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イベントストーリー:太陽が昇らない日

思いがけない出会い

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恰幅の良いおばさんにお菓子をもらったあとも、双子は町中を歩き回り大人たちにお菓子の袋詰めをたくさんもらった。二人の仮装は不気味さと可愛らしさが上手に調和しており大人たちに好評だった。途中からは合言葉を言わなくても、大人の方からお菓子を渡しに来たほどだった。

「10年分のお菓子をもらっちゃったかもしれないねー!!」

「うん!こんなに食べたらまたおにくついちゃう…」

「おにくじゃなくてあぶら…」

「アーサー、それ以上言ったらカチコチにするからね」

「はい」

モニカの冷気を感じアーサーがスンっと真顔になった。女の子にとって「あぶらみ」は絶対に言ってはいけない言葉らしい。アーサーは今日もまたひとつかしこくなった。

町をひととおり一周したので双子はカミーユの元へ戻ることにした。出店で売っていたホットチョコレートを飲みながらゆっくりと歩く。10年に1度しか見られないこの不気味な町の風景を、アーサーもモニカもだんだんと好きになってきた。

「え…」

双子の横を通りすがった男の子が、仮装したモニカを見て足を止めた。双子はそれに気付かず歩みを進め人混みの中へ入っていく。男の子は慌てて追いかけ、モニカの腕を掴んだ。

「きゃっ!」

「ロイ…?!」

「?!」

モニカの悲鳴にアーサーは咄嗟に妹を抱き寄せた。それでも男の子はモニカの腕を離さず、信じられない、という顔で彼女の顔を覗き込んだ。

「ロイ…ロイだよな…?」

「だ、だれ…?ロイを知ってるの…?」

「あっ…!」

仮装をしていて気づかなかったが、じっと顔を見ると彼が誰なのかアーサーには分かった。

「もしかして、タール?」

「…その恰好…あいつにそっくりだ…。誰だおまえ…」

タール。双子が学院で潜入捜査をしているときに起こった吸血鬼事件で、吸血鬼に誘拐されチムシーを寄生させられていた生徒の一人だ。彼は特に重症で、意識を取り戻すのに9か月もかかった。
タールは仮装したアーサーを見て顔を歪ませた。当然だろう、彼はセルジュとロイにひどい目にあわされた子どもなのだから。アーサーは気まずそうにしながら名乗った。

「僕だよ、アーサー。覚えてくれてるかなあ」

「アーサー…。アーサー?!そう言えば髪と瞳の色が同じだ。忘れるわけないだろ、俺の命の恩人なんだから」

「よかった。ごめんね、こんな恰好してて…」

「いや、それはいいんだけど。ってことはこのロイの恰好をしてるのは…モニカか?」

「うん…。ごめん」

「そっか。モニカか…。そうだよな、ロイはもう…死んだんだもんな」

「……」

3人の間に沈黙が流れた。

(ちょっと変だな…。セルジュ先生とロイを憎んでるなら分かるけど、さっきのタールの反応はまるで…会えて嬉しそうだったし、正体がモニカだって知って残念そうだ。どうしてだろう…)

「…アーサー、モニカ。少し話さないか?」

長い沈黙のあと、タールがボソボソと呟いた。双子は頷き静かな場所へ移動する。タールはその間ずっと、目頭を押さえて必死に涙を堪えているようだった。

人が少ない小さな広場で3人はベンチに腰かけた。タールはまだ動揺しているようで話せる状態ではなかったので、アーサーは彼の分もホットチョコレートを買ってあげた。温かい飲み物を飲んで少し落ち着いたのか、タールはぽつぽつと話し始めた。

「ごめん。なんか俺、あー…うまく話せない」

「いいよ。ゆっくり話してくれたらいいから。ね?」

「ああ、ありがとう…」

「……」

「…俺さ、ずっと誰にも言えなくて…」

「うん」

「苦しかった。後悔してたし…なんか、俺って最低だったなって…」

「どうして?」

「……」

「……」

「…俺とさ、他にも誘拐されたやつらいるじゃん」

「うん」

「俺ら全員、ロイにひどいことしてたんだ」

「……」

「いじめてたの…?」

「まあ、そんなかんじ。実際はもっとひどいことしてた」

「……」

初耳だった。アーサーとモニカは衝撃を受けて言葉を失った。

「…それであいつが怒ったんだ。怒って、俺らに復讐した」

「あいつって…セルジュ先生?」

「ああ」

「だからセルジュとロイはあなたたちを誘拐して、チムシーを…?」

「そうだ。特に俺は…俺の先祖は…100年前にもロイにひどいことをしてたらしい」

「ひどいことってなに?」

「…言いたくない」

「じゃあ、言わなくていいよ」

「ありがとう…。だからセルジュは特に…俺に怒ってた。それまではあいつもロイも、ただの人間に扮した吸血鬼だった。それが…俺のせいであいつらを狂わせちまって…。あの事件の発端は俺だ…」

タールはガタガタ震えながら両手で顔を覆った。どうしてこんな話を、たまたま出会った双子にするのかアーサーとモニカには分からなかった。セルジュとロイの仮装を見てずっと抑え込んでいた感情が噴き出してしまったのかもしれない。

「…俺、たぶんロイのこと好きだったんだ。お前らに助けてもらって、意識が戻って、正気に戻ってからロイが死んだって聞いて、すごく悲しかった。俺のせいでロイは死んだんじゃないかって思うと…悲しくて…」

「ロイはタールのせいで死んだんじゃないわ。人間に悪いことをしちゃったから、私が殺したの」

「俺がそもそもあんなことしなかったら…あいつは人間に悪いことなんてしなかった…っ。モニカもあいつと仲良かったんだろ?俺のせいでお前は、仲が良かったロイを殺すはめになったんだ…」

「タール。落ち着いて。ぜんぶ自分のせいにしちゃだめだよ。そうやって自分を責めたってロイは生き返らない。それに見て。あのね、ロイは死んじゃったけど、ロイの魂魄はここにいるんだよ」

アーサーはそう言って彼にペンダントを見せた。タールは泣き腫らした目でペンダントをじっと見る。震える指でそれに触れた。

「ここに…ロイの魂魄が…?」

「うん。本当はセルジュ先生の魂魄なんだけど、ロイが死んじゃったあとセルジュが彼の魂魄を取り込んだって言ってたよ。それってつまり、ロイの魂魄もこの中に入ってるってことでしょ?」

「そう…だな」

「二人は魂魄になっても僕たちを見守ってくれてるんだ。死んじゃったけど、完全に消えたわけじゃないよ。なにかに憑依させたら生き返るし。…そんなことせず、次は人間として生まれ変わってほしいと思ってるけどね」

「ロイ…」

「もしかしたら君の声もロイに届いてるかもしれないよ。なにか伝えたいことがあるなら、言ってごらんよ」

「…ああ」

アーサーは首からペンダントを外してタールに預けた。彼はそれをギュッと握り、アーサーに尋ねた。

「ちょっと離れていいか?聞かれたくなくて…」

「いいよ。ちゃんと返してくれるなら」

「もちろん返すさ」

「うん」

タールは少し離れた場所に移動し、ペンダントに向かってぼそぼそと呟いた。

「ロイ。ごめんな。謝ったって意味ないし、許してもらおうとも思ってない。でも、謝らずにはいられなくて…。実は俺、ちょっとだけチムシーに寄生されてた時の記憶があるんだ。俺、お前にひどいことしたのに、かわいがってくれてありがとう。…まあ、俺のこと犬かなんかとしか思ってなかったと思うけどさ。それでも俺、は…あの時、しあわせだった。

あと、俺の家族がひどいことしてごめん。お前が吸血鬼になったそもそもの原因は俺の先祖だって知って…、俺は…自分と、俺の家族のことが恥ずかしくなった…。今も俺の家族は闇オークションや闇鑑賞会に参加してる。俺はもうやめた。今となってはなんであんなものが楽しかったんだろうって思う。

俺がヴァンク家の当主になったら、闇と名の付くものには一切関与しないようにする。俺に闇好きの貴族全員をやめさせる力なんてないから、それくらいしかできないけど…。それがせめてもの償いだ。

ロイ。本当に…すまなかった。本音はこのままこのペンダント盗んでなにかに憑依させたいくらいだけど、アーサーの言う通り、ちゃんと人間として生まれ変わってほしいから我慢するよ。はは、やっぱり性根は治ってないみたいだ。これ以上一緒にいたら本当に持って帰りたくなるから、そろそろアーサーに返すな。じゃあな、ロイ」

長い懺悔を終えてタールは立ち上がった。名残惜しそうにペンダントを返し、最後にロイの仮装をしたモニカにハグをした。

「アーサー、モニカ。ありがとう。今まで誰にも言えなくて苦しかったんだ。今日はそれを吐き出せてすっきりした」

「そう。それならよかった」

「僕たちでよければいつでも話聞くからね。ロイと話したくなったらまたこのペンダントに話しかけに来るといいよ」

「ありがとなアーサー。ま、ロイもセルジュも俺の声なんて聞きたくないだろうからなあ」

「大丈夫だよね。ね、セルジュ先生。いいよね?」

アーサーがペンダントに話しかけるも、それはうんともすんとも言わない。魂魄しか入っていないので当然だ。アーサーはニパっと笑い、都合よく解釈した。

「いいって!」

「ほ、ほんとか…?」

「うん!」

「そうか…。ありがとう。もしかしたらまた連絡するかもしれない」

「うん!いつでも連絡してきて。連絡先教えるね」

「じゃあ俺の連絡先も教える」

双子とタールは連絡先の交換をして別れた。タールがいなくなったあと、アーサーとモニカはボーっと真っ暗の空を見上げた。

「そんなことがあったんだあ…」

「知らなかったね」

「ロイ、ずっと苦しかったんだね。おかしくなっちゃうくらいに」

「次の人生では、人としてしあわせになってほしいな」

「タールも、とっても苦しそうだった。いつか笑える日がくるといいね」

「みんなみーんな、しあわせになってほしいなあ」

それが叶う夢だとはさすがの双子も思っていなかった。それでも願わずにはいられなかった。

星がちりばめられた真っ暗な空。それはまるでこの国の心のようだった。バンスティンはどす黒い感情で満ち満ちている。そんな中でも人は笑って必死に生きている。キラキラと光る星が流れ落ちてしまうのが先か、長い夜が明け太陽が昇るのが先か…。それはまだ、誰にも分からない。
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