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北部編:イルネーヌ町
殺す少年
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◇◇◇
「ヴィクス王子。王城へ到着いたしました」
「ああ。ありがとう」
従者に差し出された手に支えられながら、ヴィクスは馬車を降りた。約二か月ぶりに戻って来た王城を見上げ、彼はぼそりと呟く。
「心は泉に置いてきた。さあ、戻ろうか。僕の牢獄へ」
「殿下、今なんと……?」
「おや、聞いていたのかい?」
ヴィクスはちらりと従者に目をやった。彼の冷たい瞳に震えあがったその瞬間、従者の視界には星が散らばる夜空が広がっていた。
「……え?」
王子の風魔法により頭がなくなった胴体は、血を巻き散らしてどさりと地面に倒れこむ。
ヴィクスが返り血で汚れることはなかった。シチュリアに教えてもらった結界魔法が、彼と従者を隔てていた。彼は一瞥もせず、門番に命令する。
「片付けておいて」
「はっ」
王城の中へ入ると、エントランスホールで従者と衛兵が出迎えた。彼らの先頭には、最愛の息子の帰りを待ちに待っていた国王と王妃が両腕を広げている。
「おお、ヴィクス。よく無事に帰ってきたな」
「ヴィクス……! ああ、二カ月も離れ離れになるなんて、私、寂しくて、寂しくて!! さあ、顔を見せてちょうだい。……少しだけど顔色が良くなったわね。私のヴィクス、さあ、笑顔を」
王妃に両頬を手で包まれたヴィクスは、彼女の顔をしっかり見てニッコリと笑って見せた。
「父上、母上。ただいま戻りました。ああ、寂しかったです」
「私もよヴィクス。もう二度と、あんな我儘言わないでちょうだい」
目に涙を溜めて王子を抱きしめる王妃を、国王は苦笑いをして窘める。
「ヴィクスが我儘を言うなぞ、余程体調が悪かったということ。そのようなこと、言ってやるんじゃない」
「そ、そうね。でも、もしまた行くことがあるのなら、私もついて行きますからね。なんせあの聖女は疎ましきミアーナの娘なのだから。根も葉もないことをヴィクスに教え込むのではないかと、私は心配で心配で、夜も眠れなかったのよ」
「考えすぎだ。あのような小娘に、聡明なヴィクスをたぶらかせるはずがなかろう」
「ふふ、そう言えばそうだわ」
国王と王妃の会話を、ヴィクスは何も言わずにただ目尻を下げるだけだった。彼はそっと王妃から離れて、国王にもハグをする。
そして軽く会釈をした。
「父上、母上。長旅でしたので少々疲れてしまいました。僕はこれで」
「ゆっくり休み、明日の公務に備えなさい」
「おやすみなさい、ヴィクス。ふふ、やはりヴィクスが城にいるとパッと明るくなるわ」
「……」
背筋をピンと張り、堂々と廊下を歩く。部屋へ入ると、すぐさま従者が現れ湯浴みの準備を始めた。テーブルの上には山ほどの焼き菓子が並べられている。
ヴィクスはそれをひとつ口に放り込んだ。
「おいしいね」
それを見た従者が目を丸くする。
「あら。ヴィクス王子が自らお食事を」
「どんな味がするんだろう」
「……?」
「僕の部屋に置かれているのだから、きっとおいしいんだろうね」
「……お口に召しませんでしたでしょうか……?」
不安げに様子を窺う従者に気付き、ヴィクスは「おっと」と口に手を当てる。
「いいや、とてもおいしいよ」
「別の物を用意いたしますが……」
「構わない。どれも同じだから。ところで、湯浴みの準備はできたかな? 早く体を綺麗にしたいんだけど」
「あっ、は、はい! こちらへどうぞ」
ヴィクスは焼き菓子をふたつ摘まみ、歩いている間に飲み込んだ。そして小さく頷き微笑んだ。
「ヴィクス王子。王城へ到着いたしました」
「ああ。ありがとう」
従者に差し出された手に支えられながら、ヴィクスは馬車を降りた。約二か月ぶりに戻って来た王城を見上げ、彼はぼそりと呟く。
「心は泉に置いてきた。さあ、戻ろうか。僕の牢獄へ」
「殿下、今なんと……?」
「おや、聞いていたのかい?」
ヴィクスはちらりと従者に目をやった。彼の冷たい瞳に震えあがったその瞬間、従者の視界には星が散らばる夜空が広がっていた。
「……え?」
王子の風魔法により頭がなくなった胴体は、血を巻き散らしてどさりと地面に倒れこむ。
ヴィクスが返り血で汚れることはなかった。シチュリアに教えてもらった結界魔法が、彼と従者を隔てていた。彼は一瞥もせず、門番に命令する。
「片付けておいて」
「はっ」
王城の中へ入ると、エントランスホールで従者と衛兵が出迎えた。彼らの先頭には、最愛の息子の帰りを待ちに待っていた国王と王妃が両腕を広げている。
「おお、ヴィクス。よく無事に帰ってきたな」
「ヴィクス……! ああ、二カ月も離れ離れになるなんて、私、寂しくて、寂しくて!! さあ、顔を見せてちょうだい。……少しだけど顔色が良くなったわね。私のヴィクス、さあ、笑顔を」
王妃に両頬を手で包まれたヴィクスは、彼女の顔をしっかり見てニッコリと笑って見せた。
「父上、母上。ただいま戻りました。ああ、寂しかったです」
「私もよヴィクス。もう二度と、あんな我儘言わないでちょうだい」
目に涙を溜めて王子を抱きしめる王妃を、国王は苦笑いをして窘める。
「ヴィクスが我儘を言うなぞ、余程体調が悪かったということ。そのようなこと、言ってやるんじゃない」
「そ、そうね。でも、もしまた行くことがあるのなら、私もついて行きますからね。なんせあの聖女は疎ましきミアーナの娘なのだから。根も葉もないことをヴィクスに教え込むのではないかと、私は心配で心配で、夜も眠れなかったのよ」
「考えすぎだ。あのような小娘に、聡明なヴィクスをたぶらかせるはずがなかろう」
「ふふ、そう言えばそうだわ」
国王と王妃の会話を、ヴィクスは何も言わずにただ目尻を下げるだけだった。彼はそっと王妃から離れて、国王にもハグをする。
そして軽く会釈をした。
「父上、母上。長旅でしたので少々疲れてしまいました。僕はこれで」
「ゆっくり休み、明日の公務に備えなさい」
「おやすみなさい、ヴィクス。ふふ、やはりヴィクスが城にいるとパッと明るくなるわ」
「……」
背筋をピンと張り、堂々と廊下を歩く。部屋へ入ると、すぐさま従者が現れ湯浴みの準備を始めた。テーブルの上には山ほどの焼き菓子が並べられている。
ヴィクスはそれをひとつ口に放り込んだ。
「おいしいね」
それを見た従者が目を丸くする。
「あら。ヴィクス王子が自らお食事を」
「どんな味がするんだろう」
「……?」
「僕の部屋に置かれているのだから、きっとおいしいんだろうね」
「……お口に召しませんでしたでしょうか……?」
不安げに様子を窺う従者に気付き、ヴィクスは「おっと」と口に手を当てる。
「いいや、とてもおいしいよ」
「別の物を用意いたしますが……」
「構わない。どれも同じだから。ところで、湯浴みの準備はできたかな? 早く体を綺麗にしたいんだけど」
「あっ、は、はい! こちらへどうぞ」
ヴィクスは焼き菓子をふたつ摘まみ、歩いている間に飲み込んだ。そして小さく頷き微笑んだ。
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