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亡き母
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「え?」
「僕ね。母親を事故で亡くして、自分の力に気づいたんだ」
自分の両手を見つめる先輩に、いまだ表情はない。
「6歳の時、僕のわがままで母親を動物園に付き合わせたんだ。弟が生まれて親を独り占めできなくなってたから、その頃はよく甘えて困らせてた。で、帰り道に飲酒運転の車が交差点に突っ込んできて、母は僕を逃がそうとして轢かれて死んでしまった」
あっさりと語る様子は、感情を押し殺しているようだった。
「もうね、自分のせいで死んじゃったって毎日思ってたよ。……それか、一緒に死んじゃえばよかったって。ま、僕は奇跡的に数ヶ月入院しただけで助かっちゃったんだけどね」
無意識にか、先輩は胸元に手を当てている。
「退院してから母の死を知って。それから毎日毎日、母親の仏壇の前で泣いてそのまま寝るような生活だった。僧侶の父に何を説かれても幼心には響かないもんでね。やがて父も僕を慰めるのを諦めて、妻を失った穴を埋めるために仕事に専念していった。小さかった類はまだ母親が死んだっていうのがよくわかってなくて、泣いてる僕のそばで一人遊びするのが日課だった」
仏壇。
菩提寺家に行った時、茶の間に立派な仏壇があったのを思い出した。あの前で幼い先輩は毎日泣いていたのだ。
「ある日、僕はいつものように泣きながら遺影を眺めて『会いたい』って呟いた。そしたら類が突然『おかあさん、いるよ』って言ったんだ」
俺はそれで話の展開を察してしまって、先んじて胃が重くなるのを感じた。
「どこだって聞いたら、縁側に続く窓を指さしてさ。僕、走り寄っちゃったんだよね。そしたら今度は類が『おかあさん、きえちゃった』って大泣きし始めて。僕もパニックでウソ言うなって言い返して喧嘩になって、結局僕だけ父親に怒られて終わったんだけど」
先輩は、ハハと笑いを添える。
自分が無表情だったことに気づいて、慌てて取り繕ったようにも見えた。
「それで……気が付いたんですか、自分の力に」
「……うん。最初は意味がわからなかったけど、実家は寺だからね。類は霊の気配がわかって、僕には霊を消す力があるって説を思いついてからは、いくらでも検証できた。小学校の高学年になる頃には寺にお祓いで来た人たちに声掛けて霊障を解決して、父親に秘密で金もらったりしちゃって。類を言いくるめて加担させてたのが父親にバレてまためちゃくちゃ怒られた」
昔はグレていたという話の全貌が、俺にもわかるように落とし込まれていく。
「それをきっかけに僕は完全に反抗期を発症して、中学3年間はまともに家に帰らず類なしに除霊の実績を積んだ。高校に上がる頃には大口案件も請け負うようになり、留年繰り返してたらマコトくんと出会ったというわけ。父親と一応和解はしてるけど今さら実家戻るのも気まずくてね。成人したし金もあるということで、一人暮らししてるんだ」
前に親は煩わしいけど実家は好きだと言っていた意味がやっとわかった。実家はお母さんとの思い出が残っている唯一の場所なのだ。
お墓を見つめる先輩になんと声をかければいいのか、未熟な俺にはわからない。
「……自分の体質なんて知らなかった。知らなければ普通の人生を歩めてたんだ。今ごろ大学行くか就職するかして。僕のせいで死んじゃった母親が呪いをかけていったんだろうね」
すべてを諦めた声音は物悲しく、俺はかける言葉の正解もわからないうちに口を開いていた。
「そんな、わけないですよ。お母さんは、先輩のおかげで成仏できたはずです」
「どうかな。正直僕は自分に成仏させる力なんてないと思ってる。良いも悪いも全部消して、なかったことにしてるだけで」
否定はできなかった。俺にも除霊と成仏の道理はわからない。
「でも、そんな風に思いながら除霊を続けているのは……自分の力が善だと信じたいからなのかもしれない。何か伝えたくて残っていた母さんを消してしまっただけじゃ、過去の自分を受け入れられないから」
体質は変わらない、と何度も口にしていた先輩は、体質を変えたくて足掻いた過去があるのかもしれない。
そして変えられない体質を受け入れるからには、自分の善性を信じる他ない。
「こんな理由で除霊に付き合わせてごめんね。僕と違ってマコトくんには命の危険すらあるのに。……本当は、マコトくんを心配する類が正しいってわかってる。自分が霊という存在に執着してることも……わかってる。僕に付き合うのが嫌だったら、いつでも降りてくれていいから」
建前などない。先輩は本気で言っていた。
出会ってから今までの出来事が頭の中を巡って、過去と今が重なり静かな波のように感情が広がっていく。
「俺も……ずっと自分の体質が嫌で仕方なかったです。自分だけ恐ろしいモノが視えて、それに取り憑かれて日常生活もままならなくて。でも俺は……先輩と出会って救われました」
普段なら気恥ずかしくて言えなかったかもしれない言葉が、自然と出た。
「悪霊に立ち向かうのは、正直怖いです。憑依されたらどうなるかわからない。でもそれより、俺みたいに除霊を通じて救われる人がいるなら協力したいと思いました」
先輩と出会ってから、俺の生活は一変した。
悪霊の対処法ができて、憎たらしい体質が除霊に一役買うこともわかって。
それはひとえに、俺にとってありがたいことだった。この体がただひたすらに俺を苦しめるだけの呪いではないと、教えられたような気がして。
「だから……まだオカ研を辞める気はありません」
俺は、先輩をまっすぐ見据えて言い切った。
先輩は揺らぐ瞳を細めて俺の手を握ると、表情を隠すように少し俯いた。
「……ありがとう。マコトくんのことは絶対守る。約束する」
返事の代わりに強く握り返した。
しばらく俺達はそうやって手を握り合い、心のざわめきが落ち着くのを待った。
帰る前に俺は先輩のお母さんに手を合わせて挨拶をし、先輩はバスを待つ間、今までの湿った空気を打ち消す笑顔でお札とお守りの解説をしてくれた。
「僕ね。母親を事故で亡くして、自分の力に気づいたんだ」
自分の両手を見つめる先輩に、いまだ表情はない。
「6歳の時、僕のわがままで母親を動物園に付き合わせたんだ。弟が生まれて親を独り占めできなくなってたから、その頃はよく甘えて困らせてた。で、帰り道に飲酒運転の車が交差点に突っ込んできて、母は僕を逃がそうとして轢かれて死んでしまった」
あっさりと語る様子は、感情を押し殺しているようだった。
「もうね、自分のせいで死んじゃったって毎日思ってたよ。……それか、一緒に死んじゃえばよかったって。ま、僕は奇跡的に数ヶ月入院しただけで助かっちゃったんだけどね」
無意識にか、先輩は胸元に手を当てている。
「退院してから母の死を知って。それから毎日毎日、母親の仏壇の前で泣いてそのまま寝るような生活だった。僧侶の父に何を説かれても幼心には響かないもんでね。やがて父も僕を慰めるのを諦めて、妻を失った穴を埋めるために仕事に専念していった。小さかった類はまだ母親が死んだっていうのがよくわかってなくて、泣いてる僕のそばで一人遊びするのが日課だった」
仏壇。
菩提寺家に行った時、茶の間に立派な仏壇があったのを思い出した。あの前で幼い先輩は毎日泣いていたのだ。
「ある日、僕はいつものように泣きながら遺影を眺めて『会いたい』って呟いた。そしたら類が突然『おかあさん、いるよ』って言ったんだ」
俺はそれで話の展開を察してしまって、先んじて胃が重くなるのを感じた。
「どこだって聞いたら、縁側に続く窓を指さしてさ。僕、走り寄っちゃったんだよね。そしたら今度は類が『おかあさん、きえちゃった』って大泣きし始めて。僕もパニックでウソ言うなって言い返して喧嘩になって、結局僕だけ父親に怒られて終わったんだけど」
先輩は、ハハと笑いを添える。
自分が無表情だったことに気づいて、慌てて取り繕ったようにも見えた。
「それで……気が付いたんですか、自分の力に」
「……うん。最初は意味がわからなかったけど、実家は寺だからね。類は霊の気配がわかって、僕には霊を消す力があるって説を思いついてからは、いくらでも検証できた。小学校の高学年になる頃には寺にお祓いで来た人たちに声掛けて霊障を解決して、父親に秘密で金もらったりしちゃって。類を言いくるめて加担させてたのが父親にバレてまためちゃくちゃ怒られた」
昔はグレていたという話の全貌が、俺にもわかるように落とし込まれていく。
「それをきっかけに僕は完全に反抗期を発症して、中学3年間はまともに家に帰らず類なしに除霊の実績を積んだ。高校に上がる頃には大口案件も請け負うようになり、留年繰り返してたらマコトくんと出会ったというわけ。父親と一応和解はしてるけど今さら実家戻るのも気まずくてね。成人したし金もあるということで、一人暮らししてるんだ」
前に親は煩わしいけど実家は好きだと言っていた意味がやっとわかった。実家はお母さんとの思い出が残っている唯一の場所なのだ。
お墓を見つめる先輩になんと声をかければいいのか、未熟な俺にはわからない。
「……自分の体質なんて知らなかった。知らなければ普通の人生を歩めてたんだ。今ごろ大学行くか就職するかして。僕のせいで死んじゃった母親が呪いをかけていったんだろうね」
すべてを諦めた声音は物悲しく、俺はかける言葉の正解もわからないうちに口を開いていた。
「そんな、わけないですよ。お母さんは、先輩のおかげで成仏できたはずです」
「どうかな。正直僕は自分に成仏させる力なんてないと思ってる。良いも悪いも全部消して、なかったことにしてるだけで」
否定はできなかった。俺にも除霊と成仏の道理はわからない。
「でも、そんな風に思いながら除霊を続けているのは……自分の力が善だと信じたいからなのかもしれない。何か伝えたくて残っていた母さんを消してしまっただけじゃ、過去の自分を受け入れられないから」
体質は変わらない、と何度も口にしていた先輩は、体質を変えたくて足掻いた過去があるのかもしれない。
そして変えられない体質を受け入れるからには、自分の善性を信じる他ない。
「こんな理由で除霊に付き合わせてごめんね。僕と違ってマコトくんには命の危険すらあるのに。……本当は、マコトくんを心配する類が正しいってわかってる。自分が霊という存在に執着してることも……わかってる。僕に付き合うのが嫌だったら、いつでも降りてくれていいから」
建前などない。先輩は本気で言っていた。
出会ってから今までの出来事が頭の中を巡って、過去と今が重なり静かな波のように感情が広がっていく。
「俺も……ずっと自分の体質が嫌で仕方なかったです。自分だけ恐ろしいモノが視えて、それに取り憑かれて日常生活もままならなくて。でも俺は……先輩と出会って救われました」
普段なら気恥ずかしくて言えなかったかもしれない言葉が、自然と出た。
「悪霊に立ち向かうのは、正直怖いです。憑依されたらどうなるかわからない。でもそれより、俺みたいに除霊を通じて救われる人がいるなら協力したいと思いました」
先輩と出会ってから、俺の生活は一変した。
悪霊の対処法ができて、憎たらしい体質が除霊に一役買うこともわかって。
それはひとえに、俺にとってありがたいことだった。この体がただひたすらに俺を苦しめるだけの呪いではないと、教えられたような気がして。
「だから……まだオカ研を辞める気はありません」
俺は、先輩をまっすぐ見据えて言い切った。
先輩は揺らぐ瞳を細めて俺の手を握ると、表情を隠すように少し俯いた。
「……ありがとう。マコトくんのことは絶対守る。約束する」
返事の代わりに強く握り返した。
しばらく俺達はそうやって手を握り合い、心のざわめきが落ち着くのを待った。
帰る前に俺は先輩のお母さんに手を合わせて挨拶をし、先輩はバスを待つ間、今までの湿った空気を打ち消す笑顔でお札とお守りの解説をしてくれた。
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