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決戦編:裏S級との戦い
聖女と魔物
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シルヴェストルは跪き、恭しくアーサーの手の甲にキスをした。唇を離したところには、百合の模様にも魔物の爪痕のようにも見える黒い痣が刻まれる。
アーサーも同じことをするように指示されたので、シルヴェストルの手の甲に唇を押し付けた。すると、シルヴェストルのそこにはそれと同じ形の白い痣が刻まれた。
シルヴェストルはうっとりとその痣を見つめ、自身の手の甲に頬ずりする。
「ああ、アウスに刻まれた痣だ。ふふ。……でも、これはまだ形だけ、今から互いに血と魔力を与え合うよ。いいかな?」
「うん……」
虚ろな目で頷くアーサーの首元に、シルヴェストルが歯を立てる。
「アウスも歯を立てて。もう飲み慣れてるでしょ?」
「……」
言われるがまま、アーサーはシルヴェストルの首元に歯を立てた。
◇◇◇
《……ニカ……モニカ……!》
「……」
《起きろ……! モニカ! 起きるのだモニカ……!!》
「……」
《早く起きろ……! 俺を出せモニカ……!》
「!!」
杖とワキザシの呼びかけにモニカは意識を取り戻した。目が覚めた途端全身が痛む。右腕が折れているのか動かない。左手でなんとか上体を起こしたモニカの目の前に広がっていたのは、凄惨な光景だった。
「な……に……これ……」
いたるところに血の海ができている。どこを見ても瀕死のS級冒険者が倒れている。そして――
息絶えたブルギーとミントが横たわっていた。
「きゃっ……きゃあああぁぁぁっ!!」
《うるせぇぇ! 静かにしろ!! 早く俺を持て!!》
「ア……アサギリ……どうしよう……! みんなが……みんながっ……!」
《助けるために俺を持てっつってんだよ!!》
「アーサーは無事!? アーサーはどこ!?」
取り乱してアサギリの話を聞かないモニカを、杖が手加減して吹き飛ばした。
「ふぎゅっ……いったぁぁぁっ!」
《モニカすまぬ……! とにかくアサギリを手に持つのだ……! ウスユキが手を貸すと……!》
「ウ、ウスユキが……!?」
《そうだ! だから早く俺を持て! ついでに簪を髪に付けろ。喜代春も力を貸す》
「わ……分かった……!」
モニカはアイテムボックスをまさぐり、アサギリと簪を探した。その時にどこからか戻って来たフォントメウのインコが手に当たったので、縋るような思いでインコに伝言を覚えさせる。
「マーニャ様……みんな……お願い助けて……!!」
インコは澄んだ鳴き声を残し、飛んでいった。
それからモニカは簪を髪に挿し、アサギリを握る。
《モニカ、立て》
「う、ん……!」
モニカはふらふらと立ち上がった。
アサギリを構えていても、しばらく何も起こらなかった。しかし徐々に柄に熱が帯び、刀身が薄い桜色に変色していく。ふわっと温かい風が、サクラの花びらと共に宙を舞った。
《よし。じゃ、頼むぜ。薄雪、喜代春》
広大な海を挟んで佇む小さな異国で、生き別れた大妖二人が念じた。
大切なヒトを、守るために。
洞窟に春嵐が舞い起こる。サクラの花びらを散らすあたたかい風が、モニカを、アーサーを、S級冒険者を包み込んだ。
あまりの強風にモニカは吹き飛ばされそうだ。
「うぅぅっ……!」
《薄雪がお前らの損傷した身体を治し、喜代春が命……体力を与えてる……! 踏ん張れよモニカ……!》
「ありがとう……ウスユキ、キヨハル……!」
《ただし……息絶えたやつは大妖サマでも蘇らせられねえからな……》
アーサーと契りを交わしている最中のシルヴェストルが顔を歪める。
(アウスの体に流し込んだ僕の血と魔力が浄化された……)
シルヴェストルは鬱陶しそうに指を鳴らした。
……しかし、何も起こらない。
「……?」
《へっ……! あのマモノとやらよりも、うちの大妖サマの方がながぁく生きてるんだ……! 薄雪と喜代春にとっちゃあ、お前こそ赤子のようだぜ!! ガハハハハ!》
「……へえ。遠い国には、僕でも歯が立たないモノがいるんだね。でも大丈夫。もう一度流し込むだけだから」
ふわっと最後の風が吹き、止んだ。
《……これで生きてるやつらは回復した。魔力は妖サマの専門外だから、回復はできなかったようだな》
「ありがとう……ありがとう……」
《しかし、これがあいつらの限界だ。遠く離れたココにまで力を及ばすなんて、並大抵の妖力じゃできねえからな。二度は使えねえ》
S級冒険者が、呻きながら起き上がった。損傷が一切なくなり、ひどい貧血は残っているものの体が軽い。しかし、当然ながら彼らの表情は暗かった。
「モニカ……助かった……! ありがとうな……」
カミーユの言葉に、モニカは首を横に振る。
「ううん、私じゃなくてウスユキとキヨハルのおかげだから……」
「それはお前の力だ……」
「あの……私、意識を失ってたから今の状況が掴めないの……。アーサーは……?」
「あいつは……」
カミーユは項垂れたままアーサーに視線を移した。
死人のように虚ろな表情をしているアーサーの隣では、シルヴェストルがキャッキャと彼に抱きつきはしゃいでいる。
「契りをちゃんと交わせたよ、アウス! これで僕は君の使い魔だ! やったー!」
「うん……。じゃあ、これでみんなを襲わないんだね」
「うん! 約束する!」
リアーナは耐えられず、アーサーから目を逸らした。
(くそ……。アーサーにたっぷりシルヴェストルの魔力と血がいきわたっちまった……。もともとあいつ体には吸血鬼の魂魄の跡と魔力が沁み込んでたんだ……。さらにあんなバケモノレベルの魔物の血と魔力を入れちまったなんて……。これじゃあまるで魔物……。あたしよりも濃くなっちまった……)
「クソッ……!」
命が助かっても誰ひとりとして喜んでいなかった。
アーサーはそんな彼らを見回す。
(みんな、ごめん……。僕は、みんなが自分の命を犠牲にしてでも守ろうとしてくれた僕の身を堕としてしまった……。それでも……後悔してないよ。僕ひとりの体で、生き残った人たちの命を助けられたんだから……)
アーサーは最後に、アサギリを構えて立っているモニカを真っすぐ見た。
(森に捨てられて十年が経った。この十年、僕たちは一緒に生きてきたはずなのに……)
清らかな生気に満ちたモニカ。神獣の印が刻まれ、聖魔法を使えるほどの澄んだ魔力を宿した無垢な女の子。彼女はフォントメウの人々に愛され、さらに異国の清麗な大妖にも愛され、たちまち瀕死の人々を治癒させた。彼女は聖女そのものだ。
対してアーサーは、一度自ら命を絶ち、左腕には魔物に憑依されたときに刻まれた痣が残され、吸血鬼の魔物の魂魄の残滓を体に沁み込ませ、ヒト型魔物と血を与え合い主従関係を結んだ……誰よりも魔物に近い、罪深い穢れた男の子となった。
とても同じ道を歩いてきたとは思えない対照的ななれ果てに、アーサーは思わず自嘲的な笑みをこぼした。
アーサーも同じことをするように指示されたので、シルヴェストルの手の甲に唇を押し付けた。すると、シルヴェストルのそこにはそれと同じ形の白い痣が刻まれた。
シルヴェストルはうっとりとその痣を見つめ、自身の手の甲に頬ずりする。
「ああ、アウスに刻まれた痣だ。ふふ。……でも、これはまだ形だけ、今から互いに血と魔力を与え合うよ。いいかな?」
「うん……」
虚ろな目で頷くアーサーの首元に、シルヴェストルが歯を立てる。
「アウスも歯を立てて。もう飲み慣れてるでしょ?」
「……」
言われるがまま、アーサーはシルヴェストルの首元に歯を立てた。
◇◇◇
《……ニカ……モニカ……!》
「……」
《起きろ……! モニカ! 起きるのだモニカ……!!》
「……」
《早く起きろ……! 俺を出せモニカ……!》
「!!」
杖とワキザシの呼びかけにモニカは意識を取り戻した。目が覚めた途端全身が痛む。右腕が折れているのか動かない。左手でなんとか上体を起こしたモニカの目の前に広がっていたのは、凄惨な光景だった。
「な……に……これ……」
いたるところに血の海ができている。どこを見ても瀕死のS級冒険者が倒れている。そして――
息絶えたブルギーとミントが横たわっていた。
「きゃっ……きゃあああぁぁぁっ!!」
《うるせぇぇ! 静かにしろ!! 早く俺を持て!!》
「ア……アサギリ……どうしよう……! みんなが……みんながっ……!」
《助けるために俺を持てっつってんだよ!!》
「アーサーは無事!? アーサーはどこ!?」
取り乱してアサギリの話を聞かないモニカを、杖が手加減して吹き飛ばした。
「ふぎゅっ……いったぁぁぁっ!」
《モニカすまぬ……! とにかくアサギリを手に持つのだ……! ウスユキが手を貸すと……!》
「ウ、ウスユキが……!?」
《そうだ! だから早く俺を持て! ついでに簪を髪に付けろ。喜代春も力を貸す》
「わ……分かった……!」
モニカはアイテムボックスをまさぐり、アサギリと簪を探した。その時にどこからか戻って来たフォントメウのインコが手に当たったので、縋るような思いでインコに伝言を覚えさせる。
「マーニャ様……みんな……お願い助けて……!!」
インコは澄んだ鳴き声を残し、飛んでいった。
それからモニカは簪を髪に挿し、アサギリを握る。
《モニカ、立て》
「う、ん……!」
モニカはふらふらと立ち上がった。
アサギリを構えていても、しばらく何も起こらなかった。しかし徐々に柄に熱が帯び、刀身が薄い桜色に変色していく。ふわっと温かい風が、サクラの花びらと共に宙を舞った。
《よし。じゃ、頼むぜ。薄雪、喜代春》
広大な海を挟んで佇む小さな異国で、生き別れた大妖二人が念じた。
大切なヒトを、守るために。
洞窟に春嵐が舞い起こる。サクラの花びらを散らすあたたかい風が、モニカを、アーサーを、S級冒険者を包み込んだ。
あまりの強風にモニカは吹き飛ばされそうだ。
「うぅぅっ……!」
《薄雪がお前らの損傷した身体を治し、喜代春が命……体力を与えてる……! 踏ん張れよモニカ……!》
「ありがとう……ウスユキ、キヨハル……!」
《ただし……息絶えたやつは大妖サマでも蘇らせられねえからな……》
アーサーと契りを交わしている最中のシルヴェストルが顔を歪める。
(アウスの体に流し込んだ僕の血と魔力が浄化された……)
シルヴェストルは鬱陶しそうに指を鳴らした。
……しかし、何も起こらない。
「……?」
《へっ……! あのマモノとやらよりも、うちの大妖サマの方がながぁく生きてるんだ……! 薄雪と喜代春にとっちゃあ、お前こそ赤子のようだぜ!! ガハハハハ!》
「……へえ。遠い国には、僕でも歯が立たないモノがいるんだね。でも大丈夫。もう一度流し込むだけだから」
ふわっと最後の風が吹き、止んだ。
《……これで生きてるやつらは回復した。魔力は妖サマの専門外だから、回復はできなかったようだな》
「ありがとう……ありがとう……」
《しかし、これがあいつらの限界だ。遠く離れたココにまで力を及ばすなんて、並大抵の妖力じゃできねえからな。二度は使えねえ》
S級冒険者が、呻きながら起き上がった。損傷が一切なくなり、ひどい貧血は残っているものの体が軽い。しかし、当然ながら彼らの表情は暗かった。
「モニカ……助かった……! ありがとうな……」
カミーユの言葉に、モニカは首を横に振る。
「ううん、私じゃなくてウスユキとキヨハルのおかげだから……」
「それはお前の力だ……」
「あの……私、意識を失ってたから今の状況が掴めないの……。アーサーは……?」
「あいつは……」
カミーユは項垂れたままアーサーに視線を移した。
死人のように虚ろな表情をしているアーサーの隣では、シルヴェストルがキャッキャと彼に抱きつきはしゃいでいる。
「契りをちゃんと交わせたよ、アウス! これで僕は君の使い魔だ! やったー!」
「うん……。じゃあ、これでみんなを襲わないんだね」
「うん! 約束する!」
リアーナは耐えられず、アーサーから目を逸らした。
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「クソッ……!」
命が助かっても誰ひとりとして喜んでいなかった。
アーサーはそんな彼らを見回す。
(みんな、ごめん……。僕は、みんなが自分の命を犠牲にしてでも守ろうとしてくれた僕の身を堕としてしまった……。それでも……後悔してないよ。僕ひとりの体で、生き残った人たちの命を助けられたんだから……)
アーサーは最後に、アサギリを構えて立っているモニカを真っすぐ見た。
(森に捨てられて十年が経った。この十年、僕たちは一緒に生きてきたはずなのに……)
清らかな生気に満ちたモニカ。神獣の印が刻まれ、聖魔法を使えるほどの澄んだ魔力を宿した無垢な女の子。彼女はフォントメウの人々に愛され、さらに異国の清麗な大妖にも愛され、たちまち瀕死の人々を治癒させた。彼女は聖女そのものだ。
対してアーサーは、一度自ら命を絶ち、左腕には魔物に憑依されたときに刻まれた痣が残され、吸血鬼の魔物の魂魄の残滓を体に沁み込ませ、ヒト型魔物と血を与え合い主従関係を結んだ……誰よりも魔物に近い、罪深い穢れた男の子となった。
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