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学院編:オヴェルニー学院

【136話】話を聞くこと

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「お兄さま!カーティス先生との戦い、お見事でした!」

カーティス先生との実践を終え、汗だくになったアーサーに王子が駆け寄った。

「あれ?ウィルクまだ見てくれてたの?ありがとう」

「はい!一緒に食堂へ行きましょう!」

「うん。行こうか」

王子はアーサーの手を引きながら食堂へ向かった。すっかり可愛らしい弟になったウィルクにアーサーの目じりが下がる。食堂にはすでに大勢の生徒たちが集まって食事をとっていた。ウィルク王子はいつもの席へ座り、用意されている食事に手を付ける。アーサーもおいしそうに頬張った。

「うっ…」

急にウィルク王子が口元を押さえた。顔が真っ青で冷や汗をかいている。アーサーは慌てて王子の背中をさすった。

「ウィルク?!どうしたの?!」

「分からない…なんだか、気持ちが悪い…。吐きそう」

「…他に症状は?」

「おなかがいたい…」

「何を食べましたか?」

「肉と、野菜と、オレンジジュース…」

アーサーはそれらを口に含んだ。

「!」

肉を食べたとたん、王子と同じ症状がアーサーを襲う。

(軽いものだけど…間違いない。毒だ…王子の食べ物に毒だって?誰がこんなことを…)

アイテムボックスからエリクサーを取り出し王子に飲ませながら、アーサーはあたりを見回した。ちらちらと王子の様子を伺っている生徒たちが目に入る。

(あの子たち…ウィルクの取り巻きだ…)

「ありがとうございますお兄さま。気持ち悪いのがなくなりました。でも、急にどうして…」

「少しお肉の鮮度が落ちていたみたい。これからは僕がウィルクの食べる物を先に味見して、ちゃんと腐ってないか確認するね」

「そんなことお兄さまにさせられません…」

「いいんだ。君は僕の大事な弟なんだから」

誰にも聞こえないようウィルク王子の耳元でそう囁くと、王子は嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。アーサーに抱きつき「ありがとうございます!」と言った。

「お兄さま!ずっと学院にいてください!僕はもうお兄さまと離れたくない!」

「僕もだよウィルク。でも、僕は今年度でここから出ないといけないんだ。君がここを卒業するとき会いに行くから、それまで待ってて」

「はい!!」

食事や入浴を終えたウィルクは、今までの癖で窓の前で跪きお祈りをしそうになりハッとした。その様子を見たアーサーが「どうしたの?」と声をかける。王子は兄の顔を見て泣きそうな顔で笑った。

「今まで僕は、天国にいるアウス様とモリア様に祈りを捧げていました」

「そうだったの?!」

「はい…。ヴィクスお兄さまからお二人が生きていると聞いてはいましたが、その…お兄さまは少し変になっていたので…信じていなかったんです。アウス様とモリア様は、こんな近くにいらっしゃったんですね」

「ウィルク…」

「月に祈る必要はなくなった。だってアウス様とモリア様はここにいるんだから」

そう言いながらウィルクはアーサーに抱きついた。アーサーが弟の頭を優しく撫で、抱きかかえてベッドまで連れて行った。布団をかけてあげると、寝るまで手を握って欲しいと甘えた声を出した。アーサーが盲目になった時にモニカがしてくれたように、優しくポンポン叩きながら子守唄を歌った。今まで誰にも甘えられなかった分を取り返すように、可愛らしい我が儘を言うウィルク。ここにいる間はたくさん甘えさせてあげたいなあとウィルクのウトウトしているところを眺めながら微笑んだ。

ウィルクを寝かせたあと、アーサーは談話室でお喋りしている取り巻きたちに声をかけた。

「ねえ、君たち」

「あ?なんだアーサー」

「王子の子守、おつかれさま」

嫌味たっぷりに言う取り巻きの言葉を無視して、アーサーはスッと短剣を取り出した。

「ひっ?!」

「ねえ、どうして王子の食べ物に毒を混ぜたの?」

「なっ!なんのことだ!そ、そんなの知らねえ!」

「もう分かってるんだよ、君たちがやったって。証拠も取れてる」

もちろん証拠なんてない。口から出まかせだ。だが彼らにそのハッタリは効果てきめんだった。王子へのいやがらせにあまり乗り気じゃなかった子が主犯に食って掛かった。

「だからやめとけって言ったんだよ!」

「なっ!最終的にはお前だってやろうって言ってたじゃねえか!」

「責任のなすりつけ合いはしなくていいよ。みんな同罪なんだから。王子に毒を盛ってただですむと思う?」

「ひぃっ…」

「だ、だって!はらが立ったんだ!!今までさんざん良いように俺たちのことを使ってきたくせに、アーサーの事が気に入った途端俺らのことはポイだ!!」

「お前ら」

階段の方からウィルク王子の声がした。眠りが浅く、大声で目が覚めて途中からアーサーたちのやりとりを聞いていたのだろう。怒りに満ちた顔をしている。アーサーは心の中で舌打ちをしながらどうしたらこの場を収められるのか必死に頭を回転させた。

王子はゆっくりと階段を降り、主犯の生徒の前で立った。彼を見おろしながら背筋が凍るような冷たい声で問いかけた。

「僕に毒を盛ったのか?」

「あっ…あっ…」

王子にバレてしまった。殺される、一族もろとも殺される、と全員が絶望した。ウィルクはアーサーに目を向けた。先ほどの甘えた可愛らしい弟の顔ではなく、以前の冷酷非情な王子の顔に戻っている。

「アーサーは気付いていたんだな。どうして僕に本当のことを言わなかった?」

「言ったら彼らの首が飛ぶと思ったからです。今までのあなたならそうしていました。ですがそれは間違いだったと後悔しています。なぜならあなたは以前とは違う。すぐに処刑をしてしまうような冷たい王子ではなくなったからです」

「……」

アーサーの言葉に王子は唇を噛んだ。本当なら今すぐにでも彼らを処刑してやりたい。だが兄が遠回しにそれはするなと言っている。兄を失望させたくない、でもただ見逃すのは腹の虫がおさまらない。どうしたらいいか分からずウィルクは黙り込んだ。アーサーは弟に意図が伝わり内心ほっとする。これだと自分の言葉は聞いてくれそうだとウィルクに優しく話しかけた。

「ウィルク、こういう時、僕だったらどうすると思う?」

「…分からない。首をはねる以外になにかある?」

「まず話を聞きます。なぜこんなことをしたのか」

「じゃあ、聞こう。お前たち、なぜこんなことをした?死にたかったのか?」

「ヒィィィ!!」

「さあ話して。正直にね」

「…話したら、首が飛ぶ」

「話さなくても飛ぶよ。話して」

「…僕は、王子に濡れ衣をきせらせました。アーサーのアイテムボックスを盗むよう命令されたときです。あなたに命じられてやったことなのに、ジュリア姫にバレたくないからと、僕の犯行にされました。そんなことまでしたのに、最近はアーサーとばっかり話して、俺たちのことなんて忘れたみたいに振舞われて、はらがたって…それで…」

「それで、毒を盛ったのか。そうか」

王子はどかりと向かいのソファへ座った。

「アーサー、聞いたぞ。次は何をしたらいい?」

「この話を聞いてどう思いましたか?」

「王子の汚名を被るのは臣下だったら当然だろう。それに、より優秀な人と共に過ごすことの何が悪いんだ。言っている意味が分からない」

「…僕だったらどう考えると思いますか?」

「そもそもアーサーはこんなことしないだろうから分からない」

「ということは、ウィルクは自分がやったことが少しは良くないことって自覚があるよね」

「……」

「ウィルク。自分が王子だということを一回忘れてもう一度考えてみて。そして、された人の気持ちになって考えてあげて」

「…まあ、気分がいいことではないだろうな」

「そうだね。確かに彼らは首が飛ぶようなことをした。でも、君も、彼らに辛い思いをさせていまっていたのは本当のことなんだ。これについては、ウィルクもこれから気を付けようね」

「うん…」

「彼らは将来君を支えてくれる大切な貴族なんだよ。彼らに嫌われてどうするの?政治は一人でできないよ。ウィルク、今回のことで分かったよね。今日のことは、ウィルク自身が原因で命の危険が及んだ。…血とか生まれとか関係なく、君自身がしてしまったことでね」

「……」

次にアーサーは取り巻きたちに厳しい目を向けた。

「君たちも、将来の国王になんてことしているんだい?君たちの使った毒は本当に軽いものだったから、ちょっとしたイタズラ心でやったことは分かってる。でも万が一それで王子が死んでしまってたらどうするつもりだったの?それに君たちは毒を盛るなんて姑息なことをして、自分の家に泥を塗ったんだよ」

「……」

アーサーの言葉になにひとつ言い返せず、取り巻きたちは黙り込んだ。自分たちがしてしまったことの重さに全員が顔を真っ青にして体を震わせている。アーサーはウィルクの前に跪いた。

「ウィルク、僕からのお願いだ。今回だけは彼らを見逃してあげてほしい」

「っ!お顔を上げてくださいお兄さま!!」

「ウィルク、お願い」

「お兄さまがそう言うなら…。だから、僕に跪くのはおやめください…」

「ありがとうウィルク。…君たち、今後こんなことをしたら、次は容赦なく首をはねるからね」

「…はい」

「王子に見捨てられたと思って、寂しかったんだよね。大丈夫、君たちがこの学院で生活している間王子を支えてくれたことは、きっと彼が国王になっても忘れないはずだよ。だから、これからも王子を大切にしてあげて。…ウィルク、もう寝よう。ごめんねびっくりさせちゃって。もう大丈夫だから」

「うん…」

アーサーはウィルク王子の手を引き寝室へ入って行った。残された取り巻きたちは呆然と立ち尽くしている。

「…アーサー、何者なんだ…?」

「あの王子の怒りをおさめた…」

「首をはねられずにすんだ…」

「はぁ…もう、二度とやめよう…王子にたてつくとか、どうかしてた…」

その日から、ウィルク王子はアーサーの教えのもと、気に入らないことがあってもまず相手の話を聞くようになった。彼らの話で納得することもあれば、それでも苛立ちがおさまらずアーサーに相談することもあった。相手の気持ちになって考えることを1年かけて教えたおかげもあり、ウィルク王子が学院を卒業するころには、彼を心から慕う生徒たちがまわりを囲んでいた。
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