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第16話 裏切りの代償
しおりを挟む「美羽、七月のシンガポール支社長に着任まで後三ヶ月だ。引継ぎも含めると、実際には、六月初旬には、日本を発つ。向こうで仕事の引継ぎと同時に住まいも探さないといけない。
美羽がシンガポールに来るのは、それからだ。後、籍は入れるが、式は三年後になる」
「浩一さんと婚約してまだ二ヶ月です。仕方ありません。でももう一人家族がいるかもしれないですね」
頬を染めながらいう美羽を可愛く思った。
「そうだな。でも仕事が軌道に乗るまでは、無理だぞ」
「はい」
嬉しそうに言いながら、僕に口付けをして来た。もう、美羽と体を合せる事が、普通の事になっていた。
僕のマンションには、毎週日曜日に来ている。もっと来たいと言っていたが、里美との事もあり、表むき仕事が忙しい事を理由に断っていた。
里美との間もはっきりさせないといけない。
「里美、七月にシンガポール支社長として着任する。引継ぎや住まい探しも有るから、六月には、日本を発つ。仕事が軌道に乗って住まいが落ち着いたら、連絡するから、僕の連絡を待っていてくれ」
「今のマンションはどうするの」
「賃貸として貸し出す。日本に戻って来た時必要だからな」
「分かったわ」
「それと、里美の所には、月曜と水曜しか来れない。後二ヶ月。着任準備で忙しくなる」
「そんなー」
「スマホで連絡も取れるし、緊急の時もすぐ来るから」
「ぶ、ぶーっ、じゃあ、その二日で一週間分よ」
「えっ、……わっ、分かった」
里美さん。僕もう、三十七だぞう。体力がー!
里美。僕が愛した女性。一生守る。幸せにすると誓った女性。
しかしその誓いを僕は、守れなかった。温泉旅行、黒田への体の提供。それは僕に責のあるところ。だからこそ、自分自身を理解させるための一ヶ月間、いや三週間だった。
その後、里美が黒田の体を欲した事は、紛れもない僕への裏切り。許せなかった。
だが、三年という時間が、僕の心の中のしこりを取り除いてくれた。
もし、幸田美羽との話が無ければ、里美を改めて妻としただろう。
運命の神様は、悪戯好きの様だ。神様には、逆らえない。
里美のマンションに行く日以外は、ほとんど美羽と会っている。シンガポールでの住居に関わる事がほとんどだ。
「柏木君」
「あっ、部長」
「どうかな。シンガポール支社長着任準備は。早いもので後、二ヶ月だな」
「はい、引継ぎなどを入れると一ヶ月を切っています」
「そうか。いよいよだな。宜しく頼むぞ」
「はい」
急に小声になって耳元で囁いた。
「どうだね。専務のお嬢さんとは」
「はい、シンガポール支社長の職務が軌道に乗り次第、呼ぶことにしています」
「そうか、そうか。良かった」
なにが部長に取って良いか、分からないが、それだけ言うと僕の席を離れた。
何の為に来たんだろうか。
浩一が、いないと寂しい。夜の仕事をしていた時は、気もまぎれたし、私を気に入ってくれたお客様に体を提供することで、体の疼きを抑える事も出来た。実益もあったし。
でも、今、仕事は止めている。浩一が生活の金銭的な面をすべて見ているからだ。夜のお仕事の時の貯えもある。何不自由ない。だから………。困るの。
前の様な裏切りは絶対にできない。そんな事をすれば、浩一は二度と私の所に戻ってこない。
偶然の出会いとは言え、浩一は私の所に戻って来てくれた。この幸せを手放したくない。
でも……。なぜこんな体になってしまったのだろう。結婚した時は、そうでもなかったのに。
……黒田の所為だろうか。いや忘れよう。あの男がいまどうなっているかも分からないし、知る必要もない。
そうだ、浩一のマンションに行ってみよう。忙しいなら、夕飯作ってあげれるし、その後も……。行こう。
私は、電車で五つほどの距離にある浩一のマンション、かつては私の家でもあったところへ出かけた。
「うーん。懐かしいな。駅の周りは何も変わっていないや。まだ三年だものね。変わらないか」
歩いて、十分。もうマンションが見えて来た。近づいて行くと
マンションのエントランスに男女の人影が有った。仲良さそうにしている。
えっ、えっ、浩一。……側に居る女性だれ。見た事ない。
こっちに歩いて来る気配があったので咄嗟に物陰に隠れた。
目の前を何か話しながら通り過ぎて行く。
心の中に何か大きな不安の塊のような重いものが沸きあがって来た。
誰か分からない。もしかして……。浩一が私を裏切るなんて……ない、ない、ない、ないよね浩一。明日は、浩一が止まりに来る日。聞いてみよう。
「ただいま」
「お帰りなさい。食事の準備出来てる」
「うん、ありがとう。着替えたらすぐ食べる」
浩一は、私達の寝室に着替えに行った。昨日の事等無かった様に。でも聞かないと。
食事後、ウィスキーを飲む浩一に
「ねえ、浩一。怒らないで聞いてくれる」
「うん、聞いてから」
まさか、浮気したわけでもないだろう。
「えっ、……昨日ね。浩一にどうしても会いたくて、我慢できなくなって、浩一のマンションに行ったの」
浩一が私の顔を見た。特に表情を変えてはいない。
「………」
「そしたら、浩一が、マンションのエントランスから女性と一緒に出て来て、そのまま駅に行ったのを見てしまったの。
浩一。あの人……」
「ああ、今回賃貸を依頼している会社の担当者だよ。部屋の中の説明とか、しないといけなかったから。でも駅まで行く道に里美居なかったよね」
「……不安になって。もしかしたらと思って。物陰に隠れて……。綺麗な人だったし。……ごめんなさい」
涙が出て来た。話をしている自分が、不安でたまらなかった。
「何考えてんの。まったく。それに今不動産仲介業者の女性は、看板でもあるから、綺麗な人が多いんだよ。何心配してんの」
ウィスキーを飲みながら笑い顔で言う浩一に
「ごめんなさい。……捨てられるのかと思って」
浩一が椅子を立って、私の後ろから私を抱える様にしてくれた。
耳元で
「里美を僕が捨てる訳ないじゃないか。やっと見つけたんだから。お風呂入ろ」
「うん、うん。ごめんなさい」
「謝らない」
その日も、浩一が私の体を貫いてくれた。体の芯まで痺れる快感。たまらない。そして、私のあそこの奥の奥で思い切り吐き出してくれる。たまらない。
そうよね。浩一が私を捨てるなんて………。
「じゃあ、里美行って来るね。落着いたら連絡するから」
「うん、待っている。早く連絡して」
「それと………。絶対浮気は駄目だよ。今度は、許さないよ」
「大丈夫です。あ・な・た」
それから一か月後、一通の手紙が届いた。浩一からだった。夢中で開けた手紙には、一言
「さようなら」と書いてあった。
それと通帳に二百万を振り込んだとも。
直ぐに電話した。
「この電話は現在使われていま………」
「浩一のばかー」
涙が止まらなかった。
―――――
次回エピローグになります。
お楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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