上 下
470 / 718
画廊編:再会

だから美人ってのは

しおりを挟む
頼れる保護者がいなくなり少し心細かったが、アーサーとモニカはふたりで協力してなんとか店をまわしていた。幸か不幸か購入するお客さんはほとんどいないので、鑑賞している人たちに声をかけて、おしゃべりしたり作品の説明をしていた。

「そのウキヨエ、きれいですよね!」

「あっ、あ、ああ…」

一枚のウキヨエの前で立っていた男性にモニカが声をかけた。キモノ姿のかわいらしい女の子に声をかけられ、男性客は思わず彼女から顔を背けてそわそわと体を揺らした。彼は綺麗な女性と話すことが苦手だった。さらに言えば明るく笑顔が似合う女性はもっと苦手だった。つまり彼にとってモニカは大の苦手なタイプだ。

(まぶしい。きらきらしてやがる。他にも客はいるんだから俺みたいな陰気でブサイクなやつに話しかけないでくれよ…。はやくどこかにいってくれぇ…)

「そのウキヨエがお気に召しましたか?」

「い、いや。見てるだけだ…」

「そうですか!このウキヨエはウタヤマキョウケイというジッピンのウキヨエシが描いたものなんです。ほかにもキョウケイのウキヨエを2点展示してますから、よければご覧になってくださいね!」

「わかった…」

男性客は低く小さな声でぶっきらぼうに返事をした。彼女の視界に自分の姿が入っていると考えるだけでやるせなくなる。こんな美しい顔立ちをした子が近くにいては呼吸すらままならない。小鳥がさえずるようなかわいらしい声を聞くとなぜか消えてしまいたくなった。全身で「どこかへいってくれ」アピールをしていたつもりだったのだが、売り子はなかなか離れてくれない。しかたなく彼自身がモニカから離れようと歩き出すと、どういうわけか売り子がうしろをついてくる。

(えっ?ついてくるのか?もしかして俺のこと万引き犯かなにかだと思ってるのか?まあこんな貧相な格好をしていたら疑われてもしかたない。だから美人は苦手なんだ。顔と身なりだけで人を判断しやがって)

「あのぉ…」

「なんだ?俺はなにも盗っちゃいないんだが」

うしろからまた声をかけられ、男性客はイライラと返事をした。モニカはそれを気にする様子もなく、にっこり笑って歩いている方向と反対のところを指さした。

「別のキョウケイのウキヨエはあちらですよ。ご案内いたしましょうか?」

「……」

(空気の読めない子だな。俺が構うなと思っていることに気が付かないのか?頭が悪そうだ。バカなのに顔が良いってだけでルアンの一等地にある異国の画廊で売り子をしてやがる。美人だからって楽に生きやがって)

だんだんと腹が立ってきた男性客は、モニカに意地悪をしてやろうと思いつきニヤニヤした。さきほどまで顔を背けて目も合わせなかったが、そうと決まってからは見下した目で彼女をまっすぐ見ている。態度が悪くてもおかまいなしでモニカは笑顔を向けていた。それがさらに苛立ち、心の中で(このバカめ)と悪態をついた。

「お嬢さん。売り子をしているということはよほど異国の絵画に詳しいのでしょうねえ。では教えてくださいよ。そのウタヤマキョウケイとやらについて。ウキヨエの説明だけでなく、そのウキヨエシとかいうものの生い立ちや魅力なども」

かなり意地悪な質問にモニカはぽかんと口を開けた。そのあと「えへへ」と嬉しそうに頭を掻き、男性客の手を掴んでウタヤマキョウケイのウキヨエの前まで移動した。

「そこまでウタヤマキョウケイに興味を持ってくださった方ははじめてです!私のだいすきなウキヨエシだからすっごくうれしい!!」

「え、あ、いや…。手を離してくれ…」

(おいっ、やめろっ、お、俺の手汗ばんでるっ。ネチネチしてるのにっ。小さくて柔らかい手で、そ、そんな強く握るな俺の手をっ)

狼狽えていようがお構いなし、モニカは男性客の手を握ったままウキヨエシの説明を始めた。

「はい!ではご説明させていただきます!ウタヤマキョウケイというウキヨエシは、風景画のウキヨエをたくさん残した人です。彼は幼いころから絵を描くのが好きな男の子でした!15歳のころウキヨエシに弟子入りしました。はじめは役者のウキヨエをたくさん描いていて、綺麗な女の人の絵も描いたりしてましたが、師匠が亡くなってからは風景画を主に制作したそうです。

代表作はトミジサンジュウロッケイ!そう、このウキヨエです!37枚綴りのこの作品は、キョウケイが手掛けた最後の作品となりました。このウキヨエに描かれている山…トミジ山は、ジッピンで最も高い山だそうですよ。キョウケイがこの山をシュダイにしたウキヨエは、ウキヨエシとして最も有名なクズモチハクサイの死後に刊行されています。それはきっと、キョウケイがハクサイに敬意を表したからだろうと言われています。

キョウケイの魅力はこの青色です!カユボティとヴァジー…あっ、とある画家は、彼の青色のことをキョウケイブルーと呼んで慕っています!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

世界の終わりに、想うこと

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:4

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:795pt お気に入り:44

若妻はえっちに好奇心

恋愛 / 完結 24h.ポイント:731pt お気に入り:273

ニコニココラム「R(リターンズ)」 稀世の「旅」、「趣味」、「世の中のよろず事件」への独り言

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:710pt お気に入り:28

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:15,834

落ちこぼれ治癒聖女は幼なじみの騎士団長に秘湯で溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:994pt お気に入り:616

【BL】淫魔な血筋の田中四兄弟【R18】

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

自由に語ろう!「みりおた」集まれ!

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:22

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。