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立花颯
15
病室に一定の間隔で機械音が流れている。
ベッド脇の椅子に腰かけて、俺はその音を出す機械を呆然と見つめていた。ベッドにはたくさんの管と線が繋がれた涼真が横たわり、固く目を閉じている。心拍を教えてくれる機械がなければ、生きているのが信じられないほど白い顔をして。
吉岡に刺された涼真の緊急手術が終わってから、早くも24時間が経とうとしていた。
「ハヤテ。そろそろお前も寝た方がいいよ」
壁際に置かれたソファで仮眠を取っていた頼さんが、起き上がって言った。明確に決めたわけではないが、確かにそろそろ交代の時間だった。丈さんと翔太郎さんは少し前に病室から出て、廊下の長椅子で休んでいるはずだ。
JETの面々は事務所の反対を差し置いて、事件からずっと涼真のそばに控えていた。
「……眠くないから平気。ライさんはちゃんと寝てくださいよ。移動車で休んだらどう?」
車には俺たちと同じく事務所に背いたマネージャー──時折俺たちに食料を差し入れしては、何も言わずに去っていた──が、涼真の目覚めを待っている。
「んなこと言って、ハヤテは一睡もしてないだろ。お前まで倒れたら──」
「俺、寝られないことには慣れてる。……本当に平気だから」
心配してくれた相手に対して嫌な言い方になってしまったが、事実だ。頼さんは俺の次に起き続けていて、その顔は心労と疲弊で限界に見えた。
弱く唸りながら頭をかいた頼さんはしばらく床に目を落としていたが、「……また来る。次こそ交代な」と言って引きずるような足取りで病室を出ていった。
頼さんがいなくなると張り詰めていたものが緩んでしまって、俺はベッドに顔を埋めて息を殺した。
「……っ、リョウマ……」
呼んでも返事はない。
手術は成功したと医者に言われた。しかし、出血が多いために予断を許さないとも言われていた。
(こんなことになるなら、堂々と好きだって言えばよかった)
涼真より先に好きだと言って、公衆の面前でキスでもすればよかった。それで誰にどう思われようと、涼真を失うこととは比べものにならない。
もう今さら、何を夢想しても遅いのだが。
「……罰なのかなぁ」
涼真の想いを利用した俺への。
純粋な想いを、受け入れる度胸もなく踏みにじった卑怯者への。
罰を与えられてもしょうがない体たらくなのは、自分でもわかっている。
「……でも、それなら俺を殺してくれよ……」
自嘲すらできないつぶやきを吐いた時、触れていた涼真の手が動いた気がした。
いや、気のせいではない。顔を上げると指先が動いているのが見えた。俺は途端に大きく息を吸った。
「リョウマ!?なぁ、聞こえるか!?俺──」
「……っ、ハヤテ……?」
ぶつかりそうな勢いで顔に近づくと、涼真はうっすらと目を開けて俺を見る。酸素マスク越しの声は弱かったけれど、俺を呼んでくれたのがわかって視界が滲むのを止められなかった。
「っ、あ、よかった……っ、俺このまま、死んじゃうんじゃないかって……!」
声が上手く出ない。すぐに嗚咽になってしまって、言いたいことも言い切れなかった。
言葉の代わりに手を強く握ると、ゆっくりと握り返される。
「……ハヤテ、ごめん……」
「なんで、あやまんないとなの、俺だろ……っ」
謝られる筋合いなんてなくて、俺はどうにか涙を拭って伝えた。そんな俺を見て、涼真は目を細めて笑顔を作っている。
「やっぱり……俺、どうしてもハヤテが好きだ。だから……これからも好きでいさせてほしい」
俺はせっかく拭った涙が、また溢れるのを感じた。目が覚めて、まず言いたいことがそれなのかと鼻の奥が痛くなる。
「は、お前どんだけいいやつ、なわけ」
流れる涙をそのままに、俺は笑っていた。涼真は本当に俺にはもったいない人間だ。もう何度そう思ったかわからない。
「いいやつ、じゃないよ。俺は……俺は、ハヤテみたいに世間体なんて考えられない。ずっと自分の気持ちばっかりで──」
「退院したら、俺のこと1番最初に抱き締めろ。そしたら俺、リョウマの恋人になるから」
まだうまく動かない口で卑下し始めた涼真を遮断し、俺は一気に言い切った。涙は止まってなくて鼻声だし途切れ途切れになってしまったけど、ちゃんと聞き取れたらしい涼真はワンテンポ遅れて大きく目を見開いた。
「え……」
機械音が心なしか早まる。唖然とする涼真に、俺は重ねて言った。
「俺と付き合いたいなら、リハビリやりまくって1日でも早く退院して。約束」
先程よりは多少マシなトーンで伝えられただろう。嗚咽が収まってきて告白の気恥ずかしさを覚え始めていると、涼真はいまだ目を見開いたまま俺を見ていた。
「え、え……?待って、ハヤテそれって──」
「っ、だから!好きだからリョウマと付き合うって言ってんの!とにかく早く元気になれってこと!わかったか!?」
「わ、わかりました、わかりました!」
術後で頭がボーッとしているであろう涼真を責める気はなかったが、いい加減何度も言うのが恥ずかしくて大きい声を出すと涼真は急いで頷いた。まだ顔色は悪いけど、その慌て方はいつもの涼真で、また涙が出そうだった。涙を隠すついでに涼真の腕に寄り添うように顔を埋める。
「……ほんとに、よかった……っ……」
俺の呟きは病室に静かに響いた。涼真は穏やかに俺を見ていた。
しばらくそうしたままで過ごしてから、俺は医師に涼真の目覚めを告げるためにナースコールを押した。
ベッド脇の椅子に腰かけて、俺はその音を出す機械を呆然と見つめていた。ベッドにはたくさんの管と線が繋がれた涼真が横たわり、固く目を閉じている。心拍を教えてくれる機械がなければ、生きているのが信じられないほど白い顔をして。
吉岡に刺された涼真の緊急手術が終わってから、早くも24時間が経とうとしていた。
「ハヤテ。そろそろお前も寝た方がいいよ」
壁際に置かれたソファで仮眠を取っていた頼さんが、起き上がって言った。明確に決めたわけではないが、確かにそろそろ交代の時間だった。丈さんと翔太郎さんは少し前に病室から出て、廊下の長椅子で休んでいるはずだ。
JETの面々は事務所の反対を差し置いて、事件からずっと涼真のそばに控えていた。
「……眠くないから平気。ライさんはちゃんと寝てくださいよ。移動車で休んだらどう?」
車には俺たちと同じく事務所に背いたマネージャー──時折俺たちに食料を差し入れしては、何も言わずに去っていた──が、涼真の目覚めを待っている。
「んなこと言って、ハヤテは一睡もしてないだろ。お前まで倒れたら──」
「俺、寝られないことには慣れてる。……本当に平気だから」
心配してくれた相手に対して嫌な言い方になってしまったが、事実だ。頼さんは俺の次に起き続けていて、その顔は心労と疲弊で限界に見えた。
弱く唸りながら頭をかいた頼さんはしばらく床に目を落としていたが、「……また来る。次こそ交代な」と言って引きずるような足取りで病室を出ていった。
頼さんがいなくなると張り詰めていたものが緩んでしまって、俺はベッドに顔を埋めて息を殺した。
「……っ、リョウマ……」
呼んでも返事はない。
手術は成功したと医者に言われた。しかし、出血が多いために予断を許さないとも言われていた。
(こんなことになるなら、堂々と好きだって言えばよかった)
涼真より先に好きだと言って、公衆の面前でキスでもすればよかった。それで誰にどう思われようと、涼真を失うこととは比べものにならない。
もう今さら、何を夢想しても遅いのだが。
「……罰なのかなぁ」
涼真の想いを利用した俺への。
純粋な想いを、受け入れる度胸もなく踏みにじった卑怯者への。
罰を与えられてもしょうがない体たらくなのは、自分でもわかっている。
「……でも、それなら俺を殺してくれよ……」
自嘲すらできないつぶやきを吐いた時、触れていた涼真の手が動いた気がした。
いや、気のせいではない。顔を上げると指先が動いているのが見えた。俺は途端に大きく息を吸った。
「リョウマ!?なぁ、聞こえるか!?俺──」
「……っ、ハヤテ……?」
ぶつかりそうな勢いで顔に近づくと、涼真はうっすらと目を開けて俺を見る。酸素マスク越しの声は弱かったけれど、俺を呼んでくれたのがわかって視界が滲むのを止められなかった。
「っ、あ、よかった……っ、俺このまま、死んじゃうんじゃないかって……!」
声が上手く出ない。すぐに嗚咽になってしまって、言いたいことも言い切れなかった。
言葉の代わりに手を強く握ると、ゆっくりと握り返される。
「……ハヤテ、ごめん……」
「なんで、あやまんないとなの、俺だろ……っ」
謝られる筋合いなんてなくて、俺はどうにか涙を拭って伝えた。そんな俺を見て、涼真は目を細めて笑顔を作っている。
「やっぱり……俺、どうしてもハヤテが好きだ。だから……これからも好きでいさせてほしい」
俺はせっかく拭った涙が、また溢れるのを感じた。目が覚めて、まず言いたいことがそれなのかと鼻の奥が痛くなる。
「は、お前どんだけいいやつ、なわけ」
流れる涙をそのままに、俺は笑っていた。涼真は本当に俺にはもったいない人間だ。もう何度そう思ったかわからない。
「いいやつ、じゃないよ。俺は……俺は、ハヤテみたいに世間体なんて考えられない。ずっと自分の気持ちばっかりで──」
「退院したら、俺のこと1番最初に抱き締めろ。そしたら俺、リョウマの恋人になるから」
まだうまく動かない口で卑下し始めた涼真を遮断し、俺は一気に言い切った。涙は止まってなくて鼻声だし途切れ途切れになってしまったけど、ちゃんと聞き取れたらしい涼真はワンテンポ遅れて大きく目を見開いた。
「え……」
機械音が心なしか早まる。唖然とする涼真に、俺は重ねて言った。
「俺と付き合いたいなら、リハビリやりまくって1日でも早く退院して。約束」
先程よりは多少マシなトーンで伝えられただろう。嗚咽が収まってきて告白の気恥ずかしさを覚え始めていると、涼真はいまだ目を見開いたまま俺を見ていた。
「え、え……?待って、ハヤテそれって──」
「っ、だから!好きだからリョウマと付き合うって言ってんの!とにかく早く元気になれってこと!わかったか!?」
「わ、わかりました、わかりました!」
術後で頭がボーッとしているであろう涼真を責める気はなかったが、いい加減何度も言うのが恥ずかしくて大きい声を出すと涼真は急いで頷いた。まだ顔色は悪いけど、その慌て方はいつもの涼真で、また涙が出そうだった。涙を隠すついでに涼真の腕に寄り添うように顔を埋める。
「……ほんとに、よかった……っ……」
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しばらくそうしたままで過ごしてから、俺は医師に涼真の目覚めを告げるためにナースコールを押した。
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