【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco

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淫魔編:フォントメウ

【195話】シャナの家族

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シャナの実家は町の外れにぽつんと建っていた。庭にはほのかに光を帯びている花が植えられている。雪も降っていないのに、蛍のような灯が家の周りに漂っていた。フォントメウの幻想的な街並みに、まるで夢の中にいるようだとアーサーは思った。

「さあ、入って」

シャナが玄関の扉を開けてアーサーを招き入れる。おそるおそる中へ入ると、シャナによく似た夫婦が食事をとっていた。男性はシャナとユーリを見てから、アーサーとモニカに目を移す。女性は盲目のようだった。静かにフォークをテーブルに置き、シャナたちがいる方向へ顔を向けやんわりと微笑みを浮かべた。

「おかえりなさい。そしていらっしゃい」

「これまた急な帰省だねシャナ?カミーユと喧嘩でもしたのかい?」

「あらやだおじいさま。そんなことじゃないって分かっているんでしょう」

「ただいまひいおじいさま、ひいおばあさま」

「おかえりユーリ。また背が伸びたわね」

「……ん?!」

ぼんやりと4人の会話を聞いていたアーサーが夫婦を二度見した。シャナとほとんど同じ、30歳前後の見た目をしているこの夫婦のことを、シャナは今「おじいさま」と呼んだ。ユーリにいたっては「ひいおじいさま」と。

(シャナって300歳以上だよね…?シャナのおじいさんとおばあさんってことは…え?!一体何歳なの?!どうしてこんなに若くて綺麗なの?!エルフってすすすすごい…!!)

視線を感じた夫婦は「?」とアーサーに視線を返す。

「シャナ、このヒトの子たちはどなた?」

「アーサーとモニカよ。アーサー、こちら私の祖父のツェンと祖母のフェゥよ」

「よ、よろしくお願いします」

「おじいさま、おばあさま。しばらくここにいさせてちょうだい。この子たちも一緒に」

「アーサーと…」

「モニカ…」

二人は双子の名前を復唱し、ちらりとシャナを見てから再び双子に目を移す。ツェンが寂し気な表情を浮かべてアーサーに尋ねた。

「…この町でさえ本名を名乗れないのかい?」

「…ご、ごめんなさい」

「おいでなさい。アーサーを名乗る少年」

「…?」

ツェンに手招きされたアーサーは、戸惑いながら彼に近づいた。彼はアーサーの両頬に手を添え、じっと灰色の瞳を覗いた。そして静かに涙を流す。

「?!」

「…悲しい瞳をしているね。つらいことばかりをその目に宿して…」

「や、やめて…記憶を見ないで…」

「見ていないよ。勝手に覗き見るなんてそんなことしないさ」

「シャ、シャナ……」

「私たちは君にこわい思いなんてさせない。だから怯えないで」

「……」

「本当の名で君を呼べないのは残念だが…。アーサー、ゆっくりとしていくといいよ。君はくたびれすぎている。フォントメウで少しでも多くの癒しを求めなさい。他の誰でもない、自分自身のために」

「…?」

「そしてモニカ…。全身を穢れで覆われた少女。シャナ、一刻も早く清めてあげなさい。彼女は目覚めたがっている。愛する兄に会いたくて…ふふ。必死に暴れているよ」

「モニカ…」

ツェンがアーサーから手を離すと、次はフェゥに手招きされた。フェゥはアーサーの手を握り、優しくさする。

「いたいのいたいの、とんでいけ」

「…あれ…?」

フェゥがまじないと唱えると、アーサーの胸がふっと軽くなった。フェゥは穏やかな顔をして泣いている。

「…少しは楽になったかしら?」

「はい…。胸がなんだか軽くなりました。でも、どうして…」

「ふふ。秘密」

「アーサー、今日は疲れたでしょう?もう休みましょう」

老(?)夫婦と挨拶を済ませたあと、シャナがアーサーの手を引いてふかふかのベッドがある部屋へ案内した。あとからユーリがはちみつ入りホットレモネードを持って入ってくる。二人にそれを手渡し、アーサーの頬におやすみのキスをした。

「モニカのことは任せておいてね。アーサーは母さんにゆっくり癒してもらって」

「う、うん。ありがとう、ユーリ」

「おやすみなさい」

ユーリが出て行ったあと、ホットレモネードを飲みながらシャナとしばらくの間話をした。

「なんだか不思議なところだね。場所も…人も」

「ふふ。変わり者が多くてびっくりしたでしょう?」

「変わり者と言うより…やっぱり不思議。ヒトじゃなくて精霊と話してるみたい」

「そうね。どちらかと言えばそうかもしれない。大人になってもフォントメウで暮らすエルフは、騒々しく不純物が多いヒトの世を嫌い、静かで清らかなここをこよなく愛しているの。常に澄んだ精気に満ちていて、神の加護に包まれた町。精霊の森に住まうそれとよく似たものね」

「えへへ。やっぱり」

「清らかなものにしか触れたことがないから、フォントメウのエルフは穢れにとても弱い。今のモニカに触れただけできっと皮膚が溶けてしまうわ。だからエルフは穢れを嫌い、恐れるの。…この町に入るとき、そして町を歩いているとき…いやな気持にさせてしまったわよね。ごめんね」

「ううん。だってそれでも最終的にこの町に入れてくれたもん。あの人は本当のことを言っただけで、別に意地悪な人じゃないって分かってるよ。町の人たちも、僕たちをみて嫌なかおをしていたけれど、出て行けなんて誰も言わなかった。優しい人たちだと僕は思ったよ」

「あなたは本当に…聡く心優しい子ね」

ホットレモネードを飲み終えた二人はベッドに潜り込み話を続けた。シャナはアーサーをそっと腕で包み込み、背中を優しくポンポン叩く。アーサーの体から力が抜けていく。頭にこびりついて離れないいやな記憶が奥に引っ込んでいくような感覚がした。

「…ねえシャナ」

「なあに?」

「どうしてみんな、僕が偽名を使ってるって分かったの?」

「エルフにはね、ヒトには見えないことがたくさん見えているのよ。そして偽り事にとても敏感。嘘をつけばすぐに感じ取ってしまう。特にエルフにとって名はとても大切なものだから」

「そうなんだ…」

「ええ、そうなの」

「町に入るときに出てきた男の人はだあれ?」

「マーニャ様ね。あの方は審判よ。この町に外部の者が入ろうとしたとき、彼が可否を判断する。フォントメウで最も優れた目を持っている、この町で最も長い時間を生きてきたエルフ。1000歳以上だとおばあさまは言っていたわ」

「せ、せんさい…」

「彼は神獣を愛していて、ヒトのことはあまり好きじゃないの。ヒトは…魔物と縁が深すぎるから」

「あ、そうだシャナ。マーニャさまが言ってた、僕が魔物を使役してるってどういうこと…?僕は本当に魔物なんて使役してないよ。ほんとうだよ」

「ええ。それが私も気になっているのよね。あなたが魔物を使役していたら、さすがに私にだって見えると思うの。…確かにあなたから微かに魔物のにおいがするけれど、それは今までたくさんの魔物を倒してきたからだと思うのよねえ…」

「え”っ!?僕から魔物のにおいがするの?!」

「私の家族やマーニャ様くらいにしか分からないくらいのほんのちょっとだけね。ヒトにはもちろん、ここに住まうエルフでさえ気づくものは少ないわ」

「うぅ…それでもいやだなあ。明日ごしごし体洗おう…」

「ふふ。洗っても取れないものだけどね」

「ええー…」

「でもマーニャ様が見誤るなんてことはない…。どういうことなのかしら…。私にはさっぱり」

「落ち込むなあ…」

「あなたが気にする必要はないわ。本来魔物を使役するヒトの目は濁っている。それに攻撃的になって何かしらの命を奪いたい気持ちに駆られるの。あなたの目は澄んでいるし、性格も穏やかよ。魔物を使役しているヒトには到底見えない」

「そうだと良いけど…」

「きっとそうよ」

「…あとね、さっきシャナのおばあさんが、手をさすってくれたら胸が軽くなったんだ。おばあさん、僕に何かしてくれたの?」

「ええ。あれがおばあさまの加護魔法よ」

「すごいね!どんな加護魔法なの?」

「秘密。さあアーサー、次は私の加護魔法の出番。今からあなたにかけるわよ。頭がぼんやりしちゃうけど、明日になればすっきりよ」

「ちょっと緊張するなあ」

「ふふ。じゃあいくわね」

「あ…」

シャナの手が淡く光りじんわりと熱を帯びた。突然訪れた睡魔にあらがらえず、アーサーの目がとろんと落ちる。すぐに寝息を立て始めた彼を抱きしめ、空が明らむまでシャナは加護魔法を与え続けた。

◇◇◇

「…フェゥ、まだ涙が止まらないのかい?」

老夫婦の寝室で、震えながら泣いているフェゥの背中をさすりながらツェンが声をかけた。フェゥは無理矢理笑顔を作って「まだしばらくは」と答えた。

「あの子の苦しみは、私が思っていた以上だったみたい。よくこの苦しみに耐えていたものだわ」

「君が苦しさを肩代わりしたことで、彼もすこしは楽になっただろう。…だがあまり無理をしないでおくれ。今度は光を失うだけではすまないかもしれないよ」

「分かっているわ。でも…取り除いてあげたかった」

「分かるよ。…彼は、あまりに多くのものを抱えすぎている」

「きっと大丈夫。あの子は一人ではないから」
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