宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

文字の大きさ
上 下
28 / 74
15歳の章

ダンジョンの湧いた男爵領、後編3

しおりを挟む
 結局1階層のボスは懸念の通り複数種類湧いたので、情報確定の為に結構な階数を潜る羽目になった。
 10回潜って3回3回4回との出現の仕方をしたので、多分3種類で確定だと思う。レアパターンとかあった場合は流石に知らない。
 1階層ボスの中にはもう流石にヒューマンスコルピオ程の珍しい存在は他に出なかったが、危険度で言うなら他2体も劣らなかった。
 カルキノスとマンティコアである。
 この二種を説明すると、まずカルキノスは牛数頭より重たい体重の巨大化け蟹だ。高さは然程出ないが、横幅と奥行きと密度が物凄い。
 サイズの割りに低い所から足元を狙って攻撃し、怪力と大きなハサミで防具ごとちょん切って来る。
 口から吐く泡も遠くには飛ばないが酸度が高く、頻繁に弾けて飛沫が飛ぶので致命傷にはならなくても無視しがたい。目にでも入れば大事だから。
 ついでに物理に対する防御力も尋常でないと来てるので、完全に前衛殺しなのだ。
 高位の戦士でも此奴と1対1は嫌がるだろう相手である。
 僕もカルキノスにドグラをまともにぶつけるのはとても嫌だった。
 なので自重せずに魔術を連打して嵌め殺したけど、チャリクルとキールにはドン引きされてしまう。
 だってドグラを無駄に傷つけたくなかったのだ。

 そしてもう一種のマンティコアだが、こちらはヒューマンスコルピオとは逆にとてもメジャーな魔獣である。
 マンティコアが有名にしているのはその頭の良さだ。獅子の身体に蝙蝠の羽、サソリの尾に老人の顔を持つ魔獣だが、此奴は本当に知恵が回る。
 話にはならないけど人の言葉を理解するので、マンティコアとの戦いでは下手に戦闘指示を言葉に出すと簡単に裏をかいてくるのだ。
 更には一体どんな邪神を信仰してるのか知りたくもないが、神聖魔法も駆使してくるし、短時間なら飛んだり、獅子の身体は身体能力も高いし、尾の毒はやっぱり怖いしで、マンティコアは厄介で有名なのだ。
 この魔獣の相手をするのには、手練れを揃える事。攪乱にも知恵比べにも付き合わず、正面から実力差で圧殺するのが一番良い。
 出て来た階層ボスは3体とも間違いなく中位ランクの魔物や魔獣の中では上から数えて、片手は少し厳しいが逆手の指を1~2本足せば足りる程度の実力を持った凶悪さだ。
 一方、出現魔物や魔獣は凶悪にも程がある反面、トラップに関しては殆ど存在しなかった。
 チャリクルが後半に関しては報酬を受け取るのを申し訳なさそうにする程にである。
 例えどんなに罠がなくても、ダンジョンを盗賊無しで潜る気は欠片もないので断固として受け取って貰ったが、それ位にトラップは見つからなかったのだ。
 ゴートレック男爵領の新ダンジョンは、完全にバトルマニア向けな気がする。
 2層以降がどうなっているかはまだ判明していないので確たる事は言えないが、この地域や西方の気質にピッタリだなと少し思った。


 僕等がダンジョンに挑む合間も、男爵領はドンドン姿を変えて行く。
 そもそも僕等も毎日潜ってる訳じゃない。遺跡やダンジョンに潜るにはある程度の間隔をあける必要がある。
 ダンジョン内での緊張と、日常の弛緩、これを短いスパンで繰り返すと精神を病みやすいのだ。
 修羅、或いはダンジョン病と呼ばれる人種が居る。毎日毎日絶対に欠かさずダンジョンに挑む冒険者の事だ。
 金銭に困ってそれを強いられている様な連中は直ぐに姿を消すが、一部の本物は物凄い勢いで攻略階層を更新して行く。
 実力もあり、準備も怠らず、困難に挑む気概と乗り越える喜びに取り憑かれた、エースのような存在。
 でも彼等も1年、2年後には不意に姿を消してしまう。
 人は竜じゃないからそれは飛べない。ゆっくりでも歩くしかない。
 それでも無理に飛ぼうとするなら、何時か地面にぶつかって死に迎えられるのだ。
 なので3日1回潜る僕等が10回の調査を達成する頃には、冒険者向けの施設が幾つも完成間近となっていた。
 凄いね職人。男爵領の人達集めて素人作業やってた時とは大違いである。

 素材買取やポーションの販売、宿に鍛冶屋、その他の施設等に関する税率を決めるに関しては、ゴートレック男爵に何故か僕が一任された。
 冒険者ギルド支部長は良い人だが、その辺りは流石にシビアで打ち合わせは何日にも及ぶ。
 報告書も書かねばならない。王都にも、僕を推薦した西方伯爵にも。
 西方伯爵からの返信に、ダンジョンが公開されたら騎士団を率いて1階層に挑戦しに行くと書いてあった。
 その挑戦にはゴートレック男爵もぜひ同行したいそうだ。
 やっぱりバトルマニア向けなんだなって思う。そのメンバーに何かあったらとても大変なので止めたいが、どうせ聞きやしないんだしもう諦める。
 お金の動きを把握し切れているか、男爵家の家人達がつけている帳簿の確認もあった。
 建物が発注通りかの確認や、店舗の形式をどうするか、人は男爵領から何人出せて、他所から何人回されて来るのか。
 本当に忙しい。幸いなのは金の匂いを嗅ぎつけるハイエナの類を、王都や西方伯爵、或いは王都冒険者ギルドのギルドマスター等の影響力で近づけないようにしていてくれた事だろう。
 もしそちらにまで気を遣わねばならなかったら、流石にキャパをオーバーしていたかも知れない。

 僕がこのゴートレック男爵領にやって来て、早4ヶ月が経過した。
 仕事はまだまだ僕の手を離れない。1つ手放せば次の仕事が湧いてくる。多分此れに終わりはないだろう。
 けれどもう、完全に全てを手放さねばならない時がやって来ていた。
 王都からの帰還指示が届いたのだ。
 忙しい日々とは言え、4ヶ月も居れば仲良くなった人も大勢いる。
 男爵領の人達は少なかったから皆知ってるし、新しくやって来た人達とも全員顔を合わせて話してるから、ああ、僕はこの地の全ての人を知っているんじゃないだろうか。
 離れてしまうのは正直寂しい。今後此処がどうなって行くのか、見守りたい気持ちは確実に胸の中で燃えてる。
 でも王都の人達の顔が見たくて恋しいのも、また事実だ。
 帰還指示が出たのにあまり引き延ばして帰ると、どうせ報告書を見るエレクシアさんに怒られるだろう。
 バナームさんにも教わりたい事は山ほどある。寧ろバナームさんにこそ報告書を見せて聞きたい、この時はどうすれば良かったのか、あのケースは何が正解だったのかを。
 此処ではお茶も入って来にくい。色んなものが山とある王都の、シスター・カトレアの淹れた美味しいお茶も飲みたい。
 だから、僕はこの地を後にする。


 別れの時、やっぱりゴートレック男爵は涙ながらに僕の事を抱きしめた。何時でもこの地に帰ってきて良いと涙ながらに。
 4か月間最後まで折れずに頑張った背骨を、僕は是非とも褒めてやりたい。
 一人一人、言葉を交わせば時間は幾らあっても足りないだろう。貴方の名前を知っている。貴女も、君も。
 また熱冷ましの薬草が足りなくなったりしないかなんて、益体も無い心配が胸を過るけど、一つ頭を下げて、振り返らずに歩き出す。
 王都まではチャリクルとキール、二人が護衛してくれるらしい。彼等は細かな依頼をこなしながらこの地に居残っていてくれたのだ。
 何でも王都でこのダンジョンの話を沢山話して、臨時メンバーを見つけたら戻ってきて今度こそ2階層に挑戦するのだそうだ。
 吹く風に流される銀髪は、この4ヶ月で随分伸びてしまった。背も少し伸びた気がする。
 そして、ふと気づく。ああ、そうだ。
 忙し過ぎてすっかり忘れていたけれど、僕はこの地で16歳になってたんだと。




 本日のお仕事自己評価80点。がんばりました。はやあしだったけど、おおきなやまをぶじにこえました。
しおりを挟む

処理中です...