この世界は私の物

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 約束の日曜になった。
 今日までの時間がやたら長く感じられたのは楽しみを前にお預けを喰らっていた感覚だからだろう。その間幾度となく真実と一緒に演奏する妄想をしていた。
 バンドを組むとなればギター二人では足りないけど新たに誘える人脈もないし、練習時間の確保も懸念事項だし…などと現実的に考えているような、浮足立っているような。
 自分でも明らかに浮かれているというのはわかっていた。仕事中にも顔が綻びかけてしまうことが屡々あったくらいなのだ。浮かれていないと言ったらウソでしかない。
 先日真実の演奏を聴いた場所の近くまで来てみると、あの惹き付けるギターの音色が聴こえてきた。さらに近づいてみると、言っていた通りに同じ場所で演奏をしている真実がいた。この間と変わったのはTシャツの柄くらいで、そんなに着飾るタイプじゃないのかな?なんてことを思った。
 すぐに声をかけようとも思ったが、この演奏を止めてしまうのは気が引けたし、何よりもう少し聴いていたいと思ってしまう。真実の邪魔にならないように十メートル程後ろから演奏に耳を傾けていた。
 数分後に一曲の終わりが見えてきたので、そこで声をかけることにした。
 「こんにちは!」
 真実は声をかけられるまで私の存在には気づいていなかったらしく、肩をびくりとはねさせてこちらを振り返った。顔を見てすぐにわかってくれた辺り、記憶力はいいのかもしれない。
 「こんにちは。本当に来るか半信半疑だったのでびっくりしました」
 「ははは…自分でもあの後暴走気味だったなーと一瞬自己嫌悪しました。それでも自分が お話したいって言ったんだから行かない訳にはいかんなと」
 「律儀なんですね」
 正直宣言したとおりに同じ場所で演奏している点では真実も律儀なのではと思ったがそれを言ってもいいものか、まだ距離感がつかめていないし、真実という人間の性格なんかがわかっていないので余計なことは口走らないように気を付けることとする。
 「約束は守るタイプなんです。っと、真実さんって呼んでもいいですか?」
 「どうぞ」
 「ありがとうございます。真実さんはこの後まだここで?」
 「夕方前まではここで練習していようかなと。練習としてよりは気分転換って意味合いの方が大きいんですけどね」
 「ふーむ…じゃあお話するにも長話はしない方がいいですよね」
 「お話…あ、バンドを組みたいってお話…?」
 覚えていてくれた!それだけでも舞い上がってしまいそうだがぐっとこらえて冷静に話を進めようとする。が。
 「その話なんですが…別の人を探してください…」
 ガーン。
 勿論、その可能性だって十分あって。というか普通初対面でその辺の河川敷で急にバンド組もうと言われて、よし、やろうか!ってなる方がおかしいけれど。
 「バンドは組みたくなかったりします…?」
 「んと…音楽をやるのは全然いいんですけど…あまり舞台に立ちたくはないんです。舞台上でフロアからの視線が集中するのを想像すると緊張で固くなってしまって…」
 「あがり症とか?」
 「そんな感じですね。注目されるのって子どもの頃から苦手で…だからごめんなさい」
 ふむ。バンドを組むこと自体は嫌ではなさそうなことがわかっただけ良かったのかもしれない。この感じだと押してもいい結果にはならなそうだし、いったん引くのも重要だ。
 「なるほどですね…、それじゃぁあんまり無理強いしても真実さんに迷惑かけちゃいますね。ただ真実さんと音楽をやりたいって思う気持ちはすぐには変えられないかな。これからもここで練習しているのなら、また聴きに来てもいいですか?」
 「聴きに来るのは構いませんけど、バンドのお誘いはあまり期待しないでいただけると…」
 「ははっ!こんなにちゃんと答えてもらってるのにしつこくするほど常識忘れてはいないですよ!真実さんの音楽が本当に好きなんです。一緒にやれなくても、ずっと聴いていたいなと思ってしまうくらいに惹かれているんです」
 半分は嘘で半分は本当だ。一緒にやれなくてもいいとは全然思えていない。真実とバンドを組んで活動していきたい。どうしても。
 もう一つの、真実の音楽が好きでずっと聴いていたいというのは本心である。ただ上手いというだけではなく、どうしてか引き付けて離さない魅力が真実の演奏にはあるのだ。
 「そんなに褒められると照れるのもあるんですが…おだてて乗せようとしてるんじゃないかな?ってけいかいしちゃいますね」
 「そんな意図はなかったんだけどなぁ…真実さんガードが固いのはしっかり者って感じがして私の中では好感度上がってますよ!」
 「もう…やめてください。雛川さんはなんでそんなに褒めてくれるんですか」
 「なんでかぁ…考えてなかったな。思ったことはすぐに口に出しちゃうタイプだもんで。
あんま深読みしないで捉えてもらって大丈夫ですよ」
 「わかりました。えっと…私そろそろ練習再開したいんですけど、大丈夫ですか?」
 「おっと、結構話し込んじゃいましたね。ごめんなさい。今日はこれで退散します。また演奏聴きに来ますから!もし場所変えたりすることがあったらその前に一言教えてくださいね!今日はありがとうございました!」
 パーッと伝えることを早口でまくしたててその場を去ることにした。うん、いきなりバンドを組むまでは至らなかったけども、少しだけ真実という人間が知れただけでも良かった。
 また真実の音楽を聴ける日はいくらでもある、それを糧に真実とバンドを組めるまではじっくりと話を進めていけるように、信頼関係を結んでいこうと決意を新たにした。


 「雛川さん、いい人なんだろうけど…バンドは…」
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