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決戦編:裏S級との戦い

地下五十階

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 暗い暗い洞窟の中で、裏S級冒険者たちは各々好きなことをしてくつろいでした。
 マルムは壁に魔物を磔にして、ナイフを投げて遊んでいる。
 ヴァラリアは魔物に調合した薬を飲ませ、どんな症状があらわれるか実験していた。
 そしてサイコパス魔術師ーーヘラは、魔物の四肢を丁寧に切り離している。

 そんな三人の背後に、シルヴェストルが物音を立てずにどこからともなく現れた。まるで水の上に足先を乗せるように、そっと。

「S級が地下五十階まで到着したよ」

 それを聞いたヴァラリアが口笛を吹いた。

「たった半年でもう地下五十階? 早いな。で、今何人残ってるんだ?」
「誰も減ってない。みんな生きてるよ」
「はあ? まじでか?」

 マルムも信じられないようだ。

「シルヴェストルでも冗談言うんだ。ちょっと面白かったよ」
「ううん、本当」
「……まさか。さすがにありえない。だってここはバンスティンダンジョンだよ。しかも王族がこれでもかというほど買い込んでいた魂魄をぶちまけたところ」
「そうだね」
「……?」

 マルムは探るような目でシルヴェストルを見た。しかしすぐに目を背け、他の裏S級に声をかける。

「……ま、いっか。じゃあ、どうする? さすがにS級だってバテてるだろうし、そろそろ僕たちが出てもいい頃合いだと思うけど」

 マルムの言葉に、パスが頬を紅潮させる。

「ンンン! やっとだねえ! S級の体、きっとすんばらしい素材になるよぉぉぉ! それにS級の中にはあの素材もいるんだろう? あたしのお気に入り」
「マデリアのこと? いるよ」
「ウヒヒヒヒ! あの素材はあたしが持ち帰るからね! 絶対殺さないでおくれよ!!」
「あとでちゃんと殺してくれるなら良いよ」
「もちろん死ぬまで実験を止めないよぉ」
「うん。じゃあいいよ。マデリアには手を出さないでおく」
「ンヒヒヒヒ!」

 一方ヴァラリアは、どす黒い液体を瓶に詰めながら肩をすくめた。

「俺は戦闘なんて専門外なんでね。裏方でやらせてもらうぞ」
「だろうね。じゃあ、良い薬ちょうだい」
「いいぞ。アーサーに飲ませた魔物ジュースはなかなか使えると思うから持っていけ。あとはまあ、いつも通りのえぐい薬と反魔法液な」

 ヴァラリアに手渡された薬をアイテムボックスに詰め込んだヘラは、上機嫌でアジトを出る。

「ヴァラリア」

 マルムはアジトを出る前、ヴァラリアになにか耳打ちをした。
 彼の後ろ姿を目で追いながら、ヴァラリアはにやりと笑う。

「りょーかい」

 そして、シルヴェストルに声をかけた。

「お前は行かないのか?」
「行くよ。お留守番よろしくね、ヴァラリア」
「へいへーい。楽しんでー」

◇◇◇

 双子とS級冒険者は、地下五十階の最奥でうなだれていた。

「まだ……終わらねえのかよ……」

 五十階の最奥は行き止まりではなく、地下に続く階段があった。五十階で終わりだろうと踏んでいたS級冒険者たちは、限界を迎えている体力と、まだ終わりではないショックで見るからに参っている。
 百戦錬磨のS級冒険者でさえこの調子だ。彼らよりずっと経験が浅いアーサーとモニカも、いうまでもなく限界だ。アーサーはまだ自分の足で歩けているが、モニカはもう、体力が尽きて自分で歩くことができない。彼女はここ最近はずっと、カミーユかクルドに背負われて先に進んでいた。

「ごめんね……。カミーユも疲れてるのに……」
「お前なんて鳥の羽くらいの重さしかねえから気にすんな。俺らの方こそすまねえな。魔力をカツカツまで使わせて……」
「ううん、それはいいの……。それが私の役目なんだから」

 ヒト型魔物が出現すると、どうしても聖魔法が使えるリアーナとモニカに頼り切りになってしまう。杖を持つのもやっとなモニカは、それでも必死に貢献してきた。
 たとえ背負って先に進むことになっても、S級冒険者の誰ひとりとしてモニカを疎ましがる人はいなかった。

 半年間もダンジョンに潜っている彼らの食料の蓄えは三分の一を切った。ダンジョンがいつまで続くのか分からないので、残量が三分の一であることが余計に不安を掻き立てる。
 ちまちまと干し肉を齧るだけなので、体力の回復も、頭の回転も遅くなる。

 地面に座り込んだメンバーに、カミーユは声をかけた。

「……とりあえず、今日は休むか」
「んおー。ばあちゃんのエリクサー飲みてえ~……」

 リアーナは地面に大の字に寝転び、魔物の血で汚れた自分の手を眺めた。

「こんなに長いことダンジョンに潜ったのは初めてだぜぇ……」
「だな……。半年はかかるだろうと思ってたが、半年経っても終わらねえとは思ってなかった」
「魔力カッスカスだ……。魔力がパンパンの時も気分悪いが、カスカスはもっと気持ち悪ぃ……」
「こんなんでシルヴェストルと戦わねーといけねえのか……? さすがにキツいぜ……」
「シルヴェストルだけじゃねーよ……。ジルのアニキとサイコパス魔術師……あとカフェの兄ちゃんがいるんだろぉ? やべえなあマジで」
「こんなにやべえことは未だかつてなかったな」
「「はぁぁぁ~……」」
「ちょっと、二人して盛大なため息つかないでよ」

 声を合わせて肩を落とすリアーナとカミーユに、ジルが不機嫌そうに言った。

「ただでさえしんどいのに余計しんどくなるでしょ」
「わるいわるい」

 四十階を過ぎてから、S級冒険者の口数が減った。疲れ切っているアーサーとモニカも、いつものようにはしゃぐ元気はない。
 彼らは焚火を囲んで、無言の時間を過ごした。
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