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決戦編:カトリナ

再会

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それは、カトリナとジルがカミーユパーティとしてS級冒険者になり、初めてギルド本部会議に参加した日のことだった。

バンスティン国中心部に構えているギルド本部。S級冒険者は半年に一度そこに集まり、今後の方針などの話し合いを行う。S級冒険者同士が顔を合わせる数少ない機会だった。

ギルド本部会議には、〝長老〟と呼ばれている冒険者ギルドの重役――カミーユやリアーナは〝脳みそカッチカチのジジイの集まり〟と呼んでいる――も参加する。

カミーユパーティが会議室に到着したときは、まだ他のS級冒険者はおらず、五人の長老が長机の前で座っていた。

(真ん中に座ってる人が本部ギルドマスターかな。彼だけ年が若い)

ジルと目が合った五十代の男性がニコッと笑ったので、ジルはふいと顔を背けた。
するとその男性がカミーユに声をかける。

「カミーユ。彼らが君の新しいメンバーかい?」
「おう。もう紹介しちまっていいのか?」
「うーん、みんなが集まってからにしようか」
「おう」

カミーユの隣で、リアーナが小さく舌打ちするのがジルの耳に届いた。

(リアーナはあの人が好きじゃないのかな)

会議室には、長老が腰かけているもの以外に二十五脚の椅子が用意されていた。ジルは一番端の椅子に座りたかったが、カミーユが迷わずド真ん中の椅子に腰をおろしたので、げんなりしながらカトリナの隣に座る。

しばらく待っていると、S級冒険者と思しき人たちがぞろぞろと入室した。全員が歴戦の戦士感を漂わせていたので、ジルは思わず鼻で笑ってしまう。

「こらァ、ジル。笑わないの」
「あ、ごめん」

冒険者たちは、新人S級冒険者であるカトリナとジルに興味津々だった。特に男性冒険者は、カトリナをジロジロと見て腰を屈めていた。

(気持ちわる。発情期の猫みたい)
「ジル。顔に出てるわよォ」
「あ、ごめん」

クスクスと笑っているのはカトリナだけで、カミーユは呆れたように文句を垂れる。

「おい、ジル。仏頂面は仏頂面らしく、無表情を貫けよ」
「なにゴリラ。人語なんて喋って」
「ああん?」
「声がうるさい。静かにしてくれない?」
「こんのヤロォ……」

ピキピキとこめかみに青筋を立てるカミーユの隣で、リアーナが大声で笑う。

「ぎゃははは! カミーユゴリラ! バナナいるかぁ?」
「うるせえぞリアーナ。やんのかぁ?」
「お、やるか? いいぜ!」
「ちょっとそこのうるさいの。騒がないでくれない? 耳が痛い」
「あぁ!? だからあたしはリアーナだって言ってるだろ!! ちゃんと名前で呼べぇ!!」
「うるさい。鼓膜が破れる」
「このガキがぁ……」

般若のような形相でジルを睨みつけるカミーユとリアーナを、カトリナがおっとりと宥める。

「ごめんなさいねェ。ジルは人一倍聴覚が良くて。それにすっごく人見知りで、知らない人がたくさんいるこの場所が落ち着かなくてピリピリしちゃってるの。許してあげてェ」
「ったく……。こんなんでうまくやっていけるのかねえ」
「はー、気に食わねえ気に食わねえ」
(気に食わないのは僕の方だ)

カミーユパーティのピリピリした雰囲気に、先ほどまでカトリナを見てニヤニヤしていた冒険者たちもすっかり萎えていた。
静まり返った会議室に、最後のS級パーティが入室する。

「おう! 待たせたなあ。ちょーっと落石で道を塞がれた商人を助けてて――」
「クルド、くだらない嘘の言い訳はいいから、早く席に座れよ」

カミーユが話を遮ると、パーティリーダーが「へいへーい」とやる気のない返事をして空いていた席に座った。

「「え……」」

カトリナとクルドパーティの一人が同時に小さな声をあげた。

「?」

ジルがちらりとカトリナを見ると、彼女は顔を青くしてカタカタと震えている。
彼女の視線の先には――

「……」

ピンク色の髪に垂れ目をした、背中に弓をかけている男性がいた。彼もまたカトリナを見て固まっている。

「……!」

ジルは勢いよく立ち上がり、人目も気にせずカツカツとピンク髪の男性の元に歩いていく。背後からカミーユの声が聞こえたが無視して進み、その男性のピンク髪を引っ張った。

「いっ」
「君、もしかしてサンプソンじゃない?」
「あ、ああ……そうだけど……」
「やっぱり」

その時、ジルがはじめてカトリナ以外の前で笑った。だがその笑顔はひどく冷たく、殺意すら帯びていた。

「っ、ジル!」「おいジルなにしてんだ!」「やめろジル!」

カミーユパーティの叫び声。それは、ジルが目にも止まらぬ速さでナイフを取り出し、サンプソンの首に突き刺そうとしたのがはっきりと彼らの目に映ったからだ。

「っ……」

しかしそのナイフは、サンプソンの細くて長い指に華麗に受け止められた。力があるようには思えない華奢な手なのに、ジルでは押し返せないほど力が強い。
サンプソンは、まるでラブレターを差し出されたときかのような爽やかな笑顔をジルに向けた。

「熱烈な挨拶だね。君、誰かな?」
「……ジル」
「ああ、君がジルか。会ったことはないけど……君のことは、よく知っているよ」
「どうして?」
「手紙にたくさん、君のことが書いてあったから」
「っ……」

悪びれもせずにそんなことを言うサンプソンに、ジルは唇を噛み、掴まれていない方の手で再びナイフを振り上げたが――

「やめなさい、ジル」

今度はいつしか背後に立っていたカトリナに腕を掴まれた。彼女の握力からして、かなり怒っていることが分かる。

「……ごめん」

ジルの背後には、カトリナ以外にもカミーユとリアーナが立っていた。彼らもジルを止めようとしていたようだ。
不思議だったのは、クルドパーティは一人もサンプソンを助けようとしていなかったことだ。

ジルの肩をがっしり掴み牽制しながら、カミーユがサンプソンに片手を上げる。

「悪かったな、サンプソン」
「気にしないで」
「悪かったな、クルド」

謝られたクルドはヘッと笑い方をすくめた。

「構わねえよ。そんなガキに、サンプソンが負けるわけねえしな」

その言葉にジルは立ち止まる。

「は?」
「聞こえなかったのか? もう一度言ってやろうか」
「おいぃ! 悪かった! 悪かったから、もうこいつをイジめないでくれねえか!」
「おいカミーユ。ガキの躾くらいちゃんとしろや」
「おう! 悪い悪い」

火花を散らせているジルとクルドを、カミーユが慌てて宥めた。ゴリラの馬鹿力でジルを無理矢理席まで引きずりながら、カミーユが小声で窘める。

「おい。まじで気を付けろよお前。クルド、割とガチでキレてたぞあれ」
「どうしてあんなゴリラ二号のご機嫌取りしなきゃいけないの」
「あのなあ。言っとくが、この会議室にいる冒険者の中でお前が一番弱えんだぞ。冒険者に気が長いやつなんかいねえ。気を付けねえと、普通に殺されるぜ」
「ふん」
「はぁぁ……」

こりゃ、前途多難だな、とカミーユが呟いたのが聞こえた。
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