上 下
503 / 718
魂魄編:ペンダント

アサギリモニカ

しおりを挟む
頭を強く打ったモニカでは、正常な思考が働かなかった。
アーサーが魔物になってしまったこと、慕っていたカフェのお兄さんがひどい人だったこと、ジルとそっくりの槍使いが自分たちに武器を向けていることが、ぐるぐると頭を駆け回っている。
それ以上のことを考えられなかった。

モニカは、魔物のような唸り声をあげるアーサーを抱きしめ、ただ茫然と地面に倒れこんでいた。

剣と槍が自分に向かって振り上げられても、無表情で眺めていた。

《クソがっ!! さっさと俺に頼れってんだ!!》

「っ……」

喚き声が聞こえたかと思えば、モニカの手に脇差が握られていた。
ヴァラリアと槍使いが一瞬動きを止めたが、目で合図をして構え直している。

《おい!! 聞いてんのかモニカ!!》

「アサギリ……アーサー、魔物になっちゃった……」

《だからどうした!? それがどうした!! とにかく逃げんだよ!! こいつらやべえ!!》

「わたし、ほんと……何もできない子ね……」

《チッ……。悪いがモニカ!おめぇの泣き言なんて聞いてる暇ねぇんだよ!! 体、借りるぜ!!》

「んっ……」

「!」

「!!」

振り下ろされた剣と槍は、真っ二つに切り落とされた。
ヴァラリアと槍使いは驚きのあまり目を見開いている。

「……は?」

「モリアは魔法しか使えないんじゃなかったの」

「……」

脇差を握ったモニカが、アーサーを抱えてゆっくりと立ち上がる。そして、ヴァラリアをギロリと睨みつけた。

「……テメェらなあ……」

「……」

「……」

「薄雪のお気に入りに何してんだコラァァァァ!!!!」

「!!」

アサギリモニカの叫び声と共に、花びらを舞わせた強風が店内に吹き荒れる。風は双子を守り、他のモノを斬りつけた。
ヴァランスは悪態をつきながら店の奥へ逃げ込んだが、槍使いは表情一つ変えずにモニカに襲い掛かる。

「びっくりした。君、誰」

「うるせぇぇぇっ!! テメェこそなにしてんだジルこらぁぁぁ!! こいつらのこと溺愛してたのに殺そうとするなんざ!! 月下か!? 月下かテメェ!! だから愛が歪んでるヤツってのは嫌いなんだよ!! クソが!!」

「だから僕はジルじゃないって。あいつと一緒にしないで」

「ちっ……声も、話し方も、その陰気な顔つきも、まんまあいつじゃねえかよコラァァア!!」

アサギリモニカが槍使いに斬りかかる。アサギリの力を借りたモニカの一閃を、槍使いはやすやすと弾き返す。

(こいつ……つえぇ!)

実力差をすぐに悟ったアサギリは、アーサーを抱えて逃げようとした。しかし。

「待て!!」

「っ!!」

背後から声がしたと同時に、脇差目掛けて5本の瓶が投げつけられた。瓶から灰色の液体が飛び散り、脇差が濡れる。その途端、アサギリモニカの体に違和感が走った。

(なんだ? 力が抜ける)

瓶を投げつけたのは、店の奥から出てきたヴァラリアだった。彼は腰につけたアイテムボックスから瓶を3本取り出し、槍使いに投げ渡す。

「……なに?」

「それをアーサーにぶっかけろ!」

「よく分からないけど、分かった」

「させるかよっ!!」

槍使いがアサギリモニカと距離を詰め、液体をアーサーの頭にぶっかけようとした。
アサギリモニカは顔を歪めてかろうじて躱し、出口へ向かって走り出す。力が徐々に入らなくなっていく。アサギリの憑依が解けかかっている。

逃げようとしたアサギリモニカの腕を槍使いが掴み、捻りあげた。

「くそっ! 離しやがれ!」

「……えーっと、骨は折っていいんだっけ」

「いいんじゃないか? 殺さなければ」

「了解」

ゴキリ、と鈍い音を立て、モニカの左腕の骨が折られた。
握っていたアサギリが床に落ちる。

「ぐぁぁぁっ……!!」

激しい痛みにアサギリモニカが呻き声を上げた。
槍使いは脇差を踏みつけ、アーサーの髪を掴み顔を上げさせた。
そして、たっぷりと液体を注ぐ。

「これ、何?」

踏みつけている脇差にも液体をかけているヴァラリアへ、槍使いが尋ねた。ヴァラリアはヘヘッと笑いながら答える。

「反魔法液だよ。この剣、おそらく魔法具だろう。魔法でモニカの体を操ってやがる。だったらそれが機能しないように、反魔法液をかけたらいいだけのことだ」

「なるほどね」

「アーサーも魔法具を持ってたらかなわねえからな。使われても魔法が通らないように、反魔法液をたっぷりかけといてくれ。これでアーサーは、回復魔法すら効かない体になった」

「へえ。やるね。ただ……次期国王に差し出すとき、こんなボロボロでいいの?」

「かまわないさ。生きてたらそれでいい」

「ふーん」

「このまま差し出したら、王族専属の聖女が反魔法解いてくれるだろう。死にそうになったら、エリクサー飲ませときゃ問題ないだろ」

「……エリクサーも、回復魔法でできてるんだけど」

「あ」

「馬鹿」

「うっ……うるさいな。回復薬作ればいいだけだ!!」

床に転がる空瓶が増えていく。アーサーもアサギリも、全身にたっぷり反魔法液をかけられた。

《はぁ……はぁ……。クソがぁ……っ。この俺様を……踏みつけにしやがって……どけやコラァァァア!!》

「っ!」

アサギリは最後の力を振り絞り、槍使いの脚を切りつけた。深い傷を負った槍使いがよろける。
アサギリは再びモニカの手に戻り、ヴァラリアと槍使いに向かって脇差を横なぎに振る。
油断していた彼らは、自分たちの腹から噴き出す鮮血に目を見開いた。

その隙に、アサギリモニカはアーサーをひっつかんで店を飛び出した。
感覚のない体。言うことが聞かない体。今にも憑依が解けてしまいそうだ。
それでもアサギリモニカは歯を食いしばり、なんとか双子の家までたどり着いた。

双子の家は荒らされていた。
ドアはこじ開けられており、引き出しという引き出しはすべてひっくりかえされている。

「薄雪!! 喜代春!! 力貸せ!! この家に結界を!!」

アサギリモニカがそう叫ぶと、窓際に飾られていた、サクラの枝と簪がホワッと光り輝いた。
そして、家のまわりを花が舞う風が包んだ。

「はっ……はっ……」

アサギリモニカは床に倒れ込んだ。もう限界だ。
アサギリの憑依は解け、意識が脇差の中へ戻ってしまった。

倒れたモニカとアーサー、そしてアサギリを、春風が包み込んだ。モニカの体の傷が瞬く間に治っていく。
だがアーサーの体は、切り傷すら治らない。

《くそっ……。薄雪や喜代春の妖力も"魔法"扱いかよ……。あいつらでも、聖魔法……神術は使えねえ。反魔法液は解けねえ……。くそ……くそぉぉっ……》
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

世界の終わりに、想うこと

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:837pt お気に入り:44

若妻はえっちに好奇心

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,095pt お気に入り:273

ニコニココラム「R(リターンズ)」 稀世の「旅」、「趣味」、「世の中のよろず事件」への独り言

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:887pt お気に入り:28

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:15,834

落ちこぼれ治癒聖女は幼なじみの騎士団長に秘湯で溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,072pt お気に入り:616

【BL】淫魔な血筋の田中四兄弟【R18】

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

自由に語ろう!「みりおた」集まれ!

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:22

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。