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第21話 王子様と、迷う俺

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今日は満月だ。
この世界にいても、日本にいても月の美しさは変わらない。もっとも、同じ月なのかは分からないけど。
俺は神殿から戻ってきて、自室の机の上に置かれた短刀を見てため息をついた。
なんだか、昔読んだおとぎ話に今の俺の状況は似てる気がする。
それは確か、愛した人を殺さなくちゃ自分が死んでしまう人魚の話だったけれど。
サリエには悪いが、俺の心は決まっている。
こう言われるのを分かっていたし、待っていたような気もしてくるから不思議なものだ。

コンコン。
部屋のドアがノックされる。
王宮にいた時と違い、俺の部屋を、今のところ尋ねて来た者は一人もいなかった。薄情なことに、サリエすら来たことはない。
だというのに俺は、ノックの音だけで期待してしまう。

「どうぞ」
俺が声をかけるとドアがゆっくりと開き、現れた人物に目を見開いた。
「こんばんは」
どうしてこんな夜更けに、寮の一室に、王子様が来るんだよ!?


突然現れたルシアンは、窓辺の椅子に腰かけると、目ざとく机の上に置かれた短刀を見つける。けれどそれについて何か言うことなく、俺を見つめた。
「何しに来たんだよ」
何を言うべきか、そもそも何をしに来たのかすら思いつかずに俺がそう言うと、ふとルシアンが微笑む。

「俺の大切な大切な恋人であるマサトの涙すら拒絶してサリエの元に行ったものだから、もうサリエと恋人になっているかと思ったよ。どうやらそういう訳じゃないようだね。良かった。俺は君を殴らずにすんだみたいだ」
「え。ちょっと、俺のこと殴りに来たの? ってか、遂に恋人になったのかおめでとう」
いまいち思考が追いつかなくてとりあえずそう言っておく。
「ありがとう。で、とりあえず聞きたい。君はサリエのことは好きではないんだね? まだ少しでも、ランベールのことを思ってはいるんだね?」

どうしてそこでサリエが出てくるんだ。と思うが仕方ない。
王宮から出る時にランベールのことを直視できなくて、サリエの影に隠れるように出てきてしまったから。

「好きじゃないよ。で。今更そんなこと聞きに来たのかよ。王子様ってのも案外暇だな」
今更。本当に今更、だ。
毎日のように来てくれたマサトとは違い、ルシアンなんて全く見なかったというのに。

「ランベールと君はあの日、別れた。あの、マサトを襲った盗賊のせいでね」
そういえば、俺はあの日のことを詳しく聞いていない。
なぜマサトは襲われたのか。あの盗賊らしき奴らは、明らかに救世主を狙っていた。

「誰からも聞いていないんだね。変装した姿でマサトのことを救世主だと分かる人なんて数知れている。それどころかこの世界に、救世主を襲う人などいるはずがない……つまりね、あの盗賊たちは、悪魔に堕ちかけていた。人が悪魔に堕ちる。ランベールから聞いたはずだ。盗賊たちはあの後悪魔に堕ちてしまい、もう、こちら側には戻ってこれない」
悪魔側の最後のあがきだと思った。あの時は。そう、ルシアンは語る。
「マサトが来て、悪魔もしばらくは大人しかった。けれど、どうにもおかしい。国境付近から悪魔は消えないし、力を蓄えている。なぜかは俺たちにも分からない。俺たちに分かるのは、このままでは街も戦場になるということだけだ」

街が、戦場になる。
このままでは悪魔に勝てない。サリエの言葉が現実味を帯びてくる。本当に、猶予はないのだ。

「先ほど、王が決断した。騎士団を国境に向ける。救世主がいるからと楽観視していられなくなった。第一陣として派遣する騎士たちは、死の危険性が高いから、公募制とした。騎士団の要である団長、副団長を除く百人程度……の、はずだった」
ドクリと胸が鳴る。
まさか。
「百人程度であっても、まとめる者が必要だと。ランベールが、自ら志願した。頼む、チトセ……ランベールを殺さないでくれ」

ルシアンから笑顔が消える。深く落ち込んだ顔で、俺の手を握る。
馬鹿な。
猶予はない。確かにそう言っていた。けれどまさか、こんなすぐに。

「どうして」
「分かってるだろう。分かりきっている」
「ランベールが行く必要はないんだろ。だって、あいつは偉い奴で。まだ悪魔だってそれほどやばい訳じゃないはず。今、今戦場に行く必要なんて」

「分かってるだろう! あいつは、世界に絶望している。大切な人を国に殺されて騎士になったのに、騎士になったせいで大切な人を守れなかった。それと同じことが、君との間でも起こったんだよ! そうだ。君を、チトセを守れなかったことを一番悔いているのはあいつだ! もともと救世主さえこの世界に来れば、自分の命なんてどうなってもいいと思ってる奴だった。それが君に会って変わった。なのに、君を守れなかった。あいつにとってそれがどれだけのことか分かるかよ!? お前があいつの前から消えたせいで、あいつには生きる意味がなくなった。ならば悪魔を少しでも多く殺すことが、お前のためだとでも言いたげだ。お前のせいで、俺の兄は死ぬ!」

今まで落ち着いていたのが別人のように、ルシアンは激昂して俺の胸倉をつかむ。
綺麗な顔が歪んで、緑色の瞳から涙が零れる。
「止められない……今度は俺じゃ、止められないんだ……。お前たちの間に何があったか、俺は知らない。確かにランベールは、お前の期待を裏切ったかもしれない。けれどそれが、ランベールの死の理由になってほしくないんだ。頼む。頼むから、ランベールを助けてほしい」

俺が死の決断を伸ばしている間に、ランベールが死の決意を固めてしまった。
相手の幸せのために自分が死ねばいいと考えてしまうところとか、俺とランベールはどこか似ているのかもしれないなぁ。
俺がふっと微笑むと、ルシアンの手から力が抜ける。
「いいぜ。俺にできることなら、なんでもする」
「ありがとう」
ルシアンはそう言うと、俺に抱きついて泣き崩れた。


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