【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco

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魂魄編:ピュトア泉

目が覚めたアーサー

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「……」

アーサーがゆっくりと瞼を上げた。久しぶりに広がる外の世界は、彼が知らない場所だったが、どこか見覚えがあった。息を吸うと、冷たく澄んだ空気が肺を満たす。浄化されつつある核が吸った空気と同じだった。

「目が覚めた?」

そばで声が聞こえてアーサーの体がびくついた。そこで、手を誰かに握られていることに気付く。アーサーは声がした方へ顔を向けた。そこには、椅子に腰かけている見知らぬ少年がいた。

「き、君は……?」

「はじめまして。僕はフィック。君はアーサーだよね。モニカから聞いているよ」

「はじめましてフィック。ここは……? それに、モニカはどこ……?」

「ここは、ピュトア泉。モニカは今シチュリア……ピュトア泉の聖女と泉にいるよ」

「ピュトア泉……聖女……」

「ちなみに、君がここに来て1週間が経っている。その間に、モニカや彼女の武器にかけられていた反魔法は綺麗さっぱりなくなったよ」

ぼんやりしているアーサーの頭は、なかなかフィックの言葉が飲み込むことができなかった。フィックは読んでいた本を閉じて、桶の中に浸けていた布を絞り、アーサーの顔を優しく拭き始める。

「まだ君は万全じゃないだろうから、難しいことは考えずに休んでいた方がいいよ。モニカがいない間は、僕がお世話をするから」

「あ、ありがとう……」

「どこか痛むところはない?」

「……全身、痛い」

「そうだよね。シチュリアいわく、君の体も核もひどく傷ついていたようだから、痛くてしようがないよ」

「……」

甲斐甲斐しくアーサーの世話をしていたフィックは、アーサーの食い入るような視線に手を止めた。ちらりと彼を見ると、フィックの顔をまじまじと見ている。フィックはくすりと笑い、彼の体を拭きながら応える。

「ああ、僕が何をしているのか気になるのかな? 桶の中に入っているのは、ピュトア泉の聖水。その聖水で体を拭いて、清めているんだよ」

「……ねえ、君と僕、どこかで会ったことがある?」

「ん? どうして?」

「分からないけど……どこかで会ったことがあるような……」

 アーサーは目を細めてまじまじとフィックを見た。痩せているが端正な顔立ちをしている。彼が頭を動かすたびにサラサラとなびく髪。指輪が似合いそうな細長い指。彼の目は柔らかいのに、どきりとするほど全てを見透かしていそうだった。

 いつもの癖で、アーサーは記憶を遡った。だが、フィックの髪色も瞳の色も、それほど珍しいものではない。ポントワーブでも学院でも、彼と同じ色をした人はそれなりにいた。あまりにも該当する人が多すぎたので、アーサーは思い出すのを諦めた。

 穴があくほど見つめられて、フィックは苦笑いをしている。

「気のせいだよ。僕は君とここで初めて出会った。それまで君のことは知らなかったよ。……それより、見て、君の左腕」

「?」

フィックはアーサーの左腕を掴んで持ち上げた。自分の腕を見て、アーサーは青ざめる。

「これは……」

「手の甲から肩にかけての魔物の痣。ピュトア泉の聖水でも、シチュリアの聖魔法でも消えなかった。他は綺麗に消すことができたんだけど」

アーサーの左手には、黒い痣がくっきりと残されていた。カトリナやジルに残された痣によく似ている。

「シチュリアが言っていたよ。魔物は魂魄が消える間際、こうして聖魔法や聖水でも消せない痣を残すことがある。これは自分のものなのだという印をね。でもね、この印は呪いであり、ある種の守りにもなるらしい。これを付けられた人間は、他の魔物に憑かれにくくなるとか、ならないとか」

「僕、また魔物みたいになっちゃった……。もうフォントメウには入れてもらえないだろうなあ……」

アーサーの独り言にフィックは応えなかった。彼は黙々とアーサーの体を聖水で拭き、温かいスープを飲ませてくれた。

フィックはあまりおしゃべりな方ではなかったが、彼のアーサーに向ける瞳はとても優しく穏やかだった。
アーサーはスープを啜りながら、ちらちらとフィックを盗み見た。彼に見覚えはないはずなのに、どこか懐かしい感覚になる。それに、なぜが胸がきゅっと苦しくなった。

(誰かに似てるのかな……。誰だろう)

結局、いくら考えても分からなかった。

「……ねえ、フィック」

「どうしたんだい、アーサー」

「君はピュトア泉の住民なの?」

「ううん。僕はここには住んでいないよ。君たちが来る一週間ほど前からお世話になっている。僕もここに来たのは今回が初めてなんだ」

「そうなんだ。君はどうしてここに来たの?」

「見ての通り、僕って病弱で。ピュトア泉の聖気を吸い、シチュリアの聖魔法と回復魔法、それと調合薬をたっぷり与えられながら養生をしている」

確かに、フィックは見るからに病弱そうだった。アーサーは自分よりも細い人を初めて見た。

「病気なの?」

 はばかりのない質問に、フィックは目を丸くした。だが、アーサーが無邪気に質問していることが分かり、微かに口元を緩める。

「うん。病気」

「……」

「あ、移らない病気だから安心してね」

「そんな心配はしてないよ。僕、こう見えて薬師なんだ。君の病気を治せないかなあって考えてたんだけど、シチュリアさんのお薬をもらってるなら、僕のはいらないかーって思って。ごめんね、変なタイミングで黙り込んじゃって」

「ううん。ありがとうアーサー。君は優しい人だね」

フィックはお礼を言いながらポッと頬を赤らめた。

彼の反応に、今まで病気だからといって避けられたり嫌がられたりしてきたのかな、とアーサーはなんとなくそう感じた。アーサーは心の中で頷き、フィックの手をぎゅっと握る。

「?」

「フィック。僕ってたぶん、ここでしばらくお世話になるんだよね?」

「う、うん。少なくともあと一週間は世話をするってシチュリアが言っていたよ」

「そっか。じゃあ、一週間だけだけど、よろしくねフィック!」

「よ、よろしく……?」

突然張り切り出したアーサーに少し引き気味だったが、フィックは彼の手を握り返した。アーサーがにっこり笑うと、フィックも遠慮がちに小さく笑う。

「一週間前まで魂魄に憑依されてた人とは思えないくらい、元気だね」

「あ! そうだ、僕、魔物に憑依されちゃってたんだった……! 君とお話してるうちにすっかり忘れちゃってたよ」

「……ぷっ。あはは! なんだい、それ。そんなこと忘れるかい?」

「し、仕方ないじゃないかあ。忘れちゃってたんだから!」

「あははっ! ぷぷっ……あははは! だめだ、笑いが止まらないよっ」

「そんな笑う!? ……あはは! ちょっと、僕まで面白くなってきたじゃないかー!」

笑いすぎて涙が出ているフィックにつられて、アーサーも声を出して笑った。二人とも病人なのに、小屋の外にまで聞こえるほど楽し気な笑い声をあげている。

聖水にアサギリと足を浸けていたモニカとシチュリアは、小屋から聞こえる少年たちの声に驚き目を見合わせる。そして、裸足のまま小屋へ走って行った。
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