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決戦編:カトリナ

婚約破棄※※

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※注意※
※この話はかなり胸糞悪いショッキングな描写があります※
※15歳未満の方、エグいのが苦手な方は、飛ばしてください※
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サンプソンは、ムルを失ったあの日から、カトリナに会いに行くことをやめた。
彼には守らなければならない人ができた。マデリアだけを置いて、家を離れるわけにはいかない。

(本当は早く婚約破棄をしてあげたほうがいいんだけど……。カトリナを手放したくないという気持ちが決心させてくれない)

婚約破棄の手紙を出すのは明日にしよう、いや明後日に……と引き伸ばしている間に、二年の月日が経ってしまった。

サンプソンはその二年間、何もしていなかったわけではない。彼は父親に、闇オークションで子どもを買わないよう、そして魔術師を追放するよう説得を試みていた。

(父さんが……バーンスタイン家が変わってくれたら、マデリアもこの家で幸せに暮らせるし、カトリナも迎え入れられる。絶対に父さんを説得して、カトリナと結婚するんだ)

だが、父は一向に聞く耳を持たないどころか、サンプソンがなぜ怒っているのかも分からない様子だった。

ある日の夜、兄の寝室の前を通り過ぎたとき、父と兄の話し声が聞こえた。

「最近サンプソンの様子がおかしいんだが……心当たりがないか?」
「さあ……。あいつ、まだ闇オークションと縁を切れだなんて言っているの?」
「ああ。それに、魔術師を追い出せとも」
「へえ。なんでだろう」
「それが分からんのだよ……」

サンプソンは足音を立てず、ドアに耳を近づける。

「あっ、もしかしたら……」
「なんだ?」
「カトリナのせいじゃない?」
「カトリナ? なぜカトリナの名前が出てくる?」
「あいつ、一向にカトリナと結婚しないだろ? もしかしたらカトリナが駄々をこねているのかも」
「なるほどな。オーヴェルニュ家は闇オークションと関りがないしなあ。カトリナが嫌がっているのか」
「そうに違いない。だから、サンプソンが辞めろなんてことを言ってくるんだ」
「ううむ。それは悪い影響を受けたものだなあ……」

サンプソンの頬に汗が伝う。この会話がどう終わりを迎えるのか、彼には予想もつかない。

「だから、末弟とはいえ闇オークションと関りがない貴族なんてやめたほうがいいって言ったんだよ」
「いやあしかし、美しいだろう、カトリナは」
「そりゃあもう美しいさ。幼い頃から美しかったけど、大人になってからもっと美しくなった」
「だろう? 欲しいじゃないか、我が家に」
「欲しいなあ」

(欲しい……? どういうことだ……)

サンプソンの疑問は、父親の言葉によってすぐに消える。

「時たまわしらの相手もしてもらおうと思ってたんだがなあ」
「っ……」

その言葉に、サンプソンの顔から血の気が引くのを感じた。
兄の笑い声が聞こえる。

「俺だって楽しみにしてたんだけどなあ」
「お前の妻も、次男の妻も楽しませてもらっているが、やはりカトリナは別格だからなあ」
「でも次男の妻よりは俺の妻の方がましだろう?」
「はは。そういうことにしとこう」

吐き気を催した。
バーンスタイン家が、自分の妻に兄弟や父親の相手をさせていることをサンプソンは知らなかった。

「サンプソン……あいつは色男のくせにそういうことに全く興味を示さないからな」
「ううむ……。サンプソンは潔癖なところがあるからなあ。内緒にしているんだ」
「その方がいい。これを知ったら小姑のように文句を言ってきそうだ」
「だろう? はあ……どうしようか……」
「だったら、闇オークションもやめて、魔術師も追放したと見せかけるのはどうかな」
「ああ、なるほど。全てをやめたと見せかけて、サンプソンにバレないようこそこそ続けるというのだな。良い考えだ」
「別棟にはさすがにサンプソンも足を運ばないだろう。あそこに魔術師を移住させたり、闇オークションで買った人間たちを隔離したりしたら、バレない」
「お前は天才だな! それなら闇オークションも実験も続けられるし、カトリナとサンプソンも結婚する」
「そういうこと。ああ、楽しみだなあ。カトリナ……」

サンプソンは口を抑え、トイレに駆け込んだ。嘔吐が止まらない。

(なんて場所なんだここは……! 狂ってる……! 王族の血を引いていたら、何をしてもいいと思っているのか……!? 自分の妻でさえ、人間として扱っていなかったなんて……。こんな、こんな家にカトリナを迎え入れるわけにはいかない。僕と結婚することは、カトリナを必ず不幸にする……!)

震える足で、這うようにして寝室に戻ったサンプソンに、マデリアが首を傾げた。

「どうしたのサンプソン。顔色が悪いわ」
「マデリア……。この家は狂ってる……」
「あら。そんなこと、とっくの前に知っているけれど」
「ああ、そうだったね……」

サンプソンは力なく笑い、テーブルに羊皮紙を広げた。

「カトリナ。君は僕と結婚するべきじゃない。ああ、もっと早く決心しておけばよかった。僕はカトリナを、十四年間も縛ってしまった……」

婚約破棄をするという文章を書いたのち、サンプソンのペンが止まる。

「……これ以上何を書けばいいんだ。何も書けない……。書くべきじゃない……」

伝書インコが飛び立つのをぼうっと眺めていたサンプソンの目から、涙が流れていることにマデリアは気付いた。

「これで本当に、さようならだ……」
「サンプソン……」

マデリアはサンプソンの頭に手を置き、抱き寄せる。

「私のせい?」

サンプソンが首を振る。

「この家のせい?」
「……ああ」
「そう……」

マデリアの魔物の手が、彼の頭をそっと撫でる。サンプソンの涙で肩が濡れるのを感じた。

「……別れたくない……。カトリナと結婚したかった……。カトリナは僕の良心で……純粋な心そのものだった……」

マデリアは深く息を吸い、口を開く。

「……サンプソン。この家を出ましょう」
「……え」
「この家と縁を切って、またカトリナに会いに行きましょうよ。バーンスタイン家のサンプソンじゃない、サンプソンとして」
「あ、あはは。そんな……。そんな、バーンスタイン大公の息子という肩書がなくなった僕を、オーヴェルニュ家が認めてくれるわけないだろう?」
「そんなこと分からないわ。少なくとも、ここにいるよりはマシでしょう」
「……」
「どちらにしても、ここにいても何も変わらないわ。私にも外に出てしたいことがあるし」
「したいことかい……?」
「ええ。ここに出て、私やムルのような子どもを助けたいの。きっと他の貴族も似たようなことをしているんでしょう?」
「……まあ、そうだね。そういう貴族は多いかな……」
「助けたいわ。ここにいたって何も変わらないんだもの」
「そう、だね……」

こうして、バーンスタイン家に愛想を尽かしたサンプソンは、マデリアを連れて家を出た。両親に一言も告げず、置手紙だけを残して。

弓術が一流だったサンプソンと、魔法が一流のマデリアは、食っていくために冒険者になった。しばらくは点々とクエストをこなしながら町を移動していたが、最終的にサンプソンは故郷のバンスティン国中部を捨て、北部に拠点を置いた。オーヴェルニュ家が治めている土地、イルネーヌ町に。

そこで出会った、当時A級冒険者だったクルドは、彼らの秀でた能力に惚れこんでパーティに誘った。マデリアの目的を聞いた彼は、乗り気で協力すると申し出る。

いつしか彼らは貴族ご用達のS級冒険者となっていた。そしてサンプソンが二十七歳の時、同じくS級冒険者となったカトリナと再会することになる。
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