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画廊編:王女と王子のわるだくみ
決行
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5日後、昼食をとっているウィルクの背後からジュリアが早口で耳元で囁いた。
「今夜決行よ。夜中2時に談話室」
ウィルクは返事をせずに頷いた。足早に去っていく姉を横目に、突然速くなった鼓動の音がまわりに聞こえてしまいそうで慌てて胸を手でおさえつけた。
「ウィルク王子、どうされましたか?」
「へっ?!」
隣で食事をとっていた友人に声をかけられ、ウィルクは裏返った声を出した。彼の大声に体をびくつかせながら友人は心配そうに言葉を続ける。
「胸が苦しいのでしょうか?医務室へ行かれますか?」
「いや、大丈夫だ」
「無理はなさらないでくださいね」
「ああ」
夜中に寮を抜け出すのは正直言って怖かった。先生に叱られるのが怖いのではなく、吸血鬼事件以来ウィルクは暗くて静かな場所が苦手になっていた。特に学院の廊下は事件当日の記憶を蘇らせる。
(こわい…でも、お兄さまとお姉さまに会えるなら…。僕はどんなことにだって耐えられる)
◇◇◇
みなが寝静まったリリー寮で、談話室の掛け時計からボーンボーンと音が鳴る。ウィルクはそろりと起き上がり、同室の友人たちを起こさないようしずかに寝室を出た。
階段を降りるとすでにジュリアがマントを羽織り待っていた。弟に気付き、不機嫌そうに首を傾ける。
「遅いわよ」
「すみません。足音を立てずに歩いていたら思いのほか時間がかかってしまいました」
「まあいいわ。さ、このマントをかぶりなさい」
ジュリアはウィルクにマントを被せ、杖の先に光を灯した。
「私のマントを掴んで後ろを歩きなさい。行くわよ。準備はいい?」
「あ、あの。ひとつ尋ねてもいいですか?」
「なに?」
「校門には門番がいます。それの対処は…」
「問題ないわ。門番には極秘公務で出かけるとあらかじめ伝えてある。口止めもしてあるから、先生方にも…明日の朝くらいまではバレないでしょう」
「さすがです。お姉さま」
「他に質問は?」
「ありません」
「そう。じゃあ行くわよ」
「はい」
ジュリアはそっと寮の扉を開けた。杖先の小さな光を頼りに歩いていく。廊下は静かで、足音さえもハッキリと聞こえてしまう。二人は靴を脱ぎすり足で進んだ。
「…ちょっとウィルク。歩くのが遅すぎるわ」
しばらく黙って歩いていたが、あまりにウィルクの歩みが遅いため、苛立ったジュリアが振り返り弟に文句を言った。ウィルクから返事は返ってこないので余計にイライラとして光る杖を彼の顔に向ける。
「!」
ウィルクの顔は真っ青だった。よく見ると手も足もガクガクと震えている。ジュリアはまわりを警戒しながら弟をトイレへ連れて行った。話せる場所に移動したつもりが、トイレに入るやいなやウィルクが便器に向かって吐瀉をする。ジュリアは彼の背中をさすりながら尋ねた。
「ちょっとウィルク、どうしたの?!」
「す、すみません…」
「謝られても分からないわ。具合が悪いの?」
「いえ…。なんでもありません…」
「嘔吐しておいてなんでもないわけないでしょう。正直に言いなさい。具合が悪いんでしょう?」
「いえ…。実は…あの日以来、暗くて静かなところが苦手で…」
「あっ…。ちょっと…。どうしてもっと早く言わないの…」
「申し訳ありません…」
「それを言ったら私があなたを置いていくとでも思ったのかしら?」
「…お願いします。僕も会いたいんです…。どうか…」
「ばかね。置いていくわけないでしょう。ただこれからは予め教えてちょうだい。そうしたら対策が練られるんだから」
ジュリアは早口でそう言ってこれからどうするかを考え始めた。ウィルクはそんな姉に驚いているようだった。視線に気付き、ジュリアはムッとした表情でつっかかった。
「なによ」
「いえ…。てっきり戻れと言われてしまうとばかり…」
「あなたね。私のことをなんだと思っているのかしら?」
「弟に猛毒を飲ませて殺そうとする人…」
「そ、それはあなたが罪もないシリルとアーサー様にひどいことをしたからでしょう?!」
顔をカッと赤くして大声を出すジュリアの口をウィルクが慌てて手で塞いだ。ジュリアはハッとして弟の手を払いのける。バツが悪そうに黙り込んだ姉を見て、ウィルクはクスっと小さく笑った。
「お姉さまは変わられましたね」
「…さあ、どうかしらね。あなたこそ変わったんじゃない?」
「僕は変わりました。僕が変わると、周囲の人も変わりました。今の方が楽しいです」
「そう。それは良かったわね」
「僕は、僕を変えてくれた方たちに会いたいんです。どうか、お姉さま…」
「だから置いて行かないって言ってるでしょう。ウィルク。あなたはずっと目を瞑っていなさい。私の腕に抱きついていたら少しは恐怖心がまぎれるでしょう」
「ありがとうございます、お姉さま」
「気分は落ち着いたかしら?落ち着いたら立ち上がって口を洗いなさい。時間が惜しいわ」
「はい。もう大丈夫です」
ウィルクは言われた通り立ち上がり、口を洗ってからジュリアの腕にしがみついた。二人はゆっくりと歩をすすめ、一時間かけて校舎から抜け出すことに成功した。
「今夜決行よ。夜中2時に談話室」
ウィルクは返事をせずに頷いた。足早に去っていく姉を横目に、突然速くなった鼓動の音がまわりに聞こえてしまいそうで慌てて胸を手でおさえつけた。
「ウィルク王子、どうされましたか?」
「へっ?!」
隣で食事をとっていた友人に声をかけられ、ウィルクは裏返った声を出した。彼の大声に体をびくつかせながら友人は心配そうに言葉を続ける。
「胸が苦しいのでしょうか?医務室へ行かれますか?」
「いや、大丈夫だ」
「無理はなさらないでくださいね」
「ああ」
夜中に寮を抜け出すのは正直言って怖かった。先生に叱られるのが怖いのではなく、吸血鬼事件以来ウィルクは暗くて静かな場所が苦手になっていた。特に学院の廊下は事件当日の記憶を蘇らせる。
(こわい…でも、お兄さまとお姉さまに会えるなら…。僕はどんなことにだって耐えられる)
◇◇◇
みなが寝静まったリリー寮で、談話室の掛け時計からボーンボーンと音が鳴る。ウィルクはそろりと起き上がり、同室の友人たちを起こさないようしずかに寝室を出た。
階段を降りるとすでにジュリアがマントを羽織り待っていた。弟に気付き、不機嫌そうに首を傾ける。
「遅いわよ」
「すみません。足音を立てずに歩いていたら思いのほか時間がかかってしまいました」
「まあいいわ。さ、このマントをかぶりなさい」
ジュリアはウィルクにマントを被せ、杖の先に光を灯した。
「私のマントを掴んで後ろを歩きなさい。行くわよ。準備はいい?」
「あ、あの。ひとつ尋ねてもいいですか?」
「なに?」
「校門には門番がいます。それの対処は…」
「問題ないわ。門番には極秘公務で出かけるとあらかじめ伝えてある。口止めもしてあるから、先生方にも…明日の朝くらいまではバレないでしょう」
「さすがです。お姉さま」
「他に質問は?」
「ありません」
「そう。じゃあ行くわよ」
「はい」
ジュリアはそっと寮の扉を開けた。杖先の小さな光を頼りに歩いていく。廊下は静かで、足音さえもハッキリと聞こえてしまう。二人は靴を脱ぎすり足で進んだ。
「…ちょっとウィルク。歩くのが遅すぎるわ」
しばらく黙って歩いていたが、あまりにウィルクの歩みが遅いため、苛立ったジュリアが振り返り弟に文句を言った。ウィルクから返事は返ってこないので余計にイライラとして光る杖を彼の顔に向ける。
「!」
ウィルクの顔は真っ青だった。よく見ると手も足もガクガクと震えている。ジュリアはまわりを警戒しながら弟をトイレへ連れて行った。話せる場所に移動したつもりが、トイレに入るやいなやウィルクが便器に向かって吐瀉をする。ジュリアは彼の背中をさすりながら尋ねた。
「ちょっとウィルク、どうしたの?!」
「す、すみません…」
「謝られても分からないわ。具合が悪いの?」
「いえ…。なんでもありません…」
「嘔吐しておいてなんでもないわけないでしょう。正直に言いなさい。具合が悪いんでしょう?」
「いえ…。実は…あの日以来、暗くて静かなところが苦手で…」
「あっ…。ちょっと…。どうしてもっと早く言わないの…」
「申し訳ありません…」
「それを言ったら私があなたを置いていくとでも思ったのかしら?」
「…お願いします。僕も会いたいんです…。どうか…」
「ばかね。置いていくわけないでしょう。ただこれからは予め教えてちょうだい。そうしたら対策が練られるんだから」
ジュリアは早口でそう言ってこれからどうするかを考え始めた。ウィルクはそんな姉に驚いているようだった。視線に気付き、ジュリアはムッとした表情でつっかかった。
「なによ」
「いえ…。てっきり戻れと言われてしまうとばかり…」
「あなたね。私のことをなんだと思っているのかしら?」
「弟に猛毒を飲ませて殺そうとする人…」
「そ、それはあなたが罪もないシリルとアーサー様にひどいことをしたからでしょう?!」
顔をカッと赤くして大声を出すジュリアの口をウィルクが慌てて手で塞いだ。ジュリアはハッとして弟の手を払いのける。バツが悪そうに黙り込んだ姉を見て、ウィルクはクスっと小さく笑った。
「お姉さまは変わられましたね」
「…さあ、どうかしらね。あなたこそ変わったんじゃない?」
「僕は変わりました。僕が変わると、周囲の人も変わりました。今の方が楽しいです」
「そう。それは良かったわね」
「僕は、僕を変えてくれた方たちに会いたいんです。どうか、お姉さま…」
「だから置いて行かないって言ってるでしょう。ウィルク。あなたはずっと目を瞑っていなさい。私の腕に抱きついていたら少しは恐怖心がまぎれるでしょう」
「ありがとうございます、お姉さま」
「気分は落ち着いたかしら?落ち着いたら立ち上がって口を洗いなさい。時間が惜しいわ」
「はい。もう大丈夫です」
ウィルクは言われた通り立ち上がり、口を洗ってからジュリアの腕にしがみついた。二人はゆっくりと歩をすすめ、一時間かけて校舎から抜け出すことに成功した。
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