれを起こしていました。あれでは人どころか、大根すら切れないでしょう・・当然、人が斬れるはずなどないのに浪士が全員斬られていた。それだけではなく、来た人の話では何か野犬の類に食い千切られたように、遺体の損傷は激しかったそうです」
「どっかの腹を空かせた野良犬が、やっちまったとかじゃねえのかよ」
才蔵が問う。再度、源太は黙したまま首を横に振っている。
「三人の持っていた刀はどれも錆びていた。最初から錆びた刀を持ち歩くとは考えにくい。その刀の刃の部分だけが、劣化したように錆びていた刀と、まるで喰われたような遺体の損傷。これを奇怪と言わずしてなんと言いましょう。と言われればそうですねとしか、返しようがありませんでした」
そう源太が言う。
「・・・・・・・・・・」
ううんと何かを考えるように篤之進が唸っているが、その表情は暗く、眉間には皺が刻まれていた。
「・・・・その斬られた浪士の出所が気になります。最近は、京の街も物騒になってきました。奇怪な事件とは別に、七月の二十三日には鴨川で生首が晒されていたそうですし・・・先だっての桜祢さんの件もそうです。そしてこの辻斬り騒動・・・。嫌なことにならなければ良いのですが・・・」
そう言って、彼は湯飲みに口を付けた。
「・・でも、その辻斬りを探すにしたって、どうやって探すんです?」
そう由利乃が問う。
「今回は皆でまとまって行動するのではなく、四方に散って探すのが良いと思います。いつ、どこで辻斬りが起こるか分からない。ならば一人一人が探すしか他ないでしょう」
そこまで言って、篤之進は鉄心をちらりと見た。
急に視線を向けられた鉄心の目が丸くなる。
「鉄君。今回は今までとは違い、貴方も一人で行動してもらうことになります。出来ますか?」
「・・やります」
鉄心は一呼吸置いた後、篤之進の目を真っ直ぐに見つめてそう答えた。
その表情に、篤之進の顔に笑みが浮かび、「そうですか」と呟くと、明日の夜五つ始めるとしましょうと言って、この話を終りにしたのだった。
「・・・・・・・・」
その日は朝から騒がしかった。桜祢が消えていったあの日から数日が経過している。
畳屋のおかげで篤之進の部屋も一掃され、井草の匂いが広がっている中で、彼らは何も話すことなく周囲を騒がしている事件に頭を悩ませていた。
めずらしくその席に、お涼と由利乃も座っている。
「人の魂を喰らう妖刀?」
折れていたはずの肩をぐるぐると回しながら才蔵が言う。未だ本調子ではないはずなのに、犬飼の忠告を無視して、彼はがっちりと肩を押さえていた木枠を外してしまった。
それに対して篤之進は渋い顔をしていたが、もう何を言っても聞かぬのだろうと言うのを諦め、せめて無理はしないでおくれよと、彼に再三言い聞かせていたのだった。
「妖刀が人の魂を喰らうなんて初めて聞いたよ。出所は何処なんだい?」
才蔵達の目の前には、篤之進が正座の姿勢で腰を下ろしている。
その時、障子戸が引かれ「失礼します」と、雫が盆に乗せた湯飲みを持って室内に入って来る。彼は皆の前に湯飲みを置くと、一礼して退室してしまった。
その様子を横目で見ながら源太はうーんと首をひねっていたが、やがて街で耳にした噂をポツリポツリと話し始めたのである。
「あれはいつだったか・・深夜に辻斬り騒ぎがありました。あれは三条の池田屋のすぐ近くだったと思います。斬られたのは浪士が三名。いずれも刀を手にしていたのですが・・その惨状は酷いものでした」
「斬りあいなんだろうが・・当たり前なんじゃねえのか?」
才蔵が源太を見る。だが、彼は才蔵のその言葉に黙って首を横に振った。
「ただの斬りあいならば、うちに依頼なんてこねえさ。普通の斬りあいとは違うから、うちに話がきちまったのさ。ねえ。先生」
そう言って源太は篤之進に視線を向けた。彼の表情は沈んだままだ。
それは篤之進も同じだった。
「・・・・刀はどれも、鉄錆びが酷く、刃こぼれを起こしていました。あれでは人どころか、大根すら切れないでしょう・・当然、人が斬れるはずなどないのに浪士が全員斬られていた。それだけではなく、来た人の話では何か野犬の類に食い千切られたように、遺体の損傷は激しかったそうです」
「どっかの腹を空かせた野良犬が、やっちまったとかじゃねえのかよ」
才蔵が問う。再度、源太は黙したまま首を横に振っている。
「三人の持っていた刀はどれも錆びていた。最初から錆びた刀を持ち歩くとは考えにくい。その刀の刃の部分だけが、劣化したように錆びていた刀と、まるで喰われたような遺体の損傷。これを奇怪と言わずしてなんと言いましょう。と言われればそうですねとしか、返しようがありませんでした」
そう源太が言う。
「・・・・・・・・・・」
ううんと何かを考えるように篤之進が唸っているが、その表情は暗く、眉間には皺が刻まれていた。
「・・・・その斬られた浪士の出所が気になります。最近は、京の街も物騒になってきました。奇怪な事件とは別に、七月の二十三日には鴨川で生首が晒されていたそうですし・・・先だっての桜祢さんの件もそうです。そしてこの辻斬り騒動・・・。嫌なことにならなければ良いのですが・・・」
そう言って、彼は湯飲みに口を付けた。
「・・でも、その辻斬りを探すにしたって、どうやって探すんです?」
そう由利乃が問う。
「今回は皆でまとまって行動するのではなく、四方に散って探すのが良いと思います。いつ、どこで辻斬りが起こるか分からない。ならば一人一人が探すしか他ないでしょう」
そこまで言って、篤之進は鉄心をちらりと見た。
急に視線を向けられた鉄心の目が丸くなる。
「鉄君。今回は今までとは違い、貴方も一人で行動してもらうことになります。出来ますか?」
「・・やります」
鉄心は一呼吸置いた後、篤之進の目を真っ直ぐに見つめてそう答えた。
その表情に、篤之進の顔に笑みが浮かび、「そうですか」と呟くと、明日の夜五つ始めるとしましょうと言って、この話を終りにしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる