宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

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15歳の章

海洋伯領への出張・海都の薄闇2

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 とある酒場で特別料金を支払い、奥の個室を借りる。
 この酒場の個室はくつろいで食事や酒を楽しむ為の其れでは無く、店の者が注文を取りに来たり持ってくる事もない、密談の為だけに用意された部屋の事だ。
 正直殺人現場に利用されたりしないかが心配になるシステムだが、まあそもそもその存在を知ったり借りる為には酒場側からの信用が無ければ不可能なので一応大丈夫なのだろう。
 街をうろうろしながら残した符丁が届いていたら、多分いる筈なのだが……。
「あ、居た居た。お久しぶりです。多分一年近くぶり?」
 部屋の中に待っていた先客の姿に、僕は安堵の声を漏らす。
 先客の名前はシャニーニ。2年ほど前にこの街で関わったある件で、冒険者として助けた少女だ。
「アナタ以外は少し前に会ったし。……本当にあの人達と別れちゃったんだね」
 どうやらアイツ達も少し前に海都に来てたらしい。
 シャニーニを助け出した件以来、僕等はこの街に来る度に彼女に会うようにしている。
「どうせアイツに、また一つ美人に近づいた云々、とか言われたんでしょ?」
 僕等が彼女をシャニーニを助け出した時の報酬が、彼女が美人になるまで生きる事なので偶に確認に来ているのだ。
 褐色の肌を赤らめる彼女は実に可愛らしいが、シャニーニもアイツに気持ちが向いてるので僕は別に勘違いしたりはしない。
 それに今回は旧交を温めに来たわけでは無く、仕事の話をしに来たのだ。
 勿論僕がこの街にやって来た理由である所の案件の。
「それでシャニーニ、本題だけど、情報の買い取りの仲介を頼みたいんだ。今この国に少しずつ出回り始めているカースドポーションの情報を」
 何故なら彼女はこの街に根を張る裏組織に属する一員だからだ。

 正直裏組織とは言っても、そこまで恐い所じゃない。
 敵対すれば勿論容赦は無いだろうが、筋道通して付き合えば利用する価値は十分にある。距離感はとても大切だけれど。
 商業で栄える海都にその金の煌めきが齎す光は大きく、同様に影も大きい。
 その影が無秩序ならば、影はいずれ光をも食いつくして街は荒れ果てるだろう。
 そうならない為に影を仕切る元締めが必要とされるのだ。そしてそれがシャニーニも属する裏組織である。
 まあおおよそその地方の中心地の街だったり王都にもこの手の組織は存在するが、海都の其れは特別力を持っていた。
「勿論構わないけど、多分ふっかけられると思うよ。アナタが宮廷魔術師になったのって有名な話だし」
 裏組織の元締めは、当然シャニーニと僕の関係を知っている。そもそもシャニーニを組織に任せたのが、当時の僕の仲間である盗賊だったのだから。
 情報を求めているのが誰であるのかは直ぐに察する事だろう。
 でも別段それは問題でも無い。何故なら向こうに僕が情報を求めてる事がわかるように、わざわざドグラを連れて目立ってうろうろしたのだ。
 僕は彼女に「大丈夫」だと告げ、一枚のコインをテーブルに置く。白く光る金のコインを。
「……えっ、ちょ、それって白金、ばかっ、こんなところで出すなっ」
 慌てふためく彼女だが、それも無理はない。僕が出したのは白金貨、この国で一番価値のある貨幣だ。
 銅貨10枚で大銅貨、大銅貨10枚で銀貨、銀貨10枚で大銀貨、大銀貨10枚で金貨、金貨10枚で漸く白金貨となるので、なんとこれ1枚で銅貨10万枚分である。
 銅貨10万枚あれば人を圧死させる事も容易いので、……そう考えたら怖いなこのコイン。
 宮廷魔術師の特別手当として半年に一回貰えるのだが、正直どこの店で出しても困った顔をされる事請け合いなので使えず持て余していた物だ。
 寧ろ消費できる機会には積極的に使って行きたい気持ちすらある。
「此れなら問題なく買えるよね。シャニーニへの報酬は別に用意するし、大丈夫だよ。元締めも多分僕にその情報を渡したい筈だから」

 言い方は悪いが、裏組織とは所詮表の世界に寄生する存在だ。
 裏だけでは生きられない事は、裏の世界の人間が一番良く知っている。
 暇を持て余して自分達を締め付けて来るほどに安定されるのも困るが、不安定になられ過ぎても足元が不安だ。
 故に表の世界に簡単に揺らがれては困るのだ。だから表と裏は共存が出来る。
 勿論面子や立場も当然あるから、手と手を取り合って一緒に困難に立ち向かいましょうとは行かない。
 だから裏組織から表、この場合は国に対して情報を提供されたりはしないけど、買い取りに来たのなら表面上は渋っても内心は喜んで売ってくれるだろう。
 なのでこの場合必要なのは交渉の上手い、安く情報を買い叩いて来てくれる者ではなくて、情報の内容がどんなものであれ絶対に曲げたり、私見を入れて伝えてこないと心の底から信頼できる仲介人だ。
 それが僕にとってのシャニーニである。
「お願いシャニーニ。僕には君の力が必要なんだ」
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