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魂魄編:闇オークション

元騎士の魂魄

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五時間ほど経っただろうか。嫌悪感で胸がいっぱいになり、吐き気がする時間を、モニカはただただ耐えていた。
そして、遂に舞台にお目当ての物が運ばれる。

「さあ、みなさま。楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまいますわね。とうとう、最後の一品となりました」

観客は商品を見るために首を伸ばし、ざわざわと囁き合った。最後の商品にしては地味だ、と不満げな様子だ。

「なんだ。ハーフエルフの少女が一品目だったから期待しちまったよ。ただのペンダントじゃないか」

「いわくありげな物なのかも。持っていたら呪い殺される、とか」

「そんなの、誰がいるんだ」

「あら。嫌いな人にプレゼントするのにピッタリじゃない」

「あはは。そりゃあいい」

観客の反応を見て、ルリンは満足げに笑みを浮かべた。ペンダントが入ったガラスケースを持ち上げ、客席全体に見えるように、舞台の端から端までをゆっくり歩く。

「こちらのペンダントには、ある吸血鬼の魂魄が入っております。吸血鬼とは皆さまご存じの通り、チムシーという魔物が人に寄生し続けて、一体化してしまった魔物です。では、この吸血鬼の魂魄の元となった人とは誰か。ふふふ」

ルリンの語りに、観客は徐々に引き込まれていく。吸血鬼になった人間は、長い歴史の中で数知れずいるだろうが、バンスティン国の人がパッと思い浮かぶ吸血鬼の逸話はほとんど同じものだった。
観客は「まさか」「そんな、ありえませんわ」「いやしかし」「なぜ今さら」などと、口々に考察を始めている。

ひとしきり観客に考えさせたあと、ルリンは台に置いていた小さなベルをチリンと鳴らし、静かにさせた。

「おそらくここにいる皆さまのほとんどが、ある吸血鬼を想像していることでしょう。そして……このペンダントには、まさにその吸血鬼……フィールディング元騎士の、魂魄が入っております」

どよめく観客。さきほどまでと熱量が明らかに変わった。
モニカは彼らの反応に戸惑い、おろおろとロイアーサーに尋ねる。

「ロ……ロイ? どうしてみんな、先生のこと知ってるの?」

「お父さまの過去は、おとぎ話になっているほど有名だからね」

「お、おい。セルジュはフィールディング元騎士だったのか!?」

「うん、そうだよ。さ、ルリンがお父さまのお話をしてくれる。静かに聞こう」

話に割って入ったタールに、ロイアーサーは頷き、唇に指を当てた。
そして、ルリンの語りが始まる。

「200年前に隣国ヴァランス国の騎士だった、セルジュ・フィールディング。騎士として数々の功績を残した彼は、ヴァランス国の英雄と呼ばれていましたわ。武術も魔法も一流、聡明で慎重な騎士だと、バンスティン国も恐れていたそうです。当時、彼がいるヴァランス国は最強国だと言われていました。

ですが、そんなヴァランス国にも危機が訪れました。隣国の、バンスティン国、ペリュビニア国、チェクトリー国が同盟を組み、三国同時にヴァランス国を攻めたのです。
フィールディング騎士がいようとも、三国を相手にするのは流石に厳しいですわよね。ヴァランス国は窮地に立たされることとなりました。

そこで、ヴァランス国王は考えましたわ。
そうだ、フィールディング騎士を魔物にしてもっと強くしよう。魔物であれば、体を壊されても魂魄を別の人間に憑依させれば、何度でも蘇られる。

魔物の魂魄を憑依させるのはリスクが高かったので、国王は生存率の高い方法を選びました。それが、チムシーを寄生させて吸血鬼にすることだったのです。

国王の命を受けたフィールディング騎士は、吸血鬼となりより強力な力を得ました。
そして彼は、たった一人で敵国の兵士を全滅させて、ヴァランス国を救ったのです」

セルジュの過去を初めて知ったモニカはショックを受けていた。

「先生……それで吸血鬼に……」

「お父さまは、人を守るために人であることを捨てた。自分よりも民の方が、大切だったから」

ロイアーサーはそう呟き、唇を噛む。

「それなのに……」

「さて、見事ヴァランス国をたった一人で守り抜いてしまったフィールディング騎士。彼のおかげで戦争は終わり、ヴァランス国に平和が訪れましたわ。……ですが、考えてみてくださいまし。恐ろしくありませんこと? フィールディング騎士という吸血鬼は、三国が寄ってたかっても倒せない、恐ろしい魔物なのですわよ。平和になった国にそのような魔物、必要ございませんわよね?」

「え……?」

ルリンの語りに、モニカは耳を疑った。

「当然、国王は民を守るため、フィールディング騎士を始末しようと考えました。しかし命が惜しくなったのか、フィールディング騎士は亡命しました。自分は蟻のように人を殺戮してきたのに。卑怯者ですわよねえ」

ルリンがクスクス笑うと、観客もつられて笑っている。モニカにはその冗談の何が面白いのかさっぱり分からなかった。

「何言ってるの……? 国のために魔物にまでなって、たくさんの民を守ったのに。どうして国王は先生を殺そうとしたの……。そうまでして守った自分の国の人たちを殺すわけないじゃない。どうしてそれが分からないの……? どうして先生が悪者みたいに言われないといけないの……?」

おめでたいやつ、とでも言いたげに、タールは呆れた様子でため息をつく。

「この世に戦争や魔物がなくなったら武器なんていらなくなるだろ。平和な時代に武器はいらない。余計な争いを生む危険物になるだけだ。戦争で使った血なまぐさいものは、時代と共に消し去るものなんだよ」

「先生は使い捨ての武器なんかじゃないわ!」

「国王にとってはただの武器だったんだよ。人間として大切に扱ってたのなら、魔物になんてさせないだろ」

「なんてひどい……」

「国王には愚か者しかなってはいけないルールでもあるのかな?」

ロイアーサーはそう言っておどけてみせた。そして、ニッコリ笑ってこう付け足した。

「この世にはアパンがたくさんいて、血に困らないよ」
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