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魂魄編:ピュトア泉
四本の加護の糸
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翌朝、帰り支度を済ませたアーサーとモニカは小屋を出た。彼らをシチュリアとフィックが見送ってくれる。
泉の入り口の前で、シチュリアがモニカに杖と脇差を返した。藍もアサギリも、モニカの傍でいられなくて寂しかったのか、彼女に抱きしめられると光と花びらを舞い散らせた。
「シチュリア、フィック、お世話になりました!」
「本当にありがとう!」
双子が二人にハグをしながらお礼を言った。
相変わらずスキンシップに慣れていないシチュリアは、双子に抱きしめられてカチコチになっている。
「え、ええ」
「また会いに来るね!」
「お待ちしております」
一方フィックは、微笑を浮かべてハグに応じた。
「フィック。面倒を見てくれたり、血を飲ませてくれたり、たくさん助けてくれてありがとうね」
「気にしないで」
「フィックとお話しするの楽しかったよ」
「僕もだよ、アーサー」
「フィックはまたピュトァ泉に来る?」
「しばらくは来ないと思うけど、いつかまた、来るよ」
「そっかあ。その時にまた会えるといいね!」
「そうだね」
アーサーは、フィックの細っこい体を両腕で感じた。
フィックももうすぐピュトァ泉を去ると言っていた。家に帰っても、フィックはちゃんと食事を摂ってくれるだろうか。一緒に遊ぶ友だちはいるのだろうかと、だんだんとフィックのことが心配になってくる。
どうしたものかと考えて、アーサーは良いことを思いついた。
「そうだフィック! 連絡先を教えてよ! お手紙とか、伝書インコとか飛ばしたいし、時々遊びに行きたい!」
「あ! それいいわね! わたしたちこれからまったり旅をする予定なの。フィックのおうちの近くに来たときは、顔を出したい!」
モニカもアーサーの案に大賛成だ。アイテムボックスから紙とペンを取り出してフィックに差し出す。
だが、フィックは小さく首を振った。
「ごめん。教えられないんだ。僕の親、そういうの厳しくて」
「そっかあ……」
「それに、僕の家は変わり者が多いからあまり紹介したくないんだ。恥ずかしくて」
「そんなの気にしなくていいのに」
しょんぼりしているアーサーとモニカの手を取り、フィックは寂し気に微笑んだ。
「大丈夫。また会える」
「うん……」
「じゃあせめて、君のインコが僕たちを見つけられるように、髪束を渡しておくよ」
アーサーはそう言って、ナイフで髪を少しだけ切り落とした。モニカも同じことをしてフィックに手渡す。
「僕たち実は冒険者なんだ。だからちょっとは強いんだよ。助けが必要になったときはいつでも呼んでね。そうじゃなくても、寂しくなったら呼んで。いつでも飛んでいくからね」
「ちゃんと毎日ごはん食べてね。食べたくないって思ったときは、わたしのことを思い出して、がんばって一口多く食べて」
「……うん。ありがとう」
フィックは大切そうに髪束を受け取り、瞳を滲ませて目尻を下げた。
「アーサー、モニカ」
「なあに?」
「もう一度だけ、ハグしてくれる?」
「もちろん!」
珍しいおねだりに、双子はパッと目を輝かせてフィックに飛びついた。細っこい体が折れてしまいそうなほど強く抱きしめて、髪がぐしゃぐしゃになるまで頭を撫でる。フィックは声を出して笑い、双子にぎゅーっと抱きついた。
彼らがじゃれ合っているところを傍で見ていたシチュリアも、目尻にそっと指を添えていた。
「シチュリア! フィック! またねー!!」
「ばいばーい!!」
双子が手を振りながら山を下りていく。シチュリアとフィックは、彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。
◇◇◇
一文無しの家なき子に逆戻りしてしまったアーサーとモニカ。
二人に残されたのは、ナイフと杖と脇差のみっつだけ。
他のものは、なにもかも失った。
それでもモニカは、こうしてアーサーとまた隣り合って歩けたことが嬉しかった。
アーサーも同じ気持ちだった。
「ほんと、これからどうしよっかー!」
「どうしよう~!」
「まずはお金が必要だよねー」
「働けるところ探さないとね!」
「このあたりに町があるといいなー」
双子の声色は、途方に暮れているとはとても思えない明るさだった。
山を下りている途中で山うさぎを見つけたアーサーが、追いかけてはしゃぐこともあった。
モニカが気味の悪い虫を捕まえて「宝石みたい!」とポケットに放り込み、アーサーがドン引きすることもあった。
はしゃぎ疲れたモニカは、アーサーに背負ってもらう。
彼女は兄の首に腕を回し、嬉しそうに呟いた。
「お金がなくたって、家がなくたって、アーサーと一緒だったらこんなに楽しい」
「僕もだよ。モニカがいてくれたらなんにもいらない」
「わたしも」
ニコニコしながら二人は下山した。
山の入り口で、アーサーは振り返り山頂を仰ぐ。
「シチュリア。ごめんね。……ありがとう」
「……」
モニカも兄と同じところへ目を向けた。
あのような廃れた場所で、10年間もたった一人で暮らしてきたシチュリア。彼女のことを想うと、胸がキュッと締め付けられた。
「また、会いに行くからね。……それがシチュリアにとって嬉しい事なのかは分からないけど」
「喜んでくれるといいな。怒ってくれてもいいよ」
「そうね」
そしてアーサーはうーんと唸る。
「どうしたのアーサー?」
「うーん……。気のせいなのかなあ」
「何が?」
「僕、フィックとどこかで会ったことがある気がするんだ」
「そうなの?」
「うん。でも、分からないんだ。今までにもあの髪色と瞳の子たちはたくさんいたから」
「もしかしたら学院の子なんじゃない?」
「そうかもね」
「フィックとも、また会いたいね」
「うん。会いたい。フィックと過ごした毎日、楽しかった」
シチュリアとフィックとのお別れが寂しいのか、アーサーは冷たい風が吹く中じっと山頂を眺め続けた。
寒さに耐えきられず、モニカが半ば無理やり兄を歩かせる。
双子の目には見えない加護の糸が、たゆたう水のように揺れた。
アーサーとモニカを結ぶ糸は、強く彼らの命を繋いでいる。
双子とミアーナを繋いでいた糸は、今では杖と結ばれている。
アーサーだけは、ペンダントと繋がる若い糸を持っていた。
そして、新たに結ばれたシチュリアとの加護の糸。
ミアーナの糸に比べてか細い糸だが、今にも切れてしまいそうな繊細さはまさしく彼女らしい。
ーー双子は知る由もなかった。
彼らに結ばれたもう一本の糸が、ピュトア山の頂で出会った少年と繋がっていたことを。
泉の入り口の前で、シチュリアがモニカに杖と脇差を返した。藍もアサギリも、モニカの傍でいられなくて寂しかったのか、彼女に抱きしめられると光と花びらを舞い散らせた。
「シチュリア、フィック、お世話になりました!」
「本当にありがとう!」
双子が二人にハグをしながらお礼を言った。
相変わらずスキンシップに慣れていないシチュリアは、双子に抱きしめられてカチコチになっている。
「え、ええ」
「また会いに来るね!」
「お待ちしております」
一方フィックは、微笑を浮かべてハグに応じた。
「フィック。面倒を見てくれたり、血を飲ませてくれたり、たくさん助けてくれてありがとうね」
「気にしないで」
「フィックとお話しするの楽しかったよ」
「僕もだよ、アーサー」
「フィックはまたピュトァ泉に来る?」
「しばらくは来ないと思うけど、いつかまた、来るよ」
「そっかあ。その時にまた会えるといいね!」
「そうだね」
アーサーは、フィックの細っこい体を両腕で感じた。
フィックももうすぐピュトァ泉を去ると言っていた。家に帰っても、フィックはちゃんと食事を摂ってくれるだろうか。一緒に遊ぶ友だちはいるのだろうかと、だんだんとフィックのことが心配になってくる。
どうしたものかと考えて、アーサーは良いことを思いついた。
「そうだフィック! 連絡先を教えてよ! お手紙とか、伝書インコとか飛ばしたいし、時々遊びに行きたい!」
「あ! それいいわね! わたしたちこれからまったり旅をする予定なの。フィックのおうちの近くに来たときは、顔を出したい!」
モニカもアーサーの案に大賛成だ。アイテムボックスから紙とペンを取り出してフィックに差し出す。
だが、フィックは小さく首を振った。
「ごめん。教えられないんだ。僕の親、そういうの厳しくて」
「そっかあ……」
「それに、僕の家は変わり者が多いからあまり紹介したくないんだ。恥ずかしくて」
「そんなの気にしなくていいのに」
しょんぼりしているアーサーとモニカの手を取り、フィックは寂し気に微笑んだ。
「大丈夫。また会える」
「うん……」
「じゃあせめて、君のインコが僕たちを見つけられるように、髪束を渡しておくよ」
アーサーはそう言って、ナイフで髪を少しだけ切り落とした。モニカも同じことをしてフィックに手渡す。
「僕たち実は冒険者なんだ。だからちょっとは強いんだよ。助けが必要になったときはいつでも呼んでね。そうじゃなくても、寂しくなったら呼んで。いつでも飛んでいくからね」
「ちゃんと毎日ごはん食べてね。食べたくないって思ったときは、わたしのことを思い出して、がんばって一口多く食べて」
「……うん。ありがとう」
フィックは大切そうに髪束を受け取り、瞳を滲ませて目尻を下げた。
「アーサー、モニカ」
「なあに?」
「もう一度だけ、ハグしてくれる?」
「もちろん!」
珍しいおねだりに、双子はパッと目を輝かせてフィックに飛びついた。細っこい体が折れてしまいそうなほど強く抱きしめて、髪がぐしゃぐしゃになるまで頭を撫でる。フィックは声を出して笑い、双子にぎゅーっと抱きついた。
彼らがじゃれ合っているところを傍で見ていたシチュリアも、目尻にそっと指を添えていた。
「シチュリア! フィック! またねー!!」
「ばいばーい!!」
双子が手を振りながら山を下りていく。シチュリアとフィックは、彼らが見えなくなるまで手を振り続けた。
◇◇◇
一文無しの家なき子に逆戻りしてしまったアーサーとモニカ。
二人に残されたのは、ナイフと杖と脇差のみっつだけ。
他のものは、なにもかも失った。
それでもモニカは、こうしてアーサーとまた隣り合って歩けたことが嬉しかった。
アーサーも同じ気持ちだった。
「ほんと、これからどうしよっかー!」
「どうしよう~!」
「まずはお金が必要だよねー」
「働けるところ探さないとね!」
「このあたりに町があるといいなー」
双子の声色は、途方に暮れているとはとても思えない明るさだった。
山を下りている途中で山うさぎを見つけたアーサーが、追いかけてはしゃぐこともあった。
モニカが気味の悪い虫を捕まえて「宝石みたい!」とポケットに放り込み、アーサーがドン引きすることもあった。
はしゃぎ疲れたモニカは、アーサーに背負ってもらう。
彼女は兄の首に腕を回し、嬉しそうに呟いた。
「お金がなくたって、家がなくたって、アーサーと一緒だったらこんなに楽しい」
「僕もだよ。モニカがいてくれたらなんにもいらない」
「わたしも」
ニコニコしながら二人は下山した。
山の入り口で、アーサーは振り返り山頂を仰ぐ。
「シチュリア。ごめんね。……ありがとう」
「……」
モニカも兄と同じところへ目を向けた。
あのような廃れた場所で、10年間もたった一人で暮らしてきたシチュリア。彼女のことを想うと、胸がキュッと締め付けられた。
「また、会いに行くからね。……それがシチュリアにとって嬉しい事なのかは分からないけど」
「喜んでくれるといいな。怒ってくれてもいいよ」
「そうね」
そしてアーサーはうーんと唸る。
「どうしたのアーサー?」
「うーん……。気のせいなのかなあ」
「何が?」
「僕、フィックとどこかで会ったことがある気がするんだ」
「そうなの?」
「うん。でも、分からないんだ。今までにもあの髪色と瞳の子たちはたくさんいたから」
「もしかしたら学院の子なんじゃない?」
「そうかもね」
「フィックとも、また会いたいね」
「うん。会いたい。フィックと過ごした毎日、楽しかった」
シチュリアとフィックとのお別れが寂しいのか、アーサーは冷たい風が吹く中じっと山頂を眺め続けた。
寒さに耐えきられず、モニカが半ば無理やり兄を歩かせる。
双子の目には見えない加護の糸が、たゆたう水のように揺れた。
アーサーとモニカを結ぶ糸は、強く彼らの命を繋いでいる。
双子とミアーナを繋いでいた糸は、今では杖と結ばれている。
アーサーだけは、ペンダントと繋がる若い糸を持っていた。
そして、新たに結ばれたシチュリアとの加護の糸。
ミアーナの糸に比べてか細い糸だが、今にも切れてしまいそうな繊細さはまさしく彼女らしい。
ーー双子は知る由もなかった。
彼らに結ばれたもう一本の糸が、ピュトア山の頂で出会った少年と繋がっていたことを。
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