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魂魄編:闇オークション
参加の条件
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闇オークションへ、モニカとロイアーサーを連れて行くことに渋々ながらも承諾したタールは、モニカへ向き直った。
「モニカ。闇オークションへ参加するには、いくつか条件がある。まず、参加費として白金貨10枚が必要だ。出せるか?」
「出せる」
タールの問いかけにモニカは即答した。
「そしてもうひとつ。常連以外の参加者は、最低ひとつ、出品物を用意しないといけない。でも、それはただの高価なものとかじゃダメだ。いわくつきの物。何か特別な力を持った物。闇オークション以外の場所で売ってない物」
それを聞きモニカはうなだれる。
「そんなもの……持ってないわ」
「だよな。この条件を満たせるヤツはなかなかいない」
「ど……どうしよう……」
これでは参加できない、とモニカとタールが諦めかけたとき、ロイアーサーが口を開いた。
「いや、あるよ」
「え?」
二人の視線がロイアーサーに集まる。ロイアーサーは、モニカに優しい笑みを浮かべ、彼女の腰を指さした。
「その腰に挿してる、サクラの木の枝と、あやかしが作った簪。それに……ワキザシも」
「……!」
「異国にしか咲かない、不思議な力を持った花の枝。不思議な存在が作った、不思議な力を持つ簪。自我を持ち、さまざまな能力を持つ異国の剣。……闇オークションに出せば取り合いになるだろうね。それを出品したら、間違いなく参加できる」
モニカは腰に挿していたそれらを抱きしめ、首を横に振った。
「だめ。これはとっても大切なものだもん。出せない」
「アーサーの命よりも大切なの?」
「っ……」
「モニカ。僕だって、ずっと君たちの傍で1年間過ごしてきたんだ。君がその枝や簪、ワキザシを大切にしてることも知っているし、それらがウスユキやキヨハルとの大切な思い出だということも知ってる。でも……それは、アーサーよりも大切な物? ウスユキやキヨハルが、そんなことを望むと思う?」
「……」
モニカはそれらに視線を落とした。今でも美しい花を咲かせているサクラの枝。キヨハルがウスユキのために手作りした簪。そして、いつもモニカを守ってくれたアサギリ。
もし薄雪が今の状況を知ったら、喜んでその枝を差し出すだろう。
喜代春も、仕方ないね、と言いながら差し出すような気がする。
アサギリだけは、罵詈雑言をモニカに浴びせてプンプン怒りそうだが。最終的には、舌打ちをしながら受け入れてくれそうだ。
それでも……できることなら、手放したくない。
モニカにとって、彼らはかけがえのない存在なのだから。
「……ロ、ロイ。他にはなにかない? 枝と簪、アサギリは、最終手段。ワガママだって分かってる。でもね、どうしても手放したくないの……。大切なものなの」
奪われないようにそれらを強く抱きしめながら、モニカは必死に訴えた。
ロイアーサーは彼女をじっと見つめた。そして、ためらいがちに口を開く。
「……あるよ」
「ほんと!? よかった! なにかな!?」
パッと表情が明るくなったモニカに、ロイアーサーは消え入りそうな声で答えた。
「……み」
「え? ごめん。聞き取れなかった」
「モニカの髪」
「……え?」
「モニカはミモレスの生まれ変わり。ミモレスはヴァルーダ神の加護を持っている。ヴァルーダ神の紋章は髪に刻まれているんだ。目には見えないけどね。
聖女ではないけど、ミモレスの生まれ変わりである君とアーサーの髪にもそれは刻まれているんだよ。
ヴァルーダ神の加護紋章は、血の濃いヴァルタニア家の者しか持っていない。そしてそれは、今では教会や聖地ですら取引されていないほど、貴重なものなんだ。
闇オークションに出すには、ぴったりなんだよ」
ロイは苦し気に説明した。
ロイは知っていた。彼女が自分の長い髪が大好きなこと。毎日アーサーに手入れをしてもらい、美しい髪質を保っていたこと。そして彼女が長い髪にこだわっていたのは、アーサーに「モニカの長い髪が好きだ」と言ってもらったからだと言うことも。
そしてなにより、女性にとって髪を短くすることは、大切なものを失うことと同義であることを知っていた。
バンスティン国で短髪の女性はほとんどいない。例外はいるが、短髪の女性は大抵が、貧窮した末、最後の手段として、髪を売り、体を売る娼婦だった。
「切る」
モニカは唇を震わせながら、浅い声で応えた。
彼女はアーサーの短剣を手に取り、自身の髪に添える。
ゆっくりと力を入れると、ザク、という音と共に美しい銀髪が床に落ちた。
モニカは床に落ちた自分の髪を見て、強く目を瞑った。大きな涙が零れ落ち、彼女の頬を伝う。
それでも彼女は、髪を切り続けた。泣きながら、嗚咽をこらえようと、口をぎゅっと締め付けて。
「モニカ。闇オークションへ参加するには、いくつか条件がある。まず、参加費として白金貨10枚が必要だ。出せるか?」
「出せる」
タールの問いかけにモニカは即答した。
「そしてもうひとつ。常連以外の参加者は、最低ひとつ、出品物を用意しないといけない。でも、それはただの高価なものとかじゃダメだ。いわくつきの物。何か特別な力を持った物。闇オークション以外の場所で売ってない物」
それを聞きモニカはうなだれる。
「そんなもの……持ってないわ」
「だよな。この条件を満たせるヤツはなかなかいない」
「ど……どうしよう……」
これでは参加できない、とモニカとタールが諦めかけたとき、ロイアーサーが口を開いた。
「いや、あるよ」
「え?」
二人の視線がロイアーサーに集まる。ロイアーサーは、モニカに優しい笑みを浮かべ、彼女の腰を指さした。
「その腰に挿してる、サクラの木の枝と、あやかしが作った簪。それに……ワキザシも」
「……!」
「異国にしか咲かない、不思議な力を持った花の枝。不思議な存在が作った、不思議な力を持つ簪。自我を持ち、さまざまな能力を持つ異国の剣。……闇オークションに出せば取り合いになるだろうね。それを出品したら、間違いなく参加できる」
モニカは腰に挿していたそれらを抱きしめ、首を横に振った。
「だめ。これはとっても大切なものだもん。出せない」
「アーサーの命よりも大切なの?」
「っ……」
「モニカ。僕だって、ずっと君たちの傍で1年間過ごしてきたんだ。君がその枝や簪、ワキザシを大切にしてることも知っているし、それらがウスユキやキヨハルとの大切な思い出だということも知ってる。でも……それは、アーサーよりも大切な物? ウスユキやキヨハルが、そんなことを望むと思う?」
「……」
モニカはそれらに視線を落とした。今でも美しい花を咲かせているサクラの枝。キヨハルがウスユキのために手作りした簪。そして、いつもモニカを守ってくれたアサギリ。
もし薄雪が今の状況を知ったら、喜んでその枝を差し出すだろう。
喜代春も、仕方ないね、と言いながら差し出すような気がする。
アサギリだけは、罵詈雑言をモニカに浴びせてプンプン怒りそうだが。最終的には、舌打ちをしながら受け入れてくれそうだ。
それでも……できることなら、手放したくない。
モニカにとって、彼らはかけがえのない存在なのだから。
「……ロ、ロイ。他にはなにかない? 枝と簪、アサギリは、最終手段。ワガママだって分かってる。でもね、どうしても手放したくないの……。大切なものなの」
奪われないようにそれらを強く抱きしめながら、モニカは必死に訴えた。
ロイアーサーは彼女をじっと見つめた。そして、ためらいがちに口を開く。
「……あるよ」
「ほんと!? よかった! なにかな!?」
パッと表情が明るくなったモニカに、ロイアーサーは消え入りそうな声で答えた。
「……み」
「え? ごめん。聞き取れなかった」
「モニカの髪」
「……え?」
「モニカはミモレスの生まれ変わり。ミモレスはヴァルーダ神の加護を持っている。ヴァルーダ神の紋章は髪に刻まれているんだ。目には見えないけどね。
聖女ではないけど、ミモレスの生まれ変わりである君とアーサーの髪にもそれは刻まれているんだよ。
ヴァルーダ神の加護紋章は、血の濃いヴァルタニア家の者しか持っていない。そしてそれは、今では教会や聖地ですら取引されていないほど、貴重なものなんだ。
闇オークションに出すには、ぴったりなんだよ」
ロイは苦し気に説明した。
ロイは知っていた。彼女が自分の長い髪が大好きなこと。毎日アーサーに手入れをしてもらい、美しい髪質を保っていたこと。そして彼女が長い髪にこだわっていたのは、アーサーに「モニカの長い髪が好きだ」と言ってもらったからだと言うことも。
そしてなにより、女性にとって髪を短くすることは、大切なものを失うことと同義であることを知っていた。
バンスティン国で短髪の女性はほとんどいない。例外はいるが、短髪の女性は大抵が、貧窮した末、最後の手段として、髪を売り、体を売る娼婦だった。
「切る」
モニカは唇を震わせながら、浅い声で応えた。
彼女はアーサーの短剣を手に取り、自身の髪に添える。
ゆっくりと力を入れると、ザク、という音と共に美しい銀髪が床に落ちた。
モニカは床に落ちた自分の髪を見て、強く目を瞑った。大きな涙が零れ落ち、彼女の頬を伝う。
それでも彼女は、髪を切り続けた。泣きながら、嗚咽をこらえようと、口をぎゅっと締め付けて。
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