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初夏編:田舎のポントワーブ

【365話】過保護

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アーサーとモニカは一週間カミーユたちと田舎で過ごした。農家から毎日取れたての野菜がカールソン宅に届けられ、カトリナとリアーナがそれで料理を作るのでとてもおいしい。そこに新たにブグルの牛肉とチーズ、ミルクが届けられるようになり、食卓がさらに華やいだ。

滞在中、マイセンさんのプラム酒はあっという間に底を尽き、追加で購入した時にマイセンさんが本気で彼らの健康を心配していた。ピクルとも一度会ったが、そのときはもうアーサーがモル、モニカがアンジェラに変装していたので、バレることはなかったものの彼女は少し違和感を抱いていたようだった。

「よし、じゃ、帰るか」

一週間目の夕方、帰り支度を済ませたカミーユが残りのメンバーに声をかけた。全員が頷くと、玄関のドアを開けてベニートが手配してくれた馬車に乗り込む。馬車の中でモニカはカミーユに尋ねた。

「カミーユたちはもう変装しないの?」

「ああ。中心地へ戻ったらいつもの恰好で生活をする」

「もう隠れなくていいの?」

「あー。隠れはしないがこっそり過ごすな。帰って来たことがバレるのはできるだけ遅い方がいい」

「冒険者ギルドにもバレるまで顔を出さないよ」

「冒険者服じゃなくて普段着でいたら案外バレないのよォ。カミーユはすぐにバレちゃうけど」

「ゴリラだからな!!!」

「るっせ!」

「ま、冗談抜きでカミーユ以外はなかなかバレないと思うよ。リアーナは髪型が変わってるし、カトリナは首元のアザができたし、僕は今までも目立たないタイプだし。だからカミーユ、君はできるだけ家でダラダラしててね」

「はぁ…退屈だな」

「ずっと寂しい思いをさせていたシャナとユーリとたくさん一緒に過ごしたらいいわァ」

「だな。…見ない間にユーリの背が伸びて、立派な薬師になってやがった。子どもの成長ってのは早いぜ」

カミーユはユーリに思いを馳せて顔をほころばせた。早く会いたいのかソワソワしている。その様子を、双子はニコニコ、カトリナもニコニコ、ジルはかすかに微笑んで、リアーナはニヤニヤと見守っていた。まわりの視線に気が付いたカミーユはハッとして、カトリナたちに尋ねた。

「カトリナ!お、お前は実家に戻らなくていいのか?おやっさん寂しがってるだろ」

「ええ。合宿が終わったら帰省するわァ。いいかしら?」

「いいぞ。っていうか今のうちに顔見せといてやれ。親父さんによろしくな」

「ありがとう。リアーナは?ついてくるゥ?」

「行く!!」

「じゃあ一緒に行きましょう」

「やったー!!」

カトリナとリアーナが戯れているところを眺めながら、ジルはボソリと呟いた。

「合宿が終わったら僕も実家に戻ろうかな」

「え?」

「は?」

「はぁ?!」

「?」

ジルの帰省発言にカトリナ、カミーユ、リアーナは驚いて声をあげた。実家に戻ることがそんなに驚くことなのかと双子が首を傾げる。

「どうしてみんなそんなびっくりしてるの?」

「ジルが実家に帰るのそんなに珍しいの?」

「あ、いや…」

カミーユは慌ててごまかそうとしたが、まだ動揺しているらしくうまく言葉が出てこない。いつもならすぐにフォローを入れるカトリナもそんな余裕はなさそうだった。ジルだけがいつもどおり無表情で、双子の質問に答えた。

「うん。実家に戻るのは13年ぶりだね。15歳の頃に家出したから」

「家出!?」

「そう。家出。うちの家スパルタだったから嫌になって出て行ったんだ」

「そうだったんだ…」

「カミーユとはいつ知り合ったの?」

「カミーユとは19歳くらいの頃だっけ?家出してるときにカトリナに拾われて、カトリナがカミーユとパーティ組むってなったときに僕も入れてもらった。カミーユとはそこからの付き合いだね」

「懐かしいな…。あんときのお前は…いや、なんでもない」

「じゃあ、カトリナはジルのおかあさんみたいな存在なの?!」

「あらァ。私とジルってそんなに歳が離れてるように見えてるのかしらァ?」

「ひぃっ…」

「おかあさんというよりお姉さんだね。あのときはほんとに良くしてくれた。カトリナにも、カトリナのご家族にも」

「そうだったんだね…」

出会って5年が経った今、アーサーとモニカははじめてジルの過去を少し知った。寡黙なジルは自分のことをほとんど話さない。それがどうしてか今日は妙に饒舌だった。

「まあそういうわけで普段は実家になんて顔を出さないんだけど。ちょっと気になることがあるから久しぶりに帰るよ」

「…大丈夫なのか?」

「分からないけど。死なないように気を付けるよ」

「死っ…?!」

「あんまり無理しないでねェ。危なくなったらすぐに逃げてきなさい。間違っても寝ちゃだめよ…?」

「うん。寝るわけない」

「おいジル…。あたしついて行こうか…?あたしがいたらちょっとは…」

それまで静かに話を聞いていたリアーナがおそるおそる声をかけたが、最後まで話し終える前にジルに首を振られた。

「やめて。リアーナまで危険に晒したくないし。大丈夫だよ。ありがとう」

「でも…」

「大丈夫だから。みんな過保護すぎ」

ジルはそう言ってクスクス笑った。その控えめな笑顔がどこかとても嬉しそうだったように双子は感じた。アーサーとモニカは、心配そうにジルの袖を引っ張った。

「ジル…。よく分からないけど…」

「ちゃんと元気に帰ってきてね…?」

「うん。ありがとう。ちゃんと帰ってくるよ。だからアーサーとモニカも、僕が帰ってくるまで元気でいてよね」

「うん…?」

「合宿が終わったらポントワーブには俺一人か。こりゃあ気を抜けねえなあ。おいアーサー、モニカ。俺の目の届かないところに行くんじゃねえぞ?」

カミーユは「どうせ言うこと聞かねえだろうが」とボソボソ呟きながら葉巻を吸い始めた。それからカミーユがずっとグチグチと双子が今までやらかしたことを呟き続けたので、アーサーとモニカはプゥと頬を膨らませた。

「カミーユぅ!そんなねちねち言わないでよぉぉ!」

「つったってお前らはよぉ、あんだけやるなっつったのに吸血鬼事件のときだって勝手に…」

「もぉぉぉっ!カミーユの過保護!過保護ー!!」

「ちげぇ!お前らに関しては過保護とかじゃねえよ!お前らがとんでもねえからだなあ!」

「カホゴぉー!!」

ジルが先ほど言った「過保護」という言葉が気に入ったのか、アーサーとモニカはそれを繰り返し使った。彼らが言い合いをしている間に中心地のはずれに馬車は止まった。いつもなら家の前まで送ってくれるのに、とふんわり疑問に思いながら、アーサーとモニカは愛しの我が家へ帰った。
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