人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ

文字の大きさ
37 / 40
立花颯

13

 ──ガチャン。

 部屋の鍵が閉められる音が響いた。響くほどに室内は静寂で、俺は叫び声のひとつも出せなかった。

(なんで、気づかなかった。なんで、誰も?なんで?どうして、こいつがスタッフにいるんだよ)

 頭の中は堂々巡りで、息はできていないのかし過ぎているのかよくわからない。ただ苦しくて、声が出なかった。
 吉岡は一歩ずつ俺に近づきながら被っていたニットキャップを外して床に捨てる。長かった髪の毛は耳のあたりで切られ、黒かった色は脱色されオレンジがかっていた。

「ねえハヤテ。どう?ちょっとハヤテの好みとは違うよね。ごめんね?長い黒髪が好きだって言ってたのに。でもハヤテに会うために変装する必要があったの。私たちの関係って障害が多いでしょ?困っちゃうよね。でも明日には黒くして伸ばし始めるから安心してね。エクステしてもいいかも。髪切るときに美容師に提案されたの。『切らないとなんですけど彼氏はロングが好きで』って言ったら『エクステしたらどうですか~』って。やってみようかな?すぐハヤテの好きなロングに戻れるし、その方がハヤテも嬉しいよね?」

 何を言ってるのか分からなかった。聞こえていたけど俺の頭は吉岡の言葉を聞いていられなかった。顔を見ていられない。俺は握られたナイフを凝視したまま、硬直した脚をどうにか動かして後ずさった。

「ねえ?ハヤテも嬉しいでしょ?」

 俺の返答がないことに苛ついたのか、吉岡が声を大きくした。もう耳を塞いで座り込んでしまいたい。吉岡の舌が全身を這う感覚が蘇ってくる。

「ハヤテ疲れてるんだね。そうだよね、事務所にこき使われて大変だもんね。JET脱退したほうがいいよ。私他の雑魚とハヤテが一緒にいるの耐えられないし。特にリョウマね。あいつ格下のくせに人気メンのツラしてハヤテと並んだ気になってんの何様?調子乗りすぎなんだけど!」

 俺を労わるような声音は怨嗟に変わって、吉岡は怒りのままに床を踏み鳴らした。情緒が秒単位で切り替わって次の瞬間に切りつけられてもおかしくない。恐怖で身体は動かない。
 しかし同時に俺は、吉岡の顔から目をそらすことをやめていた。折れていた心が、涼真の名前に反応していた。

「ハヤテからもリョウマのやつに言ってやってほしい。嫌いでしょ?ハヤテもあいつのこと」

 目が合ったのが嬉しいのか、吉岡は声を弾ませた。

(……好き勝手、言いやがって)

 堂々巡りだった思考が動き始める。俺は何をすべきなのか、言うべきなのか。息を吸って吐いて脳に酸素を送る。

「……俺を……脱退させるのが、目的、ですか……?」

 掠れていたし消えそうな声だったけど、俺は吉岡に話しかけていた。

「違うよ、私はハヤテに会いたかっただけだよ。会って愛し合うために。当たり前でしょ?恋人同士なんだから。本当はもっと早く会いに来たかったけど、ハヤテの周りって私たちを邪魔するウザいのが多いでしょ?引き裂かれるわけにはいかないから慎重に行動したの」

 俺に近づいた吉岡の手元でナイフが光る。
 まず凶器をどうにかしなければ。こいつは俺が意のままにならないなら、結果的に俺が死んでも仕方ないと思っている。

「……俺の恋人ならさ、刃物しまってよ」

 吐き気を抑えて妄想に付き合う俺を見て、吉岡はにやけながら両手で顔を覆った。

「でもハヤテいたずらっ子だから。急に逃げたりするでしょ?」
「逃げないよ。俺たちは愛し合ってるんだから必要ない。そうだよね?」

 まだ震える声で無理やり言った。聞いていられないほど下手な言い方だったが、吉岡は飛び跳ねて喜んだ。年齢にそぐわない痛々しい動きで距離を詰めてくる。

「わかった。ごめんね、ごめんね?私心配性なの。ハヤテが逃げるわけないよね。会いたかったのはハヤテも同じなのに」

 ナイフをパンツのヒップポケットにしまって、吉岡は俺の腕を掴んだ。掴まれたところから一気に鳥肌が立ち、冷や汗が出る。ゴキブリが腕に乗っているような嫌悪感だった。

「キスしよ?ううん、キスして?ハヤテ。ハヤテからしてほしいの。いつも私からでしょ?」

 顔を近づけて上目遣いをした吉岡の要求に、戻ってくる胃酸をどうにか飲み込んだ。従ったほうがいいと自分に言い聞かせる。

「……目、瞑ってほしいな」
「恥ずかしがり屋さんだよね。かわいい」

 唇を指で触った吉岡は素直に目を閉じた。
 俺は吉岡の頭を撫でながらズボンに入っているスマホを取り出した。涼真からLINEの返信が来ている。送った店の感想を無視して通話ボタンをタップした。

(早く、早く!頼むリョウマ……!)

 スマホを持つ手が震える。吉岡が今にも目を開けるのではないかと、心臓が破裂しそうなほど脈打った。

『もしもし?ハヤテ、どうし──』
「リョウマ!?吉岡がッ──っ、ぐ!」

 通話が始まると同時に俺は叫んだ。目を見開いた吉岡が俺の手を掴み、スマホを投げ飛ばす。扉に当たり床を滑るスマホを追いかけようとする俺に吉岡が襲いかかり、俺は床に倒れ込んだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

続・聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
『聖女の兄で、すみません!』(完結)の続編になります。 あらすじ  異世界に再び召喚され、一ヶ月経った主人公の古河大矢(こがだいや)。妹の桃花が聖女になりアリッシュは魔物のいない平和な国になったが、新たな問題が発生していた。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

ギャルゲー主人公に狙われてます

一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

隣に住む先輩の愛が重いです。

陽七 葵
BL
 主人公である桐原 智(きりはら さとし)十八歳は、平凡でありながらも大学生活を謳歌しようと意気込んでいた。  しかし、入学して間もなく、智が住んでいるアパートの部屋が雨漏りで水浸しに……。修繕工事に約一ヶ月。その間は、部屋を使えないときた。  途方に暮れていた智に声をかけてきたのは、隣に住む大学の先輩。三笠 琥太郎(みかさ こたろう)二十歳だ。容姿端麗な琥太郎は、大学ではアイドル的存在。特技は料理。それはもう抜群に美味い。しかし、そんな琥太郎には欠点が!  まさかの片付け苦手男子だった。誘われた部屋の中はゴミ屋敷。部屋を提供する代わりに片付けを頼まれる。智は嫌々ながらも、貧乏大学生には他に選択肢はない。致し方なく了承することになった。  しかし、琥太郎の真の目的は“片付け”ではなかった。  そんなことも知らない智は、琥太郎の言動や行動に翻弄される日々を過ごすことに——。  隣人から始まる恋物語。どうぞ宜しくお願いします!!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。