家族から苛められていた私が、大会の賞品に選ばれてしまった結果

しきど

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 ──あれよあれよという間に、大会の日が訪れました。

 参加者は──私含め──全部で十六名。甲冑を着込んでいて顔も何も分かりませんが、笑い声や所作がもう、荒くれ者のそれです。

 観戦者の数も目を回すほどで、用意された席では足らず立ち見の者が大半という有り様。元々娯楽など殆どない田舎の領地です。男爵の開催したこの剣術大会は、領民にとってこの上ない暇潰しになった事でしょう。

 この時点で、家族の目論見は大成功といったところでしょうか。ただし彼らは知りません。

 当の賞品である筈の私が、顔と名前を隠し選手として参加している事を──。

 「あら、ルミーナは?」

 名を呼ばれたと思い一瞬ドキリとしましたが、一家の観戦席にいつまでたっても訪れない私を、義母が不思議に思っただけのようです。

 「放っておいていいんじゃなくて? どうせ不貞腐れて寝てるのよ」

 義姉がそう笑っております。

 「それでは第一回戦を開始します! 東はサレナ選手、前へ」

 偽名を呼ばれ、私は闘技場に上がりました。

 そうして西から現れたのは、まるで熊のような巨漢。

 「おいおい、よく参加しようなんて思ったなチビスケ」

 私を見て、熊がそう言います。笑い声は鉄の甲冑に反響してこもっておりましたが、それでも聞き取りやすい、図体に見合った大きな声でした。

 流石に緊張で、手が震えてしまいます。いくら体力に自信があるとはいっても当然男性と剣の対決などした事はありませんでしたから。

 いかに全身を甲冑で包んでいるとはいえ、大会の為に用意された模擬戦用の剣とはいえ、万が一の事もあるでしょう。私の中の緊張感はピークに達していました。

 「チビのクセにませた野郎だぜ、二秒で終わらせてやるよ。男爵令嬢は俺のもんだ。うっひゃっひゃっひゃ!」

 ぜっったいに、いやです──!

 「はじめっ!」

 「ぜあああっ!!」

 審判の掛け声と共に熊が剣を振りかぶり、撃ち下ろしてきました。間一髪のところで避けましたが、闘技場に叩きつけられた剣の音、その凄まじさに観戦者が沸き立ちます。

 おや、と思いました。

 確かに、当たれば致命傷かもしれません。でも雑な剣筋です。

 「さあどうしたっ!?」

 歓声に気を良くしたのか熊は更に大上段に構えをとりますが、私には撃ち込む隙だらけにしか見えません。

 思いきってその懐に飛び込み、空いた脇腹に剣をなぎます。

 「うごえっ!?」

 「……えっ?」

 瞬く間に地に沈む熊。その場にいた全員が一瞬静まり返ります。しかしそれはすぐに歓声に変わりました。

 「しょ……勝者サレナ選手!!」

 ……ひょっとしたら。

 私は未だ緊張に震える手を見下ろし、独りごちました。

 これは存外、本当に何とかなってしまうのでは?



 ────




 ──私の快進撃は止まらず、次の試合もその次の試合も快勝して、とうとう決勝戦にまでコマを進めてしまいました。

 「あんた見かけによらずやるなぁ」

 控え室で休憩していた時、急に選手の一人に声をかけられドキリとしたしまいました。

 「明日はいよいよ決勝戦か、応援してるぜ」

 珍しく気の良さそうな方でしたが、会話を楽しむ事など出来ません。何せ声を発しただけで、女とバレてしまうでしょうから。

 私はその場を逃れるため、目一杯声を低く作って一言だけ発しました。

 「す、すまない、ちょっとお花を摘みに……」

 「………あ?」

 「じゃない! お、お手洗い? に!」

 選手は面を食らったような顔をしていましたが、私は構わずその場を逃げ去りました。

 「……危なかった」

 人目のつかぬ森まで逃げ込んで、暑苦しい甲冑を脱ぎ捨てます。

 装備はこの場に隠して、家に帰らなければなりません。

 ともあれ明日は決勝──あと一つ勝つだけで、私は平穏無事な日々を取り戻せるのです。正直ここまでが出来すぎという気しないでもないですが。

 「頑張らなくては……」

 自分を奮い立たせるように、私は握りこぶしを作りました。

 「あのう」

 「ひゃあ!?」

 本当に今日は、心臓が鳴りっぱなしです。誰もいない筈の森の中で、私は後ろから声をかけられ飛び上がってしまいました。

 「あ、失礼──急に声をかけたりして」

 見ると、線の細い男性が立っていました。歳の頃は私と同じくらいかもしれません。

 「道に迷ってしまいまして……宿屋は、どちらにあるでしょうか?」

 装備を隠しているところは、見られなかったようです。宿を探しているという事は、地元の方ではないのでしょうか。そういえば随分珍しいというか、きちっとした身なりをされています。

 「ご案内しましょうか?」

 「本当ですか? すみません、助かります」

 「いいえ、私も帰るところですから」

 そうして私は彼と連れだって歩きました。何でも王都から観光で来られた方だそうで。今回の剣術大会を目当てに、お越しになったそうです。

 やっぱりどうも、貴族の方らしい。いやはやお金持ちというのは随分お金と暇をもて余しているのだなぁ、と感心してしまいます。わざわざこんな片田舎まで、剣術大会の観戦にお越しになるだなんて。

 「えっ!? それじゃあ、この剣術大会での優勝者は男爵令嬢と結婚出来るんですか!?」

 「ええ、まぁ……」

 私がルミーナ本人である事は伏せましたが、うっかり愚痴ってしまいました。そういえばその事は極力伏せられていた筈でしたから、よそからお越しになった方が知らないのも無理はありません。

 「本当に、ワードバーン男爵は変な事ばっかり考えるんです」

 「なるほどなあ……」

 何がなるほどなのか、よく分かりませんが、彼はポツリとそう漏らしました。

 「ここです」

 「ありがとう、助かりました」

 宿屋の前まで辿り着いた時には、陽は西へ傾いており、空は赤く染まっていました。

 「明日もまた、お会いできるかもしれませんね」

 そう言った彼の笑顔は、なんというか無邪気というか、イタズラっ子ぽく見えて印象的でした。

 「え、ええ……」

 「では、よい夢を」

 去り際に彼は私の手をとり、その甲に軽く口づけをしました。

 あどけない笑顔をするくせに、何ともキザな所作です。

 流石都会人は違うなと、また感心してしまいました。
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